広報活動

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2012年5月29日

独立行政法人 理化学研究所

生体試料の深部観察を可能にする光学顕微鏡の新手法「SPOMNOM」を開発

-揺らぎの有るレーザーと無いレーザーを用いて、観察可能な深さの限界を突破-

ポイント

  • 深部観察を妨げるノイズを約100分の1に抑制、空間分解能は約1.4~1.8倍に向上
  • マウス脳組織の観察では、従来法より約1.5倍の深さまで鮮明に観察
  • 全ての非線形光学顕微鏡に適用可能で、生物学や医学、創薬などの研究への貢献に期待

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、生体試料の観察に用いられる非線形光学顕微鏡※1の性能を高める手法を開発し、ノイズとなる背景光を約100分の1に抑制、空間分解能を約1.4~1.8倍に向上させました。実際に、固定したマウス脳組織の神経細胞を観察したところ、従来法の約1.5倍となる深さ300μmまで鮮明に観察することに成功しました。これは理研基幹研究所(玉尾皓平所長)緑川レーザー物理工学研究室の磯部圭佑基幹研究所研究員らによる研究成果です。

近赤外光を用いた非線形光学顕微鏡は、光を散乱しやすい生体試料の深部観察を行うのに適した装置です。通常、対物レンズを用いて焦点に光を集めるため(集光点)、集光点付近だけが観察可能となり、この集光点を動かして断層像を取得します。しかし、観察する深さが深くなるほど対物レンズを通った光の多くが散乱するため、集光点以外で発生した光(背景光)がノイズとなり、深部の観察を困難にしていました。そのため、未だに観察できる深さは生物・医学分野からの要求を満たすレベルに達していません。また、光学顕微鏡の空間分解能は、光源の波長が長いほど低下するため、可視光より波長が約2倍長い近赤外光を用いた非線形光学顕微鏡では、原理的に空間分解能が低いという問題もありました。

研究室は、2つの波長のレーザーを光源に用いて、1つのレーザーは固定し、別のレーザーには「揺らぎ」を与える新手法「SPOMNOM(スパムナム)」を開発しました。観察に必要な信号光は、2つのレーザーが重なる領域だけで発生するため、スパムナムでは、集光点付近からの信号光だけに揺らぎが発生します。この揺らぎを検出してデータ解析したところ、従来の非線形光学顕微鏡に比べて、背景光を約100分の1に抑制、空間分解能を約1.4~1.8倍に向上させることに成功しました。生体試料モデルで観察可能な深さを評価すると、約2倍に改善することが示唆されました。実際に、生きた状態よりも光が散乱しやすい固定したマウスの脳組織を観察すると、従来法では深さ200μmで画像が不明瞭になったのに対し、スパムナムでは300μmでも明瞭に観察できました。

今後、揺らぎの条件を最適化して、脳内深部での神経細胞の様子やリンパ組織などが関わる免疫作用の可視化に成功すると、生物学や医学、創薬などへの分野に貢献すると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌「Biomedical Optics Express」に近く掲載予定です。

背景

光学顕微鏡は、生体試料に損傷を与えることなく、生きたままの状態で微細な構造を観察できる装置です。特に、生体試料の中を光が透過しやすい近赤外光を用いた非線形光学顕微鏡は、光の散乱が大きい生体試料の深部観察に有用です。通常は、対物レンズで焦点付近に光を集め(集光点)、集光点周辺の分子との相互作用によって発生する光(信号光)を利用して、集光点での分子の状態を観察します。この集光点を動かすと、断層像を取得できます。しかし、観察する深さが深くなるほど光が散乱・吸収され、集光点に到達する光が減少するため、集光点付近で発生する信号光も減少し、集光点以外で発生する光(背景光)に埋もれてしまいます。そのため、観察できる深さは生物学・医学からの要求にはほど遠いレベルです。また、光学顕微鏡の空間分解能は光源の波長が長いほど低下するため、可視光より約2倍の波長の近赤外光を用いた非線形光学顕微鏡では、原理的に空間分解能が低くなってしまいます。さらに、空間分解能を向上させると発生する信号光の強度が小さくなるため、やはり信号光は背景光に埋もれやすくなります。

そこで、高空間分解能で生体試料の深部を観察するには、背景光の抑制が強く望まれていました。

研究手法と成果

非線形光学顕微鏡では、2つの波長のレーザーで誘起される非線形光学現象※2を、フェムト秒光パルス※3レーザーを用いて発生させます。今回開発したSPOMNOM(スパムナム)では、一方の光パルスレーザーの集光点の位置は固定したまま、他方の光パルスレーザーの集光点の位置を、微小距離(100~400nm)だけ一定の周波数(1kHz)で移動させます。このとき、非線形光学現象は、2つのレーザーが時間的にも空間的にも重なるところだけで生じる現象なので、集光点付近で発生する信号光には揺らぎが生じます。一方、対物レンズを通った直後の領域では、2つのレーザーのずれが小さく揺らぎが生じません(図1)。従って、揺らぐ信号光だけを検出すると、背景光を除去した、集光点付近だけの信号光を効率良く抽出することができます。また、揺らぎの周波数は集光点内の場所によって異なるため、集光点中心付近の周波数だけを抽出すると、より狭い領域の信号光を取り出すことができます。これにより、波長775nmと1,000nmという条件下のスパムナムでは、空間分解能を約1.4~1.8倍向上させることができました。実際に、775nmのレーザーだけを用いた従来法では、カバーガラス上に載せた直径0.2μmの蛍光ビーズの識別は困難でしたが、スパムナムでは識別できました(図2)

さらに、背景光の大きさを評価するため、スライドガラスとカバーガラスの間に水色蛍光タンパク質を含む溶液を封入し、集光点をさまざまな場所に設定したときの蛍光強度を測定しました。通常、スライドガラスから蛍光は発生しませんが、スライドガラス上に蛍光タンパク質の溶液があると、集光点をスライドガラス内に設定しても、溶液中から蛍光(背景光)が発生します。従来法とスパムナムを比較したところ、背景光を約100分の1に抑制できました(図3)

次に、寒天の主成分であるアガロースゲルの中に、直径2μmの蛍光ビーズを埋めた生体組織モデルを作製し、深部観察を行いました。従来法では、深さ600μmにもなるとビーズからの信号光は背景光の中に埋もれるのに対し、スパムナムでは深さ700μmでも識別できました(図4)。観察可能な深さと背景光に対する信号光の強度比の関係を見ると、スパムナムは観察可能な深さを約2倍改善できることが示唆されました(図4b)。そこで、マウスの神経細胞を黄色蛍光タンパク質で標識し,固定した脳組織を波長800nmと1,100nmの2つのレーザーを用いて、スパムナムで1μmずつ深くして観察しました。その結果、従来法では、約200μmより深くなると背景光が大きくなるとともに空間分解能も低下するのに対し、スパムナムでは深さ300μmでも背景光がなく、高い空間分解能で観察できることが分かりました(図5)

今後の期待

スパムナムは、従来の全ての非線形光学顕微鏡に適用可能です。従って、蛍光分子を観察する非縮退2光子蛍光だけでなく、非対称な分子を観察する和周波発生、屈折率を観察する4光波混合、分子の振動状態を観察する誘導ラマン散乱など、多様な非線形光学現象を利用した観察を同時に行うことができるようになります。これまでは、1度の観察で得られる情報は限られていましたが、発生した信号光を分光し、さまざまな波長を検出できるようにすると、数多くの情報を同時に解析できるようになります。また、現在は変調の周波数が1kHzですが、これを例えば1,000kHzにあげると、さらなる高感度化を実現できるという知見を得ています。今後は、生命現象、特に、脳内の深部で起きている神経細胞の様子を可視化したり、大きな散乱係数を持つリンパ組織などが関わる免疫作用を可視化したりして、生物学や医学、創薬の分野の研究へ貢献すると期待できます。

原論文情報

  • Keisuke Isobe, Hiroyuki Kawano, Takanori Takeda, Akira Suda, Akiko Kumagai, Hideaki Mizuno, Atsushi Miyawaki, and Katsumi Midorikawa.“Background-free deep imaging by spatial overlap modulation nonlinear optical microscopy”.Biomedical Optics Express, 2012

発表者

理化学研究所
基幹研究所 緑川レーザー物理工学研究室
基幹研究所研究員 磯部 圭佑(いそべ けいすけ)

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理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. 非線形光学顕微鏡
    非線形光学顕微鏡では、対物レンズによってレーザー光を試料内部の局所に集光し、点光源を発生させる。光強度が高い集光点付近では、2光子吸収、2光子励起蛍光、第2高調波発生、和周波発生、4光波混合、誘導ラマン散乱といった非線形光学現象に基づく信号光が発生する。レーザー光または試料を立体的に移動させて各点での信号光強度を測定できると、3次元データから試料の3次元像を再構築することができる。非線形光学現象に応じて得られる像のコントラストが異なり、吸収分子、蛍光分子、非中心対称分子、屈折率、ラマン活性分子などが可視化される。
  2. 非線形光学現象
    光を物質に照射した時に起こる現象は、多くの場合、光の強度(振幅)に比例してその度合いが変化する。すなわち、光の強度が2倍、3倍になれば対象とする現象の強度も2倍、3倍になる。非線形光学現象は、このような単純な比例関係の成立しない光学現象の総称。例えば、光の強度の2乗に比例する現象では、光の強度が2倍、3倍になれば現象の度合いは4倍、9倍となる。
  3. フェムト秒光パルス
    フェムト(10-15)秒オーダーのパルス幅を有する光パルス。時間平均強度は低いが、パルス幅の時間だけ非常に高い光強度を持つため、非線形光学現象を効率よく誘起することができる。

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スパムナムの原理

図1 スパムナムの原理

パルス2は固定したまま、 パルス1が対物レンズへ入射する角度をわずかにずらすことによって、集光点に揺らぎを与える。対物レンズを通った直後の領域と比べて、集光点付近が最も揺らぎの程度が大きい。この揺らぐ信号だけを検出すると、背景光を除去できる。

カバーガラス上の直径200nmの蛍光ビーズの観察画像

図2 カバーガラス上の直径200nmの蛍光ビーズの観察画像

スパムナムのほうが、ビーズの空間的な分離を識別できている。

水色蛍光タンパク質溶液とスライドガラスの境界付近おける蛍光強度

図3 水色蛍光タンパク質溶液とスライドガラスの境界付近おける蛍光強度

集光点がスライドガラス内にあるときに観察される背景光の強度について、スパムナムは従来手法に比べて約100分の1に抑制されている。

生体組織モデルを用いた深部観察画像

図4 生体組織モデルを用いた深部観察画像

(a) 深さ約600μmで、従来法では識別できない蛍光ビーズをスパムナムでは識別できている。

(b) 背景光に対する信号光強度比が等しくなる深さが約2倍であることは、観察可能な深さが約2倍になることを示唆している。

マウスの脳組織の神経細胞の深部観察画像

図5 マウスの脳組織の神経細胞の深部観察画像

約200μmより深くなると、従来法では背景光が増加するだけでなく、空間分解能も低下している。一方、スパムナムでは、200μmより深くても深部での背景光が抑制され、空間分解能の改善が確認できる。

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