広報活動

2011年6月29日

独立行政法人 理化学研究所

背骨を持たない脊椎動物「ヌタウナギ」に背骨の痕跡を発見

-脊椎骨の形成メカニズムの進化について新しい仮説を提唱-

ポイント

  • 複数の異なる発生段階のヌタウナギ胚を用いて遺伝子レベルで初解析
  • ヌタウナギ類の背骨を作り出す発生学的仕組みは基本的にヒトと同じ
  • 背骨の進化過程に関して、動物学の教科書を覆す新しい仮説を提唱

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、「背骨を持たない脊椎動物」として動物学の教科書の中で紹介されてきたヌタウナギ類から背骨の痕跡を発見し、これまで語られてきた「背骨の進化過程」を覆す新しい仮説を導き出しました。これは理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態進化研究グループの倉谷滋グループディレクター、太田欽也研究員らの研究成果です。

ヌタウナギ類は、一見背骨がないように見えることから、祖先的な形態を残した脊椎動物であると考えられることが多く、一般的な脊椎動物学の教科書にもそのように記述されています。一方1900年には、米国の学者がヌタウナギ類の成体に「非常に小さな背骨に似た軟骨」を発見し、ヌタウナギ類にも背骨があることを示唆する報告をしていました。しかし、ヌタウナギの骨格の発生過程の観察が困難だったため、本当にこの背骨に似た軟骨が、ヒトを含む脊椎動物に広く存在する脊椎骨※1と同じであるかどうかについては、未解明のままでした。

研究グループは、ヌタウナギ類もヒトと同じように背骨を作る発生メカニズムを持っているのではないかと考え、実験室の水槽で日本産ヌタウナギ類の一種(ヌタウナギ属ヌタウナギ)の胚を得て、成体とともに詳細に観察しました。その結果、1900年の発見と同様に、ヌタウナギの尾部に複数の小さな軟骨の塊を発見し、この軟骨が脊椎骨と同様の形態学的特徴を持っていることを見いだしました。さらに、胚の組織切片標本を観察したところ、脊椎動物の背骨の元となる細胞集団(硬節※2)と同様の細胞集団を確認、そこでは、脊椎骨の形成に必要な2つの遺伝子が発現していることを突き止めました。

こうした発見と最新の遺伝情報を用いた系統解析に加え、ヤツメウナギ類(ヌタウナギ類と最も近縁とされる現生の脊椎動物)や顎口類(顎を持つ脊椎動物でヒトも含まれる)も背骨を持つという事実を考え合わせると、ヌタウナギ類は決して祖先的状態にあるのではなく、むしろ、背骨が極めて退化した特殊な状態であると考えられます。研究グループはこれらの知見から、「現生脊椎動物全ての共通祖先は、約5億年前に、すでに背骨を作り出す細胞集団と分子メカニズムを持っていた」という仮説を導き出しました。

本研究成果は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(6月28日付け:日本時間6月29日)に掲載されます。

背景

脊椎動物の仲間は、ヒトやマウス、ニワトリなどを含む顎口類(顎を持つ仲間)と、ヤツメウナギ類やヌタウナギ類を含む無顎類(顎を持たない仲間)という2つの大きなグループに分けられます。興味深いことに、無顎類のうちヌタウナギ類だけが脊椎骨を持たないため、一般的な脊椎動物学の教科書の中では、この動物は祖先的な形態を残した脊椎動物として紹介されてきました。一方で、詳細に文献を調査すると、1900年に米国の動物学者H.Ayers(アイヤーズ)とC. M. Jackson(ジャクソン)が、「ヌタウナギ類の尾びれの部分に連続した軟骨の塊」を見つけており、背骨の存在を示唆する報告をしていました。しかし、この研究が広く紹介されることがなかったうえに、この軟骨が非常に小さく観察が困難だったことから、それが本当に脊椎動物が一般的に持つ脊椎骨であるかどうかについては、詳細な研究が進んでいませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、ヌタウナギ類に本当に背骨が有るのか無いのかを確かめるため、日本産のヌタウナギ属ヌタウナギ(Eptatretus burgeri)の詳細な骨格の観察を行いました。具体的には、ヌタウナギの全身の骨格を観察することができる透明骨格標本を作製し、肉眼と実体顕微鏡下で隅々まで観察しました。その結果、アイヤーズとジャクソンの報告通り、ヌタウナギの尾部に連続して並ぶ微小な軟骨の塊を発見しました(図1ab)。また、組織切片標本を作製してこの軟骨を観察したところ、軟骨の塊が脊索※3の腹側で背部大動脈を囲うように並んでいることを見いだしました(図1c)。この様子は、この軟骨が、顎口類の脊椎骨(血洞弓※4)を形成する軟骨と相同である事を示しています。

さらに、実験室の水槽でヌタウナギの胚を得ることに成功し、咽頭胚期の胚の組織切片標本を作製・観察したところ、背骨の元となる硬節の存在を確認しました。次に、この硬節で発現している遺伝子を検出したところ、顎口類の硬節で発現することが知られているPax1/9※5遺伝子とTwist※6遺伝子が強く発現していることを突き止めました(図2)。この結果は、ヌタウナギにもヒトの脊椎骨を作り出すための仕組みと同じ発生メカニズムが備わっていることを示しています。

研究グループは、こうしたヌタウナギの脊椎骨の痕跡の発見や最新の遺伝情報を用いた系統解析の結果に、①ヤツメウナギ類(ヌタウナギ類の姉妹群)は脊索の背側に脊椎骨を持つ、②顎口類は脊索の背腹側の両方に脊椎骨を持つ、という事実を加えて考え合わせた結果、「約5億年前の太古の海を泳いでいた現生脊椎動物の共通祖先の硬節は、現生の顎口類と同様に、脊索の背腹両方に脊椎骨を作りだすことができた」という仮説を導き出しました(図3)。これは、ヌタウナギに脊椎骨が無いことを前提として構築されてきた「ヌタウナギのような背骨の無い動物から、ヤツメウナギのような脊索の背側だけにある動物、そして、顎口類のような脊索の背腹側両方に脊椎骨を持つ動物へと進化してきた」という従来の進化像を覆すものです。

今後の期待

今回提唱した仮説を証明するには、さらに詳細な発生学および分子生物学的観察が必要となります。特に、どのような発生メカニズムの変更でヌタウナギの脊椎骨が退化的な形態を示すようになったのかは依然謎のままであり、この点を明らかにするためには、さらに、より多くの発生段階の胚が必要です。一方、今回の発見は、これまで欧米の動物学者を中心に書かれてきた脊椎動物学の教科書の一部を書き換える可能性があるだけではなく、動物学や医薬農学を含めた幅広い分野の学生や研究者の参考となり、私たちの体を作り出す仕組みのより精緻な知識体系の構築に役立つと期待されます。

発表者

理化学研究所
発生再生科学総合研究センター 形態進化研究グループ
グループディレクター 倉谷 滋(くらたに しげる)
Tel: 078-306-3064 / Fax: 078-306-3370

お問い合わせ先

研究推進部 広報国際化室 南波 直樹
Tel: 078-306-3092 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 脊椎骨
    脊椎動物の前後軸に沿って正中(体の中心線)に並ぶ骨格。連続した分節状の軟骨あるいは硬骨からなる。
  2. 硬節
    脊椎動物の発生過程では、前後軸に沿って体節という連続した分節状の細胞集団が出現する。硬節とは体節の脊索に近い腹側の細胞集団で、脱上皮化(バラバラになること)して脊索近傍まで移動し、最後に軟骨に分化する。
  3. 脊索
    全ての脊索動物(脊椎動物、尾索動物、原索動物を含むグループ)で見られる前後軸に走る棒状の形態物。ヌタウナギ、ヤツメウナギ、脊椎動物に含まれない脊索動物では成体においても見られるが、多くの脊椎動物では発生の過程で消失する。
  4. 血洞弓
    脊索の腹側に位置し、血管を囲う脊椎骨。軟骨魚類や真骨魚類の尾部に存在する。
  5. Pax1/9遺伝子
    節足動物から脊椎動物にいたるまで広く保存されている遺伝子。脊椎動物の体幹では硬節に発現し、脊椎骨の形成に重要な役割を果たす。
  6. Twist遺伝子
    腔腸動物から脊椎動物にまで広く保存されている遺伝子。Pax1/9同様、脊椎動物では硬節分化の初期に発現する。

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ヌタウナギ(成体)の透明骨格標本および組織切片標本

図1 ヌタウナギ(成体)の透明骨格標本および組織切片標本

a ヌタウナギ全身の透明骨格標本
b 透明化標本の尾部の拡大写真
c 尾部の組織切片標本。
矢頭で示した青い組織が背骨に対応する軟骨の塊。
スケールはa = 1cm、b = 1mm、c = 100μm

ヌタウナギ(成体)の透明骨格標本および組織切片標本

図2 ヌタウナギの胚でのTwistPax1/9遺伝子の発現と脊椎骨発生過程の模式図

a 初期咽頭胚でのTwist遺伝子の発現
b 後期咽頭胚でのPax1/9遺伝子の発現
それぞれの遺伝子が発現する細胞は濃紫色で染色される。
スケールはいずれも100μm。
c 胚体期の体幹部の硬節分化の模式図
d ヌタウナギ成体の脊椎骨の模式図
硬節およびそれに由来する軟骨は水色で示した。

脊椎骨の形態の進化過程(モデル図)

図3 脊椎骨の形態の進化過程(モデル図)

上:従来の背骨の進化過程
下:今回提唱する進化過程

従来、ヌタウナギは背骨を持たず、脊椎動物の祖先的な状態にあると考えられてきた(上)が、今回の結果は、脊椎動物の共通祖先が、背骨を作る細胞と分子メカニズムを既に持っていた(下)ことを示している。系統関係は分子データに基づく系統樹により導き出した。

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