広報活動

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2011年3月30日

独立行政法人 理化学研究所

脊椎動物の進化的に保存された発生段階は、中期胚にある咽頭胚期と判明

-進化と発生の関係性をめぐる150年来の謎を、遺伝子発現情報とスパコンで解明-

ポイント

  • 脊椎動物は、咽頭胚期に最も進化的に保存された遺伝子発現プロファイルを持つ
  • 脊椎動物4種の胚発生に関する遺伝子発現プロファイルを時系列に沿って整備
  • 遺伝子レベルの解析は、進化と発生の関係性として砂時計モデルを支持

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、哺乳類(マウス)、鳥類(ニワトリ)、両生類(アフリカツメガエル)、魚類(ゼブラフィッシュ)という4種の脊椎動物が発生する過程で、包括的な遺伝子発現プロファイルを同定・整備し、さらにそれら遺伝子発現情報を種間で類似性比較したところ、多種多様な発生段階の中でも中期胚にある咽頭胚期※1が最も進化的に保存された段階であることを明らかにしました。脊椎動物の発生過程は、「漏斗型モデル」と「砂時計モデル」という2つのモデルが主要な仮説として争われてきましたが、今回の結果は、砂時計モデルを支持する強力な証拠になると注目されます。これは理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態進化研究グループの倉谷滋グループディレクターと入江直樹研究員による成果です。

二足歩行するヒト、空飛ぶトリ、淡水から陸上へ生活の場を移すカエル、そして魚類と、私たち脊椎動物は形態的特徴が非常に多様です。こうした複雑な構造は、発生の進行に伴って体軸など基盤となる位置情報から順に形成されていくことなどから、初期胚こそが進化的に最も保存された胚段階であるという「漏斗型モデル」が提示されてきました。一方で、どの脊椎動物も1つの頭部や中枢神経、分節化した骨格からなる胴体など、共通の「基本ボディプラン※2」に従っており、このような共通構造と密接に関連する発生過程が中期胚に保存されていることを示唆した「砂時計モデル」も提示されてきました。これらは、両者ともに決定的な証拠を欠き、進化と発生の関係性における150年来の未解決問題となっています。

研究グループは、脊椎動物4種の初期胚から後期胚までの各発生過程で包括的な遺伝子発現プロファイルを同定・整備し、理研スーパーコンピュータRICC※3を駆使してそれらの類似性を解析しました。その結果、中期胚にある咽頭胚期と呼ばれる段階が、進化的に最も保存された遺伝子発現を持つことを発見しました。これは、脊椎動物の形態的特徴が基本ボディプランに従っているという概念とよく一致し、「砂時計モデル」を強く支持する結果となります。今回採用した情報生物学的な大規模解析アプローチは、解剖学的観察が主であった分野に革新的な成果をもたらしました。また、時系列に沿った遺伝子発現プロファイルの整備や、進化的に保存された発生関連遺伝子群を浮き彫りにするなど、動物進化だけでなく、器官・臓器形成の理解・基盤にも大いに役立つことが期待されます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Communications』(3月22日号)に掲載されました。

背景

脊椎動物は、進化を通して水中、陸上、空中と広く適応放散し、多様な形態的特徴を獲得してきました。一方で、どの脊椎動物も1つの頭部や中枢神経、分節化構造を持つ体幹部など、共通した「基本ボディプラン」に従っています。このように、動物には進化を通して変化しやすい構造とそうでない構造が存在し、進化発生学では、進化を通した発生過程の変化からこうした現象を理解しようとしています。進化と発生の関係性解明を目指してきた研究は、1860年代中頃のドイツのエルンスト・ヘッケル博士の反復説※4までさかのぼりますが、現在でも大きく分けて「漏斗型モデル」と「砂時計モデル」の2つのモデルが対立しています(図1)。多数の研究者が度々提案してきた漏斗型モデルでは、動物は全て1つの受精卵から始まり、発生の進行に伴って卵割※5原腸陥入※5を行うという共通現象が、初期胚の進化的保守性の高さを示している、と考えてきました(図1左)。一方、スイスのスイス連邦工科大学ローザンヌ校のデニス・ドゥブール(Denis・Duboule)博士や米国のインディアナ大学のルドルフ・ラフ(Rudolf・Raff)博士らなどが提案してきた砂時計モデルでは、卵割や原腸陥入の様式は種の間でばらついているが、中期胚でみられる器官形成期は形態的類似性が高いという事実を基に、脊椎動物の基本ボディプランがこの中期胚に現れている、と考えてきました(図1右)。これら2つのモデルの検証は、解剖学的特徴を比較することでこれまで主に推し進められてきましたが、150年以上たった現在でも、どちらが正しいかについては未解決のままでした。

研究手法

研究グループは、遺伝子発現プロファイルを利用して、漏斗型モデルと砂時計モデルの論争に決着をつけることを目指しました。まず、哺乳類、鳥類、両生類を代表するモデル生物種(それぞれマウス、ニワトリ、アフリカツメガエル)の初期胚から後期胚までを12~15段階にわたり採取し、その包括的な遺伝子発現プロファイルをマイクロアレイ※6で同定しました。さらに魚類(ゼブラフィッシュ)の公開データを加えることで、遺伝子発現プロファイルの解析基盤を構築しました。次に、各生物種が持つ相同な(進化的に由来が同じ)遺伝子群を同定し、それら遺伝子群の発現プロファイルの類似性を解析して、2つのモデルの検証を行いました。こうした胚全体からの遺伝子発現プロファイルの類似性解析は、進化的に同等な細胞の構成比率を比較するメタトランスクリプトームに似た手段だと考えられます。また、今回のような異種間での膨大な遺伝子発現データの比較解析には、理研スーパーコンピュータRICCの計算力を用いて、多角的かつ統計的に堅牢な方法を採用しました。

研究成果

脊椎動物は、胚発生時間が種によって2日(ゼブラフィッシュ)から20日(マウス)程度と大きく異なるだけでなく、形成してくる相同器官のタイミングも異なるため、進化的に同等な発生段階を定義することができません。そのため研究グループは、任意の2種間での遺伝子発現プロファイルの類似性を評価するため、全ての発生段階の組み合わせを総当たりで比較解析しました。その結果、どの2種でも、砂時計モデルが示唆する通り、中期胚(神経胚~後期咽頭胚)は初期胚と後期胚の2種よりも高い類似性を持つことが分かりました。胚発生は、体軸や分化情報をドミノ倒し状に構築していくことから、漏斗型モデルなどが示唆するように初期胚こそ多様性が低くなると考えられる傾向があったので、中期胚に共通の発生段階があるという今回の知見は驚くべき結果といえます。

さらに研究グループは、脊椎動物が進化する過程で共通して保存されてきた発生段階の特定を目指し、4種の脊椎動物胚の遺伝子発現データの類似性の平均値を解析しました。類似性評価には、主に順位化した値を評価するスピアマン相関係数など4種類の方法※7がありますが、そのどれを用いても咽頭胚期の胚が最も高い遺伝子発現プロファイル類似性を示すという結果を得ました(図2図3)。比較形態学では、この咽頭胚期に基本ボディプランが現れるとされており、遺伝子レベルからこの基本ボディプラン出現の時期について裏付けをとった世界で初めての成果となりました。つまり、この咽頭胚期の段階が進化的に保存されてきたために、脊椎動物は共通の基本ボディプランに従うといえます。4種それぞれの咽頭胚期の遺伝子発現データを解析したところ、興味深いことに、分化誘導の役割を持つHox遺伝子など、多くの発生関連遺伝子群が4種全てに共通して発現していることが分かりました。中には機能が未知の遺伝子も含まれ、これらの遺伝子は、脊椎動物の器官形成に決定的に重要な遺伝子群である可能性が高いと考えられます。

今回研究グループが同定・整備した、マウス、ニワトリ、アフリカツメガエルの発生時系列に沿った包括的遺伝子発現プロファイルはArrayExpress及びGene Expression Omnibusからすでに公開されています。

今後の期待

今回の結果は、150年以上続いた進化と発生の関係性の謎に、遺伝子レベルから答えを導いた画期的な成果であるだけでなく、漏斗型モデルなどが示す「ドミノ倒しのように遺伝子スイッチのON/OFFが切り替えられて進む発生過程では、上流、あるいは初期胚のシグナルが進化的にも変更しにくい」という従来の考え方に再考を迫るものです。今後、各生物種でのさらなる多角的な検証・解析が待たれます。

また、解析に用いた大規模データは、発生生物学にとっても大いに利用価値のあるデータで、抽出した保守的な発生関連遺伝子群のリストとともに、器官形成や臓器形成の理解を前進させる重要な基盤となることが期待できます。

発表者

理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター 形態進化研究グループ
グループディレクター 倉谷 滋(くらたに しげる)
研究員 入江 直樹(いりえ なおき)

お問い合わせ先

神戸研究所研究推進部 広報国際化室
Tel: 078-306-3092 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 咽頭胚期
    中期胚の咽頭弓という構造が見られる胚発生期のこと。
  2. 基本ボディプラン
    動物の体の基本となる解剖学的特徴。一般に、さまざまな脊椎動物の成体における解剖学的特徴から、その共通項を抜き出すことで推定される。
  3. 理研スーパーコンピュータRICC
    RIKEN Integrated Cluster of Clustersの略。異なる4つの計算機(超並列PCクラスタ、GPUアクセラレータを搭載した多目的PCクラスタ、分子動力学専用計算機MDGRAPE-3を接続したクラスタ、共有メモリ型の大容量メモリ計算機)などを接続し、それらを1つの計算機であるかのように簡単に利用できるスーパーコンピュータ。
  4. ヘッケルの反復説
    個体発生が系統発生(=進化)を繰り返しているとするヘッケルの仮説。進化論を支持する意味合いも強かった。また、反復(個体発生と系統分類群の並行性を主張する考え)は、ヘッケル以前からあったものの、進化に対するより直接的な言及はヘッケルの反復説が初めてだった。
  5. 卵割、原腸陥入
    卵割とは、発生の初期に見られ、受精卵が体細胞分裂を連続して起こす現象。原腸陥入とは、細胞集団の一部が胚の内部に向かって入り込むことで将来の腸管を形成する腔を形成する現象。
  6. マイクロアレイ
    網羅的遺伝子発現解析を行うための分析機器。それぞれの遺伝子配列に特異的なプローブが高密度で基板上に並べられており、蛍光標識したサンプル由来mRNAを反応させることで、各遺伝子レベルの発現強度を網羅的に解析することができる。
  7. 4種の類似性評価
    ピアソン積率相関係数、スピアマン相関係数、総ユークリッド距離、総マンハッタン距離の4種の評価法。ピアソン積率相関係数は線形相関、スピアマン相関係数は順位化した値の相関、総ユークリッド距離は点と点の距離の総和、総マンハッタン距離は各座標の差の絶対値の総和を評価する。

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漏斗型モデル(左)と発生砂時計モデル(右)の図

図1 漏斗型モデル(左)と発生砂時計モデル(右)

下から上へ発生が進み、水平方向の幅は進化的多様性を表す。漏斗型モデル(左)では、時間的に後にある発生段階は、その前の発生段階に依存していることを重視し、こうした依存性(黒矢印)が初期胚の変化を困難にし、結果的に初期胚を進化的に保守的にさせていると考えられていた。一方で、砂時計モデル(右)では、それぞれの動物内でみられる発生シグナルが複雑に入り組んでおり、一部の変更が破壊的な結果をもたらしうるため、進化的に変更されにくい器官形成期が現れるとしている。今回の研究では、砂時計型モデルが示唆するような初期胚の多様性を確認しただけでなく、咽頭胚期が進化的に最も保存されていることが明らかとなった。胚発生が、保存された器官形成期を通るにも関わらず、その初期胚を多様化させることができたというのは非常に興味深く、その機構が注目される。

遺伝子発現プロファイルから評価した各発生段階の進化的距離の図

図2 遺伝子発現プロファイルから評価した各発生段階の進化的距離

(a)代表的な胚段階の全胚遺伝子発現プロファイルの類似性
4つある段階は、下から卵割(Cleavage)、胞胚(Blastula/Shield)、咽頭胚期(Pharyngula)、後期胚(Latest)を示す。各段階の中で、左下がゼブラフィッシュ、左上がアフリカツメガエル、右下がニワトリ、右上がマウスを表す。これら4種を結ぶ線が赤いほど、遺伝子発現プロファイルの類似性が高いことを示す。

(b)類似性の平均距離を箱ひげ図にした
咽頭胚期(Pharyngula)における、遺伝子発現類似性(ここではスピアマン相関係数)の高さが分かる。

最も遺伝子発現類似性の高かった胚段階(咽頭胚期)の図

図3 最も遺伝子発現類似性の高かった胚段階(咽頭胚期)

右上:マウス9.5日胚
右下:ニワトリステージHH16(受精後2日程度)
左上:アフリカツメガエルステージ28および31(受精後1日程度)
左下:ゼブラフィッシュ受精後24時間胚
比較形態学では、咽頭胚期に脊椎動物の基本ボディプランが現れるのではないかとする意見が有力であったが、今回その考えを支持する結果となった。

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