広報活動

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2010年8月10日

独立行政法人 理化学研究所

子どもの言語発達に合わせて親もマザリーズ(母親語)の脳内処理を変化

-育児経験、性差、個性により親の脳活動の違いが歴然-

ポイント

  • 言葉を話す前の乳児の母親は、マザリーズを聞いたときの言語野の活動が最も盛んに
  • 「外向性」が高い母親ほど発話運動にかかわる運動野の活動が上昇
  • 他人のマザリーズを聞くだけで、脳内でシミュレーターが作動

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、大人が乳幼児に向かって話しかける際に自然に発してしまう、声高で抑揚のついた独特の話し方「マザリーズ」の脳内処理が、育児経験の有無や性差、性格の違いによって変化し、単なる気持ちの高揚ではなく、言葉を伝えようとする意図の表れであることを突き止めました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)言語発達研究チームの馬塚れい子チームリーダー、松田佳尚研究員と昭和音楽大学のドナ・エリクソン(Donna Erickson)教授、埼玉大学の志村洋子教授らの共同研究による成果です。

マザリーズは、私たちが意識するしないにかかわらず、自然と口を突いて出る乳幼児向けの話し方です。ほぼすべての言語圏や文化圏で耳にすることができ、老若男女を問わずマザリーズを使うことから、ヒト共通のメカニズムがあると考えられています。乳幼児もマザリーズを好んで聞くことから、言葉の獲得や情動の発達への影響に注目した研究が続けられています。

今回の研究は、育児経験の有無や性差によるマザリーズの違いを調べるために、(1)親の経験のない男性と(2)女性、(3)前言語期※1乳児の父親と(4)母親、(5)二語文期※2幼児の母親、(6)小学一年生の児童の母親ら、それぞれ20名程度からの協力を得て実施しました。これら6つのグループについて、マザリーズを聞いたときの脳活動をfMRI※3で調べた結果、前言語期乳児の母親の脳活動が最も盛んであり、その部位は、言葉をつかさどる言語野※4であることが分かりました。さらに研究グループは、個人差についても検証するため、参加者全員の性格検査を行いました。その結果、やはり前言語期乳児の母親だけで、社交性や活動性を示す「外向性」が高い人ほど、発話運動にかかわる運動野※5が強く活動する傾向を見いだしました。

前言語期乳児は言葉を話せないにもかかわらず、母親の言語野で高い脳活動を示したことから、母親が乳児に何とか言葉を伝えようしていることが分かりました。また、マザリーズを聞いているだけで発話にかかわる脳部位が活動したことから、脳内でシミュレーター※6が活発化していることが考えられました。この言語野や運動野の活動は一過的で、二語文期幼児や小学生児童の母親では見られなくなり、成人向けの話し方と差が無くなることが分かりました。

産後うつ(鬱)※7にかかった母親はマザリーズを話さず、平坦な口調になることが知られています。またマザリーズを話さない状態が続くと、乳幼児へ悪影響を及ぼすことも示唆されています。マザリーズの脳機能解明により、産後うつの診断や乳幼児を持つ母親らのメンタルヘルスケアの技術開発に貢献するものと期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『NeuroImage』オンライン版に近く掲載されます。

背景

乳幼児に話しかけるとき、私たち大人は、意識するしないにかかわらず、声が高くなり、抑揚をつけた独特の韻律※8で話します。日本語では、「あんよ」や「ねんね」といった育児語(幼児語)も使われます。マザリーズとも呼ばれるこの現象は、ほぼすべての言語圏や文化圏で見られ、個人差はあるものの、老若男女を問わず口を突くことから、ヒト共通のメカニズムがあると考えられています。乳幼児もマザリーズを好んで聞きます。そのため、マザリーズによる言葉の獲得や情動の発達への影響に注目した研究が続けられています。

研究グループは、大人にとってマザリーズはどのような機能を持っているのかに注目しました。大人側の高揚感、または、子どもに言葉を伝えようという意図を表しているとすると、育児経験による違いや男女差、個人差がある、という仮説を立てて検証を行うことにしました。

研究手法

研究グループは、育児経験の有無や性差によるマザリーズの違いを調べるために、6つの異なるグループ(1)親の経験のない男性と(2)女性、(3)前言語期乳児の父親と(4)母親、(5)二語文期幼児の母親、(6)小学一年生児童の母親に調査協力を依頼しました。参加人数はそれぞれ20名程度で、fMRIを使いマザリーズにかかわる脳活動を調べました。当初は、装置の中でマザリーズを話してもらい、脳活動を観察することを計画しましたが、口を動かすと頭が動き、脳の信号を観察することができません。しかも、マザリーズは大げさに話すことが特徴のため、装置の中でマザリーズを話す方法は断念しました。

1996年、イタリア・パルマ大学のジャコーモ・リゾラッティ教授らのグループによりミラーニューロン※9が発見され、他人の動作を見ただけで、その動作を模倣するような脳活動があることが明らかにされました。しかも、動作や運動の経験を積むと、活動が強くなるという報告もありました。研究グループは、このミラーニューロンの働きを利用し、参加者が装置の中でマザリーズを聞くと、マザリーズを話すときと同様の脳活動を観測できると考えました。音源には、マザリーズの典型例※10として、きれいな声のマザリーズらしいマザリーズを収録しました。

研究グループはさらに、個人差についても検証するため、参加者全員に5大因子の性格検査※11を行いました。特に、社交性や活動性を示す「外向性」に着目して、マザリーズの脳活動との関連を探りました。

研究成果

マザリーズを聞いたときの脳活動を調べた結果、子どもの言語発達に応じて母親の脳活動も変化することが分かりました。参加した6つのグループの中で一番マザリーズを使うのは前言語期乳児の母親で、最も声高く、特徴的なマザリーズを話します。それを反映したように、言語野で最も高い脳活動を示しました。また、マザリーズの韻律だけでなく、育児語に対しても言語野が強く反応しました。面白いことに、同じ時期の乳児をもつ父親では脳活動が見られませんでした。今回参加した母親らは全員専業主婦で、父親とは育児に携わる時間に差があるため、母親と父親の脳活動の違いは、それぞれの育児時間の長さの違いを反映している可能性が考えられました。また、親の経験のない男女でも脳活動は見られませんでした(図1)

次に高い脳活動を示したのが、二語文期幼児の母親です。彼女らが実際に子どもに話しかけるとき、マザリーズの声高さは減っていますが、まだマザリーズの韻律や育児語を使う時期です。しかし、小学生の母親では、もはや自分の子どもにマザリーズは使わず、脳活動を観察してもマザリーズにまったく反応しませんでした。すなわち、成人向けの言葉と同じ程度にしか反応しませんでした。このように、母親の脳活動は、子どもの成長と共に変化していくことが分かりました。(図2図3

さらに研究グループは、参加者全員の性格検査を行い、社交性や活動性を示す「外向性」が、マザリーズを聞いているときの脳活動にどの程度影響するかを調べました。その結果、前言語期乳児の母親らだけで、外向性が高い人ほど発話運動にかかわる運動野が強く活動しました(図4)

前言語期乳児は言葉を話せないにもかかわらず、母親らの言語野が活動するということは、単なる気持ちの高揚でマザリーズを話すのではなく、乳児に何とか言葉を伝えようしている意図の表れであり、また、同じく発話運動にかかわる運動野が活動したことから、脳内ではシミュレーター(ミラーニューロン)が働いていると考えられます。

今後の期待

今回得た知見は、普段マザリーズを話している程度によって、母親の脳活動が変わることを示唆しています。また、性格によって脳活動に違いがあることも明らかとなりました。産後うつの母親はマザリーズを話さず、平坦な口調になることが知られています。さらに、母親がマザリーズを話さないことで、乳幼児へ悪影響を及ぼすことも示唆されています。マザリーズの脳機能解明により、産後うつの診断や母親のメンタルヘルスケアの技術開発に貢献するものと期待されます。

発表者

独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター 心と知性への挑戦コア 言語発達研究チーム
チームリーダー 馬塚 れい子(まづか れいこ)
研究員 松田 佳尚(まつだ よしたか)
Tel: 048-462-5445 / Fax: 048-467-9760

お問い合わせ先

脳科学研究推進部 企画課
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 前言語期
    乳児が言葉を話す前の時期。個人差が大きいが、おおよそ12カ月で各言語の初語を話すようになる(日本で育ったなら日本語)。ここでは生後6~11カ月の乳児を前言語期とした。
  2. 二語文期
    幼児が二語文を話す時期。二語文とは2つの単語をつなげて作った文章のこと。「ママ、だっこ。」、「ワンワン、きた」など。個人差が大きいがおおよそ20カ月で二語文を話すようになる。
  3. fMRI
    核磁気共鳴画像法(MRI)を利用して、ヒトの脳活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法の1つ。最近の脳計測の中で最も発達した手法の1つである。
  4. 言語野
    言葉の処理に必要な脳部位で、古くから知られているものにブローカ野、ウェルニッケ野などがある。ブローカ野は言葉を話すために必要な脳部位、ウェルニッケ野は言葉を聞くために必要な脳部位といわれている。
  5. 運動野
    体を動かすために必要な脳部位。手を動かす部位、足を動かす部位、舌を動かす部位など、脳の中に詳細な地図がある。また、親指、口など細かい動きができる部分に対応する脳部位は、脳の中で広い場所を占めている。
  6. シミュレーター
    模擬実験を行うための装置やプログラム。今回の実験では、母親は実際にマザリーズを話していないにもかかわらず、あたかも話しているかのように脳が活動したため、シミュレーターという言葉を使った。ここでは以下のミラーニューロン(※9)の意味に近い。
  7. 産後うつ(鬱)
    出産後、一時的にみられる気分の落ち込み。出産後は、体内の女性ホルモンが急激に変化し、また生活環境から相当なストレスもあり、うつ症状が出る場合がある。
  8. 韻律
    話すときの抑揚やリズム、強勢のこと。プロソディーともいう。
  9. ミラーニューロン
    自分で行動するときも活動するが、ほかの個体がその行動と同じ行動をとっているのを見ているときにも活動する神経細胞群のこと。マカクサルで発見された。ヒトでは、前運動野と下頭頂葉においてミラーニューロンと一致した脳活動が観測されている。他人の行動を理解する能力に寄与していると考えられている。
  10. マザリーズの典型例
    きれいな声のマザリーズらしいマザリーズを収録する必要があり、日本放送協会(NHK)教育テレビ「きょうの健康」で活躍中の久田直子キャスターの声を収録した。今回の研究で使用したマザリーズは、久田キャスターが息子に話しかけた音声。
  11. 5大因子の性格検査
    (1)神経症傾向、(2)外向性、(3)開放性、(4)調和性、(5)誠実性の5つの性格検査。

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他人のマザリーズ音声を聞いたときの脳活動

図1 他人のマザリーズ音声を聞いたときの脳活動

前言語期乳児の母親(左上)、父親(左下)、親の経験のない女性(右上)、男性(右下)の脳活動。前言語期乳児の母親のみ、言語野(ブローカ野とウェルニッケ野)で強い活動(オレンジ色)が見られる。

子の月齢と言語発達および親の話し方の変化

図2 子の月齢と言語発達および親の話し方の変化

黄色線の横軸は子の月齢を示す。上の線は子の月齢と言語発達を示し、下の線は子の発達に応じた親の話し方の変化を示す。赤丸で囲んだ月齢の母親らが参加した。

マザリーズによる脳活動は一過的

図3 マザリーズによる脳活動は一過的

最も活動が強いのは前言語期乳児の母親。次いで二語文期幼児の母親(図では活動の様子が見られないが、実際は弱く活動している)。小学一年生児童の母親と親の経験のない女性では活動が見られない。

マザリーズによる脳活動と外向性との関係

図4 マザリーズによる脳活動と外向性との関係

前言語期乳児の母親は他人のマザリーズを聞いただけで発話に関係する運動機能系が活動した。この活動度は外向性の得点と正の相関があった。

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