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2011年1月27日

独立行政法人 理化学研究所

独自の代謝動態解析法で微生物間相互作用を追跡

-食品科学における1次代謝物の重要性を再認識-

ポイント

  • 生きた微生物の代謝動態をリアルタイム計測するNMR代謝動態解析技術を構築
  • ビフィズス菌とO157は1次代謝レベルで共生関係を築いていることを発見
  • 腸内微生物の多糖類分解や有機酸・アミノ酸産生に着目した新食品科学に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ビフィズス菌と腸管出血性大腸菌O157が共存する生育環境では、ビフィズス菌の産生するアミノ酸をO157が利用して有機酸にまで代謝する共生関係を築いていることを、核磁気共鳴法(NMR)※113C安定同位体標識技術※2を用いて初めて解明しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)先端NMRメタボミクスチームの菊地淳チームリーダー、中西裕美子ジュニアリサーチアソシエイトと理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫系構築研究チームの大野博司チームリーダーらによる共同研究グループ※3の成果です。

ヒトや動物の腸管内には、多種多様な腸内細菌が共存し、腸内フローラ(腸内細菌叢)※4を形成しています。腸内フローラの改善効果を持つ善玉菌(プロバイオティクス※5)を活用すると、腸管関連疾患やアレルギーなどの改善・予防効果が高まることが明らかとなっていますが、そのメカニズムは不明なままでした。最近、研究グループは、ビフィズス菌がO157感染を抑止するメカニズムとして、宿主とビフィズス菌との相互作用を解明しましたが、1次代謝レベルでの細菌間相互作用については明確ではありませんでした。そこで今回、ビフィズス菌だけ、O157菌だけ、さらに両者を共培養させた状態の3条件について、それぞれ13C標識培地を用いて試験管内で生育させながら代謝動態をリアルタイム計測しました。その結果、共培養の際にビフィズス菌が産生するアミノ酸をO157が利用して有機酸へと代謝するプロセスを浮き彫りにすることに成功しました。

1次代謝はさまざまな生物に共通する中心代謝経路であるため、種々の生物が混在する系では、どの生物がどの1次代謝物を産生しているのかを区別して分析することが困難です。そのため、腸内微生物の機能が関与する食品科学分野では、腸内細菌の1次代謝物より、種特異性の高い2次代謝物に焦点を当てる傾向があります。しかし、食物繊維に代表される多糖類をビフィズス菌が分解・代謝して酢酸やアミノ酸を産生し、ほかの微生物種に作用するという、宿主・細菌間相互作用や細菌間相互作用を見いだしたことで、1次代謝物の隠れた役割が明らかとなり、新たな食品科学の提案が期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Proteome Research』に近く掲載されます。

背景

ヒトや動物の腸管内には、多種多様な腸内細菌が共存しており、腸内フローラ(腸内細菌叢)を形成しています。腸内フローラは、ヒトの健康維持に有用であると同時に、有害な面があることも明らかになってきています。いわゆる悪玉菌の増加は、がん・糖尿病・高血圧・心臓病などの生活習慣病、アレルギーや炎症性腸疾患などの免疫疾患や各種感染症を誘発するとともに、老化との関連も示唆されています。炎症性腸疾患モデル動物や大腸発がんモデル動物から腸内細菌を除去すると、これらの疾患を発症しなくなるという事実から、単に宿主の遺伝子異常ばかりではなく、宿主-腸内細菌間の相互作用が病態形成の重要な要因であると考えられます。近年では、ビフィズス菌に代表される善玉菌(プロバイオティクス)による疾患の改善や予防効果も明らかになり、善玉菌投与の有用性が、健康維持、予防医学の面からも着目されてきています。

プロバイオティクスの主な効果は、市販の乳酸菌飲料の影響もあり、善玉菌が悪玉菌を駆除するようなイメージが一般向けに宣伝される傾向にありました。しかし、共同研究グループは、善玉菌のビフィズス菌が直接、悪玉菌の腸管出血性大腸菌O157の増殖やシガ毒素※6の産生を抑制するのではなく、ビフィズス菌が果糖を代謝して産生した酢酸が宿主の腸粘膜上皮の抵抗力を増強することで、O157感染を抑止することを明らかにしました(図1、2011年1月27日プレス発表)。そこで、研究グループは、これら善玉菌・悪玉菌の2者の共生関係を明らかにするために、この宿主-ビフィズス菌間の相互作用に加えて、ビフィズス菌-O157間の細菌間相互作用の解明に取り組みました。

研究手法と成果

先端NMRメタボミクスチームは、従来のNMR法で用いられる精製された物質の解析だけでなく、生体由来の複雑な代謝物を、未精製な混合物のまま、核磁気共鳴法(NMR)で一斉に計測する手法(NMRメタボローム解析)を開発してきました。その手法を、理研横浜研究所が整備してきた世界最大の集積台数を誇るNMR施設に展開し、2007年に植物、2008年に動物、2009年に生きたままの微生物のメタボローム解析を実現してきました。さらに、2010年には、統計数学的手法を導入することで、残渣に埋もれていた代謝物も含め、候補代謝物を大量に拾い上げる新手法を考案しました。(2010年1月28日プレス発表)。

研究グループは今回、O157とビフィズス菌という2種の細菌の1次代謝物を介した相互作用を、生きた微生物発酵のメタボローム解析を応用した、NMR法に基づくマルチオーミクス手法を用いて解析しました。

まず、試験管にO157とビフィズス菌両者を入れたもの、O157だけを入れたもの、ビフィズス菌だけを入れたものの3種類のサンプルを作製し、それぞれ13C標識培地を用いて試験管内で培養し、細菌の増殖と代謝動態をリアルタイムで計測しました(図2)。次に、計測で明らかにした複数の代謝物の時間変動を主成分分析で解析し、トランスクリプトーム解析やプロテオーム解析も交えて縦断的なオーミクス解析を行いました。その結果、O157とビフィズス菌の共培養下の試験管では、生存に必須なアミノ酸であるアスパラギン酸とセリンの時間変動が、単独培養のそれと有意に異なることを見いだしました。

さらに、安定同位体13Cで標識したアスパラギン酸とセリンを試験管に添加した実験を行い、O157が、標識したアスパラギン酸はフマル酸を経由してコハク酸へと、さらにセリンもピルビン酸を経由して酢酸へと代謝することを見いだしました(図3)。O157代謝経路上に存在し、これらの代謝物の生合成に関わる遺伝子やタンパク質の発現量も単独培養よりも上昇していることから、O157とビフィズス菌の共培養下では、ビフィズス菌が作ったアミノ酸をO157が有機酸に代謝することを突き止め、両者が共生関係を築いている証拠を得ました。以上のように、プロバイオティクス(ここではビフィズス菌)の役割は通常イメージされているような悪玉菌(ここではO157)を駆逐するばかりでなく、共生関係さえあることを示しました。従って、菌体外(プロバイオティクス摂食の場合は腸管内)に排出される代謝物組成の検出が、今回の研究のように重要な意味を持ちます。

今後の期待

1次代謝はさまざまな生物に共通する中心代謝経路であるため、腸内フローラのような種々の生物が混在する系では、各生物種の1次代謝物の働きを区別して分析することは困難でした。そのため、腸内微生物の機能を活用する食品科学の分野では、腸内細菌の1次代謝物より、種特異性の高い2次代謝物に焦点を当てる傾向がありました。しかし、食物繊維に代表される多糖類をビフィズス菌が分解・代謝して酢酸やアミノ酸を産生し、宿主やほかの微生物種に作用するという、宿主・細菌間相互作用や細菌間相互作用を見いだしたことで、微生物間ネットワークにおける1次代謝物の隠れた役割を示すこととなりました。この1次代謝物の有用性を活用すると、新たな食品科学の提案が期待できます。

安全な水や衛生的な住環境が整っているわが国と異なり、発展途上国では乳幼児の3割弱が下痢で死亡しているとされています。この乳幼児下痢症の原因の4割をO157のような腸管病原性大腸菌が占めています。前出のビフィズス菌によるO157感染抑制の成果は、食物繊維の摂食と、発酵食品に含まれるビフィズス菌の摂取が、1次代謝物を介した病原性細菌への抵抗性につながることを示しました。本成果も同様にアミノ酸や有機酸といった単純な1次代謝物の埋もれた役割情報を引き出す手法です。食品科学の世界で重要な宿主・微生物間、さらには微生物間相互作用を1次代謝まで含めて捉えなおすことで、今後、各地域に応じた植物種や、発酵微生物種を有効利用して、生産工程が単純で低コストな1次代謝物をも利用した“医食同源”の実現に向けて、健康・予防医学に関連した研究開発が進展すると期待できます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター
先端NMRメタボミクスチーム
チームリーダー 菊地 淳(きくち じゅん)
Tel: 045-503-9439 / Fax: 045-503-9489

お問い合わせ先

横浜研究推進部企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.核磁気共鳴法(NMR)
    生体分子の原子レベルでの構造解析や、さまざまな無機・有機分子などの物性の計測が可能で、非常に幅広い情報を抽出できる。試料の前処理が不要、不溶試料でも計測が可能といった利点があり、最も活用されている分析手法のうちの1つだが、同時に低感度という欠点も有する。化学構造に応じて、磁場中での共鳴吸収が異なることを利用した分析法で、代謝物の構造の違いを反映して、シグナルが分離する。
  • 2.13C安定同位体標識技術
    13C原子核は天然存在比が低いものの、生体には安全な同位体核であるため、これらを含んだ化合物を生物に取り込ませ、標識化して検出を容易にする方法のこと。NMR法では陽子数、原子番号とも偶数でない核(核スピンを有する核)が観測対象であり、安定同位体標識化が極めて有効である。
  • 3.共同研究グループ
    理研植物科学研究センター先端NMRメタボミクスチーム/横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科環境分子生物学研究室(菊地淳、近山英輔)、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(RCAI)免疫系構築研究チーム/横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科免疫生物学研究室(大野博司、中西由美子、福田真嗣)、理研RCAI免疫ゲノミクス研究グループ(木村弥生)の研究者各氏。
  • 4.腸内フローラ(腸内細菌叢)
    ヒトや動物の腸の内部に生息している細菌のこと。ヒトの腸内には1人当たり100種類以上、100兆個以上の腸内細菌が生息しており、糞便のうち、約半分が腸内細菌またはその死骸であるといわれている。宿主であるヒトや動物が摂取した栄養分の一部を利用して生活し、ほかの種類の腸内細菌との間で数のバランスを保ちながら、一種の生態系を形成している。
  • 5.プロバイオティクス
    消化管内のフローラ(微生物叢)を改善し、宿主に有益な作用をもたらしうる有用な微生物と、それらの増殖促進物質を指す。つまり、プロバイオティクス機能を持つ微生物を摂取すると、それが消化管内(口腔内や腸内)のフローラに作用し、フローラの健常化を図りながら、疾病の改善・予防を行う、というものである。現代人に多い生活習慣病の予防の観点からも注目されており、また獣医・畜産の分野では、抗生物質に代わる家畜の成長促進剤としても使用が進んでいる。
  • 6.シガ毒素
    O157を含む腸管出血性大腸菌が産生し、菌体外に分泌する毒素タンパク質(外毒素)。腸内で産生した毒素タンパク質は、腸管上皮細胞に作用して出血性の下痢を起こすだけでなく、その一部は血液中に吸収されて全身に移行する。
プロバイオティクスの作用メカニズムの図

図1 プロバイオティクスの作用メカニズム

研究グループは、善玉菌が悪玉菌を駆除する従来のイメージ(左)と異なり、ビフィズス菌が食物繊維から代謝する酢酸が腸管を保護するという宿主・細菌間相互作用を示した(右)。

1次代謝レベルでの細菌間相互作用解析を可能とした研究手法の図

図2 1次代謝レベルでの細菌間相互作用解析を可能とした研究手法

生きた菌体をNMR管内で培養しながら、ダイナミックな代謝変動をとらえる。連続培養⇒連続データ取得⇒統計解析⇒特徴的な代謝物の決定、の手順で解析を行う。

研究で明らかにしたビフィズス菌(左)・O157(右)間相互作用の図

図3 研究で明らかにしたビフィズス菌(左)・O157(右)間相互作用

ビフィズス菌(左:B.longum)が作ったアミノ酸(アスパラギン酸:Aspとセリン:Ser)を、O157(右:E.coli)が有機酸(Fum:フマル酸、Suc:コハク酸とPyr:ピルビン酸、Ace:酢酸)に代謝する。

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