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2012年2月9日

独立行政法人 理化学研究所

蛍光顕微鏡を用いず一般の顕微鏡で細胞の蛍光観察に成功

-途上国や教育現場にも先端の蛍光観察技術を提供-

ポイント

  • 一般の顕微鏡でも微弱な蛍光を観察できるアダプターを開発
  • 高出力の水銀ランプやレーザーを使わず、細胞へのダメージを減少
  • アダプターに絞りを付加し、1つの光源で蛍光と可視光を同時に観察

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、一般の顕微鏡の光源下に励起フィルターを取り付けるためのアダプターを開発し、蛍光顕微鏡※1を用いずに細胞を蛍光観察することに成功しました。これは理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)ゲノム・リプログラミング研究チームの若山照彦チームリーダー、山縣一夫研究員(現大阪大学微生物病研究所 特任准教授)、近畿大学生物理工学部遺伝子工学科の佐伯和弘教授および大阪大学大学院生命機能研究科の木村宏准教授らの研究グループによる成果です。

現在の生命科学研究では、蛍光色素※2による細胞の染め分けが不可欠です。蛍光色素が発する蛍光を利用することで、細胞内の構造や分子の動きを可視化したり、がん細胞など特定の細胞を識別したりすることが可能になりました。しかし蛍光を観察するには、高出力の水銀ランプやレーザーなどの光源を備えた高価な蛍光顕微鏡が必要です。高出力の光源は細胞へダメージを与え、長時間の観察を困難にします。また、研究費の少ない研究室や教育現場、発展途上国では、蛍光実験という先端の研究に参加できず、研究格差が拡大しています。

研究グループは、通常の安価な顕微鏡に励起フィルターを取り付けるアダプターを開発し、マウス初期胚や精母細胞、卵子の蛍光観察に成功しました。光源に低出力のハロゲンランプ(可視光)を用いているため、細胞へのダメージや蛍光色素の退色※3を最小限に抑え、マウス卵子を10分以上連続観察しても鮮明に蛍光を発する核を識別できました。さらに、励起フィルターとアダプターの間に隙間を作ってハロゲンランプの光が漏れこむようにし、ここを通る光の量を調節する「絞り」を付加しました。励起フィルターと隙間を通る光の量のバランスを絞りで調節したところ、1つの光源で蛍光と可視光の同時観察が可能となり、蛍光標識した細胞内の器官と可視光で照らされた細胞全体を同時に観察することができました。その結果、経験の浅い人でもクローン動物の作製に必要な除核※4を確実に行うことができるようになりました。

開発したアダプターは試料にやさしく、一般の顕微鏡に取り付けるだけなので、生命科学の発展や畜産工学技術の向上、蛍光実験の普及、学生の科学への興味喚起に貢献すると期待できます。このアダプターはオリンパス株式会社の協力によるものです。

本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』(2月8日付け)に掲載されます。

背景

これまで、細胞内で蛍光色素を発色させ観察するには、水銀ランプやレーザーなど高出力の光源による励起※5が必要だとされてきました。しかしこうした光源を用いると、蛍光は観察できても細胞内の器官や細胞そのものを破壊したり、退色が起きて長時間観察したりすることができません。また蛍光顕微鏡は、安価なものでも300万円、高価なものでは数千万円程度と高額で、研究費の少ない研究室や発展途上国の研究現場では共同で利用するしかなく、先端の生命科学研究を行う環境に格差が広がっています。若山照彦チームリーダーらは、毎年アジア生殖工学学会をベトナムやタイ、カンボジアなどで開催し、途上国の学生に研究指導を行っていますが、1台も蛍光顕微鏡が無く高度な実験ができない、という状況を見てきました。一般の顕微鏡で蛍光観察が可能になれば、細胞にダメージを与えず、長時間の蛍光観察が可能となるだけでなく、高額な蛍光顕微鏡が不要となり、教育現場へも普及させることができます。また理研の研究チームでは、これまでに体細胞クローンマウス作製に関する成果を報告してきました(2008年11月4日プレス発表、2012年1月25日プレス発表)が、さらなるクローン動物作製の成功率向上には、細胞にやさしい蛍光観察の実現が不可欠だと考えていました。そこで、一般の顕微鏡による蛍光色素の観察に挑みました。

研究手法と成果

(1)アダプター取り付けによる蛍光観察

蛍光顕微鏡には、光源から必要な励起光を取り出すために励起フィルターが内蔵されています。理研の研究チームは、一般の顕微鏡の光源下に励起フィルターを取り付けるためのアダプターを開発しました。蛍光以外の光をカットする吸収フィルターは対物レンズ直下に設置してあります。実際に、マウス初期胚の内部細胞塊(胎児の元)を赤に、外部の細胞(胎盤の元)を緑に蛍光色素で染色し、水銀ランプを使った蛍光顕微鏡とハロゲンランプを使ったアダプター付きの一般顕微鏡で撮影して比較すると、ほぼ同程度に鮮明な蛍光写真を撮ることができました(図1)

(2)絞り付きアダプターの開発

蛍光顕微鏡に内蔵された励起フィルターは可視光を遮断するため、視野は暗く細胞の全体像は見えません。蛍光を観察しながら除核などの顕微操作を行うには、明るい視野の中で細胞全体が確認できるよう、蛍光と同時に可視光も必要です。そのため蛍光顕微鏡には、ハロゲンランプと水銀ランプの2つの光源が用意されており、水銀ランプで蛍光観察を行っている間でもハロゲンランプで細胞全体を見ることができるようになっています。研究グループは、中央の励起フィルターとアダプターの間にハロゲンランプの光が漏れこむよう隙間を作り、さらに、漏れこむ光の量を調節する絞りを付けて、1つの光源で蛍光と可視光を同時に見ることができるようにしました(図2A~C)。隙間の効果を調べるため、蛍光タンパク質※6で標識したマウスES細胞を胚盤胞※7に注入してキメラ胚を観察したところ、胚盤胞全体の像の中でES細胞の分布を確認することができました(図2D~F)。また、精巣内にわずかしかない精母細胞※8を赤色蛍光色素で染色したところ、精母細胞だけを容易に選別し、回収することできました(図2G、H)

また、卵子の核を認識する蛍光色素を卵子内へ注入したところ、可視光を加えた明るい視野であっても、5分以内で核を観察できるようになりました(図3A~E)。顕微鏡の倍率を400倍に上げると、1本1本の染色体を識別でき(図3F、G)、注入した色素の濃度に依存して蛍光が強くなる様子も分かりました(図3H~K)。色素の退色時間を調べると、蛍光顕微鏡による観察では30秒以内で観察できなくなるのに対し(図3L、M)、アダプター付きの顕微鏡による観察では、ハロゲンランプの出力が低いため退色が進まず、10分間連続で観察することができました(図3N、O)。こうして、蛍光の位置と細胞の全体像を同時に観察しながら除核するといった細胞操作や、ES細胞をマウス胚に注入した後のキメラ胚の観察、体内にほんのわずかしか存在しない細胞の選別が簡単にできるようになりました。

(3)核移植への応用

ウシやブタなどの家畜の卵子には黒い脂肪滴※9が多く、可視光では核を全く観察できません。核を見るには色素で核を染色し蛍光顕微鏡で観察しなければなりませんが、水銀ランプのダメージで卵子は傷つき、クローン産仔の成功率は大きく低下してしまいます。そのため、これまでの除核は、「ここに卵子の核があるはずだ」という研究者の勘と経験に頼っており、熟練者でも成功率は平均80%程度でした。その上、除核に成功したかを全ての卵子で確認する作業が必要で、失敗の場合はもうその卵子を使うことができません。除核はクローン動物作製における最も手間のかかる難しい作業でした。開発したアダプターを取り付けると、卵子全体と卵子内の核を見ながら除核できるため、確認作業が不要となり、経験の浅い人でも容易に核を取り除くことができます。アダプター付き顕微鏡で観察しながらマウスの除核を行ったところ、クローン産仔の発育に何も影響がないことを確認しました(図4)

今後の期待

このシンプルなアダプターは、一般の顕微鏡に取り付けるだけで蛍光観察を可能にします。このため、途上国や資金のない研究所でも先端の研究に参加でき、蛍光顕微鏡の有無による研究格差を減らすことができます。また、水銀ランプやレーザーのような高出力の光源を使わないため、畜産工学技術の向上だけでなく、ヒトの卵子などダメージを最小限に抑える必要がある貴重な試料の観察に有効です。

アダプターは試作段階であり、より汎用性を高めることを目的に引き続き開発を進めていく計画です。このアダプターを中学校や高校にある顕微鏡に取り付けることができると、学生の実習でも蛍光観察できます。特殊な光源を必要としないため、太陽光を光源に野外でも蛍光観察ができる可能性があります。下村脩博士が発見した緑色蛍光タンパク質「GFP」(2008年ノーベル化学賞)などで発色する生きた細胞を観察することができれば、学生の科学への興味や関心を引き起こすことにもつながると期待できます。

原論文情報

  • Fluorescence Cell Imaging and Manipulation Using Conventional Halogen Lamp Microscopy
    Kazuo Yamagata, Daisaku Iwamoto, Yukari Terashita, Chong Li, Sayaka Wakayama, Yoko Hayashi-Takanaka, Hiroshi Kimura, Kazuhiro Saeki, Teruhiko Wakayama
    雑誌名 PLoS ONE 2月8日公開予定

発表者

理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
ゲノム・リプログラミング研究チーム
チームリーダー 若山 照彦(わかやま てるひこ)
Tel: 078-306-3049 / Fax: 078-306-3095

大阪大学微生物病研究所
生体応答遺伝子解析センター
特任准教授 山縣 一夫(やまがた かずお)
Tel: 06-6879-8375 / Fax: 06-6879-8376

お問い合わせ先

神戸研究推進部 広報国際化室
Tel: 078-306-3092 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.蛍光顕微鏡
    蛍光観察を可能にするため、一般の光源(主にハロゲンランプ)の他に水銀ランプやレーザーの光源が取り付けられ、多様な色素に対応できるよう多くの励起フィルターを装着している。2つの光源を同時に使用可能にするため、顕微鏡内部には複雑な光路およびプリズムなどが配置されている。
  • 2.蛍光色素
    照射された光(励起光)のエネルギーを吸収して発光する色素。非常に微弱な光のため、そのままでは可視光など他の光に邪魔されて見ることができない。蛍光色素を観察するには、一般の光源よりはるかに高出力な水銀ランプやレーザーを使って、サングラスのような波長を分離する励起フィルターで蛍光色素を励起させる波長だけを試料へ照射する。接眼レンズの前には、光った蛍光だけを透過する吸収フィルターが取り付けられており、他の光に邪魔されず蛍光を観察することができる。
  • 3.退色
    蛍光物質に光(励起光)を当て発色させ続けると、蛍光はだんだんと弱くなり、やがて見えなくなる。蛍光色素が酸素と結合することで漂白されるのが主な原因とされ、励起光の出力が強ければ強いほど退色が早く進む。
  • 4.除核
    卵子から核を取り出す作業のこと。クローン動物作製のためには、最初にすべての卵子から卵子自身の核を取り除く必要がある。しかし卵子の核ははっきりと見えないため、除核には相当な熟練を要する。また、除核できたかどうかの確認も難しい。
  • 5.励起
    蛍光物質に光を照射すると、その物質の原子がエネルギーを吸収して電子が基底状態から励起状態に遷移する。次に吸収したエネルギーを蛍光として放出して、電子は再び基底状態に戻る。この時に照射する光のことを励起光、光らせる手段を励起と呼ぶ。
  • 6.蛍光タンパク質
    オワンクラゲで発見された、それ自身が蛍光を持つタンパク質。珊瑚やイソギンチャクなどの海洋生物も蛍光タンパク質を持っており、遺伝子工学の技術を駆使して、いろいろな色や性質の蛍光タンパク質が開発されている。今では医学・生物学をはじめとする、さまざまな分野の研究・開発に利用されている。
  • 7.胚盤胞
    マウスの場合、受精後4日目の初期胚。中空のボール状の構造をとり、胎児の元になる内部細胞塊(ICM)と胎盤を形成する外側の細胞群(TE)に分かれている。
  • 8.精母細胞
    精巣(睾丸)内にある精子のもとになる細胞。減数分裂の途中の細胞で、精子のように半数体にはなっていない。
  • 9.脂肪滴
    卵子細胞質内に含まれる黒色の顆粒で脂肪が主成分である。家畜の卵子などには大量に含まれているため細胞質が黒くなり、卵子の核の場所を不明瞭にしている。
蛍光顕微鏡とアダプター付き一般顕微鏡によるマウス胚盤胞の蛍光観察の図

図1 蛍光顕微鏡とアダプター付き一般顕微鏡によるマウス胚盤胞の蛍光観察

胚盤胞は中空のボール状の構造をとり、胎児の元になる内部細胞塊(ICM)と胎盤を形成する外側の細胞群(TE)に分かれている。ICMを赤色蛍光色素で、TEを緑色蛍光色素で染めたものを顕微鏡で観察した。今回開発したアダプターを用いると、ハロゲンランプでも水銀ランプの場合と同程度の鮮明な画像を撮影できる。

今回開発したアダプターとその利用例の図

図2 今回開発したアダプターとその利用例

マウス卵子の核を赤色蛍光色素で染色の図

図3 マウス卵子の核を赤色蛍光色素で染色

ウシやブタ、マウスの卵子の様子とマウスの除核で産まれたクローンマウスの図

図4 ウシやブタ、マウスの卵子の様子とマウスの除核で産まれたクローンマウス

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