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2011年5月11日

独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 筑波大学
株式会社エム・アール・テクノロジー

高温超伝導バルク磁石を駆使して世界初のMRI画像を撮影

―理研・筑波大・MRTe社が、直径6.2mm、高さ9.1mmで均一磁場を達成―

ポイント

  • 高温超伝導バルク磁石を6層積み上げ、強磁場4.7Tの均一磁場空間を形成
  • 空間分解能50μの画像撮影を実現し、本格的なMRマイクロスコピーを実現
  • 液体ヘリウムや液体窒素が不要な冷凍機の動作で、モバイル化が視野に

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、国立大学法人筑波大学(山田信博学長)、株式会社エム・アール・テクノロジー(拝師智之代表取締役)は、ドーナツ型の高温超伝導バルク磁石「ユーロピウムバリウム酸化銅:EuBCO」を6層に積層し、均一な磁場空間中で磁化させたところ、核磁気共鳴画像装置(MRI)に必要な4.7T(テスラ)という強磁場を、均一に発生させることに成功しました。マウス胎児のMRI画像を撮影すると、空間分解能50μm(1μmは10-6メートル)という高空間分解能を達成し、核磁気共鳴を利用した顕微鏡(MRマイクロスコピー)の構築が可能であることを示しました。これは、理研基幹研究所(玉尾晧平所長)ケミカルバイオロジー研究基盤施設物質構造解析チーム(越野広雪チームヘッド)の仲村高志専任技師と筑波大学数理物質科学研究科 電子・物理工学専攻のMRI研究グループ 巨瀬勝美教授、株式会社エム・アール・テクノロジー(MRTe社:つくば市)の拝師智之代表取締役との共同研究による成果です。

病院の診断などに使われるMRIでは、強磁場均一空間を発生させる磁石が必要です。また、タンパク質の構造解析などで威力を発揮する核磁気共鳴装置(NMR)では、さらに百倍以上に均一な強磁場空間が必要となります。このため、従来のMRI/NMRの磁石には、低温超伝導体でできた細線をコイルに巻き、液体ヘリウムで4.2K(ケルビン※1)まで冷却した超伝導電磁石を用いる必要がありました。一方、イットリウム系銅酸化物(YBCO系)※2は、塊の状態(バルク体)でも強磁場を発生することが報告されていますが、均一な磁場の生成が困難でした。研究グループはこれまでに、ユーロピウム(Eu)を用いたYBCO系の銅酸化物EuBCOをナノレベルで均質にしたバルク体(外径60mm、内径28mm、厚さ20mm)を開発し、その磁石を用いてNMR信号が観測可能なことを見いだしています。

今回、このバルク体を6層に積層し、NMR用超伝導磁石(静磁場強度4.7T)の磁場の中、冷凍機で50Kまで冷却した状態で磁化させて、MRIの磁石として使用したところ、植物のセロリ(空間分解能100μm)やマウス胎児(空間分解能50μm)の撮影に成功し、さらに、磁場均一性を可視化するシステムの構築にも成功しました。

今後は、高温超伝導バルク磁石による静磁場を用いた、超小型高磁場MRI/NMRシステムへの開発が期待されます。

本研究成果は、5月12日にカナダのモントリオールで開催するThe International Society for Magnetic Resonance in Medicine 第19回年会にて口頭発表します。

背景

高温超伝導体は、1986年にスイスのチューリッヒにあるIBM研究所のJ.B.ベトノルツ博士とK.A.ミュラー博士が発見して以来、従来は予想できなかった素材が、常識を覆す温度で超伝導を示してきたことから、大いに注目されています。近年になると、ビスマス系(Bi系)高温超伝導体の線材の長尺化と高い臨界電流密度(Jc※3化に成功したり、YBCO系高温超伝導体の積極的な開発が進んだりして、その実用化に近付いています。すでに実用化されている低温超伝導体は、病院の診断で使われるMRIや、タンパク質の構造解析で使われるNMRといった装置に、超伝導電磁石として用いられています。これらの磁石は、強磁場かつ均一な磁場空間を形成する必要があるため、通常は、超伝導体の線材をコイルに巻き、そのコイルの内部に高均一な磁場空間ができるように、高度な設計と製造技術が必要でした。

一方、高温超伝導体が発見されたとき、線材以外の形態である塊の状態(バルク体)でも強磁場発生が示されました。この高温超伝導バルク磁石を、冷凍機で超伝導臨界温度以下(YBCO系では90K)まで冷却して超伝導状態を保持すると、永久磁石と同様のサイズで、数倍以上の安定した強い静磁場を発生することができます。そのため、磁気分離や磁気を用いたドラッグデリバリーシステムなどの研究が始まっており、中でもNMRやMRIといった産業応用が期待されてきました。しかし、NMRやMRIでは、分析に用いるために、強磁場だけでなく非常に均一な磁場を必要とします。この「静磁場の均一性」を達成するには、現在最も開発の進んでいるYBCO系バルク超伝導体のGdBCOの場合、磁化させるときに与える均一な静磁場を乱してしまうという課題があり、実現が困難でした。

これまでに研究グループは、YBCO系のバルク超伝導体を用いて、MRIやNMRに使用可能な高温超伝導バルク磁石を開発してきました。2007年に始まったNEDOのナノテクプロジェクト「ナノコンポジット超電導バルク材を用いたNMR用小型無冷媒超電導磁石の開発」では、与える均一な静磁場を乱さない「ユーロピウムバリウム酸化銅:EuBCO」を開発し、ナノレベルで均質なバルク体を作製することで、NMR信号を観測することに成功しています。今回、このEuBCOを利用してさらに均一な磁場を得るために、MRI技術を用いて磁石内部の磁場分布を可視化し、実際に高温超伝導バルク磁石を用いたMRIシステムの構築に挑みました。

研究手法と成果

研究グループは、まずドーナツ型のEuBCO(外径60mm、内径28mm、厚さ20mm)(図1上)を6層に積層しました。これを、均一なNMR用の超伝導磁石(静磁場強度4.7T)の磁場空間内に静置し、冷凍機を用いて50Kまで冷却して磁化させる静磁場着磁法※4により、高温超伝導バルク磁石を作製しました。また、筑波大学のMRI研究グループとMRTe社の協力のもと、直径10mmのNMR試料管用の勾配磁場プローブ※5を開発し、磁場空間内の磁場分布を可視化する磁場均一評価システムを開発しました(図2)。作製した高温超伝導バルク磁石をこの磁場均一評価システムで可視化したところ、磁石内部の直径6.2mm、長さ9.1mmの空間で、ばらつきが±10ppm(ppmは百万分の1)の範囲内に収まる均一な静磁場空間ができていることを確認しました(図3)。これは、MRIへの適用に十分な均一磁場であり、EuBCOが世界で初めてのMRI用高温超伝導バルク磁石となることを証明しました。

実際にこの磁石をMRI測定へ組み込んで(図2)、ファントムと呼ばれる磁場評価用の直径1mmのガラス管を撮影した結果、おおよそ均一な磁場が形成されていることを確認しました(図4)。さらに、植物のセロリ、マウス胎児のMRI画像を撮影した結果、通常のMRIの空間分解能がmm程度であるところ、セロリで空間分解能100μm、マウスの胎児で空間分解能50μm(図5)という高分解能を高感度で達成しました。

今後の期待

高温超伝導バルク磁石を利用したMRIによる数十μmという空間分解能は、核磁気共鳴を利用した顕微鏡であるMRマイクロスコピーへの応用が可能となります。さらにこの技術を高めると、最終的には、ばらつきが100億分の1以下という、より高い磁場均一度が必要な高分解能NMRの実現が可能となります。

このEuBCOを利用した高温超伝導バルク磁石は、従来の線材を活用した超伝導磁石と異なり、机上サイズと非常にコンパクトで、液体ヘリウムはもちろんのこと、液体窒素といった冷媒も不要な冷凍機で駆動可能なため、省資源・省エネルギーな装置を構築することが可能です。また、磁石の構造が単純で、従来の超伝導磁石で課題だった超伝導状態の消失(クエンチ)が無いために、特別な安全回路の必要がなく低コストであることから、より簡便な小型動物用のMRI装置、食品や材料評価用のMRIなど、非常に広範囲な分野へ展開できると期待されます。

発表者

理化学研究所
ケミカルバイオロジー研究基盤施設
物質構造解析チーム
チームヘッド 越野 広雪(こしの ひろゆき)
Tel: 048-467-9361 / Fax: 048-462-1640
専任技師 仲村 高志(なかむら たかし)
Tel: 048-467-9362 / Fax: 048-462-4627

国立大学法人筑波大学 数理物質科学研究科
電子・物理工学専攻 MRI研究グループ
教授 巨瀬 勝美(こせ かつみ)
Tel: 029-853-5214

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715

国立大学法人筑波大学 広報室
Tel: 029-853-2040 / Fax: 029-853-2014

株式会社エム・アール・テクノロジー
Tel: 029-859-5075 / Fax: 03-6203-8222

補足説明

  • 1.ケルビン
    熱力学的に考えられる最低の温度を絶対零度とし、そこから測った温度を絶対温度という。絶対温度の単位をケルビン(K)で表す。0K=―273.15℃。
  • 2.イットリウム系銅酸化物(YBCO系)
    イットリウム(Y)を含む銅酸化物の高温超伝導体。初めて液体窒素温度(77K)を超える温度で超伝導現象を示した物質で、実用化への期待が最も高く、盛んに研究されている。
  • 3.臨界電流密度( Jc
    超伝導体(抵抗ゼロ)の状態で、単位断面積あたりに流すことのできる最大の電流値のこと。高い値であるほどより多くの電流が流せるため、細い線材でも大電流を送ることができ、コイルにすれば強い磁場を発生させることができる。
  • 4.静磁場着磁法
    磁石素材を磁化する方法の1つ。高温超伝導バルク体の場合には、静磁場中に超伝導遷移前のバルク体を設置し、その後、その静磁場内においてバルク体を冷却して超伝導状態にすることにより、静磁場を捕捉し着磁する方法を指す。
  • 5.勾配磁場プローブ
    MRI画像を観測する検出器。MRIには、均一磁場に対して勾配磁場をかけることにより、空間の位置情報を磁場強度に符号化する勾配磁場コイルとMRI信号を検出するRFプローブが必要である。この2つを一体化した装置が勾配磁場プローブである。
バルク磁石概略図の画像

図1 バルク磁石概略図

  • 上: 作製した中空円筒の高温超伝導バルク磁石「ユーロピウムバリウム酸化銅:EuBCO」の実物
  • 下: 高温超伝導バルク磁石を6層に積層したMRIシステム
磁場均一評価システムの図

図2 磁場均一評価システム

高温超伝導バルク磁石を用いたMRIシステム。

高温超伝導バルク磁石内の可視化した磁場分布の図

図3 高温超伝導バルク磁石内の可視化した磁場分布

磁場均一の評価結果を示す。直径6.2mm、長さ9.1mmの磁場空間内は、磁場強度が±10ppm(ppmは、百万分の1)以内に収まっている。

磁場評価用のガラス管を利用した磁場分布の図

図4 磁場評価用のガラス管を利用した磁場分布

直径6mmの試料管に直径1mmのガラス管を7本挿入した3D画像の2D処理後の断面画像。均一磁場ではない場所は、影があったり、円がゆがんだりする。この画像から、おおよそ均一な磁場が生成されていることが分かる。

マウス胎児のMRI画像の図

図5 マウス胎児のMRI画像

空間分解能50μmを達成し、胎児の組織が分化している様子が分かる。

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