広報活動

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2012年3月14日

独立行政法人 理化学研究所

iPS細胞を経由せずに特定の機能を持つ細胞作製に成功

-転写制御ネットワークを再構築することで分化転換-

ポイント

  • 多様な細胞に分化転換させる普遍的な手法確立、どんな細胞にでも適用可能
  • ヒト線維芽細胞から単球の機能を持つ細胞を短期間で直接作製することに成功
  • 入手が容易な細胞から医学上有用な細胞作製に道を開く

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)※1を経由せずに特定の転写因子を導入するだけで、目当ての細胞(目的細胞)の機能を持つ細胞を作製する実験手法を開発しました。実際に、入手が容易な皮膚由来のヒト線維芽細胞※2から、免疫細胞の一種であるヒト単球細胞※3に似た機能を持つ細胞を2週間~1カ月程度で作製することに成功しました。これは、理研オミックス基盤研究領域(理研OSC、林崎良英領域長)LSA要素技術開発グループの鈴木治和プロジェクトディレクター、LSA要素技術開発ユニットの鈴木貴紘特別研究員らの研究グループによる成果です。

多様な細胞へ分化できる万能性を持つiPS細胞は、再生医療や創薬開発などへの応用が期待されています。通常、実験ツールとして入手が容易なヒト線維芽細胞などに特定の転写因子を導入してiPS細胞を作製します。しかしこの場合、iPS細胞作製の効率が低いこと、目的細胞を得るために1カ月程度かかること、iPS細胞から作製した目的細胞にがん化の危険性があることなどの問題が指摘されており、医療応用を実現するためには解決すべき課題が多くあります。

研究グループは、ある細胞だけが持つ機能は、その細胞が独自に持つ転写制御サブネットワーク※4によって調節されていると仮定し、この転写制御サブネットワークを、細胞系譜※5の異なる別の細胞のなかに再構築することを試みました。まず、転写因子の発現情報や文献情報と、転写因子の制御関係を明らかにする実験手法を組み合わせることで、転写制御サブネットワークの相関図と、その中で最も重要な働きをしている転写因子を絞り込むための一連の手法を確立しました。この手法をヒト単球細胞に適用し、単球細胞の機能発現において最も重要な4つの転写因子を同定しました。これらの遺伝子をヒト線維芽細胞に導入したところ、2週間~1カ月程度で貪食能や炎症反応、サイトカインの分泌といった単球細胞に特徴的な機能を持つ細胞(単球様細胞)を新たに作製することに成功しました。さらにこの単球様細胞の全体的な遺伝子発現を詳細に調べたところ、半分以上が単球細胞の遺伝子発現と同様な発現をしていることが分かりました。

今回開発した手法は、どのような目的細胞に対しても容易に適用可能であることから、将来的には入手が容易な細胞から医学的に有用な細胞を直接作製できるようになると期待できます。この成果は、米国のオンライン雑誌『PLoS ONE』(3月13日付け:日本時間14日)に掲載されます。

背景

2006年8月に、京都大学山中伸弥教授を中心とする研究グループが、マウスの皮膚細胞に4つの転写因子(Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc)を導入することで、ES細胞(胚性幹細胞)※1と同様な万能性を持つiPS細胞を作製できることを発見しました。ES細胞は、生命の萌芽ともいえる発生初期の胚を使って作製することから倫理的な問題がありましたが、iPS細胞はこれを回避できるため、再生医療や創薬開発などの医療分野への応用が期待されています。

通常、入手が容易なヒト線維芽細胞などに特定の転写因子を導入してiPS細胞を作製します。しかし、iPS細胞の作製効率は、さまざまな研究努力にも関わらず、いまだ非常に低いままです。また、目的細胞を得るために1カ月程度時間がかかることやiPS細胞から作製した目的細胞にがん化の危険性があることなどの問題が指摘されています。これらの問題を解決する手法として、「iPS細胞を経由しないで、ある細胞から直接細胞系譜の異なる別の細胞へ分化転換させて目的細胞を作製する」という方法が注目されています。これまでにいくつかの例が報告されていますが、どの転写因子を導入すれば細胞の分化転換を誘導できるかの具体的な指針がなく、あらゆる細胞に適用できる普遍化された方法の開発が求められていました。

これまで、研究グループは自らが主宰している国際科学コンソーシアムFANTOM(Functional Annotation of Mammalian Genome)※6で、白血病由来のヒト免疫細胞株(THP-1)を用いて、転写制御ネットワークの全体像を解明し、「細胞分化とは、細胞がある安定状態から別の安定状態へ遷移する現象であり、特定の安定状態に維持されていた転写制御ネットワーク※4が、一連の反応により別の安定状態の転写制御ネットワークに変化する」という概念を提案しました。そこで研究グループでは、この概念を基に、目的細胞の転写制御サブネットワークを解析し、それを線維芽細胞などの細胞に再構築することができれば、目的細胞を作製できるのではないかと考えました。(図1)

研究手法と成果

研究グループは、免疫細胞の1つであるヒト単球細胞をモデルとして、その転写因子発現をマイクロアレイ法※7で調べました。同時に、iPS細胞作製のときに転写因子を導入する細胞としてよく用いられるヒト線維芽細胞の転写因子発現情報も調べ、2つの細胞間で発現の異なる転写因子を同定しました。また、これまで発表されている科学論文のデータベース「PubMed」※8から、単球細胞の中で重要な働きをすると考えられる転写因子をテキストマイニング※9の手法を用いて絞り込みました。これらの発現情報とテキストマイニング情報を組み合わせ、単球細胞の中で重要な働きをすると考えられる20個の転写因子を選択しました。

次に、20個の転写因子の発現について遺伝子を過剰発現させることで1つひとつを増強し、残りの19個の転写因子の発現への影響度を調べ、20個の遺伝子間の制御関係を明らかにしました。その制御関係から多くの転写因子を制御している最も重要な転写因子を4つ同定しました。(図2)

絞り込んだ4つの転写因子の遺伝子をヒト線維芽細胞に導入したところ、2週間~1カ月程度で線維芽細胞の形状が単球細胞と同様な形態に変化し、線維芽細胞が持っていない貪食能、炎症反応、サイトカイン分泌といった単球細胞特有の機能を保持した細胞(単球様細胞)に分化転換したことが分かりました。(図3)さらに、遺伝子発現や転写制御ネットワークを確認したところ、半分以上の遺伝子が単球細胞と同様の遺伝子発現をしており、分子レベルでも単球細胞に似た細胞に変化したことも確認できました。

これまで、ある細胞から別の細胞系譜の細胞に分化転換した報告は数例ありました。しかし、今回のように普遍的な方法論を用いて直接に目的細胞の機能を保持した細胞を作製できたことは初めての例であり、またiPS細胞を経由せずにヒト線維芽細胞から単球様細胞を作製できたことも初めての報告です。

今後の期待

今回、研究グループが確立した手法は、他の目的細胞に対しても容易に適用可能です。この成果は、iPS細胞を経由せずに、短期間で効率よく医療分野で求められている希少な細胞や機能性が高い細胞を直接作製できる道を開くものです。また、単球細胞は生体内で免疫機能に重要な働きをしており、今回作製した単球様細胞が、がん治療をはじめとするさまざまな医療分野で活用されることが期待できます。理研OSCは、今回の成果を基に、再生医療や創薬開発などの医療分野へ展開していくことで先端医療の進展に貢献していきます。

原論文情報

  • Takahiro Suzuki, Mika Nakano-Ikegaya, Haruka Yabukami-Okuda, Michiel de Hoon, Jessica Severin, Satomi Saga-Hatano, Jay W. Shin, Atsutaka Kubosaki, Christophe Simon, Yuki Hasegawa, Yoshihide Hayashizaki, Harukazu Suzuki. “Reconstruction of Monocyte Transcriptional Regulatory Network Accompanies Monocytic Functions in Human Fibroblasts. ” PLoS One, 2012, doi: 10.1371/journal.pone.0033474

発表者

理化学研究所
オミックス基盤研究領域 LSA要素技術開発グループ
プロジェクトディレクター
鈴木 治和(すずき はるかず)
Tel: 045-503-9222 / Fax: 045-503-921

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

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補足説明

  1. iPS細胞(人工多能性幹細胞)、ES細胞(胚性幹細胞)
    ES細胞は、受精卵が分化してできた発生初期の胚の細胞から作られ、すべての細胞に分化する能力を持つ。iPS細胞は、線維芽細胞などの分化細胞に、3~4個の転写因子を導入するなどして作られた多分化能を持つ細胞。ES細胞のように、あらゆる細胞に分化する能力がある。ES細胞が抱える倫理的問題を解決できると考えられており、また患者自身の細胞から作ることができるので、iPS細胞から分化した細胞を患者に移植しても拒絶反応が起きにくいと考えられている。
  2. ヒト線維芽細胞
    真皮などの結合組織に散在し、コラーゲンなどを生産する細胞。組織が損傷を受けた際に、損傷部に移動し、創傷の修復に重要な働きをする細胞。入手しやすく扱いも容易なので、実験ツールとして一般的に使われる細胞である。
  3. ヒト単球細胞
    血液中を移動している免疫細胞の一種。感染細菌などを貪食し、他の免疫細胞を活性化する働きを持つ。血液中から組織内に移動すると近縁の細胞であるマクロファージになる。
  4. 転写制御ネットワーク、転写制御サブネットワーク
    細胞の中の遺伝子の発現は、転写因子と呼ばれる遺伝子で制御されている。転写因子も遺伝子であるため、ほかの転写因子で制御されており、最終的に複雑な制御関係を形成している。これを転写制御ネットワークといい、その膨大なネットワークの一部分を転写制御サブネットワークという。
  5. 細胞系譜
    受精卵から成体ができるまでの発生過程で細胞がどのように分裂し、それぞれの役割を持った細胞に分化して各組織細胞になる過程を追ってまとめたもの。通常、分化の過程である細胞系譜に運命付けられた細胞は、ほかの細胞系譜になることはない。
  6. FANTOM(Functional Annotation of Mammalian Genome)
    2000年に、理研ゲノム科学総合研究センター 遺伝子構造機能研究グループ(現オミックス基盤研究領域)が中心となって結成した。ほ乳動物(マウス)の遺伝子を網羅的に機能注釈することを主眼とする国際研究コンソーシアム。全世界21カ国の研究機関が参加している。
  7. マイクロアレイ法
    生物の遺伝子発現を網羅的に解析する一般的な方法。塩基配列が知られている多種類の遺伝子のDNAをプローブとして、プレート上に規則正しく貼付けておく。調べたい細胞からmRNAを採取し、蛍光標識する。これをプレート上に貼付けられたDNAと反応させ、蛍光強度を読み取ることにより、mRNAの発現量を網羅的かつ定量的に調べることができる。
  8. PubMed
    アメリカ国立医学図書館(National Library of Medicine; NLM) の国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information ; NCBI)が運営する医学・生物学分野の学術文献データベース。
  9. テキストマイニング
    文字で書かれた膨大なデータから、興味のある言葉などの出現頻度、共出現、相関関係などを系統的に解析することで、有用となる情報を引き出すテキストデータ解析手法。

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ネットワーク再構築の概念図

図1 ネットワーク再構築の概念図

細胞にはそれぞれ特異的な転写制御サブネットワークと共通の転写制御サブネットワークがある。細胞Aに特異的な転写制御サブネットワークを細胞Bに再構築することで、細胞Aと同じ転写制御ネットワークを持つことができる。

単球特異的分子ネットワーク

図2 単球特異的分子ネットワーク

単球細胞の中で重要な働きをすると考えられる20個の転写因子の制御関係。20個すべての転写因子は、SPI1、CEBPA、MNDA、IRF8の4個の最も重要な転写因子により制御されていることが分かった。(ただし、SPI1遺伝子は1つの遺伝子から2種類の転写因子のタンパク質を作り出す性質を持つため図中では19個の転写因子の遺伝子を示している)

単球様細胞の貪食能

図3 単球様細胞の貪食能

線維芽細胞と単球様細胞を蛍光標識したラテックスビーズ(黄緑色)とともに培養し、細胞の貪食能(異物を取り込んで処理する能力)を調べた。ヒト線維芽細胞ではほとんどビーズの貪食が見られなかったが、単球様細胞では多くのビーズが貪食された。細胞膜を赤、核を青で染色している。

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