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2010年9月1日

独立行政法人 理化学研究所

胆汁を介した排せつにかかわる薬物運搬分子の動きをPETでキャッチ

-生きたまま体内の薬物分布を解析し、定量的に評価する方法を確立-

ポイント

  • PETで、薬物の全身組織への分布や排せつ過程を速度論的に初めて解析
  • 薬物トランスポーター「Mrp2」の排せつの機能の可視化に成功
  • 胆汁を介した排せつの機能診断薬として、「Mrp2」のPETプローブが候補に

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、体内の物質や異物の輸送に関与するタンパク質群の中から、胆汁を介した排せつにかかわる「Mrp2※1」という薬物運搬分子(薬物トランスポーター※2)の機能を、生きたままのラットを用いたPET(陽電子放射断層画像撮影法)※3で観察することに成功し、薬物の体内動態を定量的に評価する新たな解析法を開発しました。これは、分子イメージング科学研究センター(渡辺恭良センター長)の分子プローブ動態応用研究チーム(渡辺恭良チームリーダー)高島忠之研究員らによる成果です。

薬物動態研究は、体内での薬の動きを調べ、副作用の少ない“患者にやさしい薬剤”を創りだす重要な創薬研究の1つです。一方PETは、薬物動態に関する情報を直接的に得ることができるため、薬物動態研究の分野で非常に注目されています。しかし、これまでの活用例は、薬剤などの異物から脳を守るために機能する「P糖タンパク質※4」と呼ばれる薬物トランスポーターの機能解析の報告に限られていました。その理由は、P糖タンパク質以外の薬物トランスポーターの機能を評価するためのPETプローブ※5が無く、正確に評価することができなかったためです。

研究チームは、薬物の全身組織への分布や排せつ過程を観察するために、胆汁を介した排せつにかかわる薬物トランスポーター「Mrp2」に着目しました。Mrp2は、多くの薬物、特にアニオン性薬物※6の胆汁を介した排せつや、黄疸の遺伝病にもかかわっていることが知られており、薬物動態研究において極めて重要なタンパク質の1つです。Mrp2が正常に機能している野生型ラットとMrp2の遺伝子を欠損させた変異型ラットを用意し、Mrp2の機能を調べるために合成したPETプローブ「15R-[11C]TIC-Me」を用いて観察した結果、全身組織への分布や排せつ過程がまったく異なることを発見し、Mrp2の機能をPETプローブの取り込みや排せつの速度を表す数値(クリアランス)で定量的に評価することに成功しました。

今後、胆汁を介した排せつの機能診断薬として、15R-[11C]TIC-Meの有用性をヒトでの臨床研究において検討していきます。また、Mrp2が主に運搬するプラバスタチン(高脂血症治療薬)などとほかの薬の飲み合わせの影響や、遺伝子多型に起因したMrp2の変異による副作用や薬効変化の予測を可能にし、Mrp2にかかわる薬物動態の予測研究に有効活用されることが期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics』に掲載されるに先立ち、オンライン版に近く掲載予定です。

背景

分子イメージング技術の1つである「陽電子放射断層画像撮影法(PET)」では、薬剤などの分子に放射性同位元素(RI)※7の炭素(11C)やフッ素(18F)などを組み込みます。これらRIが崩壊する過程で発生する陽電子(ポジトロン)は、近傍に存在する電子と衝突後に消滅し、そのとき生じるガンマ線を体外から計測することで、生体内での分子の量や動きをとらえることができます。これまで、ヒトに投与した薬物の効果や副作用の評価については、血液や尿中の薬物濃度に基づいた解析だけで行われており、必ずしも薬剤の全身組織への分布や、排せつ過程に基づく解析を行うことができていませんでした。PETによる観察は、生体内での薬物量や位置情報を直接的に得ることができるため、副作用の少ない“患者にやさしい薬剤”の開発を目指す薬物動態研究の分野で非常に注目されています。

体内では、薬物など異物の輸送には「薬物トランスポーター」と呼ばれるタンパク質群が関与しています。その機能は、遺伝子多型、病態、薬物相互作用などで変化し、薬効のバラツキや副作用発現の一因になると考えられています。薬物トランスポーターには多くの種類があり、組織によって発現している種類もさまざまで、それらの機能と体内動態予測を目的とした多くの研究が行われています。しかし、活用例が報告される薬物トランスポーターは、薬剤などの異物から脳を守るために機能することが知られ、すでにPETプローブが開発されているP糖タンパク質に限られていました。そのため、各薬物トランスポーターの機能を特異的に評価することができるPETプローブを新たに探索し、生きたままで薬剤の全身組織への分布や、排せつ過程の情報を得たりすることができるような、新たなPET解析方法を確立する必要がありました。

研究手法と成果

研究チームは、数ある薬物トランスポーターの中でも、胆汁を介して多くのアニオン性薬物を排せつする「Mrp2」という薬物トランスポーターに着目しました。Mrp2は、薬の飲み合わせにかかわる因子として、また黄疸にかかわる遺伝病の原因因子として重要なタンパク質です。各個人におけるMrp2の機能をPETで把握することができると、痛風治療剤、抗がん剤、高脂血症薬などのうち、Mrp2により体内動態が支配される薬剤の動きや、ほかの薬との飲み合わせの影響などを予測することができます。実験動物には薬物動態研究で汎用されているラットを用い、PETプローブには15R-[11C]TIC-Meと呼ばれる化合物(図1)を合成して、このプローブを投与した際の全身組織への分布情報や排せつ過程をPETで解析する方法の開発に取り組みました。15R-[11C]TIC-Meは、すでに脳内の神経保護にかかわるタンパク質のPETプローブとして、ヒトへの臨床研究でも用いられる放射性薬剤ですが、主に肝臓から出る胆汁を介して体外に排せつされることや、試験管レベルでもMrp2と結合して運搬される物質であることが分かったため、Mrp2の機能解析に有効活用できると考えました。

動物が生きたままの状態でMrp2の機能を解析するために、Mrp2が正常に機能している野生型ラットとMrp2の遺伝子を欠損した変異型ラットに、15R-[11C]TIC-Meを静脈内投与して体内での動態の変化を観察しました。投与後直後では、2種類のラットともに同様な薬物の体内分布を示しましたが、投与後60分では、野生型では、主に胆汁中へ薬物が排せつされているのに対し、変異型では、胆汁への排せつが激減し、代わりに尿中への排せつが劇的に増加していることが分かりました(図2)。すなわち、生きたラットで、15R-[11C]TIC-Meが全身循環を経た後、排せつされる過程を追跡することができたため、Mrp2の排せつの機能の可視化に成功したことになります。

さらに、各組織への15R-[11C]TIC-Meの取り込み速度や、排せつ過程の速度を表す数値(クリアランス)を求めることにも成功しました。クリアランスは大きければ大きいほど速く排せつされることを意味しますが、特に胆汁排せつにかかわるクリアランス値は、野生型ラットが1.4±0.5ml/min/kg、変異型ラットが0.2±0.1ml/min/kgと、約7分の1に低下していることが分かりました(図3)

このように、15R-[11C]TIC-MeというPETプローブを用いた解析で、肝臓から胆汁を介した薬物の輸送過程におけるMrp2の体内の動態情報を、クリアランスという数値で定量的に評価することに成功しました。

今後の期待

今回、これまで薬剤の脳内分布や脳の薬剤からの保護が主体であった薬物動態研究の分野で、全身組織への分布や排せつ過程を、クリアランスという指標により定量的に評価する新たな方法を開発しました。現在、15R-[11C]TIC-Meを用いたヒトでのPETによる観測が進行中で、今回のラットを使った動物試験の解析手法がヒトでも応用が可能か、また、このプローブがMrp2の機能診断薬としてヒトで有用であるかについて検証している最中で、今後の薬剤開発への貢献が期待されます。

発表者

理化学研究所
分子イメージング科学研究センター
分子プローブ動態応用研究チーム
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
研究員 高島 忠之(たかしま ただゆき)
Tel: 078-304-7124 / Fax: 078-304-7126

お問い合わせ先

神戸研究推進部企画課
Tel: 078-306-3141 / Fax: 078-306-3039

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.Mrp2
    multidrug resistance-associated protein 2の略。ラットではMrp2(またはAbcc2)、ヒトではMRP2(またはABCC2)と略して表現される。さまざまな薬物、特に広範囲なアニオン性薬物や、内因性物質のビリルビン代謝物などを運搬するタンパク質であり、肝臓、消化管などに発現している。また黄疸にかかわる遺伝病の原因因子でもある。
  • 2.薬物トランスポーター
    体内の物質や異物の組織分布と排せつにおいて重要な役割を果たすタンパク質の1つ。代表的な物質には、P糖タンパク(P-gp, MDR)、multidrug resistance-associated protein(MRP)、Breast cancer resistance protein(Bcrp)などがあり、脳への薬物移行を制限している脳、肝臓、腎臓などに発現している。発現量、発現部位も薬物トランスポーターによってさまざまである。薬物トランスポーターの中には、遺伝子多型や薬物の飲み合わせによる薬物間相互作用によって機能が変化するものもあり、薬物トランスポーターによって体内動態が支配される薬物では、薬効の変化や副作用の発現などに影響する可能性がある。
  • 3.PET(陽電子放射断層画像撮影法)

    Positron Emission Tomographyの略。ごく微量の放射線を出す原子を薬などの分子に組み込み、そこから出る放射線を測定し、薬が体内のどこにあるかを見る方法。PETで見ることができる放射線を出す原子は、炭素(C)や窒素(N)、酸素(O)、フッ素(F)など、体内にある普通の原子である。

    PET(陽電子放射断層画像撮影法)の図
  • 4.P糖タンパク質
    さまざまな薬物などの異物を運搬する最も有名な薬物トランスポーターであり、脳、肝臓、腎臓、消化管などに発現している。特に、脳を薬物などの異物から守るため、脳に到達した薬物を血液へくみ出す際には重要な役割を担っており、この過程におけるP糖タンパク質の機能を評価した報告だけでなく、P糖タンパク質を介した薬の飲み合わせ、遺伝子多型へ応用した研究など、数多くのP糖タンパク質にかかわるPET研究が報告されている。
  • 5.PETプローブ
    崩壊する際にγ線を放出する炭素(11C)やフッ素(18F)を組み込んだ分子を指す。PETプローブを動物やヒトに投与し、そこから出るγ線をPETカメラで検出した後、演算処理することにより体内のどこに薬物があるかを見ることができる。
  • 6.アニオン性薬物
    生体内でアニオン形、つまりマイナスのチャージを帯びた化合物である薬物の総称。カルボン酸基(R-COOH)などの置換基を持つものが多く、15 R-[11C]TIC-Meも、活性体ではカルボン酸基を化学構造の中に有し、生体中ではアニオン形R-COO-として存在している。これらのアニオン性薬物はMrp2で運搬されるものが多いと報告されている。逆にプラスのチャージを帯びた化学形を有する薬物はカチオン性薬物といわれる。
  • 7.放射性同位元素(RI)
    通常の炭素(C)や窒素(N)、酸素(O)、フッ素(F)は、安定に存在する元素なので放射線は出ていない。原子番号が同じでも質量数が異なる核種を同位体と呼び、それらの中でも放射線を出して崩壊するものを放射性同位体と呼ぶ。
標識合成したPETプローブ15R-[11C]TIC-Meの図

図1 標識合成したPETプローブ15R-[11C]TIC-Me

15R-[11C]TIC-Meをラット静脈内投与後の腹部組織のPETイメージング画像の図

図2 15R-[11C]TIC-Meをラット静脈内投与後の腹部組織のPETイメージング画像

野生型とMrp2を欠損した変異型における、15R-[11C]TIC-Me投与後2分、10分、60分の腹部組織のPET画像(上)と各組織中の薬物濃度推移(下)を示す。野生型では、薬物が主に全身循環を経て肝臓に取り込まれ、次いで胆汁を介し排せつされる過程と、一部は腎臓を介し尿中に排せつされる過程の2つにより排せつされることが分かった。一方、変異型では、主に腎臓を介し尿中に排せつされる過程が主な排せつ経路であることが分かった。

組織への取り込み、胆汁排せつにかかわる速度関連パラメータ(クリアランス)の算出の図

図3 組織への取り込み、胆汁排せつにかかわる速度関連パラメータ(クリアランス)の算出

15R-[11C]TIC-Meを野生型ラットとMrp2を欠損した変異型ラットに投与し、各組織中における濃度を用いて、例えば肝臓への取り込みクリアランス(左)、胆汁を介した排せつクリアランス(右)をプロットの傾きから算出した。15R-[11C]TICの肝臓への取り込みは速やかで、クリアランス値は野生型ラットが45±9ml/min/kg、変異型ラットが31±15ml/min/kgとどちらも似た値を示す一方で、胆汁を介した排せつ過程のクリアランス値は、野生型ラットが1.4±0.5ml/min/kg、変異型ラットが0.2±0.1ml/min/kgと、変異型ラットの値は野生型ラットの約7分の1に低下していることが分かった。

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