広報活動

Print

2012年2月29日

独立行政法人 理化学研究所

フッ化フラーレンでn型有機半導体の単分子膜形成に成功

-層界面を分子レベルで制御し、有機半導体デバイスの高機能化に期待-

ポイント

  • 自己組織化能力を利用して、真空蒸着と加熱だけで均一な単分子膜を形成
  • 化学的に安定した広いバンドギャップのn型有機半導体の膜を金電極表面上で実現
  • 有機半導体デバイスの高機能化や、高効率な電子輸送層としての応用に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、新しいn型※1有機半導体として注目されているフッ化フラーレン(C60F36※2分子を、電極材料である金(Au)の単結晶上に均一かつ単分子の厚さの膜で形成することに成功し、その膜が化学的に安定したn型の性質を維持することを発見しました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)Kim表面界面科学研究室の清水智子基礎科学特別研究員、ジョン ジェフン(鄭載勲)特別研究員、大谷徹也研修生、キム ユウス(金有洙)准主任研究員、東京大学新領域創成学科の川合眞紀教授、韓国基礎科学支援研究院のハン ヨンギュー(韓榮圭)責任研究員らの研究グループによる成果です。

シリコンなどを材料とした無機半導体にはn型とp型※1の性質をもつ材料が必須ですが、炭素を基本骨格とした有機半導体でも同様です。しかし、現在提案されているn型有機半導体は、バンドギャップ※3が1~3エレクトロンボルト(eV)と小さく化学的に不安定で、しかも均一な分子膜を形成することが困難な分子が多いため、電子だけを高速に輸送することができませんでした。特に、金属電極や他の分子と接触させてデバイスにするとき、接触と同時に分子の性質が変わってしまうこともあり、層界面を分子レベルで制御することが求められていました。

研究グループは、化学的に安定な金電極上に、電子を引き付ける能力が非常に高いフッ化フラーレン分子を真空内で蒸着し、形成した単分子膜の構造と電子状態について走査トンネル顕微鏡(STM)※4走査トンネル分光(STS)※5で観測しました。その結果、蒸着後に100℃程度で加熱するだけで、フッ化フラーレンは最も安定化するよう自己組織化※6し、全ての分子が同じ方向を向いた均一な単分子膜を形成することが分かりました。さらに、その分子膜はn型の性質を示すだけでなく、一様に5.6eVという大きなバンドギャップを持つことから、従来よりも優れたn型有機デバイスの実現の可能性を示唆しました。高性能・高機能な有機半導体デバイス開発のための材料選択や、新規分子合成のための指針を提供するものと期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『ACS Nano』に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月13日付け)に掲載されました。

背景

現在、電子デバイスや光デバイス材料ではシリコンなどの無機半導体デバイスが主流ですが、種類や性質の多様性、柔軟性、プロセスの簡便性といった要望の高まりで、有機分子を用いた太陽電池や電界効果トランジスタ(FET)といった有機半導体デバイスの開発が盛んに行われています。開発にはいくつか課題がありますが、その1つに、ホール(プラス電荷)を輸送するp型有機半導体は数多くある一方で、電子(マイナス電荷)を輸送するn型有機半導体の種類が格段に少ないことが挙げられます。これは、一般に有機分子は電子を他の材料に与えやすいため、自分は電子を失ってホールを輸送しやすいからです。逆に電子を受け取りやすく、電子を輸送しやすいn型には、サッカーボール形状のフラーレンC60がほぼ独占的に使用されている状況です。

また、数種類の異なる材料を何層も積み重ねた構造を持つ有機薄膜デバイス(図1)では、層界面を通り抜ける電荷の種類や通り易さを制御することが重要です。たとえ狙い通りの性質の分子を合成できても、電極や他の分子層と接触させると同時に分子の性質が変化してしまうことがあります。特に、電極として用いる金属には、大気中でも化学的に安定なものが好ましいのですが、それら金属は仕事関数※7が大きく、電子を分子から非常に受け取りやすいため、フラーレンC60でもn型を維持できないことが問題でした。そこで、デバイス性能を画期的に向上させるには、フラーレンC60よりも強く電子を引っ張る性質の分子を見いだすことが求められていました。

研究手法と成果

研究グループは、フラーレンC60に電子を引き付ける能力の高いフッ素原子(F)を36個付けたフッ化フラーレン(C60F36)という物質に着目しました。この物質が、化学的に安定な電極材料である金の表面でどういう膜を形成し、実際にn型の性質を維持するかどうかを調べました。

まず、金の単結晶表面上にフッ化フラーレンを真空内で蒸着し、原子レベルの空間分解能をもつ走査トンネル顕微鏡(STM)で、金と界面をなす分子膜1層目の構造を観察しました。その結果、室温では分子は規則正しく密に並んでいるものの、それぞれの分子の向きはバラバラで電気的に不均一なこと、そのためデバイスとして良い性能を期待できないことが分かりました。そこで、試料を100℃程度に加熱し、分子に十分なエネルギーを与えたところ、全ての分子が同じ方向を向き、電気的に均一な膜を形成することが分かりました(図2)

研究グループは、この均一膜の形成メカニズムを解明するため、理研のスーパーコンピュータシステム「RICC(RIKEN Integrated Cluster of Clusters)」※8を利用して、第一原理電子状態計算※9を行いました。その結果、フッ化フラーレンは金電極表面に吸着すると電子を金から引っ張ること、引っ張られた電子は空間的に偏りを持った分子の最低被占有分子軌道(Lowest Unoccupied Molecular Orbital: LUMO)※10に入るため、LUMOが分布している側の3個のフッ素を介して金に接して吸着すること、さらに、フッ化フラーレンを構成するフッ素部分はマイナスに、フェニル環はプラスに帯電していることが分かりました。この状態で十分な熱を与えると、分子間でプラスとマイナスが最も引き合うように分子が自己組織化し、全ての分子が同じ方向を向いた均一な単分子膜になることが分かりました。

さらに、走査トンネル分光(STS)法で電子状態を調べた結果、バンドギャップが5.6eVと通常の有機半導体分子が示す1~3eVよりも大きいこと(図3)、ホールが膜に流れ込む可能性が低い完全なn型として機能することが分かり、有機半導体デバイスにおける電子輸送層として使用できることを示唆しました。

今後の期待

今回、フッ素など電子を強く引き付ける性質を持った原子を有機半導体分子に導入してn型有機半導体として使うと、化学的に安定な金電極上でもn型の性質を維持することが分かりました。今後、有機半導体デバイスの高性能・高機能化に向けて、材料選択や分子合成の指針を与えられるものと期待できます。

原論文情報

  • Tomoko K. Shimizu, Jaehoon Jung, Tetsuya Otani, Young-Kyu Han, Maki Kawai, and Yousoo Kim. “Two-Dimensional Superstructure Formation of Fluorinated Fullerene on Au(111): A Scanning Tunneling Microscopy Study”. ACS Nano, 2012, doi: 10.1021/nn300064x

発表者

理化学研究所
基幹研究所 Kim表面界面科学研究室
准主任研究員 金 有洙(きむ ゆうす)
基礎科学特別研究員 清水 智子(しみず ともこ)
Tel: 048-467-4073 / Fax: 048-467-1945

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

このページのトップへ

補足説明

  1. n型 p型
    半導体には、電子(マイナス電荷)を輸送するn型と、ホール(プラス電荷)を輸送するp型の半導体がある。無機半導体の場合、シリコンなどの半導体にごく微量の不純物を添加することでn型やp型が作成できる。有機半導体の場合は、不純物を添加しなくても、分子自体が持つ電子を引っ張る性質や電子を与える性質を用いれば、それぞれn型やp型として機能する。
  2. フッ化フラーレン(C60F36
    サッカーボール型のフラーレンC60にフッ素を36個修飾した分子で、丸みを帯びた正四面体の形をしている。フッ素原子が強い電子吸引性を持つため、電子を引っ張る能力がフラーレンよりも高い。
  3. バンドギャップ
    電子が存在できないエネルギー帯。バンドギャップ以上のエネルギーを与えると、電子とホールが生まれ電気が流れる。有機半導体の場合、バンドギャップが大きいほど、化学反応が起きにくいため、安定した材料となる。
  4. 走査トンネル顕微鏡(STM)
    先端を尖がらせた金属針(探針)を、試料表面をなぞるように走査して、その表面の形状を原子レベルの空間分解能で観測する顕微鏡。探針と試料間に流れるトンネル電流を検出し、その電流値を探針と試料間の距離に変換させ画像化する。
  5. 走査トンネル分光(STS)
    STMで見ている試料の所望の場所に探針を固定し、局所的な電子状態を調べる手法。フェルミ準位より上の被占有状態(伝導体)と下の占有状態(価電子帯)の両方を計測することができる。
  6. 自己組織化
    自分自身である規則を持った構造を作り出し、自然に組織化していく現象。自律的な秩序形成過程。
  7. 仕事関数
    固体表面から電子1個を無限遠(真空)へ取りだすのに必要な最低エネルギー。エネルギー状態図でみると、真空準位とフェルミ準位の差に相当する。
  8. RICC(RIKEN Integrated Cluster of Clusters)
    理研和光研究所で運用しているスーパーコンピュータシステム。
  9. 第一原理電子状態計算法
    実験結果に頼らないで、量子力学の基本原理から分子や結晶の性質を計算する方法。実験が困難な極限状況での物質の性質を予測することができるのが特徴。しかし、計算だけで答えを出すため膨大な計算が必要となることから、高性能のスーパーコンピューターの利用が欠かせない。
  10. 最低被占有分子軌道(Lowest Unoccupied Molecular Orbital: LUMO)
    電子が詰まっていないエネルギー的に一番下の分子軌道をLUMOと呼ぶ。一方、電子が詰まっているエネルギー的に一番上の分子軌道をHOMOと呼ぶ。それぞれ、無機半導体の伝導体と価電子帯に類似しているが、分子1個に対する概念のため、薄膜や結晶になったり、他の物質と接触したりすると、軌道は広がり、エネルギー位置も変化する。分子膜の場合、エネルギーギャップはLUMO由来の状態とHOMOの由来の状態の差となり、単一分子のHOMO-LUMOギャップとは値が異なる。

このページのトップへ

有機薄膜デバイスの構造の一例の図

図1 有機薄膜デバイスの構造の一例

さまざまな構造が提案されているが、ここでは有機薄膜太陽電池の一例を示す。電子輸送層(橙)にはn型有機半導体(または無機材料)、ホール輸送層(青)にはp型有機半導体、活性層(緑)にはn型とp型両方の有機半導体が必要になる。今回は、一番上の金属電極(黄色)に金を、n型半導体にフッ化フラーレン(C60F36)を想定している。

金単結晶上のフッ化フラーレンの均一単分子膜の図

図2 金単結晶上のフッ化フラーレンの均一単分子膜

(a)STM像。金単結晶(右側)にフッ化フラーレンC60F36の均一単分子膜(左側の島)が蒸着されている様子。

(b)上から見たモデル図。

(c)1分子を横から見たモデル図。
黄色:基板の金格子、 赤:フェニル環、青:炭素2重結合、緑:金と接している3個のフッ素、紫:その他のフッ素

金単結晶上のフッ化フラーレンの均一な単分子膜の電子状態の図

図3 金単結晶上のフッ化フラーレンの均一な単分子膜の電子状態

(a)STSの測定結果。横軸のゼロがフェルミ準位(EF)、それよりプラス方向が被占有状態、マイナス方向が占有状態に対応する。

(b)測定結果から構築したエネルギー状態図。接触により金基板からC60F36膜に電子が移動したため、金がわずかにプラスに、分子膜がわずかにマイナスに帯電している。

このページのトップへ