広報活動

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2012年1月12日

独立行政法人 理化学研究所

超低濃度のPCBを数秒で完全処理するマイクロチップを開発

-高分子パラジウムナノ粒子触媒膜を使った反応器でハロゲンを100%脱離-

ポイント

  • マイクロチップ上の流路に高分子パラジウムナノ粒子触媒膜を初めて導入
  • PCBなど有毒な芳香族有機ハロゲン化物の脱ハロゲン化が、滞留時間8秒で完了
  • 10~1,000ppmという超低濃度PCBでも、脱ハロゲン化を100%の収率で実現

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、高分子パラジウムナノ粒子触媒膜を用いて、芳香族有機ハロゲン化物※1処理用のマイクロチップを開発しました。実際にこのチップを使って、簡便な処理が困難な超低濃度のポリ塩化ビフェニル(PCB)やポリ臭化ビフェニル(PBB)を含む溶液を処理したところ、完全に分解することに成功しました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)グリーンナノ触媒研究チームの魚住泰広チームリーダー、山田陽一副チームリーダーを中心とする研究チームの成果です。

電気絶縁性や不燃性に優れることから、電気機器の絶縁油や熱交換機の熱媒体などに使用されてきたPCBは、人体への強い毒性が報告されて以来、その処理施設の設置がなかなか進まず30年以上にわたり貯蔵されたままとなっています。現在、PCBやPBBなどの芳香族有機ハロゲン化物を高濃度に含む溶液の処理は、爆発性のある水素ガスを用いた方法などが報告されています。一方、最近になると、本来含まれるはずのない絶縁油の中に、数百万分の1(ppm)程度という超低濃度のPCBが含まれている例が数多く見つかりました。化学反応が遅く処理が困難な超低濃度の芳香族有機ハロゲン化物の処理は、燃焼が当面の方法と検討されていますが、未分解物が灰に含まれる可能性があるため、ダイオキシンの発生が懸念されます。そこで、爆発性のない安全な方法で、簡便、安価、瞬間的、完全に処理することが求められています。

2006年研究チームは、マイクロチップに高分子パラジウム錯体触媒膜を導入する方法の開発に成功し、芳香族化合物の合成を可能にするクロスカップリング反応※2が4~5秒で完結することを確認していました。今回、この触媒膜作製方法を応用して、70×30mm四方のマイクロチップ上に形成した半円状の流路(流径0.1mm、高さ0.04mm、長さ40mm)内で、パラジウムを平均粒径6nmの粒子にした高分子パラジウムナノ粒子触媒膜の作製に成功しました。この触媒膜を用いて芳香族有機ハロゲン化物(塩化物・臭化物・ヨウ化物)の水素化脱ハロゲン化反応※3を行ったところ、1,000ppmの濃度の場合はチップ滞留時間2~8秒で、また10~1,000ppmのPCBやPBBの場合は8秒で終了し、ハロゲン化物質の完全な分解を実現しました。

今後、このチップを多数積み上げたり流路の形状を工夫したりすることで、年間数トンレベルの処理を可能とする大規模処理装置の開発や、水素化脱ハロゲン化反応を瞬間的に進行させる化学プラントの実現が期待できます。

本研究成果は、ドイツの科学雑誌『ChemSusChem』オンライン版(1月12日付け:日本時間1月12日)に掲載されます。

背景

ポリ塩化ビフェニル(PCB)やポリ臭化ビフェニル(PBB)などの芳香族有機ハロゲン化物は、熱に強く(不燃性)、電気絶縁性に優れ、化学的に安定していて分解されにくい性質を持つ物質です。電気機器(絶縁油)やノンカーボン感圧紙(熱媒体)などに広く使用されていましたが、人体への毒性が強く、がんや皮膚疾患、肝機能障害等の原因となるため、現在は生産が中止され、その処理に当たっては安全かつ効率的な方法が求められています。これまで、北九州、豊田、東京、大阪、北海道の5事業所において処理施設が設置され、脱塩素化分解方式※4などによる分解が進められています。しかし、まだまだPCB廃棄物を保管する事業者は長期保管を強いられており、PCBのにじみ、漏れ、機器内部の炭化などの劣化といった問題が懸念されています。

一方、最近になって、本来はPCBが含まれるはずのない絶縁油などに、数百万分の1(ppm)レベルの超低濃度PCBが含まれている例が多数見つかりました。現在は燃焼などによる処理方法が検討されていますが、未分解物が灰に含まれる可能性があるため、ダイオキシンの発生が懸念されます。そこで、爆発性がなく安全な方法で、簡便、安価、瞬間的、完全に処理する方法が望まれています。

こうした状況の下、分解液として注目されているのがギ酸ナトリウム(HCOONa)水溶液です。この水溶液は、防腐剤などに使われるホルマリン溶液のナトリウム塩で、水素化脱ハロゲン化反応では水素原子の供給源となります。しかし、化学反応の速度は反応物質の濃度が低いほど遅くなるため、ppmレベルしかない芳香族有機ハロゲン化物の水素化脱ハロゲン化反応を、完全かつ瞬間的に進行させるには新たな触媒の開発が必要とされていました。

研究手法と成果

研究チームは、水素化脱ハロゲン化反応を瞬間的に進行させるための反応器として、反応物質をごく限られた場所に閉じ込めることで高速反応を実現することができるマイクロチップに着目しました。製作したマイクロチップは、70×30mm四方のガラス板上に幅0.1mm、高さ0.04mm、長さ40mmの半円状の溝をY字状に刻み、その上から、流入口2カ所と流出口1カ所を開口した同サイズのガラス板を重ねたものです(図1)。2006年には、この流路内中央に長さ40mmの高分子パラジウム錯体触媒膜の作製に成功していました。しかし、錯体を用いた触媒膜では水素化反応(還元反応)に対する触媒活性が乏しいため、水素化脱ハロゲン化反応を進行させることはできませんでした。そこで触媒活性を発現させるために、この膜作製方法を応用して、パラジウムをナノレベルの粒子にした高分子パラジウムナノ粒子触媒膜を開発しました。

具体的には、まずマイクロチップの一方の流入口から膜の主成分となる高分子ポリビニルピリジンの溶液を、もう一方から触媒活性を持つパラジウム塩の溶液を流し、合流部分で両者を反応させて、流路中央から流出口まで続く不溶性の高分子パラジウム錯体触媒膜を作製しました。次に、ギ酸ナトリウム水溶液を流入口より流すと、パラジウム錯体が分解されてパラジウムがいったんバラバラになり、その後、数百個のレベルで凝集を起こしました。その結果、平均粒径6nmのパラジウムナノ粒子が分散した高分子膜を作製することに成功しました(図2)

この高分子パラジウムナノ粒子触媒膜の性能を評価するため、流入口の一方から高濃度(1,000ppm)芳香族有機ハロゲン化物の溶液を、もう一方からギ酸ナトリウム水溶液を流した結果、流路滞留時間2~8秒で水素化脱ハロゲン化反応が完全に進行し、流出口から脱ハロゲン化物が100%の収率で得られました。さらに、超低濃度である10~1,000ppmのPCBやPBBでも完全に分解できることをガスクロマトグラフ※5で確認しました(図3)

今後の期待

今後は、基礎研究を継続して安定性・耐久性を高めたマイクロチップの開発を行っていきます。このチップを多数積み上げたり、流路の形状を工夫することで、年間数トンレベルの処理を可能とする大規模処理装置の開発や、水素化脱ハロゲン化反応を瞬間的に進行させることができる化学プラントの実現への貢献が期待できます。

原論文情報

  • Y. M. A. Yamada, T. Watanabe, A. Ohno, and Y. Uozumi, “Development of Polymeric Pd Nanoparticle Membrane-Installed Microflow Devices and Their Application in Hydrodehalogenation”. ChemSusChem, 2011, DOI: 10.1002/cssc.201100418

発表者

理化学研究所
基幹研究所 グリーンナノ触媒研究チーム
チームリーダー 魚住 泰広(うおずみ やすひろ)
副チームリーダー 山田 陽一(やまだ よういち)
Tel: 048-467-8072 / Fax: 048-467-9599

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 芳香族有機ハロゲン化物
    芳香族化合物に塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲンが炭素-ハロゲン結合した有機物質。
  2. クロスカップリング反応
    異なった有機化合物の炭素と炭素同士を結合させる反応。2010年には「パラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応の開発」で北海道大学の鈴木章名誉教授、米国パデュー大学の根岸英一特別教授、デラウェア大学教授のリチャード・ヘック名誉教授にノーベル化学賞が授与された。
  3. 水素化脱ハロゲン化反応
    塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲンを芳香族炭素から脱離させ、その炭素に水素原子を導入する反応。水素化脱ハロゲン化反応の図
  4. 脱塩素化分解方式
    PCBの分子を構成している塩素とアルカリ剤などを反応させてPCBの塩素を水素などに置き換える方法。
  5. ガスクロマトグラフ
    物質を気化させることで、化合物の検出、同定、定量を可能とする機器分析装置。

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マイクロチップの実物(上)と模式図(下)の図

図1 マイクロチップの実物(上)と模式図(下)

70×30mm四方のマイクロチップ上には、半円状の流路(流径0.1mm、高さ0.04mm、長さ40mm)が刻まれている。一方から芳香族有機ハロゲン化物の溶液を(青)、もう一方からギ酸ナトリウム水溶液を流すと(赤)、流出口から脱ハロゲン化物(緑)が得られる。

Y字流路内に作成した高分子パラジウムナノ粒子触媒膜の図

図2 Y字流路内に作成した高分子パラジウムナノ粒子触媒膜

Y字中央左右に伸びる線が高分子パラジウムナノ粒子触媒膜、図下部の黒粒はパラジウムナノ粒子(粒径6nm)の透過型電子顕微鏡写真。

反応前,反応開始後の反応液のガスクロマトグラフ図の画像

図3 反応前,反応開始後の反応液のガスクロマトグラフ図

反応前は4.95分に10ppmのPCBのピークがあった(上)が、反応後は4.95分のPCBのピークが完全に消失し、3.75分に分解物であるビフェニルに変換された(下)。反応前の2.01分と反応後の1.97分は内部標準物(メシチレン)のピーク。

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