1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2010

2010年8月6日

独立行政法人 理化学研究所

ウサギiPS細胞の樹立に世界で初めて成功

-再生医療研究に向け「ヒト型」の新細胞材料を提案-

ポイント

  • ウサギ成体の肝臓と胃の細胞に「山中因子」を導入し、ヒト型iPS細胞を樹立
  • iPS細胞は、培養を進めることでES細胞に近づくが、完全に一致しないことが判明
  • ウサギの「ヒト型」iPS細胞を用いて、より安全で確実な再生医療研究を確立

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ウサギ成体の組織細胞からiPS細胞を樹立することに世界で初めて成功しました。さらに、樹立したウサギiPS細胞を調べた結果、これまで樹立されてきた小型動物のiPS細胞が示してきた「マウス型」ではなく、ヒトiPS細胞と同じ「ヒト型」を示すことを発見しました。理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)遺伝工学基盤技術室の本多 新(ほんだ あらた)客員研究員(科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「iPS細胞と生命機能」研究領域さきがけ研究者)、小倉淳郎室長らによる研究成果です。

再生医療のモデルを構築するために、これまで多くの動物種で多能性幹細胞※1が樹立・解析されてきました。特に、2006年に世界で初めて樹立されたマウスiPS細胞や2007年のヒトiPS細胞は、さまざまな組織の細胞から作製できる多能性幹細胞として、世界中で注目を集めています。再生医療研究には代表的なモデル動物であるマウスやラットが用いられていますが、これらから作製されるiPS細胞は、細胞コロニー(増殖した細胞の塊)の形態や細胞維持に必要な因子などが「マウス型」を示し、ヒトiPS細胞が示す「ヒト型」とは異なっていることが分かっていました。一方、「ヒト型」iPS細胞はイヌ、サル、ブタなどから作製することができますが、こうした動物は大型で大規模な飼育設備が必要なため、扱いにくいという問題がありました。そのため、再生医療や創薬など、モデル動物からヒトへの応用展開を計る上で、小型で扱いやすいモデル動物から「ヒト型」iPS細胞の樹立を完成させることが不可欠でした。

研究グループは、ウサギ成体の肝臓と胃の細胞に「山中因子※2」と呼ばれる4遺伝子を導入することで、比較的容易にiPS細胞を樹立することに成功し、生化学的および表現型※3解析により、「ヒト型」を示すことも確認しました。さらに、このiPS細胞とウサギのES細胞の遺伝子発現状況を比較した結果、iPS細胞は継代※4を進めることで4遺伝子の発現が抑制され、ES細胞に近づくものの、完全には一致しないことも分かりました。樹立したウサギの「ヒト型」iPS細胞は、より安全で確実な再生医療の実現を目指す橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)への貢献が期待できます。

本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「iPS細胞と生命機能」研究領域(研究総括:西川伸一 理研発生・再生科学総合研究センター副センター長)における研究課題「ウサギを用いたiPS細胞総合(完結型)評価系の確立」(研究者:本多 新)の一環として実施、米国の科学雑誌「The Journal of Biological Chemistry」(10月号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(7月29日付け)に掲載されました。

背景

私たちの体にあるすべての組織や細胞に変化する能力をもつ胚性幹(Embryonic Stem: ES)細胞は、さまざまな再生医療を実現させる可能性を秘めていますが、生命の萌芽である※5から樹立するため、倫理的に大きな問題があるとされています。また、再生医療を実現させるためには、移植時に生じる恐れのある免疫拒絶※6問題も克服する必要があります。こうした状況の下、京都大学の山中伸弥博士らの研究グループは、2006年のマウスに続き、2007年、ヒトの皮膚の細胞などに4つの外来遺伝子(山中因子)を導入するという単純な方法で、人工多能性幹(induced Pluripotent Stem: iPS)細胞の樹立に成功しました。このiPS細胞は、受精卵や胚を利用する必要がなく、免疫拒絶も起こらない夢の細胞として大きな注目を集め、世界中で研究が行われています。

iPS細胞に導入した外来遺伝子は、その発現が抑制される(サイレンシング)必要があります。しかし、その後の研究により、iPS細胞ではこのサイレンシングが不完全で、移植後に腫瘍へ変化してしまったり、目的の組織に分化することができなかったりする可能性があることが判明し、再生医療実現のツールとしてのiPS細胞の課題が明らかになっていました。これらを克服するために、小型で扱いやすい実験動物であるマウスやラットから樹立したiPS細胞は非常に有用です。しかし、これらの動物から樹立されたiPS細胞とヒトiPS細胞を比較すると、細胞の維持に必要な因子や細胞コロニー(増殖した細胞の塊)の形態など、多くの特徴に違いがあることが分かりました。これらの特徴は「マウス型」と「ヒト型」に大別され、イヌ、サル、ブタなどから樹立されたiPS細胞は「ヒト型」に属することが明らかになっていましたが、これらの動物は大型で扱いにくく、研究を行うことが困難でした。そのため、「扱いやすい小型実験動物」からの「ヒト型」iPS細胞の樹立が望まれていました。

研究手法と成果

研究グループは、扱いやすい小型実験動物で、ES細胞は「ヒト型」の性質を示すことが知られているウサギに着目し、そのiPS細胞の樹立に取り組みました。ウサギの肝臓、胃、皮膚細胞に、山中因子と呼ばれる4つの遺伝子(OCT3/4KLF4SOX2c-MYC)をレンチウイルスベクター※7を使って導入したところ、iPS細胞樹立で最も一般的に用いられる皮膚の細胞からは樹立できませんでしたが、肝臓や胃の細胞からは、それぞれ1/500以上の高効率でiPS細胞を樹立することができました(図1)。また、樹立過程のiPS細胞を用いて、外来遺伝子の発現の様子をPCR法※8で調べたところ、継代を繰り返すと、その継代数に従って外来遺伝子の発現が抑制され、継代数20代以下でほぼ完全に外来遺伝子の発現が抑えられていることが分かりました。

さらに研究グループは、樹立したウサギiPS細胞とウサギES細胞を比較しました。具体的には、DNAマイクロアレイ※9解析により、iPS細胞を樹立するのに用いた肝臓と胃の細胞、継代数の異なるウサギiPS細胞、ウサギES細胞について、それぞれの遺伝子発現パターンを比較しました。その結果、肝臓と胃の細胞に山中因子を導入すると、約5,000個弱の遺伝子発現変化を伴って、多能性幹細胞としての特徴を獲得するものの、それでもES細胞とは約220個の遺伝子発現に差が残っていることが明らかになりました。その後、継代を繰り返して外来遺伝子の発現が抑制されると、ES細胞の特徴に近づいていくものの、遺伝子発現パターンは明らかに異なることも分かりました(図2)

今後の期待

これまでさまざまな動物種からiPS細胞が樹立されていますが、ウサギの多能性幹細胞は、橋渡し研究の発展に有利な条件を数多く備えています。ウサギは「ヒト型」の多能性幹細胞を樹立できるだけでなく、iPS細胞の比較対象としてES細胞も樹立できる利点があります。今回、ヒトの細胞と同様、ウサギiPS細胞とウサギES細胞は、多能性幹細胞として同じ特徴を持つ一方で、遺伝子発現などに明らかに異なる部分もあることが分かりました。一方で、iPS細胞はその株ごとに不均一性が見られるものの、継代を進めることでその不均一性が抑えられ、よりES細胞の性質に近づいていくことも確認できました。これらのことから、多能性幹細胞、特にiPS細胞は、多様な細胞に分化できる能力を持つものの、再生医療の現場では、利用前の状態や培養条件を考慮することが不可欠であることが分かります。

今後は、こうしたウサギ多能性幹細胞の特性を活かした研究を発展させることにより、より安全で確実な再生医療実現に貢献することを目指します。

発表者

理化学研究所
バイオリソースセンター 遺伝工学基盤技術室
室長 小倉 淳郎
客員研究員 本多 新(ほんだ あらた)
Tel: 029-836-9136 / Fax: 029-836-9100

お問い合わせ先

筑波研究推進部企画課
Tel: 029-836-9136 / Fax: 029-836-9100

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.多能性幹細胞
    さまざまな組織・細胞に変化(分化)する能力を保持したまま増殖し、特定の条件下で刺激を受けることにより、体を構成するさまざまな細胞に分化させることができる細胞で、ES細胞やiPS細胞がその代表例である。特にES細胞は受精卵から作製されているため、iPS細胞の質的な比較対象として適している。
  • 2.山中因子
    京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教授(現 京都大学iPS細胞研究所長)の研究グループが、2006年に世界で初めてiPS細胞を樹立した際に用いた4つの遺伝子群( OCT3/4KLF4SOX2c-MYC)のこと。「Yamanaka Cocktail(山中カクテル)」とも呼ばれる。
  • 3.表現型(ひょうげんけい・ひょうげんがた)
    細胞や個体の遺伝子発現などの結果、個体差となって現れる形質のこと。遺伝子の発現差から生じる形質の差は、タンパク質の違い、代謝産物の違いという段階を経て、細胞や個体の形や機能の差として現れる。
  • 4.継代
    培養中の細胞を、ある培地から別の培地に植え継ぐ行為。パッセージとも呼ばれる。
  • 5.
    受精卵あるいは出産前の胎児(胎仔)のこと。ES細胞は、受精卵を用いて作製されることから倫理的な問題が大きいとされる。
  • 6.免疫拒絶
    ES細胞などの多能性幹細胞を用いた再生医療を実現させる場合、ES細胞から分化させて作製した組織などを患者に移植しても、移植先の免疫タイプと合致しないため、定着せずに体内の免疫細胞に拒絶されてしまう。自分自身から作製された組織であれば、この拒絶は起きない。
  • 7.レンチウイルスベクター
    HIVなど、レトロウイルス科に属するウイルスを利用した遺伝子導入を行う実験ツール。細胞に遺伝子を効率よく導入できる。
  • 8.PCR法
    知りたい遺伝子の発現の有無(および量)を増幅して検出する方法で、わずかな発現量でも検出することができる。
  • 9.DNAマイクロアレイ
    細胞内の遺伝子発現量を測定するために、多数のDNA断片をプラスチックやガラスなどの基板上に高密度に配置した分析器具のこと。
成体ウサギの胃の細胞から樹立したiPS細胞のコロニーの図

図1 成体ウサギの胃の細胞から樹立したiPS細胞のコロニー

ウサギのiPS細胞はその形態などもヒトのiPS細胞によく似ていた。 目盛りは200マイクロメートル。

ウサギES細胞とウサギiPS細胞における遺伝子発現パターンの三次元主成分分析の図

図2 ウサギES細胞とウサギiPS細胞における遺伝子発現パターンの三次元主成分分析

ウサギ体細胞、ウサギES細胞、および培養期間の異なるウサギiPS細胞の遺伝子発現パターンの近似度を可視化した図。成体ウサギの体細胞に山中因子を導入することで、多能性幹細胞としての能力を獲得する(矢印①)。樹立したウサギiPS細胞(初期)は、継代を続けることでより質の高い多能性幹細胞(後期)に変化してES細胞に近づいていく様子が確認できたが(矢印②)、それでもウサギES細胞とは異なることが判明した。

Top