広報活動

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2012年3月9日

独立行政法人 理化学研究所

脳神経細胞の協調活動を時々刻々と推定できる統計解析技術を開発

-新しい統計解析技術で見えてきた3つ以上の神経細胞の動的協調の可能性-

ポイント

  • 複数の事象の偶然性を判断する数学的枠組みと、状態の時間変化を追跡する技術を統合
  • サルの脳神経細胞の活動から、行動に対応する協調活動を捉えることに成功
  • 複数の神経細胞の協調を正確に推定し、認知や行動との関係解明に貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、複数の脳神経細胞が生み出す断続的なパルス波から、細胞が協調的に活動する様子を時々刻々と推定できる統計解析技術を開発しました。サルの一次運動野※1を対象に検証したところ、3つの神経細胞が集団となって、短時間に協調して活動する様子を捉えることに成功しました。これは理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長:BSI)の島崎秀昭研究員、甘利俊一特別顧問、米マサチューセッツ工科大学・マサチューセッツ総合病院のエメリー ブラウン(Emery N.Brown) 教授、独ユーリッヒリサーチセンターの ソーニャ グリューエン(Sonja Gruen)教授らによる共同研究グループの成果です。

脳の中では、情報処理に特化した神経細胞が外界からの感覚情報を処理し、行動を制御しています。このとき、個々の神経細胞が単独で活動するのではなく、あるまとまった複数の細胞が協調して、数ミリ秒という極めて短い時間のうちに、同時に活動しているのではないか(同期的協調活動)、という仮説があります。こうした活動は、外界の刺激や動物の行動、脳の内部状態の変化などに応じて臨機応変に生成されると考えられています。しかし、実際に行動している動物を対象に、複数の神経細胞の同期的協調活動を時々刻々と推定できる統計解析技術はありませんでした。

研究グループは、3つ以上の事象の偶然性を判断する数学的枠組みに、時間を追って観測対象物を追跡できる技術を組み合わせることで、偶然の同期的活動を排除して時々刻々正確に協調活動を推定できる統計解析技術を開発しました。次にこの技術を用いて、仏の研究チームから報告されたサルの実験データを再解析し、一次運動野にある3つの神経細胞の同期的協調活動を推定しました。実験では、さまざまな待ち時間(600~1,500ミリ秒)後に表れる図形に触れると報酬が得られるという課題が設定されています。解析の結果、サルが行動開始への期待を高めるとともに、3つの神経細胞が1つの集団として同期的協調活動を始め、集団としての依存関係である高次相関※2を伴う活動が引き起こされることを発見しました。

この統計解析技術は、神経細胞の同期的協調活動と、動物の認知や行動との関係を明らかにし、脳の情報処理の仕組みの解明に貢献するものと期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『PLoS Computational Biology』(3月8日号)に掲載されます。

背景

人や動物が外界の刺激を受けて行動するとき、感覚や運動に関わる脳の領域では、外界の刺激や行動の種類に応じて神経細胞が活動し、活動電位またはスパイクと呼ばれる断続的な波(パルス波)を生成して、他の神経細胞に情報を伝達しています。このとき、個々の神経細胞が単独で活動するのではなく、複数の神経細胞が集団となって協調し、数ミリ秒という短時間内に、極めて正確にかつ同時にスパイクを発生させ、情報を効率的に伝達・処理している(同期的協調活動)、という仮説が提起されてきました。このため、複数の神経細胞の同期的協調活動を検出することが、脳の情報処理の原理を探る上で重要な課題となっています。同期的協調活動は、外界の刺激や動物の行動、脳の内部状態の変化に応じて臨機応変に生成されると考えられます。しかし、複数の神経細胞が生成する断続的なスパイクから、時々刻々変化していく同期的協調活動を直接推定する統計解析技術がなかったため、実際に行動している動物から得たデータを用いて、この仮説を直接検証することが困難でした。

そこで研究グループは、神経細胞の同期的協調活動を明らかにするため、新たな統計解析技術の開発に取り組みました。

研究手法と成果

例えば、2つの神経細胞が独立に活動していても、これらが偶然、同時にスパイクを生成することがあります。しかし2つの神経細胞が協調して活動している場合は、この偶然から期待されるよりも高頻度で同時にスパイクを生成します。研究グループは、2つ以上の神経細胞のスパイク生成が、独立したものなのか協調したものかを正しく判別するために、理研BSIの甘利俊一特別顧問が提唱した情報幾何※3と呼ばれる数学的枠組みを用いました。特に、3つ以上の神経細胞が1つの集団として協調する場合、個々の2つの神経細胞間の協調から期待されるよりも高頻度に、細胞集団全体が同時にスパイクを生成すると期待されます。このような状態は高次相関を伴う活動状態と呼ばれ、情報幾何を用いた枠組みでは、この高次相関を伴う協調活動を検出することができます。

次に、こうした細胞間の協調が、外界の刺激や行動に応じて生成される様子を捉えるために、カーナビゲーションシステムなど産業分野でも広く使われているカルマンフィルター※4と呼ばれる手法を採用しました。カルマンフィルターは、時々刻々と観察対象物の状態を追跡できる技術ですが、連続的な信号を想定しています。そこで、複数の神経細胞が断続的に生成するスパイクへも適用できるよう機能を改良しました。

研究グループは、この情報幾何と改良したカルマンフィルターを組み合わせた統計解析技術を開発し、実際に仏の研究チームから報告された課題遂行中のサルの一次運動野の神経細胞の活動データを再解析しました。課題では、まず、サルが実験開始のボタンを押します。1秒後、画面に白丸が表れ、600、900、1,200、1,500ミリ秒のいずれかの待ち時間後、黒丸が表れます。サルは、この黒丸に触れると報酬が得られることを学びます。これまでの研究により、サルを1,500ミリ秒待たせると、900、1,200、1,500ミリ秒、つまり黒丸が表示された時刻、そして表示される可能性のあった時刻にも、2つの神経細胞が協調して活動することが報告されていました。今回開発した統計解析技術を3つの神経細胞に適用したところ、3つの神経細胞が1つの集団として活動する高次相関が、黒丸提示への期待の高まりに対応して引き起こされることを発見しました(図1)

これまで、外界の情報、運動制御、脳の内部状態などの情報は、スパイクの発火頻度や2つの神経細胞の協調に表現されていると考えられてきました。今回の発見により、これらの情報が、3つ以上の神経細胞の同期的協調活動にも表現されている可能性を示唆しました。

今後の期待

開発した統計解析技術は、脳神経細胞の同期的協調活動と、動物の認知や行動との関係を明らかにする基盤になると期待できます。今後は、同時に解析できる神経細胞の数を現在の十個以下から百個程度まで増やし、行動に関連した同期的協調活動を行う細胞を効率よく推定することを目指します。また、同期的協調活動を利用した高精度の侵襲型脳コンピュータインタフェース※5の実現にも貢献すると期待できます。

原論文情報

  • Hideaki Shimazaki, Shun-ichi Amari, Emery N. Brown, Sonja Grün. (2012) “State-space Analysis of Time-varying Higher-order Spike Correlation for Multiple Neural Spike Train Data”. PLoS Computational Biology, 8(3): e1002385. doi:10.1371/journal.pcbi.1002385

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 回路機能メカニズムコア 神経適応理論研究チーム
研究員  島崎 秀昭(しまざき ひであき)
Tel: 048-467-9644 / Fax: 048-467-9670

お問い合わせ先

脳科学研究推進部 企画課
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 一次運動野
    前頭葉外側面の最も後方に位置し、運動に関わる脳の領域。隣接する補足運動野と運動前野で運動の計画が立てられ、一次運動野を介して計画が実行される。
  2. 高次相関
    多数の神経細胞を同時に観察しないと分からない依存関係のこと。例えば、2つの神経細胞を取り出してきて調べても独立に振舞うように見えるが、集団で見ると依存関係にあることが分かる場合がある。このとき高次の相関があるという。
  3. 情報幾何
    確率分布を空間上の1点とみなして、さまざまな統計処理を幾何的に解釈する枠組み。 理化学研究所BSI甘利俊一特別顧問によって提唱された。この枠組みを神経細胞のスパイクデータに適用することで、同期的スパイク生成活動の偶然性を判別することができる。
  4. カルマンフィルター
    観測誤差のある測定値から時々刻々と変化する観測対象物の状態を推定する技術。カーナビゲーションから人口衛星までその応用範囲は広い。
  5. 侵襲式脳コンピュータインタフェース
    脳から得られる信号を用いて直接コンピュータを操作する技術。出力先が機械のときブレイン・マシン・インタフェースと呼ばれる。頭蓋内側に電極を埋め込んで脳からの信号を得る侵襲式と、頭皮上の脳波や核磁気共鳴画像法 (MRI)など頭部を切開せずに信号を得る非侵襲式の2種類がある。

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3つの神経細胞の同期的協調活動

図1 3つの神経細胞の同期的協調活動

(a)仏の研究チームによって報告された、サルの一次運動野から同時に記録された3つの神経細胞の活動記録(Riehle et al. (1997) Science 278: 1950-1953)。行動準備開始を示す白丸の表示時刻を時刻0とし、毎回無作為に選ばれる600、900、1,200、1,500ミリ秒のいずれかの待ち時間後、行動開始を示す黒丸がディスプレイに表れる。図では、行動開始信号が1,500ミリ秒に表れた36試行を表示している。各試行における神経細胞のスパイク生成を縦棒で表し、3つの神経細胞が同一試行内でほぼ同時(3ミリ秒以内)に活動した事象を青丸で囲んだ。個々の神経細胞のスパイクの生成頻度は行動開始までほぼ一定だが、青丸に着目すると、900、1,200ミリ秒付近に集まっていることが分かる。

(b)3つの神経細胞の高次相関(3次相関)の強さ(赤線、グレーの領域は95%信頼区間)。正の大きな値を示すほど、3つの神経細胞が2つの神経細胞間の相互作用で説明されるよりも高頻度で同時にスパイクを生成していることを示す。600、900、1200ミリ秒付近での高次相関の上昇は、サルの行動開始への期待に対応して、3つの神経細胞が一体となって活動することを示している。

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