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2012年2月20日

独立行政法人 理化学研究所

東アジア人集団の肥満の個人差を左右する遺伝子を同定

―肥満や生活習慣病の正確なリスク予測に貢献―

ポイント

  • 日本人集団26,620人と東アジア人集団27,715人で大規模解析
  • 東アジア人集団において、BMIに影響を及ぼす5個の新規遺伝子を同定
  • 東アジア人集団に特有な肥満の原因解明に貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、日本人と東アジア人集団を対象としたゲノムワイド関連解析※1を行い、肥満の指標であるBMI(Body Mass Index)※2の個人差に関わる5個の新規遺伝子を同定しました。これはオーダーメイド医療※3実現化プロジェクトとアジア遺伝疫学ネットワークコンソーシアム(AGEN consortium)※4に基づくもので、理研ゲノム医科学研究センター(久保 充明センター長代行)循環器疾患研究チームの田中敏博チームリーダー(副センター長兼務)、統計解析研究チームの岡田随象客員研究員らの研究グループによる成果です。

世界の肥満人口は増加傾向にあり、現在、20億人程度に達すると推定されています。肥満は2型糖尿病や心筋梗塞などの生活習慣病発症と密接な関係があるため、これら疾患予防の面から肥満のメカニズム解明が課題となっています。特に、欧米人種と比べ日本人を含む東アジア人集団は、軽度の肥満でも生活習慣病にかかりやすいことが知られており、その原因は謎のままです。肥満には遺伝的要因があり、現在までに数十個の関連遺伝子が同定されていますが、そのほとんどは欧米人集団を対象とした研究成果であるため、東アジア人集団に特異的な肥満の原因遺伝子同定が必要です。

研究グループは、日本人集団26,620人を対象に、ヒトゲノム全体に分布する約220万個の一塩基多型(SNP)※5とBMIの値との関連を調べるという大規模なゲノムワイド関連解析を実施しました。さらにこの解析結果を、東アジア人集団27,715人を対象にした同様の解析結果と照合したところ、BMIの個人差に関わる東アジア人特異的な5個の新規遺伝子(PCSK1, CDKAL1, KLF9, PAX6, GP2)を同定しました。さらに、CDKAL1遺伝子上のSNPが肥満リスクを上昇させる一方で、2型糖尿病のリスクを減少させることや、KLF9遺伝子が体の大きさの決定に関与するGDF8MSTN)遺伝子と相互作用して、BMIの個人差に関与することも明らかにしました。

今回の成果は、東アジア人集団における肥満のメカニズム解明につながるとともに、個々人にあわせたオーダーメイド医療に結びつくものと期待されます。

本研究成果は、同定した新規遺伝子に関する内容と大規模解析に関わる内容の2報が、科学雑誌『Nature Genetics』オンライン版(2月19日付け:日本時間2月20日)に、同時に公開されます。

背景

肥満とは、正常な状態と比較して体重が増加した状態のことで、主な原因に体脂肪の蓄積があります。肥満の指標には、体重と身長から計算されるBMI(Body Mass Index)が最も一般的に用いられており、BMI25以上で肥満とされています。肥満人口は、食生活の変化に伴って世界中で増加傾向にあり、現在、20億人程度に達すると推定されています(出典:World Health Organization)。肥満は、2型糖尿病や心筋梗塞、高血圧といった生活習慣病をはじめ、数多くの疾患の原因となることが知られているため、重要な健康問題として認識されています。

肥満には、環境的要因に加え遺伝的要因の関与が知られており、現在までに数十個の原因遺伝子が同定されています。しかし、そのほとんどは欧米人集団で同定されてきたものでした。日本人を含む東アジア人集団では、欧米人種と比較して軽度の肥満で疾患にかかりやすいことから、東アジア人に特有の肥満と生活習慣病の関係が予想されています。そこで、東アジア人集団に特異的な肥満の原因遺伝子同定が望まれていました。

研究手法と結果

研究グループは、文部科学省が推進するオーダーメイド医療実現化プロジェクトのもと、日本人集団26,620人を対象に、ヒトゲノム全体に分布する約220万個の一塩基多型(SNP)とBMIの値との関連を調べるという大規模なゲノムワイド関連解析を行いました。さらにこの解析結果を、東アジア人集団における遺伝的背景の解明を目的とした国際共同プロジェクト「アジア遺伝疫学ネットワークコンソーシアム(AGEN consortium)」のもと、中国、シンガポール、台湾、韓国、および日本の施設から集めた東アジア人集団27,715人を対象にした同様な解析結果と照合しました。その結果、BMIの個人差に関わる14個の遺伝子を同定し、そのうち5個の遺伝子(PCSK1、CDKAL1、KLF9、PAX6、GP2)は新規であることを見いだしました(表1図1)。日本人集団を対象とした解析では、新規遺伝子のうち特にCDKAL1遺伝子とKLF9遺伝子で強い関連を認めました。

生活習慣病に関するこれまでの疫学調査結果から、肥満は2型糖尿病のリスクを上昇させることが報告されています。また、同定した遺伝子の1つCDKAL1遺伝子は、2型糖尿病の原因遺伝子として知られています。そこで研究グループは、CDKAL1遺伝子領域のSNPについて肥満と2型糖尿病との関係を調べたところ、肥満のリスクを上昇させるSNPが2型糖尿病のリスクを減少させることを見いだしました。この結果は、肥満と2型糖尿病の関係を検討する上で新たな知見をもたらすものです。

さらに、ゲノム上の全遺伝子領域を対象に、2個のSNPの組み合わせによる遺伝子間相互作用(gene-gene interaction)※6を網羅的に解析しました。その結果、KLF9遺伝子領域が、体の大きさや筋肉量を規定するGDF8MSTN)遺伝子領域と相互作用して、BMIの個人差に関与することを明らかにしました。KLF9遺伝子は、脂肪細胞の代謝に関連する遺伝子の1つであることは知られていましたが、実際にKLF9遺伝子のSNPと肥満との関連を示したのは初めてで、GDF8遺伝子との相互作用の発見は、肥満の原因解明に寄与するものと考えられます。

今後の期待

今回同定した遺伝子を対象に研究が進めば、日本人をはじめとする東アジア人に特有な肥満の原因解明が期待できます。また、これら遺伝子上のSNPを用いた肥満や生活習慣病リスクの予測など、個々人に合わせたオーダーメイド医療への応用に貢献できます。

原論文情報

  • Okada et al. “Common variants at CDKAL1 and KLF9 are associated with body mass index in east Asian populations”. Nature Genetics. 2012.doi:10.1038/ng.1086.
  • Wen et al. “Meta-analysis identifies common variants associated with body mass index in east Asians”. Nature Genetics. 2012.doi:10.1038/ng.1087.

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 循環器疾患研究チーム
チームリーダー 田中 敏博(たなか としひろ)
Tel: 045-503-9290 / Fax: 045-503-9289
統計解析研究チーム
客員研究員 岡田 随象(おかだ ゆきのり)
Tel: 03-5449-5708 / Fax: 03-5449-5564

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ゲノムワイド関連解析
    遺伝子多型を用いて対象形質に関連した遺伝子を見つける方法の1つ。ヒトゲノムを網羅した数十万~数百万のSNPを対象に、対象サンプル群における多型頻度と形質値との関連を統計学的に評価する手法。検定の結果得られたP値(偶然にそのような事が生じる確率)が小さい多型ほど、関連が強いと判断することができる。
  • 2.BMI (Body Mass Index)
    ヒトの肥満の程度を示す指標。「BMI = 体重(kg)/身長(m)2」の計算式に基づき体重と身長の関係から算出される。
  • 3.オーダーメイド医療
    個人の遺伝情報に基づいて行われる医療。疾患のタイプや治療薬の効果、副作用の有無などを事前に見積もり、個々人に合わせた適切な医療を行うことを目標とする。
  • 4.アジア遺伝疫学ネットワークコンソーシアム(AGEN consortium)
    米国のヴァンダービルト(Vanderbilt)大学、シンガポールのシンガポール遺伝子研究所(Genome Institute of Singapore)、韓国の国立保健院(National Institute of Health)、台湾の中央研究院(Academia Sinica)、米国のハーバード(Harvard)大学、日本の国立国際医療センターおよび理研ゲノム医科学研究センターを含む国際共同研究グループ。
  • 5.一塩基多型(SNP)
    ヒトゲノムの個人間の違いのうち、集団での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。代表的なものとして一塩基(チミン:T、グアニン:G、シトシン:C、アデニン:A)の違いによる一塩基多型(SNP; Single nucleotide polymorphism)がある。
  • 6.遺伝子間相互作用(gene-gene interaction)
    複数の遺伝子が相互作用を及ぼすことにより、対象形質に影響を与える現象。
  • 7.表1 東アジア人集団でBMIに関連する遺伝子
    これまでに関連が報告されていた遺伝子 SEC16B, ADCY3, GNPDA2, TFAP2B,
    BDNF, MAP2K5, FTO, MC4R, GIPR
    新規に同定した遺伝子 PCSK1, CDKAL1, KLF9, PAX6, GP2
日本人および東アジア人集団におけるBMIに対するゲノムワイド関連解析結果の図

図1 日本人および東アジア人集団におけるBMIに対するゲノムワイド関連解析結果

  • 上: 日本人集団26,620名における解析結果
  • 下: 東アジア人集団27,715人における解析結果

ヒトゲノム染色体上の位置(横軸)と各SNPのP値(縦軸)のプロット。個々人のBMIの値とSNPとの関連を調べた。上方にあるほどBMIに対する関連が強い。関連を認めた遺伝子(図中の記号)14個のうち、新規に5個の遺伝子(青字)を同定した。

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