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2011年9月20日

独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 岡山大学

タンパク質の折り畳みを助ける「Hsp90」が免疫機構でも機能を発揮

-樹状細胞ががんやウイルス抗原を取り込み、抗原提示する仕組みを解明-

ポイント

  • 樹状細胞が抗原を貪食し、キラーT細胞へ提示するには分子シャペロンHsp90が必須
  • Hsp90がエンドソーム内の抗原を細胞質へ引き出し、抗原提示させる
  • がん、ウイルス、自己免疫の病態制御・治療への手がかり

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人岡山大学(森田潔学長)は、抗原提示細胞の1つである樹状細胞※1が、抗原破壊の役割をもつキラーT細胞※2へ抗原を提示するためには、タンパク質の折り畳みを助ける分子シャペロン※3「Hsp90」が必須であることと、その仕組みを分子レベルで明らかにしました。これは理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫シャペロン研究チームの鵜殿平一郎チームリーダー(兼岡山大学大学院医歯薬学総合研究科免疫学教授)を中心とする共同研究チームの成果です。

がん、ウイルスなどに対する特異的な免疫反応は、がん抗原やウイルス抗原をキラーT細胞が認識することから始まります。この抗原認識のためには、まず樹状細胞がウイルス感染細胞などの抗原を貪食し、エンドソーム※4と呼ばれる脂質二重膜でおおわれた小胞内に取り込んだ後、この抗原をエンドソームから細胞質へ引き出すことが必要です。引き出された抗原は、酵素でタンパク質の断片(ペプチド)に分解され、樹状細胞表面に提示されます。しかし、抗原が細胞質へ移動するメカニズムには不明な点が多く、40年近くも免疫学における謎の1つでした。

研究チームは、樹状細胞内に存在し、「熱ショックタンパク質」や「ストレスタンパク質」として、これまで熱やストレスに対する役割について研究されてきたタンパク質「Hsp90」に注目しました。マウスを用いた実験を行った結果、このHsp90が存在しない場合、あるいはその機能が阻害されると、エンドソーム中に存在する抗原が細胞質へ移動しなくなることを発見しました。

分子シャペロンとして知られるHsp90が免疫機構で果たす全く新しい役割と、そのメカニズムの一端を分子レベルで明らかにした今回の成果は、がんやウイルスに対する治療法の確立や自己免疫疾患の制御に向けて、新たな手掛かりになると期待できます。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS』の9月19日の週にオンライン掲載されます。

背景

ウイルス感染細胞やがん細胞などは、ウイルス抗原やがん抗原を細胞表面に持っていますが、これらの細胞は直接キラーT細胞を活性化することはできません。キラーT細胞は、樹状細胞が提示した抗原を認識しないと活性化しないのです。抗原はいったん樹状細胞に貪食され、細胞内でプロテアソームという酵素により短いタンパク質の断片(ペプチド)へ分解されます。樹状細胞はこのペプチドを細胞表面に提示し、キラーT細胞がそれを認識します。こうした一連の過程で、抗原は、樹状細胞内にある脂質二重膜でおおわれたエンドソームと呼ばれる小胞の中にあり、一方、プロテアソームは細胞質にあるため、両者が出会うためには抗原がエンドソームの膜をすり抜け、細胞質へと引き出されることが必要になります。このメカニズムの詳細は40年近くも謎でした。

研究チームは2010年に、樹状細胞が抗原提示し、キラーT細胞を活性化するには、Hsp90が必要なことを試験管の実験で突き止めていました。しかし、それが個体レベルでも普遍化できるのかどうか、またその分子メカニズムはどうなっているのかについては全く不明のままでした。そこで、これらを解明すべく新たな実験に挑みました。

研究手法と成果

Hsp90は、エネルギー源として利用されるATPと結合する部位を持っており、このATPが付くと、抗原などのタンパク質を捕らえます。Hsp90の阻害剤ラデイシコールはこのATP結合部位にはまり込み、Hsp90の機能を消失させます。研究チームは、マウスから取り出した骨髄由来の樹状細胞に抗原を取り込ませて抗原提示させ、この抗原に特異的なキラーT細胞を活性化できる実験系を組み立てました。この実験で、ラデイシコールを樹状細胞に加えると、抗原提示が止まることを発見しました。

阻害剤の特異性の問題もあるため、アミノ酸配列がよく似たHsp90タンパク質ファミリーの1つHsp90αのノックアウトマウスを作製し、その樹状細胞の機能を野生型マウスと比較する実験を行いました。まず、野生型マウス(WT)およびHsp90αノックアウトマウス(Hsp90α-null)の骨髄から樹状細胞を樹立しました。一方で、抗原モデルとして良く用いられる卵白アルブミン(OVA)を取り込ませた脾(ひ)臓細胞に紫外線を照射し、アポトーシス※5を起こした細胞を準備しました。次に、樹状細胞にこの紫外線照射OVA含有細胞を貪食させ、さらに、貪食の完了した樹状細胞とOVAに特異的なキラーT細胞を一緒に培養しました。キラーT細胞がOVAを抗原として認識すれば、炎症反応を引き起こす情報伝達物質IFNγ(インターフェロンガンマ)※6を産生します。結果は、Hsp90α-nullの樹状細胞では、キラーT細胞が産生するIFNγ量は低下していました。つまり、樹状細胞にあるHsp90αが抗原提示に重要な役割を担っていることを示したわけです。

次に、樹状細胞が取り込んだOVAは、細胞内をどのように移動するのか観察しました。OVAをAF647という試薬でラベルして赤色蛍光を発するようにし(AF647-OVA)、一方、細胞膜はPKH67でラベルして緑色蛍光を発するようにしました(PKH67-DC)。これによりエンドソームの脂質二重膜も結果的に緑色蛍光を発するようになります。AF647-OVAは、樹状細胞のエンドソーム内に入ると赤色蛍光と緑色蛍光が重なり、黄色の蛍光を発します。しかしAF647-OVAがエンドソームから細胞質へ引き出されると、緑色蛍光との重なりが無くなり、今度は赤色蛍光を発します(図1)。このような解析は、ImageStreamという最新の分析機器を用いて、104個以上の細胞のイメージ像として瞬時にかつ定量的に解析できます。定量の結果、Hsp90α-nullの樹状細胞では、細胞質へ移行したAF647-OVAの比率が少なく、またラデイシコールを入れた樹状細胞でも少なくなることが判明しました(図2)。このことは、Hsp90αがOVAの細胞質移行へ必須であることを示しています。同様の結果は、より解像度の高い蛍光顕微鏡でも確認できました。

次に、モデル抗原OVAを貪食した樹状細胞を細胞質と細胞膜成分に分け、OVAがどちらに局在するかを調べました。貪食後5分たつと、OVAは細胞質で検出しましたが、ラデイシコールを入れておくと細胞質へ出ずにエンドソームにとどまることが判明しました。

さらに、OVAを貪食した樹状細胞からエンドソームを精製分離し、そこにHsp90だけを加えると、エンドソーム内のOVAが外側に出てくることが判明しました。このことは、Hsp90だけでOVAを細胞質へ引き出すことができることを示しています。

最後に、個体レベルでの実験を行いました。WTおよびHsp90α-nullマウスにシトクロームcを注射します。この分子は、特定の樹状細胞(CD8+ DC)に取り込まれて細胞質へ移行し、細胞にアポトーシスを引き起こしてCD8+ DCの数を減少させます。Hsp90α-nullマウスの樹状細胞では、この現象が全く起こりませんでした(図3)。つまり、樹状細胞が取り込んだ抗原の細胞質移行が、個体レベルでもHsp90αに依存していることを示します。

今後の期待

今回の結果から、樹状細胞が貪食した抗原が、Hsp90により細胞質へ引っ張り出されることが判明しました(図4)。この機構は、樹状細胞ががん・ウイルス抗原、さらには自己の生体成分である自己抗原の抗原を提示するにはHsp90が必須であることを示しています。今後Hsp90は、生体防御の促進と自己免疫疾患の制御などに活用される新たな標的分子となることが期待されます。

原論文情報

  • Takashi Imai, Yu Kato, Chiaki Kajiwara, Shusaku Mizukami, Ikuo Ishige, Tomoko Ichiyanagi, Masaki Hikida,Ji-Yang Wang, and Heiichiro Udono. "Heat shock protein 90 (HSP90) contributes to cytosolic translocation of extracellular antigen for cross-presentation by dendritic cells."
    Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2011 doi/10.1073/pnas.1108372108

発表者

理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
免疫シャペロン研究チーム チームリーダー

国立大学法人岡山大学
大学院医歯薬学総合研究科 免疫学 教授
鵜殿 平一郎(うどの へいいちろう)
Tel: 045-503-9682 / Fax: 045-503-9680
Tel: 086-235-7187 / Fax: 086-235-7193

お問い合わせ先

独立行政法人理化学研究所
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.樹状細胞
    免疫細胞の一種で抗原提示細胞である。抗原提示細胞とは、自分が取り込んだ抗原を他の免疫系細胞に伝える役割を持つ。抗原を貪食し細胞内で分解してタンパク質断片(ペプチド)にし、これを細胞表面に運んで免疫反応に関与するキラーT細胞などに提示してキラーT細胞を活性化させる。
  • 2.キラーT細胞
    免疫細胞の一種で細胞傷害性T細胞とも呼ばれる。ウイルス感染細胞やがん細胞など宿主にとって異物となる細胞を認識して破壊する。
  • 3.分子シャペロン
    他のタンパク質が正しい折りたたみをして機能を獲得、維持するのを助けるタンパク質の総称。シャペロンとはフランス語で寮母のこと。若い少女をフランス社交界にデビューさせるときに、隣りにいてお世話をやく女性というのが語源。生物学ではタンパク質ができてからその寿命を終えるまで(分解されるまで)、そばで介添えをするタンパク質を指す。
  • 4.エンドソーム
    抗原が貪食された際、包まれる小胞のこと。貪食腔胞とも呼ぶ。
  • 5.アポトーシス
    多細胞生物の体を構成する細胞死の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死のこと。木の葉が秋になると色づきやがて落ち葉となるときにもこのような死に方をする。遺伝子の切断により生じる。
  • 6.IFNγ(インターフェロンガンマ)
    生体で分泌されるサイトカインの1つで、抗ウイルス作用のほか、抗腫瘍作用、免疫調節作用などの働きが知られている。インターフェロンには、α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、ω(オメガ)の4型がある。そのうち、インターフェロンガンマは、アレルギーに関連する抗体の産出を抑制する作用を持つ。
樹状細胞が取り込んだモデル抗原OVAが細胞質へ移行する様子を観察の図

図1 樹状細胞が取り込んだモデル抗原OVAが細胞質へ移行する様子を観察

赤でラベルしたOVAを樹状細胞が貪食すると、緑でラベルしたエンドソーム内に取り込まれ、黄色に見える。OVAが細胞質へ出てくると、赤色に見える。

エンドソームから細胞質へ移動したAF647-OVAの比率の図

図2 エンドソームから細胞質へ移動したAF647-OVAの比率

野生型(WT)と比べ変異体(Hsp90α-null)では細胞質へ引き出されたOVAが減少している。また、Hsp90阻害剤のラディシコールによっても、細胞質中のOVAが減少した。

マウス個体でのシトクロームcの効果の図

図3 マウス個体でのシトクロームcの効果

野生型(WT)の場合、アポトーシスを誘導するシトクロームcを注射すると、脾臓内の樹状細胞(CD8+DC)の数が減少するが、変異体(Hsp90α-null)の場合、シトクロームcの影響が全くない。

樹状細胞にあるHSP90が抗原提示の過程で果たす役割の図

図4 樹状細胞にあるHSP90が抗原提示の過程で果たす役割

樹状細胞が抗原を貪食してエンドソームに取り込んだ後、分子シャペロンHsp90により細胞質に引き出される。そして抗原は細胞質内でプロテアソームによりペプチドに分解されて、樹状細胞表面に移動し抗原が提示される。それによってキラーT細胞の活性化が進む。

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