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2011年10月13日

独立行政法人 理化学研究所

未知機能を多く秘めた「投げ縄型イントロンRNA」の検出法を開発

-イントロン由来の環状RNAを直接蛍光検出し、さらなる機能解明に期待-

ポイント

  • 還元反応で蛍光発光する化学反応に基づき、投げ縄型イントロンRNAを検出
  • 投げ縄型イントロンRNAを直接かつ特異的に検出し、500pMの高感度を達成
  • 重要な生物学的役割が分かってきたジャンクRNAの機能解明に貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、これまでガラクタとされながらも、他の遺伝子の発現を調節する機能など重要な生物学的役割が明らかになってきた「投げ縄型イントロンRNA※1」の蛍光検出法を開発しました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)伊藤ナノ医工学研究室の阿部洋専任研究員(JSTさきがけ兼任)、古川和寛訪問研究員(現Yale大学博士研究員)、田村泰嗣研修生、伊藤嘉浩主任研究員と、吉田化学遺伝学研究室の芳本玲特別研究員、吉田稔主任研究員、および早稲田大学先進理工学部の常田聡教授らとの共同研究による成果です。

生物の体を構成する全てのタンパク質は、DNAの設計図に基づいて合成されています。DNAは、まずメッセンジャーRNA(mRNA)前駆体と呼ばれるものにその情報を転写します。その一次情報には、タンパク質に翻訳されるエクソン※2と翻訳されないイントロン※3の部分が存在します。そこからタンパク質合成に必要な情報だけを写し取っている成熟mRNAを作るため、mRNA前駆体からイントロン由来のRNAを投げ縄型の構造にして切り取り、エクソン由来のRNAだけをつなぎ合わせます。これまで、切り取られた投げ縄型イントロンRNAは、役に立たないRNA(ジャンクRNA)と考えられてきました。しかし近年、マイクロRNA※4のように他の遺伝子の発現を調節する機能や、ゲノム間を自由に移動できる機能など、多くの生物学的に重要な発見が報告されてきており、その検出技術の確立が求められるようになっています。ただ、投げ縄型イントロンRNAは、通常の直鎖状のRNAとは異なり、特徴的な3方向分岐がある投げ縄型の複雑な環状の二次構造を持つため、有効な検出法がなく、その機能解明の大きな壁となっていました。

研究グループは、2009年、RETF(REduction Triggered Fluorescence)プローブという、化学反応に基づいて蛍光発光するRNA検出プローブを開発しました。この検出法では、2本のプローブが、標的のRNAに隣り合って結合した時だけ還元反応を引き起こし、その存在を蛍光シグナルで知らせます。今回、この検出原理を巧みに利用して、プローブの結合性などを最適化し、投げ縄型イントロンRNA構造と結合した時だけ蛍光発光する新たなRETFプローブを開発することに成功しました。この手法を用いると、試験管内だけでなく、生細胞内でも投げ縄型イントロンRNAを検出することが可能となり、これまで見過ごされてきたジャンクRNAの新機能発見につながることが期待できます。

本研究成果は、ドイツの化学会誌『Angewandte Chemie International Edition』に近くオンライン掲載されます。

背景

私たちの体をはじめ、生物の体はさまざまなタンパク質で構成されています。これらタンパク質の合成は、細胞の核内にあるDNAの設計図を基に、タンパク質に翻訳されるエクソンの部分と、翻訳されないイントロンの部分で構成されたメッセンジャーRNA(mRNA)前駆体を形成することから始まります。その後mRNA前駆体は、イントロンを切り取る反応(スプライシング反応)を受け、エクソンだけがつながった成熟型mRNAとなり、細胞質でタンパク質を合成します。このときイントロン部分は、特殊な分岐型を持つ投げ縄型構造(投げ縄型イントロンRNA)を形成して切り出されます(図1A)。これまでは、エクソン部分が研究対象として注目され、イントロン部分のRNAはがらくたという認識が一般的でした。しかし最近は、マイクロRNAとしての機能や、ゲノム間を自由に移動できる機能など、多くの生物学的に重要な発見が報告されてきています。

しかし、投げ縄型イントロンRNAを解析するための手法には、分岐型構造を認識する酵素で標的RNAを分解し、得られた断片をゲル電気泳動法で観測するという、時間のかかる間接的な手法しかありませんでした。汎用性の高い方法論がなかった理由の1つに、通常の直鎖状のRNAと異なり、特殊な環状2次構造をとっている点があります。そのため、逆転写反応によるDNAへの変換などができず、RT-PCR法※5など一般的なRNA検出技術が適用できませんでした。投げ縄型イントロンRNAは、スプライシング反応の結果、アデノシン(図1Bの赤の部分)を起点として、通常の3’-5’-リン酸結合の他に、2’-5’-リン酸結合を形成し、分岐構造をとります(図1B)。そこで、研究グループは、投げ縄型イントロンRNAを特異的に検出する手法の開発に取り組みました。

研究手法と成果

研究グループは、細胞内のRNAを検出するために、還元反応を引き金として蛍光発生を引き起こすRETF(REduction Triggered Fluorescence)プローブ(図2)を開発してきました(Bioconjugate chemistry 2009, 20, 1026-1036)。RETFプローブは、2本のDNA鎖から成り立っており、1本のDNAの末端には還元されると蛍光発生する化合物を、もう1本の末端には還元剤を付加しています。これら2つのプローブが標的RNA上で隣り合って結合すると、還元反応が進行して蛍光発光し、そのシグナルを指標にRNAの存在を知ることができるという仕組みです。研究グループは、今回、投げ縄型RNA構造の分岐部分(2’-5’-リン酸結合)を認識するRETFプローブを作成しました。具体的には、投げ縄型RNAの分岐部分を挟んで2つのプローブが結合するように、化学反応性が最も高くなる適度な長さの塩基配列を設計しました。スプライシング反応で2’-5’-リン酸結合が形成されると、2本のプローブは隣り合って結合することとなり、還元反応が進行して蛍光シグナルを発します(図3)。実際に、設計したRETFプローブを用いてモデル遺伝子で試したところ、2本のプローブが投げ縄型イントロンRNAに対して特異的に結合し、緑色の蛍光シグナルを発することを確認しました(図4)。また、RETFプローブの検出限界は500pM(ピコモーラー:1リットル当たりのモル数)を達成し、少量の標的RNAの高感度検出を実現しました。

今後の期待

今回のモデル遺伝子を用いた実験により、RETFプローブが投げ縄型イントロンRNAを直接かつ高感度に検出することを確認できました。もともとRETFプローブは、細胞内mRNA検出法として利用しています。このため、プローブの結合性と化学反応性を最適化したRETFプローブも、細胞内での投げ縄型RNAの検出が可能であると期待できます。今後、RETFプローブを用いて、投げ縄型イントロンRNAの解析を行うことで、これまでガラクタだと思われてきたRNAにも、さらなる未知機能を発見できる可能性があります。

原論文情報

  • Kazuhiro Furukawa, Hiroshi Abe,* Yasutsugu Tamura, Rei Yoshimoto, Minoru Yoshida, Satoshi Tsuneda and Yoshihiro Ito*. “Fluorescent Detection of Intron Lariat RNAs with Reduction-Triggered Fluorescence Probes”. Angewandte Chemie International Edition ,2011,DOI: 10.1002/anie.200

発表者

理化学研究所
基幹研究所 伊藤ナノ医工学研究室
専任研究員 阿部 洋(あべ ひろし)
Tel: 048-467-5749 / Fax: 048-467-9300

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.投げ縄型イントロンRNA
    スプライシング反応の結果、mRNA前駆体から除去されたイントロンが形成する、分岐を有した環状二次構造のRNA
  • 2.エクソン
    mRNA前駆体に存在するタンパク質に翻訳される領域。スプライシング反応の結果、エクソン配列はつなぎ合わされて成熟型mRNAを形成する。
  • 3.イントロン
    mRNA前駆体に存在するタンパク質に翻訳されない領域。スプライシング反応の結果、イントロン配列は、それぞれ投げ縄構造を形成し、mRNA前駆体から除去される。
  • 4.マイクロRNA
    細胞内に存在する長さ20から25塩基程度の1本鎖RNAをマイクロRNAと呼んでいる。タンパク質へは翻訳されず、他の遺伝子の発現調節などの機能を担っている。
  • 5.RT-PCR法
    逆転写酵素(Reverse Transcriptase)によりRNAを相補的なDNA(cDNA)に変換し、cDNAを用いてPCRを行う実験手法。遺伝子発現の有無とその量を調べる実験や遺伝子の同定とクローン化を行う時に用いる手法である。
投げ縄型イントロンRNAの形成と、分岐部分の化学構造の図

図1 投げ縄型イントロンRNAの形成と、分岐部分の化学構造

  • (A) スプライシング反応による投げ縄型イントロンRNAの形成
    メッセンジャーRNA前駆体に、スプライソソーム(酵素とRNAの複合体)が結合し、スプライシング反応が進行する。反応の結果、投げ縄型イントロンRNAと、エクソン由来の成熟型メッセンジャーRNAができる。
  • (B) 3’-5’-リン酸結合と2’-5 ’-リン酸結合
    スプライシング反応の結果生じる投げ縄型イントロンRNAは、通常の直鎖のRNAにもある3’-5’-リン酸結合の他に、2’-5’-リン酸結合を有する。
RETFプローブの発光メカニズムの図

図2 RETFプローブの発光メカニズム

標的RNAに2本のプローブが結合し、続いて還元反応が進行し、蛍光化合物が光り出す。

RETFプローブによる投げ縄型イントロンRNAの検出メカニズム

図3 RETFプローブによる投げ縄型イントロンRNAの検出メカニズム

RETFプローブは、投げ縄型イントロンRNAの分岐点の両端に結合するように設計している。そのため、投げ縄構造が形成されたときだけ蛍光発光する。

RETFプローブによる投げ縄型イントロンRNAの蛍光検出の図

図4 RETFプローブによる投げ縄型イントロンRNAの蛍光検出

投げ縄構造を形成していない未成熟RNAではほとんど蛍光発光しないが、投げ縄型イントロンRNAでは強い蛍光シグナルを発生する。

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