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2010年8月16日

独立行政法人 理化学研究所

細胞周期エンジンの司令で核膜孔複合体の形成が開始

-細胞内で最も精緻な構造体「核膜孔複合体」の形成機構解明への一歩-

ポイント

  • 細胞融合法とイメージングを組み合わせた核膜孔複合体形成解析系の樹立に成功
  • 核膜孔複合体形成の初期反応に細胞周期エンジン(CDK)が必須
  • 新たな解析系とCDK制御の視点が、核膜孔複合体形成の分子機構を明らかに

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、細胞内最大の超分子構造体である「核膜孔複合体※1」形成の可視化に成功し、この形成が細胞周期エンジン※2として知られているサイクリン依存性キナーゼ(cyclin dependent kinase:CDK)の司令で開始することを発見しました。これは、理研基幹研究所(玉尾 皓平 所長)今本細胞核機能研究室の前島一博専任研究員(現、客員研究員、国立遺伝学研究所 教授)と今本尚子主任研究員らが、脳科学総合研究センター脳形態解析支援ユニットの端川勉チームリーダーと中臣礼子技術員、イノベーション推進センターVCADシステム研究プログラム生物基盤構築チームの横田秀夫チームリーダーと西村正臣研究員らとの連携研究で得た成果です。

細胞核と細胞質の間を往来するすべての物質(イオン、タンパク質、RNA、リボソーム、ウイルス粒子など)の唯一の通り道となる核膜孔複合体は、500~1,000個ものポリペプチド鎖から形成される、総分子量125MDaの巨大なタンパク質複合体です。進化的にも保存された8方対称※3の美しい幾何学的な構造を持っており、この精緻な構造体の形成機構を知ることは、細胞の営みを理解しようとする細胞生物学者らの夢でした。しかし、細胞周期の間期※4に進む核膜孔複合体構造の形成を解析する手法は、これまで樹立されていませんでした。

研究グループは、核内でDNAに結合しているヒストンと核膜孔複合体構成因子のそれぞれに、2つの異なる蛍光タンパク質(CFP※5YFP※5)を結合させた安定発現株を取得し、ヒストンをCFP標識したものをアクセプター細胞、核膜孔複合体構成因子をYFP標識したものをドナー細胞として、細胞融合させました。この融合細胞(ヘテロカリオン)※6の中でアクセプター細胞由来の核膜上にドナー細胞が発現する核膜孔複合体の構成因子の蛍光輝点を観察することができると、「新生核膜孔複合体形成」が起こったと判断できます。核膜孔複合体の新生にはCDKの活性が必須であること、CDKを阻害すると核膜孔複合体構築途上の形成中間体構造さえも見られないことを突き止め、CDKは複合体形成の初期反応に必要であると分かりました。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Structure & Molecular Biology』オンライン版(8月15日付け:日本時間8月16日)に掲載されます。

背景

ヒトをはじめとする真核生物では、遺伝子機能の場である細胞核が、タンパク質合成の場である細胞質から2層の脂質膜からできている核膜によって隔てられています。核膜に埋め込まれた核膜孔複合体は、総分子量125MDa(タンパク質合成装置として知られているリボソームの38倍の大きさに相当)の巨大なタンパク質複合体です。この核膜孔複合体は、核と細胞質を往来するタンパク質やRNAだけでなく、イオンなどの低分子からウイルス粒子に至るまで、すべての物質の唯一の通り道となっています。その機能は、1分間に数百万個もの膨大な数のタンパク質分子を選択的に、かつ正確に通過させることができ、まるで「ナノマシン」のような働きをする分子装置といえます。

核膜孔複合体の構成因子の大部分は、すでに明らかにされてきています。また、さまざまな手法で解析された8方対称の幾何学的な複合体構造は、酵母からヒトをはじめとする高等真核細胞まで広く保存されていることが知られています(図1)。しかし、この構造体が、「いつ」、「どこに」形成されるかは明らかにされておらず、形成過程が細胞内のシグナルによって、何らかの制御を受けているかどうかも不明なままでした。

研究手法と成果

研究グループは、VCADシステム研究プログラム生物基盤構築チームが開発した画像処理技術を用いて、細胞周期を通した核表面の核膜孔複合体密度と細胞核体積の増加を測定・定量しました。その結果、核膜孔複合体は、細胞分裂期直後の最初の4~8時間の間だけ速やかに増加するのに対し、細胞核の体積は細胞周期を通して増加し続けることが分かりました(図2)。また、核膜孔複合体の増加は、CDK阻害剤であるRoscovitine(ロスコヴィティン)で阻害されるのに対し、細胞核体積の増加はRoscovitineでは阻害されないことが判明しました。

これらの結果を基に、細胞周期の間期における核膜孔複合体形成を可視化する系を作製しました。まず、蛍光タンパク質CFPを標識したヒストンH2Bと、蛍光タンパク質YFPを標識した核膜孔複合体構成因子の1つNup107(またはNup133)を安定に発現させる細胞株を取得しました。Nup107(またはNup133)は、核膜孔に一度挿入されると、複合体が崩壊するまで入れ替わらない核膜孔複合体構成因子として知られているタンパク質です。H2B-CFPを発現する細胞株を「アクセプター」、YFP-Nup107(またはYFP-Nup133)を発現する細胞株を「ドナー」として用いて、2つの細胞を融合しました(図3左)。融合細胞(ヘテロカリオン)を、CDK阻害剤であるRoscovitine、あるいはDNA複製酵素阻害剤のAphidicolin(アフィディコリン)が存在している中で培養すると、DNA複製を阻害しても形成される核膜孔複合体が、CDKを阻害すると形成されないことが分かりました(図3右)。さらに、CDKの中でも、とりわけ細胞周期進行に重要な働きをするCDK1とCDK2が核膜孔複合体形成に必要であることを証明しました。

脳科学総合研究センター脳形態解析支援ユニットとの共同で、核膜孔複合体が活発に形成される時期の核膜表面を電子顕微鏡で観察すると、成熟した核膜孔複合体の半分くらいの大きさの構造体を認めました(図4矢印)。この小さな構造体は、形成途上の核膜孔複合体形成中間体(nascent pore)と考えられました。成熟した核膜孔複合体が8方対称なのに対し、形成中間体は4方対称に見えました。また、核膜孔複合体形成を阻害するRoscovitine存在下で培養した同時期の細胞核の表面には、この形成中間体の構造さえ見えなかったことから、CDKが核膜孔複合体形成の初期反応に必要と分かりました。

今後の期待

興味深いことに増殖細胞では、細胞周期進行の間にDNAや中心体と同じように、次の細胞分裂期に備えて核膜孔複合体が新生されてほぼ倍化します。それに対し、増殖能を持たない終末分化した細胞などでは、核膜孔複合体の新生は見られません。神経細胞では数十年にも及ぶ長い細胞の生涯の間、核膜孔複合体が安定に存在すると考えられています。核膜孔複合体形成が細胞周期エンジンであるCDK1とCDK2に依存するという結果は、終末分化した細胞内で、核膜孔複合体が形成されない理由の1つと考えられます。

2層の脂質膜に、核膜孔複合体のような巨大な超分子複合体がどのように形成されるかは依然、大きな謎に包まれています。しかし、本研究で樹立した核膜孔複合体形成の解析系を利用することで、生きた細胞内で形成過程を詳細に解析していくことが初めて可能となりました。また、CDKという、核膜孔複合体形成開始のシグナルを見つけたことで、形成過程を制御することもできるようになりました。核膜孔複合体形成開始に関与するCDKの基質を同定することで、核膜の脂質変化を含む形成開始の分子機構が具体的に明らかになると期待できます。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 今本細胞核機能研究室
主任研究員 今本 尚子(いまもと なおこ)
Tel: 048-467-9749 / Fax: 048-462-4716
客員研究員 前島 一博(まえしま かずひろ)
Tel: 055-981-6864 / Fax: 055-981-6865

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.核膜孔複合体
    真核生物において、ゲノムの「入れ物」である細胞核を細胞質から隔てている生体膜を核膜と呼ぶ。核膜は内膜と外膜からなる二重の脂質二重膜構造をとり、外膜は小胞体とつながっている。内膜の内側(核質側)にあるラミンからなる裏打ち構造が核の形態を保っている。核膜に存在する核膜孔は多数のタンパク質からなる核膜孔複合体で構成され、核と細胞質を往来するすべての物質(イオン、タンパク質、RNA、リボソーム、ウイルス粒子など)の通り道である。巨大なタンパク質複合体で、8方対称( ※3参照)の幾何学的構造をとる。
  • 2.細胞周期エンジン
    細胞周期は、細胞分裂で生じた娘細胞が、再び母細胞となってさらに細胞分裂を行い、新しい娘細胞になるまでの過程。細胞内には細胞周期を進めるエンジンの役割をするタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ、protein kinase)がある。そのキナーゼはサイクリン(cyclin)と呼ばれるタンパク質と結合したときに、細胞周期を進める上で重要なタンパク質をリン酸化するので、CDK(サイクリン依存性キナーゼ、Cyclin-Dependent Kinase)と呼ばれている。
  • 3.8方対称
    核膜孔複合体は、細胞質側を見ても、核質側を見ても、八角対称形にタンパク質の複合体が配置している。核膜孔複合体の低温電子線トモグラフィー像を、コンピューター処理して得た立体構築像の横断面を見ると、核膜孔複合体が見事な8方対称構造をとっていることが分かる (図1参照)
  • 4.間期
    細胞周期はまず、間期と細胞分裂期に分けられる。間期はその内容からさらにG1(ギャップ1)期、S(DNA複製)期、G2(ギャップ2)期に分けられる。ヒト細胞などでは、細胞周期の間期が進むにつれて、細胞核の体積や核膜孔の数が約2倍に増加することは古くから知られている。
  • 5.CFP、YFP
    青色蛍光タンパク質と黄色蛍光タンパク質のこと。本研究では、脳科学総合研究センターの宮脇敦史チームリーダーらによって改良、極めて明るい蛍光を持つSECFPとVenusと呼ぶ青色・黄色蛍光タンパク質を用いた。
  • 6.融合細胞(ヘテロカリオン)
    細胞融合によって、異なる細胞が融合してできた融合(雑種)細胞。細胞融合現象は1957年当時大阪大学の故・岡田善雄博士(文化勲章受賞)が発見し、後に、「細胞工学」という学問分野を国内に創成する基盤となった。日本で誕生した生きた細胞の解析系。
核膜孔複合体の構造の図

図1 核膜孔複合体の構造

左上図:核細胞質間運搬体分子importinβで核膜孔複合体を可視化した像(Tokunaga et al., Nature Methods 5, 159-161, 2008より)。1つの核膜孔複合体には分子量100kDaの運搬体分子が~200個結合する。

左下図と右図:低温電子線トモグラフィーで観察した核膜孔複合体の構造(Beck et al. Nature 449, 611-615, 2007より)。細胞質側から核質側にかけて、どの断面を見ても、見事な8方対称の幾何学的構造をとっていることが分かる。この構造は酵母からヒトを含む高等真核細胞にかけて保存されている。

細胞周期を通した核膜孔複合体密度と細胞核体積の定量 (上)核膜孔複合体 (下)細胞核体積の図

図2 細胞周期を通した核膜孔複合体密度と細胞核体積の定量 (上)核膜孔複合体 (下)細胞核体積

核膜孔複合体は細胞分裂終了後の最初の4~8時間にかけて増加するのに対して(右図上)、細胞核は細胞周期を通して増加し続ける(右図下)。核膜孔複合体密度の増加はサイクリン依存性キナーゼ(CDK)の阻害剤Roscovitineで阻害されるのに対し、細胞核体積の増加はRoscovitineでは阻害されなかった。

細胞融合を利用した新生核膜孔形成を解析する実験系の図

図3 細胞融合を利用した新生核膜孔形成を解析する実験系

左上図:CFP標識したヒストンH2B-CFP発現株(アクセプター)と、YFP標識した核膜孔複合体構成因子Venus-Nup133発現株(ドナー)を融合してヘテロカリオンを作製し、DNA複製阻害剤AphidicolinまたはCDK阻害剤Roscovitin存在下で培養する。

左下図:融合直後。アクセプター細胞にはH2B-CFPの蛍光シグナルが見られるが(左)、Venus-Nup133の蛍光シグナルは見られない(中央)。

右図:融合後18時間培養したもの。Aphidicolon存在下で培養するとアクセプター細胞にVenus-Nup133の蛍光シグナルが見られ(上2段)、核膜孔複合体が新たに形成されたことが分かる。それに対し、Roscovitine存在下で培養したものは、Venus-Nup133シグナルがほとんど検出できない。CDKを阻害すると核膜孔複合体の形成が阻害されることが分かる。

電子顕微鏡像で捉えた核膜孔複合体形成中間体の図

図4 電子顕微鏡像で捉えた核膜孔複合体形成中間体

クライオ走査電子顕微鏡を用いて、細胞核表面を観察すると(左下図)、盛んに分裂している細胞で”Nascent pore”と名付けた核膜孔の形成中間体を見いだした(中央図矢印)。成熟した核膜孔複合体が8方対称なのに対し、形成中間体は4方対称に見える(右下図)。また、Roscovitine存在下で培養した細胞核の表面には、この形成中間体の構造が見えないことから、CDKは核膜孔複合体形成の初期反応に必要と考えられる。

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