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2011年4月26日

独立行政法人 理化学研究所

2009年新型インフルエンザの遺伝子変異を解析

-新タミフル耐性変異の発見など、インフルエンザ感染対策の基礎情報を提供-

ポイント

  • 新型インフルエンザの遺伝子配列を253検体で解析
  • 国内で新たに発生した遺伝子変異グループを12個発見
  • 253検体の中から、タミフル耐性遺伝子変異を3検体発見

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、2009年から2010年にかけて国内で感染拡大した新型インフルエンザウイルス(2009 pandemic A/H1N1)遺伝子の塩基配列解析を行い、このウイルスが多様な遺伝子変異を引き起こしていることを発見しました。発見したこれら変異の系統を解析したところ、感染初期と感染ピーク時ではウイルスの起源が違うこと、タミフル耐性遺伝子変異が発生していたこと、交通手段の発達により変異ウイルスが国内で急速に拡散したこと、などが分かりました。これは理研オミックス基盤研究領域(OSC、林崎良英領域長)と関西地区、関東地区の20カ所の医療・研究機関※1の協力による成果です。

人の遺伝子は2本鎖DNA上にありますが、インフルエンザウイルスの遺伝子は1本鎖RNA上にあるため、変異が極めて速く、亜種が次々と発生します。インフルエンザウイルスは、A型、B型、C型の3属に大別され、特に世界的大流行(パンデミック)を人で起こしやすいA型は、遺伝子配列の違いに基づきH1N1、H5N1などに分類されます。発生した遺伝子変異を追跡し、さらなるパンデミックを早期に予測して感染拡大を防止するためには、ウイルス遺伝子の迅速な塩基配列解析が重要です。

研究グループは、国内感染初期(2009年5月)の大阪地区と、国内感染ピーク時(2009年10月~2010年1月)の関西地区及び関東地区から、合計444検体を収集してウイルス遺伝子の塩基配列を解析しました。その結果、253検体が2009 pandemic A/H1N1であることが分かりました。これらを塩基配列に基づいて系統樹で分類したところ、感染初期と感染ピーク時の集団が異なることを見いだし、両ウイルスの起源が違っていたことを明らかにしました。さらに、感染ピーク時の集団内では、約20個の変異グループが存在し、そのうち12個が国内で新たに発生したものと分かりました。変異グループに関東・関西といった地域差は無かったことから、新幹線や航空機など近代交通網の発達の影響で、感染が急速に拡大したことも分かりました。また、抗インフルエンザウイルス薬「タミフル」の耐性遺伝子変異を発見し、患者の臨床所見を裏付けることができました。

高病原性※2鳥インフルエンザなどは、人から人への伝染が危惧されており、今のうちから対策に着手することは極めて重要です。理研OSCは、研究所に検体を持ち込むことなく、臨床現場で検査可能なオンサイト迅速検出法の開発などを通して、国内感染症対策へ貢献していきます。

本研究の一部は、科学技術振興調整費「重要政策課題への機動的対応の推進」プログラム“新型インフルエンザ対策に資する緊急研究”として行ったもので、本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』(4月25日付け:日本時間4月26日)に掲載されます。

背景

21世紀は感染症の時代ともいわれています。2009年3月にメキシコで発生した豚由来の新型インフルエンザウイルスは、瞬く間に世界中に伝播しました。同年6月には、世界保健機関(WHO)が警戒水準(フェーズ)を最高度の「6」に引き上げ、世界的大流行(パンデミック)が発生したと宣言して、このウイルスを「2009 pandemic A/H1N1」と命名しました。新型インフルエンザの大流行は、1968年に発生した「香港風邪」以来41年ぶりで、日本でもこの2009 pandemic A/H1N1は急速な広がりをみせ、多くの感染者を出しました。

インフルエンザウイルスは、オルトミクソウイルス科に分類されるウイルスのうち、A型、B型、C型の3属を総称する名称で、特にA型は、遺伝子領域での変異型が多く、世界的な大流行(パンデミック)を起こしやすいために有名です。人の遺伝子は、23対ある染色体を構成する2本鎖DNA上にありますが、インフルエンザウイルスの遺伝子は1本鎖RNA上にあり、例えばA型インフルエンザウイルスの場合、HA, NA, PA, PB1, PB2, M, NP, NSと呼ぶ8本のRNAが存在しています(図1)。これら8本のRNAの中でも、特にHAとNAの遺伝子には変異が多く、すでにHAに16個、NAに9個の大きな変異が見つかっており、その組み合わせの数だけ亜型が確認されています。これら亜型の違いは、H1N1やH16N9といった略称で表現されており、現在、人のインフルエンザの原因となることが分かっているのは、Aソ連型として知られている「H1N1」、A香港型として知られている「H3N2」、「H1N2」、「H2N2」の計4種類です。その他にも、人に感染した例として、「H9N1」や高病原性鳥インフルエンザで有名な「H5N1」など、いくつかの種類が報告されています。

現在のところ、高病原性鳥インフルエンザは人から人への伝染が起きていないため、大流行には至っていません。しかし、いずれ新型インフルエンザが定期的に大流行するだろうともいわれています。そのため、パンデミック発生時の日本国内の人の移動の特性とウイルス感染経路を詳細に解析し、病院での初期対応体制などを国レベルで決定しつつ、迅速なインフルエンザウイルスの同定と適切な薬剤の処方、感染拡大の防止を実施していくことが、さらなるパンデミックを防ぐうえで非常に重要であると考えられています。

研究手法

研究グループは、科学技術振興調整費「重要政策課題への機動的対応の推進」プログラム“新型インフルエンザ対策に資する緊急研究”として始めた、SmartAmp法※3迅速インフルエンザ検出キット開発のために、医療機関の協力を得て、インフルエンザ陽性の検体を収集しました。まず、国内感染初期(2009年5月16日~20日)に、大阪府立公衆衛生研究所管轄の6地域の保健所が採取した91検体と、国内感染ピーク時(2009年10月13日~2010年1月6日)に、大阪・東京・千葉の複数の医療機関が採取した353検体を用いて解析を行いました(図2)。その結果、感染初期の検体から46検体と、感染ピーク時の検体から207検体の、合計253検体が2009 pandemic A/H1N1であると同定しました。これら253検体について、8本のRNAを数個の断片に分けてPCRで増幅し、シーケンサーを用いてその塩基配列を解析しました。

研究成果

(1)遺伝子変異の系統的解析

塩基配列を解析した結果、多様な変異を見いだしたため、それらをベイズ=マルコフモデル※4で解析して系統樹に分類しました(図3)。これまでの国立感染症研究所チームの報告(Shiino et al, June 2010 PLoS ONE)は、国内感染初期(2009年5月~9月)の検体だけを用いた系統の解析で、ウイルスは12個の変異グループで構成される集団であるとされていました。しかし今回の場合、感染初期の検体はその集団内にありましたが、感染ピーク時の検体は、感染初期とは異なる集団に分類できることを発見しました。さらに、この感染ピーク時の集団内には約20個の変異グループが存在し、そのうち12個が国内で新たに発生したものと分かりました。また今回の解析から、2009 pandemic A/H1N1遺伝子変異が、従来の予想の2倍以上の速度で起こることも明らかとなりました。

これらのことから、感染初期と感染ピーク時では、持ち込まれたインフルエンザウイルスの起源が異なっていた上に、感染ピーク時のウイルスは、変異を頻繁に繰り返して進化していたことが分かりました。

また、関東地区と関西地区の検体が同一の集団内に混在していたことから、日本国内は交通機関が発達して人の移動が活発であるため、変異したインフルエンザウイルスが1つの地域に留まらず、急速に伝播していったことが示唆されました。

(2)タミフル耐性ウイルスの発見

さらに、2009 pandemic A/H1N1では初めての報告となるタミフル耐性変異を発見しました。すでにタミフル耐性変異として、NAのRNAから作られるタンパク質の275番目のアミノ酸であるヒスチジンが、チロシンに置換した遺伝子変異(H275Y)が感染初期の集団から報告されていましたが、今回新たに、295番目のアスパラギンがセリンに置換する遺伝子変異(N295S)を発見しました。研究グループが発見したタミフル耐性変異は、H275Yが2検体、N295Sが1検体で、共に感染ピーク時の集団から発見しました。中でもH275Yの変異を持つ患者の1人は、約2カ月に及ぶ集中治療室での入院となりましたが、感染したウイルスがタミフル耐性変異である、という解析結果が患者の治療方針決定にも役立ちました。

今後の期待

今回、タミフル耐性ウイルスの検出は、253検体中3検体(1.2%)に留まりました。しかし次の感染ピークでは、その割合が顕著に増えることも予想されています。特に、高病原性鳥インフルエンザが人へ感染した場合、早期に感染経路を特定し、そのウイルスが薬剤耐性かどうかを判定することが求められます。今後も、このような遺伝子解析によるアプローチが、インフルエンザ感染拡大の詳細を知る上で重要な方法であると考えられます。

理研OSCはすでに、科学技術振興調整費「重要政策課題への機動的対応の推進」プログラムのもと、臨床現場での迅速な検出が可能となるSmartAmp法を用いた2009 pandemic A/H1N1の簡易迅速検出キットを開発し、2010年11月22日付で、理研ベンチャーの株式会社ダナフォームが薬事法による製造販売承認を受けています。現在は、タミフル耐性ウイルス検出キットの開発と、文部科学省「感染症研究国際ネットワーク推進プログラム」インフルエンザ研究コンソーシアムのもと、H5N1高病原性鳥インフルエンザ検出キットの開発(研究代表者:石川智久上級研究員)を進めています。研究グループはこれらの開発を通して、国内でのパンデミックを防ぐため一刻も早いキット完成を目指しています。

発表者

理化学研究所
オミックス基盤研究領域 LSA要素技術開発グループ
LSA要素技術開発ユニット 上級研究員
石川 智久(いしかわ としひさ)
Tel: 045-503-9222 / Fax: 045-503-9216

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.協力機関
    • 関東地区
      • 東京大学医科学研究所
      • 国立国際医療研究センター
      • いすみ医療センター、
      • 千葉県立東金病院と山武郡市の診療所
      • 天野内科クリニック(東金市)、伊藤医院(山武市)、岡崎医院(東金市)、松尾クリニック(山武市)、山武市日向診療所(山武市)、佐久間医院(大網白里町)、北辰堂佐藤医院(東金市)、高橋医院(九十九里町)、西田医院(東金市)、はにや内科(大網白里町)、古川クリニック(九十九里町)
    • 関西地区
      • 大阪府立公衆衛生研究所
      • 国立病院機構大阪医療センター
      • 豊中市立豊中病院
      • 東大阪市立総合病院
      • 大阪市立総合医療センター
  • 2.高病原性
    国際獣疫事務局(OIE)は、高病原性の定義として、最低8羽の4~8週齢の鶏に感染させて、10日以内に75%以上の致死率を示した場合に「高病原性」を考慮するとしている。
  • 3.SmartAmp法
    理研OSCが開発したDNAタイピング技術。複数の酵素を組み合わせて、一塩基の違い(SNP)を正確に識別しながらDNA増幅させる。これにより、短時間の簡単な操作で、血液などの臨床検体から標的の遺伝子のみを正確に増幅させ、検出することができる。ウイルスRNAからDNAへ移し替える(逆転写)酵素の反応条件などを調整し、逆転写、増幅、検出を同時に行えるようになった。
  • 4.ベイズ=マルコフモデル
    マルコフモデルは、「現在の状態が、直前の状態のみに依存する」と仮定した確率論的構造をとるモデル。今回の解析では、それに「直前の結果を反映した場合に基づき与えられる確率より、現在の状況の確率が決まる」という確率推定の考えのベイズ法を合わせて解析した。これにより、遺伝子変異の解析に時間軸を導入することができた。
A型インフルエンザウイルスの構造を示す模式図の画像

図1 A型インフルエンザウイルスの構造を示す模式図

インフルエンザウイルスの遺伝子は8本のRNA(左からNS, M, NA, NP, HA, PB1, PB2, PA)上に存在し、これら8本のRNAはタンパク質の殻に覆われている。そのうちHAは、理研OSCで開発した新型インフルエンザ検出キットで検出する標的RNAである。またNAが作り出す殻上の突起タンパク質は、細胞への感染に関与しているため、NA上の遺伝子変異がタミフルなどの薬剤耐性に関与する。

検体収集場所(上)、検体収集時期(下)の図

図2 検体収集場所(上)、検体収集時期(下)

  • (上) 関西地区5医療機関、関東地区15医療機関との協力により、本研究の検体を収集した。
  • (下) 検体収集は2つの時期に分けられ、感染初期(第1検体収集期)では大阪公衆衛生研究所が、感染ピーク時(第2検体収集期)ではその他の医療機関19機関が提供した。縦軸は、国立感染症研究所感染症情報センターが収集している定点観測機関でのインフルエンザ患者報告数。
2009 pdm A(H1N1)の国内遺伝子変異の様子の図

図3 2009 pdm A(H1N1)の国内遺伝子変異の様子

感染初期の大阪府公衆衛生研究所の集団(下部)と、感染ピーク時の集団(上部)に分けることができた。感染ピーク時の集団の中の変異グループでは地域限定の変異は見られず、交通機関の発達による伝播の速さと広さが分かる。

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