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2011年12月5日

独立行政法人 理化学研究所

哺乳類の細胞中に古細菌型脂質の存在を確認

-古来の動物細胞が古細菌を取り込み利用してきた可能性を示唆-

ポイント

  • エンドソーム内膜に局在する脂質(BMP)の立体構造を解析
  • BMPの構造は、古細菌だけに見いだされていたsn-1型
  • 脂質の構造から生物の進化の道筋を示唆

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、動物細胞※1の細胞内小器官の中に古細菌※2型の脂質が存在することを明らかにし、古来の動物細胞が古細菌と接点を持っていた可能性を示唆しました。これは、理研基幹研究所(玉尾晧平所長)小林脂質生物学研究室のペーター グライメル(Peter Greimel)研究員、フィフィ タン(Hui-Hui Tan)国際プログラムアソシエイト、牧野麻美研究員および小林俊秀主任研究員による研究チームの成果です。

生物は、遺伝の仕組みや生化学的性質をもとに分類すると、動物細胞をはじめとした真核生物、バクテリアとも呼ばれる真正細菌(細菌)、そして極限環境に生息する超好熱菌などの古細菌、と3つのグループに分けられます。これら全ての生物の細胞膜を形成する主要な脂質は、グリセロリン酸を基本構造とし、天然のグリセロリン酸には、リン酸の結合の仕方によって鏡に写した関係にあるsn-1型、sn-3型という2つの構造が存在します。真核生物や真正細菌はsn-3型だけを、古細菌はsn-1型だけを合成、利用して細胞膜を形成しているといわれており、このことから古細菌は、非常に早い時期に他の生物とは別の進化をたどったと考えられています。

真核生物には、細胞外の栄養や異物を細胞内に取り込むエンドサイトーシスという仕組みがあります。取り込んだ物質は、後期エンドソーム、リソソームという細胞内小器官で分解されます。脂質の分解には、sn-3脂質を特異的に分解する酵素が関与しています。また、後期エンドソームの内膜には、ビス(モノアシルグリセロ)リン酸(BMP)※3という脂質が特異的に存在し、取り込んだ脂質の分解やコレステロールの輸送に重要な役割を果たしています。この脂質が、後期エンドソームで分解されずに機能する理由として、BMPの構造がsn-1型だからではないかと示唆されてきました。しかし、従来の酵素を用いた方法では、sn-1型を示唆するものの、確証には至りませんでした。

研究グループは、BMPのグリセロリン酸部分の立体構造を確かめるため、存在可能な立体配置を全て有機合成して、核磁気共鳴(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)※4スペクトルを測定しました。次に、ベビーハムスターの培養細胞から精製したBMP由来のスペクトルと比較した結果、BMPはsn-1型であることを明らかにしました。

今回の結果は、BMPが大昔に真核生物が細胞内に取り込んだ古細菌に由来する、という可能性を示唆しており、今後この脂質の研究が、生物進化的な観点からさらに進むと期待できます。本研究成果はドイツの学術雑誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版に掲載されました。

背景

全ての生物の細胞膜は、グリセロールにリン酸が結合したグリセロリン酸に、2分子の疎水性の高い分子(脂肪酸など)が結合した脂質(グリセロリン脂質)の二重層でできています。天然のグリセロリン酸には、リン酸の結合部位の違いにより、ちょうど鏡に写したような関係にあるsn-1型とsn-3型の2つが存在します(図1)。私たちの目にはこの2つの構造は非常に似ているように見えますが、全く異なる分子です。哺乳類の動物細胞をはじめとした真核生物からバクテリアと呼ばれる真正細菌(細菌)まで、細胞膜の形成のためにsn-3型だけを選択的に合成して利用することが知られています。一方、生物には真核生物と真正細菌の他に古細菌と呼ばれるグループが存在し、興味深いことに古細菌は、細胞膜の形成のためにsn-1型だけを選択的に合成して利用します。グリセロリン酸に疎水分子を結合することは、脂質の合成の最も初期の反応であることから、古細菌は進化の過程の非常に早い時期に、他の生物とは全く異なる進化をたどったと考えられています。

真核生物は、エンドサイトーシスというメカニズムにより、異物や栄養を細胞膜で取り囲み、小胞を形成して細胞内に取り込みます(図2、A)。さらにこの小胞が細胞内小器官(初期エンドソーム)と融合し、そこから再び小胞が形成されて次の細胞内小器官である後期エンドソームに受け渡すことを繰り返します(図2、B、C)。後期エンドソームは、細胞が取り込んだタンパク質やsn-3型の脂質などを分解しますが、その際、ビス(モノアシルグリセロ)リン酸(BMP)と呼ばれる脂質がその他の脂質の分解を促進します。このBMPが分解されずに機能を発揮できる理由として、その構造が他の脂質と異なるsn-1型だからではないかと示唆されますが、その確証は得られていませんでした。

研究手法と成果

BMPは、脂質の基本構造であるグリセロリン酸にグリセリンが結合したジグリセロリン酸に、2分子の脂肪酸が結合しています(図3)。研究チームは核磁気共鳴(NMR)を用いて分光学的にジグリセロリン酸部分の立体構造を解析しました。NMRによる立体構造の解析には、適当な分子でジグリセロリン酸を修飾し、NMRで判別できる形にしなくてはなりません。そこで研究チームは、sn-1型であるsn-1,1’-ジグリセロリン酸を化学合成した後、修飾剤であるD-カンファー(樟脳)を用いて、化合物(D-カンファービスケタール誘導体)を合成しました。同様に、理論的に存在可能な立体配置であるsn-3型のsn-3,3’-ジグリセロリン酸、およびsn-3, 1’-ジグリセロリン酸のD-カンファービスケタール誘導体も合成しました。D-カンファーは、特定の方向に振動する光(偏光)があたると、その面が回転する性質(光学活性)を持ちます。従って、このようにD-カンファーで修飾すると、NMRスペクトルの位置関係から、グリセロリン酸がsn-1型なのかsn-3型なのか解析することができます。

一方、実際の哺乳類動物の培養細胞であるベビーハムスター腎臓細胞から、細胞中にあるリン脂質の1%以下しかないBMPを精製し、不要な脂肪酸部分を除去してジグリセロリン酸のD-カンファービスケタール誘導体を合成しました(図4)。このNMRスペクトルを測定し、合成した化合物の測定結果と比較した結果、哺乳類の細胞のBMPから調製したジグリセロリン酸由来のスペクトルは、化学合成したsn-1, 1’-ジグリセロリン酸由来のスペクトルと一致することを見いだしました(図5)。このことから、哺乳類の細胞にsn-1型の脂質が存在することが明らかになりました。

今後の期待

今回、真核生物のうち、哺乳類の細胞内のBMPがsn-1型の脂質であることが分かりました。しかし、酵母や線虫といった原始的な真核生物からはBMPが検出されておらず、真正細菌ではBMPの報告はありますがsn-3型です。動物細胞の後期エンドソームだけにsn-1型の脂質が存在する理由については、明らかになっていません。トキソプラズマのように、感染した寄生虫が後期エンドソームの中で生き続ける例が知られていますが、BMPも古細菌が感染した名残なのかもしれません。

BMPは、その合成経路も分解経路も分かっていない謎の脂質です。今後の研究でBMPの合成酵素を明らかにし、古細菌の酵素と比較することで古細菌と動物細胞との関係が明らかにできれば、古細菌型の構造をもつBMPが動物細胞のなかに存在する謎を解明できるかもしれません。さらには、脂質の構造から生物の進化の道筋が見えてくることも期待できます。

原論文情報

  • Tan H-H, Makino A, Sudesh K, Greimel P, Kobayashi T. “Spectroscopic evidence for the unusual stereochemical configuration of an endosome-specific lipid.” Angew Chem. Int. Ed.2011,doi: 10.1002/ange.201106470

発表者

理化学研究所
基幹研究所 小林脂質生物学研究室
主任研究員 小林俊秀(こばやし としひで)
Tel: 048-467-9534 / Fax: 048-467-9535

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.動物細胞
    動物の体を作っている細胞。今回の研究では、ハムスター(哺乳類)の臓器を形成する細胞や臓器由来の培養細胞を指す。
  • 2.古細菌
    主に高度好塩菌、超好熱菌、メタン菌など極限状況で生育する生物として知られるが、土中やヒトの腸内にも見いだされている。形態的には細菌(真正細菌)に極めて類似していることから細菌の一系統と考えられていたが、1997年イリノイ大学のウーズらがリボソームRNAの配列に基づいて生物の分類を行ったところ、古細菌は真核生物や真正細菌とは全く異なった生物であることを明らかにした。現在は、どちらかというと進化的に真正細菌よりも真核生物に近い生物と考えられている。他の生物と区別する最大の生化学的特徴は、細胞膜脂質を構成するグリセロリン酸の立体配置である。
  • 3.ビス(モノアシルグリセロ)リン酸(BMP)
    動物細胞に少量含まれ、主に後期エンドソームに局在するリン脂質。後期エンドソームにおけるBMPの割合は全リン脂質の15%で、後期エンドソームの内膜では50%以上も占めるようになる。後期エンドソームにおける脂質の分解の促進や後期エンドソームからのコレステロールやタンパク質の輸送に重要な役割を果たしていると考えられている。
  • 4.核磁気共鳴分光法(NMR:Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy)
    分子中の原子核の磁気双極子モーメントは原子の化学結合の状態によってわずかに変化する。この変化(化学シフト)は、NMRシグナルの違いとなって検出できる。プロトン(1H)では、原子核の周囲を回転する電子が1つしかないため、離れた場所に存在する電子の作り出す磁場が化学シフトに大きな影響を与えることからプロトンNMRは構造決定に広く利用されている。BMP誘導体は立体配置によりケミカルシフトが異なるため、プロトンNMRによりBMPの立体配置を知ることができる。
2つのグリセロリン酸の関係の図

図1 2つのグリセロリン酸の関係

細胞膜脂質を構成するグリセロリン酸にはsn-1型(図中右)とsn-3型(図中左)の2つがあり、これらは左手と右手の関係のように鏡に写した関係にある。
赤は酸素原子、黄色はリン原子、青は炭素原子、白は水素原子を表す。

エンドサイトーシス経路と後期エンドソームの図

図2 エンドサイトーシス経路と後期エンドソーム

  • (A) 動物細胞は、細胞の外の栄養や異物を取り込むエンドサイトーシスという機構を持つ。エンドサイトーシスでは細胞膜の一部がくぼみ、小胞となって細胞外液とともに栄養や異物を取り込む。まず小胞は、初期エンドソームという細胞内小器官に取り込まれ、さらに後期エンドソーム、リソソームへと取り込まれて分解を受ける。後期エンドソームからはさらにゴルジ体へと物質が輸送される経路も存在し、細胞内輸送における重要な役割を果たす。
  • (B) 蛍光顕微鏡で見たベビーハムスターの培養細胞。緑が後期エンドソーム。赤は細胞骨格である微小管の分布を示す。
  • (C) 電子顕微鏡で見た脂質を蓄積した後期エンドソーム。バーは0.5ミクロン。
ビス(モノアシルグリセロ)リン酸(BMP)の図

図3 ビス(モノアシルグリセロ)リン酸(BMP)

ベビーハムスター腎臓細胞では全リン脂質のうちBMPが占める割合は1%以下。BMPはグリセロリン酸にさらにグリセリンが結合した骨格構造に2分子の脂肪酸が結合している。今回の研究でこのグリセロリン酸がsn-1型であることが明らかになった。

D-カンファーケタールの図

図4 D-カンファーケタール

D-カンファー(樟脳)は立体構造解析で良く使われる修飾剤。ジグリセロリン酸骨格に結合したD-カンファーケタールの位置関係に基づく、電子状態の違いに起因したプロトン(1H)の共鳴周波数のずれ(NMRの化学シフト)からBMPの構造が明らかになった。

動物細胞由来BMPのジグリセロリン酸骨格の立体配置の同定の図

図5 動物細胞由来BMPのジグリセロリン酸骨格の立体配置の同定

対照化合物のプロトンNMRスペクトル(A~C)および動物細胞BMP誘導体(D)。Dのスペクトルは、点線で示した部分でAと良く一致し、動物細胞のBMPはsn-1,1’-の構造を持つことが明らかになった。

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