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2011年12月14日

独立行政法人理化学研究所

高度な機能を司る大脳新皮質には、機能ごとの小規模な構造単位が存在

-大脳新皮質を小規模な回路の繰り返しとして解析する道を開く-

ポイント

  • マウスの大脳新皮質の出力細胞が小規模な構造的・機能的単位を形成
  • 大脳新皮質の複数の部位に存在し、普遍的な構造を示唆
  • 複雑な大脳新皮質の情報処理システム解明に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、マウスの大脳新皮質※1を1つ1つの神経細胞レベルで解析した結果、数個~十数個の共通した機能を持つ神経細胞が柱状のまとまり(柱状クラスター)を形成し、さらにこのような柱状クラスターが多数存在して平行に並んでいることを発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)局所神経回路研究チームの細谷俊彦チームリーダーと丸岡久人研究員らによる研究成果です。

脳の表面を覆う大脳新皮質は、哺乳類の脳の大きな部分を占めており、100億個程度のさまざまな種類の神経細胞からなる厚さ1.5~3mm程度の層が、6層に分かれた構造をしています。感覚、運動、記憶、行動計画など高度な機能を担っているため、大脳新皮質の情報処理機構を理解することは、神経科学の大きな目標の1つです。しかし、極めて複雑な回路で構成されているため、その機能の解析は非常に困難でした。

研究グループは、マウスの大脳新皮質を用いて、異なるタイプの神経細胞が、それぞれどのような空間配置をしているか解析しました。その結果、大脳新皮質の外への情報伝達に重要な働きをする出力細胞※2が、数個から十数個並んで柱状のクラスターを形成し、さらにこのような柱状クラスターが多数存在し平行に並んでいることを見いだしました。次に、マウスの目に特定の視覚刺激を与えると、同一の柱状クラスターに含まれる細胞群は互いによく似た反応を示し、共通した機能を持つことが推測できました。この柱状クラスターが平行に並ぶ構造は、大脳新皮質の視覚野や体性感覚野など複数の部位で確認できたことから、大脳新皮質における普遍的な構造であると考えられます。

今回、大脳新皮質では数個から十数個の出力細胞が柱状のクラスターを形成し、さらにこの柱状クラスターが多数並んでいることが分かりました。これは、複雑な大脳新皮質を柱状クラスターとそれに結合した小規模な回路の繰り返しと見ることができる可能性を示しており、今後の脳神経科学研究の効率化に道を開くものです。

本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤」の助成を受け行われ、米国の科学雑誌『The Journal of Neuroscience』(12月14日号)に掲載されます。

背景

大脳新皮質は、100億個程度のさまざまな種類の神経細胞でできた厚さ1.5~3mm程度の脳の表面を覆った組織であり、外側の第1層から内側の第6層まで、6つの層が重なった構造をしています(図1)。大脳新皮質を形成する神経細胞には、少なくとも数十種類から数百種類のタイプがあり、生化学的な性質や細胞同士の結合パターンなどがそれぞれ異なります。異なったタイプの細胞は、情報処理の上で異なった機能を担うため、それぞれのタイプがどのような回路構造を作っているかを理解することが重要です。

過去の研究から、大脳新皮質の神経細胞は、脳表面に沿った方向の数十μm程度までの範囲に存在する神経細胞と特に強く相互作用することが知られています。このため、このような範囲に存在する神経細胞群は互いに密な情報交換を行い、それらが作る回路は情報処理にとって重要な役割を果たしていると考えられています。しかし、このような範囲で、さまざまなタイプの神経細胞の配置に規則性があるのかどうか、ほとんど分かっていませんでした。

大脳新皮質に存在する神経細胞は、発現している遺伝子によってタイプを見分けることができます。マウスの大脳新皮質第5層では、一部の神経細胞がid2※3という遺伝子を発現しています。先行研究から、id2遺伝子を発現する神経細胞は柱状のクラスターを作ることが知られていました。このことは、id2遺伝子を発現しているタイプの神経細胞が、なんらかの規則的な配置をとっている可能性を示唆しています。そこで研究チームは、このid2遺伝子に注目し、大脳新皮質の回路の解析に挑みました。

研究手法と成果

研究チームは、生後6日目のマウスの大脳新皮質を用いて、どのタイプの神経細胞がid2遺伝子を発現しているかを調べました。その結果、大脳新皮質の外へ情報を運ぶ出力細胞の主要なタイプである「皮質下投射細胞※4」であることが分かりました(図2A)

次に、皮質下投射細胞がどのような空間配置をしているかを調べました。まず、生後6日目のマウスの大脳新皮質視覚野の切片を作製して、id2 mRNAを染色することにより皮質下投射細胞を可視化し、その分布を解析しました。その結果、数個から十数個の皮質下投射細胞からなる柱状のクラスターが、約30μm程度の間隔で平行に並んでいることや(図2B、C)、この柱状クラスターの並ぶ間隔が機能的に重要と考えられる回路の幅(数十μm)とよく一致していることを見いだしました。また、このような柱状クラスターが平行に並ぶ構造は、視覚野以外にも体性感覚野など大脳新皮質の機能の異なる複数の部位に存在していました。

さらに、この柱状クラスターが機能的な単位として働くかについても検討しました。同一の柱状クラスターに含まれる皮質下投射細胞が互いに類似した機能を持つかを調べるため、大脳新皮質の視覚野のうち、両目からの入力を受ける部位に着目しました(図3A)。この部位の神経細胞は左右両方の目からの刺激に反応しますが、どちらにより強く反応するかは個々の神経細胞によって異なります。そこで、片方の目だけから光の刺激を与えると、1つの柱状クラスターの中に含まれる皮質下投射細胞が類似した反応を示すかどうか、神経活動に応じて発現するタンパク質「c-Fos※5」の発現を可視化して解析しました(図3B)。観察結果とモデルを比較し、統計解析した結果、同じ柱状クラスターに含まれる皮質下投射細胞は、c-Fos発現が同調する傾向が極めて高いことが分かりました(図3C~G)。このことから、同じ柱状クラスターに含まれる皮質下投射細胞の神経活動は似ており、類似した機能を持つと分かりました。

今後の期待

今回、マウスの大脳新皮質の第5層では、数個から十数個の皮質下投射細胞が柱状のクラスターを形成し、さらにその柱状クラスターが平行に並んだ配置をしていることが分かりました(図4)。このことから、個々の機能単位を詳細に調べ、さらにこれらの並列計算としてモデル化することで、複雑な大脳新皮質の解明が効率的に進むと期待できます。

原論文情報

  • Hisato Maruoka, Kazumasa Kubota, Rumi Kurokawa, Shun Tsuruno and Toshihiko Hosoya.
    “Periodic Organization of a Major Subtype of Pyramidal Neurons in Neocortical Layer V.”The Journal of Neuroscience, 2011, doi:10.1523/JNEUROSCI.3117-11.2011

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 局所神経回路研究チーム
チームリーダー 細谷 俊彦(ほそや としひこ)
Tel: 048-467-9631 / Fax: 048-467-9691

お問い合わせ先

脳科学研究推進部 企画課
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.大脳新皮質
    大脳の表面にある神経細胞の層である大脳皮質のうち、進化的に最も新しい部分。視覚情報を処理する視覚野や皮膚感覚などを処理する体性感覚野など、機能の異なる多数の部位からなる。
  • 2.出力細胞
    大脳新皮質に存在する神経細胞のうち、視床や脊髄など大脳新皮質外の神経組織に軸索を伸ばし情報を送るタイプ。主に第5層と第6層に存在する。
  • 3.id2遺伝子
    塩基性ヘリックスループヘリックス(bHLH)型転写調節因子をコードする遺伝子。神経系の発生においては細胞増殖や軸索伸長に関与する。
  • 4.皮質下投射細胞
    出力細胞の主要なタイプの1つ。大脳新皮質第5層に存在し、大脳新皮質の外部に軸索を伸ばし情報を伝える。軸索の投射先には橋、上丘、脊髄などがある。
  • 5.c-Fos
    ロイシンジッパー型転写調節因子の一種。神経細胞の活動が活発になると蓄積する。
大脳新皮質の構造の図

図1 大脳新皮質の構造

複雑なネットワークを形成したさまざま神経細胞から成り、6層構造をしている。表面から内側に向けて、第1層、第2層・・・第6層と呼ぶ。

皮質下投射細胞がつくる周期構造の図

図2 皮質下投射細胞がつくる周期構造

  • A: 皮質下投射細胞(矢印)は大脳新皮質第5層に存在し、上丘(Tec)や脊髄(SC)などへ軸索を伸ばす。
  • B: 生後6日のマウス大脳新皮質視覚野の第4、5、6層。層の番号をIV,V,VIで示してある。紫は全ての細胞の核。緑は皮質下投射細胞の細胞体。数個から十数個の皮質下投射細胞(緑)が柱状のクラスターを作っている。柱状クラスターの周囲には他の種類の細胞(紫)が存在している。複数の柱状クラスターが、約30μm程度の間隔で平行に並んでいる。
  • C: 柱状クラスター構造の模式図。皮質下投射細胞(緑)が垂直にならんで柱状クラスターをつくる。このような柱状クラスターが多数形成され、平行に配置される。柱状クラスターの周りには他の種類の細胞(灰色)が存在する。
柱状クラスターの機能解析の図

図3 柱状クラスターの機能解析

  • A: マウス視覚系の模式図。左目(青丸)からの経路を青、右目(オレンジ丸)からの経路をオレンジで示した。黄色が両方の眼からの入力を受ける両眼視部(矢頭)。
  • B: 左目に光刺激を与えた場合の左脳半球におけるc-Fos発現。両眼視部(矢頭)の神経細胞が視覚刺激によって活動し、c-Fosを発現している(紫の点)。
  • C: c-Fos発現のモデル。緑は皮質下投射細胞で、柱状のクラスターが平行に配置されている。紫はc-Fos。c-Fosが周期構造と無関係にランダムに発現する可能性(左)と、同一の柱状クラスターで発現する可能性(右)がある。
  • D: 統計解析。「1つの皮質下投射細胞(黒丸)がc-Fosを発現している場合に、近傍の皮質下投射細胞(クエスチョンマーク)がc-Fosを発現している確率」をP(c-Fos)と定義し、観察したデータから計算する。2つの細胞の脳表面に平行な方向の距離(細胞間距離)がさまざま値をとるとき、P(c-Fos)のがどのような値をとるか調べる。
  • E: モデルCのそれぞれの場合について予想される結果。発現がランダムな場合、P(c-Fos)は細胞間距離によらない(青)。c-Fosが同一の柱状クラスターの中で発現する傾向がある場合、細胞間距離が0のところにランダムの場合より高いP(c-Fos)のピークが現れる(赤)。
  • F: (赤)800個以上の皮質下投射細胞から計算したP(c-Fos)。距離0のところにピークがある。ピークでの値はランダムの場合(青)の2倍以上である。
  • G: 機能特性のモデル。片目への視覚刺激の下では、同一の柱状クラスターに含まれる皮質下投射細胞は似た応答を示す。
大脳新皮質の回路モデルの図

図4 大脳新皮質の回路モデル

右は大脳新皮質第5層を示している。皮質下投射細胞(緑)からなる構造的・機能的単位(柱状クラスター)が、多数平行に配置される。灰色は他の種類の細胞。

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