広報活動

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2010年9月17日

独立行政法人 理化学研究所

マウス体細胞クローンの産子出生効率が10倍近くも改善

-X染色体上の遺伝子群発現の正常化が体細胞クローン技術を実用化に導く-

ポイント

  • 体細胞クローンの遺伝子発現を網羅解析し、X染色体上の遺伝子群の発現低下を発見
  • X染色体を不活化するXist遺伝子異常発現の抑制、常染色体の遺伝子発現も改善
  • マウス以外の動物への応用で、ほ乳類体細胞クローン技術の実用化に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、体細胞クローンマウスを使って着床前胚(胚盤胞)※1の遺伝子発現を網羅的に解析し、X染色体※2上の遺伝子群発現を抑制するXist遺伝子※3が異常発現していることを突き止めました。さらに、このXist遺伝子を欠損させてX染色体上の遺伝子群発現を正常化させると、体細胞クローンマウスの産子出生率を10倍近くにまで改善できるという、革新的なクローン技術の開発に成功しました。これは、理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)遺伝工学基盤技術室の小倉淳郎室長(筑波大学大学院生命環境科学研究科および東京大学大学院医学系研究科兼任)、井上貴美子専任研究員と、動物変異動態解析技術開発チーム(阿部訓也チームリーダー)を中心とする研究グループによる研究成果です。

体細胞クローン技術は、核を除いた未受精卵子(除核卵子)へ体細胞核(ドナー核)を移植し、ドナー核と同じ遺伝情報を持つ個体を作出する核移植技術の1つです。同じ遺伝情報を持った「コピー」の動物を無限に生産できることから、畜産分野を始め、均一な実験動物を必要とする製薬や医学分野への応用が大いに期待されています。しかし、1996年に体細胞クローンヒツジ「ドリー」が誕生してから10年以上経過した現在でも、体細胞クローン動物の生産効率は著しく低く、移植した胚の数%以下しか生まれてこないのが現状で、実用化の障壁となっていました。

研究グループは、マウス体細胞クローンの着床前胚(胚盤胞)の遺伝子発現の網羅的な解析から、性染色体の1つであるX染色体上の遺伝子群の多くが発現低下を示しており、その原因がXist遺伝子の異常発現にあることを突き止めました。そこで、ノックアウトマウス※4を用いてクローン胚でのXist遺伝子の異常発現を抑制したところ、X染色体上の遺伝子だけでなく、常染色体※5上におけるほかの遺伝子の発現量も正常化することを見いだしました。さらに、これらの胚を移植した結果、通常の8~9倍の効率(移植胚あたり13~14%)でクローン産子を作出することに成功しました。

研究グループは、ウシクローン胚でも同様のXist遺伝子の異常発現が生じることを明らかにしています。今後、X染色体上の遺伝子群の発現を正常化させることで、ほ乳類の体細胞クローン技術を、基礎研究から畜産などの産業にまで展開することができると期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』オンライン版(9月16日付け:日本時間9月17日)に掲載されます。

背景

体細胞クローン技術は核移植技術の1つで、いわゆる「コピー」の動物を無限に生産できることから、畜産分野を始め、実験動物を利用する製薬や医療分野への応用が大いに期待されています。しかし、1996年に世界で初めて成体由来の体細胞クローンヒツジ「ドリー」が誕生してからすでに10年以上が経過した現在でも、いまだに体細胞クローン動物の生産効率は著しく低く、移植した胚の数%程度しか産まれてこないのが現状です。

これまで世界中の多くの研究室が、体細胞クローン効率の低い理由を明らかにするために、クローン胚の発生パターン、遺伝子発現、クロマチン※6構造などを解析してきました。その結果、多くの体細胞クローン胚特有の異常が見つかってきましたが、そのいずれも体細胞クローン技術の改善にはつながっていません。特に、世界標準のモデル動物であるマウスでクローンの出生率が低く、体細胞クローン技術の発展の大きな障害となっていました。すべての動物実験はマウスから始まるといっても過言では無く、マウスでの実験がうまくいかなければ、ほかの動物への展開も困難です。そのため、基礎研究から実用化に至るさまざまな分野で、マウスの体細胞クローン技術を確立することが望まれていました。

研究手法と結果

研究グループは、マウス体細胞クローンの着床前胚(胚盤胞)の遺伝子発現を網羅的に解析し、性染色体の1つであるX染色体上の遺伝子群が、例えば雄胚の場合、正常胚と比較して平均27%ほども発現が低下していることを見いだしました(図1)。ほ乳類では、X染色体が雄の細胞に1本、雌の細胞で2本存在しており、通常は雌の2本の染色体の内の1本がX染色体上のXist遺伝子によって不活化され、雌雄のX染色体遺伝子の発現が均等になるように調節されています。胚で活性化するX染色体(活性X染色体)は、必ず母方、すなわち卵子由来のX染色体で、このX染色体ではXist遺伝子は発現しません。研究グループは、この母方由来のXist遺伝子の発現について、雌雄両方のクローン胚を用いて調べたところ、雌雄細胞に1本ずつ存在する活性X染色体から、本来発現しないはずのXist遺伝子が異常発現していることを突き止め(図2)、これがクローン胚のX染色体上の遺伝子群の発現を低下させる原因であると予想しました。

そこで、2本のX染色体のうち、片側のX染色体上のXist遺伝子を欠失したノックアウトマウスを母親、野生型マウスを父親に持つ雌雄のマウスを作出しました。作出したマウスから、不活化されない(Xist遺伝子がノックアウトされた)X染色体を必ず1本持つ体細胞を取り出し、核移植を行いました(図3)。得られたクローン胚の遺伝子発現を解析すると、X染色体上の遺伝子群ばかりか、常染色体上の多くの遺伝子群もその発現が正常化していました。これは、クローン胚の遺伝子発現低下の多くが、Xist遺伝子の異常発現に起因していることを示唆しています。

さらに研究グループは、これらの染色体上の遺伝子発現が正常化したクローン胚を雌マウス卵管へ移植し、その出生効率を観察しました。その結果、通常の8倍~9倍の効率(移植胚あたり13%~14%)でクローン産子が生まれてくることを確認しました(図4)

今後の期待

体細胞クローン技術は、畜産分野を始め、生物工場を利用した製薬や移植用臓器を用いた医学分野などへの幅広い応用が進められようとしています。今回の研究では遺伝子改変マウスを用いていますが、RNA干渉法※7などを用いてXist遺伝子の異常発現を抑えることも可能です。また、研究グループは、ウシの体細胞クローン胚でもXist遺伝子が異常発現していることも明らかにしており、ウシクローンでも類似の異常が生じていると考えています。今後、本研究の成果を基にほ乳類の体細胞核移植技術が改良され、応用分野での実用化が進むことが期待されます。

発表者

理化学研究所
バイオリソースセンター 遺伝工学基盤技術室
室長 小倉 淳郎
室長 小倉 淳郎(おぐら あつお)
Tel: 029-836-9165 / Fax: 029-836-9172

お問い合わせ先

筑波研究推進部 企画課
Tel: 029-836-9136 / Fax: 029-836-9100

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 着床前胚(胚盤胞)
    ほ乳類の卵子は、卵管で受精したのち、子宮へ移動して着床する。その受精から着床までの間の受精卵を着床前胚と呼ぶ。胚盤胞は、着床直前の着床前胚。
  2. X染色体
    ほ乳類の性染色体の1つ。性染色体の構成は、雄の細胞はXY(X染色体とY染色体1本ずつ)、雌の細胞はXX(X染色体が2本)となる。このため、X染色体上の遺伝子の発現量を雌雄で均等化するために、着床前胚の雌の細胞では、父方由来のX染色体が不活性化されている。一方、着床後の胚の体細胞ではランダムに不活化を受ける。
  3. Xist(エグジスト)遺伝子
    X染色体上の遺伝子の1つ。その転写産物であるRNAがそのX染色体を被覆し、クロマチン構造の抑制性変化を誘導する。最終的にX染色体上のほとんどの遺伝子発現が抑制されることにより、X染色体不活化が完成する。正常な着床前胚(※1参照)においては、雌雄胚とも母方(卵子)由来のX染色体上のXist遺伝子は発現せず、不活化を免れている。しかしマウスの体細胞クローン胚では、この母方由来のX染色体からXist遺伝子が異常に発現していた。
  4. ノックアウトマウス
    遺伝子操作により、ゲノム上の特定の遺伝子が欠失しているマウス。
  5. 常染色体
    性染色体以外の染色体で、両親(卵子・精子)から1本ずつ、計2本が受け継がれる。マウスでは1番から19番まで、ヒトでは1番から22番まで存在する。
  6. クロマチン
    核内のDNAは、主にヒストンと呼ばれるタンパク質によってコイル状構造を形成し、コンパクトに収納されている。このDNAとタンパク質からなる構造の単位をクロマチンと呼ぶ。含まれる遺伝子の転写状態や核内の位置によって構造が変化する。
  7. RNA干渉法
    特定の配列を持つRNAを細胞へ導入することで、相補的なmRNAの分解を促進させること。結果的に、その目的の遺伝子の機能を抑制することができる。

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体細胞クローン胚でのX染色体上遺伝子の発現低下(雄胚の例)

図1 体細胞クローン胚でのX染色体上遺伝子の発現低下(雄胚の例)

X染色体上の各遺伝子の発現量を縦軸に、X染色体上の位置を横軸に並べてプロットした。正常胚(体外受精胚:黒)に対し、体細胞クローン胚(赤)のX染色体上の遺伝子発現が低下していることが分かる。波線は1個の胚の発現レベルを示し、実線はその平均を示す。

体細胞クローン胚におけるXist遺伝子の発現レベル(雄胚の例)

図2 体細胞クローン胚におけるXist遺伝子の発現レベル(雄胚の例)

体細胞クローン胚では、X染色体の不活化を誘導するXist遺伝子が異常発現をする。特にX染色体が1本で、通常はXist遺伝子が発現していない雄胚では、正常胚の発現量との差が顕著となる。

Xistノックアウト遺伝子座の利用による体細胞クローン胚の 遺伝子発現改善の模式図(雌胚の例)

図3 Xistノックアウト遺伝子座の利用による体細胞クローン胚の 遺伝子発現改善の模式図(雌胚の例)

正常な雌の受精胚は、2本のX染色体のうちの1本(父親由来、右側)が、抑制性のRNA (赤波線)を転写するXist遺伝子の発現により不活化されている。残りの1本(母親由来、左側)はXist遺伝子が発現しないために活性が保たれている(A)。しかし体細胞クローン胚は、本来活性である母方のX染色体でもXist遺伝子が発現しているために、多くのX染色体上の遺伝子群の発現が抑制されてしまう(B)。そこで、Xistノックアウトにより、母方のX染色体上のXist遺伝子を欠失させて不活化を防ぐと、正常なX染色体遺伝子の発現を回復し、正常な受精胚(A)と同様な状態に導くことができる(C)。雄のクローン胚(XY)でも同じ異常が生じており、やはりXistノックアウトを用いてX染色体上の遺伝子群の発現を正常化できる。

Xist遺伝子ノックアウト体細胞から生まれたクローン産子

図4 Xist遺伝子ノックアウト体細胞から生まれたクローン産子

通常マウスの体細胞クローンは1腹から平均0.5匹程度の出産であるが、XistノックアウトによりXist遺伝子の異常発現を抑制すると、3匹から5匹が生まれるようになる。産子は元気に生まれ、特に異常も見られない。

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