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2011年6月3日

独立行政法人 理化学研究所

Bリンパ球の免疫応答の様子をリアルタイムで可視化

-転写因子「Bcl6」を追跡、細胞分化の場所と細胞移動経路を特定-

ポイント

  • 抗体を長期産生するための免疫反応場の形成を、最新のライブイメージング技術で観察
  • 濾胞ヘルパーT細胞でのBcl6の発現低下が、免疫記憶形成に関わる可能性を提唱
  • 良質抗体の安定した長期産生を促すワクチン設計への応用に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、免疫機能を持つBリンパ球※1が、抗体を長期に産生するのに必須の免疫応答(胚中心反応※2)を行うための細胞分化が起きる場所を特定し、この細胞分化の後、胚中心へと移動するBリンパ球やその働きを助けるTリンパ球※3の様子をリアルタイムで可視化することに世界で初めて成功しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫細胞動態研究ユニットの岡田峰陽ユニットリーダーと北野正寛基礎科学特別研究員、分化制御研究グループの森山彩野ジュニアリサーチアソシエイトを中心とする共同研究グループの成果です。

Bリンパ球は、生体を脅かす細菌やウイルスなどの外敵(抗原)に遭遇すると、抗原を根絶するために、自ら作り出す抗体を改良しながら長期的に産生する胚中心反応を起こします。しかし、Bリンパ球が免疫組織のどこで胚中心反応のための細胞分化を開始し、その後どのように胚中心へと移動するのかは、これまで解明されていませんでした。

今回研究グループは、胚中心反応に必須の転写因子※4であるBcl6に注目し、まず、Bcl6の発現の詳細な追跡を、組織切片の観察やフローサイトメトリー※5によって行いました。さらに、Bcl6の機能が欠損した場合のBリンパ球の細胞移動の解析を、二光子励起レーザー顕微鏡※6という特殊な顕微鏡を用いた最新の生体ライブイメージング技術を用いて行いました。その結果、Bリンパ球は、胚中心の外側にある濾胞外縁部※7と呼ばれる場所でBcl6の発現を開始すること、このBcl6の発現によって胚中心へ移動することが明らかとなりました。Bcl6は、胚中心反応を担うもう一種のリンパ球である濾胞ヘルパーT細胞※8のTリンパ球からの細胞分化にも必須であることが知られています。研究グループは、この濾胞ヘルパーT細胞におけるBcl6の発現についても、同様の解析を行いました。その結果、Bcl6の発現が上昇して細胞分化した後、徐々に低下し、免疫記憶をつかさどるメモリーT細胞※9に似た増殖停止などの特徴を備え始めることを見いだしました。これらの成果は、抗体の長期産生や免疫記憶形成を促進する新しいワクチンの開発へとつながるものと期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Immunity』に掲載されるに先立ち、オンライン版(6月2日付け:日本時間6月3日)に掲載されます。

背景

現代社会では、毒性の強い新しいウイルスや細菌による健康被害が頻発しています。私たちの体は、これらの外敵(抗原)から、免疫応答という生体防御機能を発揮することによって守られています。体内に侵入した抗原の根絶や、同じ種類の抗原による2度目以降の感染を抑え込むためには、抗原を効率よく排除する抗体の長期産生や、免疫記憶の形成が重要です。

抗原に対して親和性の高い抗体の長期産生や免疫記憶形成には、胚中心と呼ばれる特殊な反応場(図1)が免疫組織の中に形成されることが重要です。しかし、抗体を作るBリンパ球やそれを助けるTリンパ球が、胚中心反応に参加するための細胞分化のメカニズムについては、いまだにその大部分が謎に包まれたままです。特に免疫応答中のBリンパ球やTリンパ球は、免疫組織の中を非常に活発に移動しており、組織の中の細かい環境の違いがこれらの細胞の運命決定に大きな影響を与えると考えられていますが、胚中心反応を担うBリンパ球やTリンパ球の細胞分化がいつ、どこで起こり、どのように胚中心に移動するのかは、明らかになっていませんでした。

今回研究グループは、胚中心反応に必須の転写因子であるBcl6に注目し、Bcl6の発現の詳細な追跡とリンパ球の移動の解析を同時に行うことで、胚中心反応のための細胞分化の場所と、細胞移動経路を特定することを目指しました。

研究手法と成果

研究グループは、免疫応答中のBリンパ球やTリンパ球におけるBcl6の発現を、組織の中で効率よく検出するために、Bcl6を発現する細胞が蛍光を発するようにした遺伝子改変マウスを作製しました。このマウスを用いてリンパ節の組織切片観察やフローサイトメトリーを実施したところ、免疫応答中のBリンパ球が、胚中心反応の開始前に、濾胞外縁部と呼ばれる別の場所でBcl6の発現を開始することを発見しました。さらに、二光子励起レーザー顕微鏡と呼ばれる特殊な顕微鏡を用いて、生きた組織の中のBリンパ球の細胞移動をリアルタイムで可視化しました。その結果、Bcl6の機能が欠損したBリンパ球では、濾胞外縁部から胚中心反応への細胞の移動が著しく損なわれていることが明らかとなりました(図2)。これらの結果から、Bリンパ球の胚中心反応のための細胞分化は、濾胞外縁部の微小環境で起こっていると結論付けられました。

また研究グループは、Bリンパ球の胚中心反応を手助けする特殊なTリンパ球で、その細胞分化にBcl6が深く関わっている濾胞ヘルパーT細胞についても同様の実験を行いました。その結果、Tリンパ球は濾胞ヘルパーT細胞へと細胞分化するために、Bcl6を多量に発現するという予想通りの結果を得ました。しかし、意外なことに濾胞ヘルパーT細胞の一部は、胚中心にいる間、徐々にBcl6の発現を低下させていることが明らかになりました。このBcl6を低下させた濾胞ヘルパーT細胞は、増殖停止やIL-7※10と呼ばれるサイトカイン※11に対する受容体の発現など、免疫記憶を担うメモリーT細胞に見られる特徴を備え始めていることも分かりました。これまで、濾胞ヘルパーT細胞がメモリーT細胞となる経路の存在については不明でしたが、今回の発見で、濾胞ヘルパーT細胞の一部によるBcl6の発現の低下が、メモリーT細胞の形成につながっている可能性が示されました。

今後の期待

今回、Bリンパ球が胚中心反応を担うための細胞分化の開始点と、そこから胚中心への移動経路を発見しました(図3)。将来、この細胞移動を誘導する生理活性物質を同定することにより、胚中心反応を制御する新たなワクチンの設計が可能になると期待されます。また今回の成果は、濾胞ヘルパーT細胞によるBcl6の発現制御という、新たな免疫制御戦略が有効である可能性を示しており、メモリーT細胞形成への効果を検証すれば、免疫記憶の効率的な誘導が可能になると期待されます。

発表者

理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
免疫細胞動態研究ユニット
ユニットリーダー 岡田 峰陽(おかだ たかはる)
Tel: 045-503-7026 / Fax: 045-503-7018

お問い合わせ先

独立行政法人理化学研究所
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.Bリンパ球
    免疫細胞の一種。B細胞抗原受容体と呼ばれるタンパク質を細胞表面に出し、抗原を認識する。体の中には100万種以上の異なった抗原認識能力を持つBリンパ球が存在し、侵入してくるあらゆる病原体やウイルスに対応することができる。最終的にBリンパ球は、細菌やウイルスを排除するための抗体(分泌型に変化したB細胞抗原受容体)を分泌する抗体産生細胞に分化する。また抗体産生細胞へと分化する前に、胚中心反応を起こして、抗原に対してより親和性の高い抗体を作る能力を獲得することができる。
  • 2.胚中心反応
    主にリンパ節や脾臓などの免疫組織中で起こる免疫応答の一種で、免疫応答中の増殖B細胞が、自己の抗体遺伝子に変異を入れることで、抗原に対する親和性を向上させていく反応。この遺伝子変異はある程度ランダムに起こるため、変異の後、より質の高い抗体を作れるようになったB細胞だけを選別するメカニズムが働いている。この選別は、濾胞ヘルパーT細胞が、より良いB細胞に選択的に生存・増殖・分化を促すシグナルを与えることによって起こると、現在では考えられている。また、胚中心反応を介して生まれる抗体産生細胞は、その後骨髄に移動して長期間生存することができる。外敵を駆逐するために非常に重要な反応である一方、遺伝子変異が高頻度で起こる反応であるため、その制御に異常が起こるとリンパ腫や自己免疫疾患などの病状を引き起こすと考えられている。
  • 3.Tリンパ球
    免疫細胞の一種。直接他の細胞と接触し、サイトカインと呼ばれる液性因子を分泌して、Bリンパ球や他の免疫細胞の細胞分化や機能を調節する。
  • 4.転写因子
    遺伝子の発現を調節するタンパク質。DNA上に存在する遺伝子の発現を制御する領域に結合し、DNAがRNAへ転写される時期や量を調節する。
  • 5.フローサイトメトリー
    単離した大量の細胞を一列に並ぶように高速で流しながら、その1つ1つの大きさや分子発現状態について解析する方法。
  • 6.二光子励起レーザー顕微鏡
    レーザー蛍光顕微鏡の一種。生体への光による毒性を軽減しつつ、高解像度で3次元画像を取得できる。
  • 7.濾胞外縁部
    リンパ節や脾臓などの免疫組織においては、Bリンパ球とTリンパ球はそれぞれ隣り合った別の場所に集まる。Bリンパ球が集まる場所を濾胞と呼ぶが、濾胞外縁部はその中でもTリンパ球の集まる領域からは遠い部位を指す。胚中心は濾胞の中の、Tリンパ球の領域に近接した部分に形成される。
  • 8.濾胞ヘルパーT細胞
    Tリンパ球の一種。抗原に遭遇して増殖したTリンパ球の一部が分化して、Tリンパ球の集まる場所を離れ、Bリンパ球の集まる濾胞領域に集まることができるようになったもの。Bリンパ球と同じ場所に存在し、またリンパ球が反応するサイトカインを特に分泌するため、Bリンパ球に対してシグナルを送ることに特化したTリンパ球であるといえる。
  • 9.メモリーT細胞
    Tリンパ球の一種。抗原に遭遇したTリンパ球は増殖するが、免疫応答の収束と同時にその大部分が死んでいく。しかし、その一部は長きにわたって生き残り、2度目以降の感染が起こった場合、いち早く反応して1度目よりも早く感染を抑え込むことができる能力を持つと考えられている。免疫記憶形成の重要な一翼を担う。
  • 10.IL-7
    サイトカインの一種。特にリンパ球の生存に関わることが知られている。
  • 11.サイトカイン
    細胞から分泌されるタンパク質で、特定の細胞への情報伝達に用いられる。細胞の増殖、分化、細胞死などに関係し、免疫・炎症反応を促進したり、抑制したりする。
リンパ節を薄くスライスして染色した胚中心及びその周辺の像の図

図1 リンパ節を薄くスライスして染色した胚中心及びその周辺の像

青色はBリンパ球が集まる濾胞外縁部。赤色は応答中のTリンパ球。Tリンパ球の集まる領域には、応答していないTリンパ球が大量にいるが、染色されていないためにここでは見えていない。緑色はBcl6を発現した胚中心反応を起こしているBリンパ球と濾胞ヘルパーT細胞。

免疫応答中の濾胞外縁部のBリンパ球がBcl6依存的に胚中心へと移入する様子の図

図2 免疫応答中の濾胞外縁部のBリンパ球がBcl6依存的に胚中心へと移入する様子

  • 上段:二光子励起レーザー顕微鏡によるイメージング像。図中の青が胚中心領域、緑が免疫応答中のBcl6野生型もしくはBcl6変異型Bリンパ球、赤が応答していないBリンパ球、紫がリンパ節カプセルをそれぞれ表す。
  • 下段:胚中心領域の3D再構成(GCと付記された青い部分)と免疫応答中のBリンパ球の移動の軌跡。Bcl6変異型Bリンパ球は胚中心の中に移入することが出来ないことが分かった。
今回明らかにした、リンパ節の中におけるBcl6発現とBリンパ球のダイナミクスの概要の図

図3 今回明らかにした、リンパ節の中におけるBcl6発現とBリンパ球のダイナミクスの概要

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