広報活動

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2012年3月30日

独立行政法人 理化学研究所

アストロサイトの細胞膜の「仕切り」がシグナルの発生場所を決める

-グリア細胞の一種「アストロサイト」の突起が独立して働く仕組みの一端が明らかに-

ポイント

  • 新しい実験手法で1つのアストロサイトの詳細なCa2+シグナルの観察が可能に
  • アストロサイトの機能をつかさどるCa2+シグナルは突起から始まる
  • アルツハイマー病、てんかんなどの脳疾患に新たな治療ターゲットを提示

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、Ca2+シグナル※1によって脳内の神経伝達と血管収縮の調節を行う細胞「アストロサイト※2」が、放射状に伸びる突起部分だけにより多くCa2+シグナルを発生させることを突き止め、各々の突起が独立して働く仕組みの一端を発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)発生神経生物研究チームの御子柴克彦チームリーダー、有薗美沙ジュニア・リサーチ・アソシエイト、坂内博子研究員らによる研究成果です。

脳は神経細胞とグリア細胞※3、血管で構成されています。グリア細胞の一種であるアストロサイトは、脳の環境を適切に維持する一方で、神経細胞と血管の双方に接して神経伝達や脳血流といった脳機能の2大要素を制御しています。アストロサイトは、遺伝情報を含む核がある細胞体と、これを囲む複数の突起で構成されています。1つの細胞体から伸びる複数の突起がそれぞれ独立して神経細胞のシナプスを覆ったり、血管に巻きついたりして神経伝達と血流を調節しています。この調節は、アストロサイト内のCa2+濃度の上昇が引き起こすCa2+シグナルが担っています。しかし、なぜ1つの細胞体から伸びる複数の突起が独立に働くことができるのかは分かっていませんでした。

そこで研究チームは、1つのアストロサイトの詳細なCa2+シグナルを観察できる新たな実験手法を確立し、Ca2+濃度の上昇がアストロサイトの突起部分で起きやすいことを発見しました。また、Ca2+シグナルを発生させる代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)※4の分布を免疫染色法で調べたところ、突起部分の細胞膜に多く存在することが分かりました。さらに、蛍光タグの1つである量子ドット※5を用いて細胞膜上の1つのmGluRの動きを追跡した結果、細胞膜上を自由に動けるものの突起と細胞体の間を移動できないことが明らかになりました。一方で、人為的にmGluRが突起と細胞体の間を移動できるようにすると、mGluRはアストロサイト全体に均一に分布して、Ca2+シグナルが突起部分だけでなく全体で生じやすくなりました。これらのことから、アストロサイトはmGluRに対して拡散障壁※6という「仕切り」を突起と細胞体の間に設けることで、突起部分に集中しているmGluR を維持してCa2+シグナルを発生させやすくすることが分かりました。本研究は、アストロサイトの突起が拡散障壁という「仕切り」によって機能的に独立しているという全く新しい概念を示したものです。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Science Signaling』(4月3日:日本時間:4月4日)に掲載されます。なお、同雑誌に掲載される論文のなかから面白いトピックスを紹介するScience Signaling podcastにおいても4月15日頃から公開されます。

背景

脳は神経細胞とグリア細胞、血管で構成されています。グリア細胞の一種であるアストロサイトは、これまで神経細胞が働く環境を整える黒子のような存在として認識されていました。しかし近年の研究によって、アストロサイトがCa2+シグナルを用いて周辺の細胞に情報伝達することで神経伝達や神経細胞に養分を送る血流を調節していることが明らかになり、脳機能の調節に積極的に関わる役割を担う重要な役者として注目されています。

アストロサイトは、遺伝情報を含む核がある細胞体と、それをとりまく複数の突起で構成されています。これらの突起は独立して働き、神経細胞のシナプスを覆ったり、血管に巻きついたりしています。神経細胞からの入力などでアストロサイト内のCa2+濃度が上昇すると、Ca2+シグナルが生じて、神経伝達を強化したり血流を増やすことで神経細胞へ送る養分を増加させたりしています。(図1)

アルツハイマー病やてんかんなどの脳疾患では、複数のアストロサイト間を横断するCa2+シグナルや、アストロサイトの細胞体での頻繁なCa2+シグナルが観察されています。健康な脳には見られないこうした異常に活発なアストロサイトのCa2+シグナルの原因は、それぞれの突起の独立した働きが何らかによって妨げられ、複数の突起の活動が同調することによって起きる可能性があります。つまり健康な脳には、アストロサイトの突起がそれぞれ独立して働けるようにCa2+シグナルの発生する場所を正しく調節する機構が存在することを示唆しています。しかし、これまでは技術的な理由から細胞体のCa2+シグナルだけしか観察できなかったため、1つのアストロサイトがどのようにCa2+シグナルの空間的広がりをコントロールするかは全く知られておらず、なぜ1つの細胞体から伸びる複数の突起が独立に働くことができるのかは分かっていませんでした。

そこで研究チームは、1つのアストロサイトの突起がそれぞれ独立に神経伝達や血流を調節できる機構の解明に取り組みました。

研究手法と成果

研究チームは、神経伝達と血管の調節に重要なCa2+シグナルを発生させる代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)に注目しました。1つの細胞の詳細なCa2+シグナルを観察できるように、Ca2+の濃度変化を蛍光強度で示すことができるCa2+センサーのGCaMP2※7を用いた実験手法を確立しました。これをラットの海馬から培養されたアストロサイトに導入したところ、アストロサイトの細胞体だけでなく突起にいたるまで詳細なCa2+シグナルを観察できました。この手法を用いて同様に培養されたアストロサイト全体のmGluRを同時に活性化させたところ、ほぼ全ての細胞でこれまで見過ごされていた突起部分からCa2+シグナルが始まることを見いだしました(図2)。これは、アストロサイトがそれぞれの突起の独立性を保つために重要な性質であると考えられます。

次に突起からCa2+シグナルが始まりやすい理由を調べるために、mGluRの分布を免疫染色法で調べた結果、mGluRが突起部分に多く存在していることが分かりました(図3)。通常、細胞膜には流動性があり、膜分子は膜上を自由に動くことができるはずです。そこで、mGluRが突起に集まった状態を維持できる仕組みを明らかにするために、mGluRを量子ドットで標識し(図4)その動きを追跡しました。その結果、mGluRは細胞膜上を動くことはできるものの突起と細胞体の間を全く移動できないことが明らかになりました。突起の真ん中にあるmGluRは、さまざまな方向に動けますが、細胞体付近にある場合は細胞体側へは動けませんでした(図5)。つまり、突起と細胞体の間にmGluRに対する拡散障壁があることが分かりました。また、mGluR の細胞内領域を強制的に発現することで拡散障壁を乗り越える環境を作り出し、人為的にmGluRが突起と細胞体の間を行き来できるようにした場合、mGluRはアストロサイト全体に均一に分布し、アルツハイマー病やてんかんなどの脳疾患で観察されたように細胞体からもCa2+シグナルが生じやすくなることを確認しました(図6)。これらのことから、アストロサイトはmGluRに対する拡散障壁を突起と細胞体の間に設けることで、突起部分に集中するmGluRを維持してCa2+シグナルを発生させやすくしていることが分かりました。

今後の期待

今回、突起と細胞体の間にあるmGluRに対する拡散障壁によって、突起部分に集中しているmGluRを維持し、Ca2+シグナルを発生しやすくすることが明らかになりました。この発見は、アストロサイトの突起が拡散障壁という「仕切り」によって機能的に独立しているという全く新しい概念を示したものです。

また、アルツハイマー病やてんかんなどの脳疾患のアストロサイトでは拡散障壁が働いていない可能性を示した点でも大きな意義があります。これらの脳疾患ではアストロサイトの突起ごとの「仕切り」が機能しなくなり、複数の突起の働きが同調して症状を悪化させていると考えられます(図7)。脳機能を正常に維持するためには周辺細胞との情報伝達が重要です。これまでの脳疾患研究では神経細胞が主な研究対象でしたが、脳機能の秩序を保つアストロサイトの存在が疾患克服のための重要な因子であることが示唆されます。特にアストロサイトCa2+シグナルが脳疾患研究の新しいターゲットになることが期待できます。

原論文情報

  • Misa Arizono, Hiroko Bannai, Kyoko Nakamura, Fumihiro Niwa, Masahiro Enomoto, Toru Matsu-ura, Akitoshi Miyamoto, Mark W. Sherwood, Takeshi Nakamura, and Katsuhiko Mikoshiba
    “Receptor-Selective Diffusion Barrier Enhances Sensitivity of Astrocytic Processes to Metabotropic Glutamate Receptor Stimulation”.Science Signaling ,2012,
    doi: 10.1126/scisignal.2002498

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 疾患メカニズムコア 発生神経生物研究チーム
チームリーダー 御子柴 克彦(みこしば かつひこ)
ジュニア・リサーチ・アソシエイト 有薗 美沙(ありぞの みさ)
研究員 坂内 博子(ばんない ひろこ)
Tel: 048-467-9745 / Fax: 048-467-4744

お問い合わせ先

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Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

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理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. Ca2+シグナル
    情報伝達に関わる細胞内Ca2+濃度の変化。通常、細胞質のCa濃度は低濃度であり、ある刺激をきっかけとして小胞体に貯蔵されていたCa2+が細胞質に放出されることにより細胞内のタンパク質と結合して、その機能の調節を行い、細胞内情報伝達機構を制御することが知られている。
  2. アストロサイト
    グリア細胞の一種。近年、脳の環境を維持するだけではなく、脳の情報処理にも関与していることが認められつつある。
  3. グリア細胞
    脳の細胞の中で血管、神経細胞以外の細胞。グリア細胞は周辺組織の恒常性を維持する細胞と考えられてきたが、近年の研究によって、これまで神経細胞のみが担うとされてきたシグナル伝達などの積極的な役割も果たしていることが報告されている。
  4. 代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)
    metabotropic Glutamate Recepter。アストロサイトのmGluRは、神経細胞から放出されるグルタミン酸を受容し、それをきっかけにアストロサイト内のCa2+の上昇を引き起こし、Ca2+シグナリングが起こる。
  5. 量子ドット
    直径約15~25 nmの半導体素材からなるナノ結晶。生命科学の分野では蛍光プローブとして用いる。従来の蛍光色素と比べてシグナルが強く、退色しにくいという利点があり、1分子イメージングに適している。また粒子の大きさによってさまざまな波長の蛍光を発することから,複数の分子を同時にイメージングする際の強力なツールとなっている。
  6. 拡散障壁
    細胞膜は流れ動く構造をしており、膜にある分子はその中を浮遊し移動することができる。 このため膜にある分子は、混じりあって膜全体に均一に分布してしまう傾向がある。拡散障壁はこの分子の移動をブロックし、一定の場所に特定の分子が集まった状態を維持する。
  7. GCaMP2
    蛍光タンパク質であるGFPとCa2+結合部位などからなるCa2+特異的センサー。Ca2+結合部位にCa2+が結合するとGCaMP2の構造が変化し、より蛍光が明るくなる。

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アストロサイトのCa2+シグナルによる神経伝達と血流の調節

図1 アストロサイトのCa2+シグナルによる神経伝達と血流の調節

突起から始まるアストロサイトのCa2+シグナル

図2 突起から始まるアストロサイトのCa2+シグナル

A:アストロサイトに導入したCa2+センサーGCaMP2シグナルの一例。 突起を含む細胞全体に分布している。

B:アストロサイト全体のmGluRを活性化したときのGCaMP2の蛍光強度を観察した。 最初に突起部分からCa2+ 濃度が上がり、細胞体へ広がっていく様子が分かる。

アストロサイト細胞膜上のmGluRの分布

図3 アストロサイト細胞膜上のmGluRの分布

mGluRの分布を免疫染色法で調べたところ、突起部分に集中していることが分かる。

量子ドットを用いたmGluR標識の仕組み

図4 量子ドットを用いたmGluR標識の仕組み

アストロサイトの細胞膜上にあるmGluRを一次、二次抗体で介して量子ドットで標識する。

拡散障壁が機能しているときのmGluRの分布と動き

図5 拡散障壁が機能しているときのmGluRの分布と動き

A:アストロサイト(青)上を10分間にmGluRが動いた範囲(緑)mGluRは、広範囲を移動したものの細胞体へ侵入していない。

B:突起の真ん中に開始点(黄)をもつmGluRは開始点からさまざまな方向に動けるのに対して(左下図)、細胞体付近に開始点をもつmGluRは細胞体の方向へ動けない(右上下図)。拡散障壁によりmGluRは、突起と細胞体の間を移動することができない。

拡散障壁が機能していないときの、mGluRの動きと分布

図6 拡散障壁が機能していないときの、mGluRの動きと分布

A:拡散障壁が機能していないアストロサイト(青)上を10分間にmGluRが動いた範囲(緑)。mGluRは、細胞体部分に移動でき(水色)、突起と細胞体の間を自由に移動している。

B:拡散障壁が機能していないアストロサイトにおけるmGluRの分布。mGluRは細胞全体に分布している。

C:拡散障壁が機能しているアストロサイトと、していないアストロサイトで、アストロサイト全体のmGluRを活性化した時のCa2+シグナルが発生する場所の違いを調べた。拡散障壁が機能していない場合では、突起以外の場所からもCa2+シグナが始まりやすくなる。

本研究が提唱するmGluRに対する拡散障壁によるCa2+シグナルの制御

図7 本研究が提唱するmGluRに対する拡散障壁によるCa2+シグナルの制御

A:正常な脳のアストロサイトでは、拡散障壁がmGluRを突起に多い状態を維持することによってCa2+シグナルを突起で生じさせるため、その周辺の細胞だけを制御できる。

B:脳疾患のアストロサイトでは、拡散障壁が破綻し、mGluRが全体に均一に分布してしまうことでCa2+シグナルが細胞全体で生じる。そのため、全ての周辺細胞への制御が同期してしまい、正常に機能しなくなる。

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