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2012年6月26日

独立行政法人 理化学研究所

細菌やウイルスを最初に捕食する免疫細胞を同定

-CD205陽性通常型樹状細胞が獲得免疫応答の始動に関与-

ポイント

  • CD205陽性通常型樹状細胞がキラーT細胞の活性化に関与
  • CD205陽性通常型樹状細胞を欠損したマウスは免疫応答が不十分
  • 感染症のワクチンなど新たな治療法開発へ手がかり

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、生体内に侵入した細菌やウイルスなどを排除する獲得免疫応答が始動するためには、免疫細胞の一種である「CD205※1陽性通常型樹状細胞※2」が必要であることを明らかにしました。これは理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)樹状細胞機能研究チームの佐藤克明チームリーダーらによる研究成果です。

免疫応答は、生体内に侵入した細菌やウイルスなどの病原体(抗原)を認識して排除し、宿主を病気や感染から守る高度なシステムです。最初に抗原に出会う免疫細胞は、樹状細胞やマクロファージなどを含む抗原提示細胞※3です。これらの細胞が抗原を捕食し、抗原情報を他の免疫細胞へ伝達することで適切な免疫応答を誘導します。免疫応答には自然免疫応答と獲得免疫応答があります。そのうち獲得免疫応答は、抗原提示細胞がヘルパーT細胞※4キラーT細胞※4に異物(抗原)の情報とサイトカイン※5を与えて活性化させ、病原体やその感染細胞を攻撃して排除するシステムです。これまで、どの樹状細胞が抗原を感知して獲得免疫応答を誘導し、抗原に対する生体防御反応を引き起こすかについては不明でした。

樹状細胞は、通常型樹状細胞と形質細胞様樹状細胞に大別されます。研究チームは、通常型樹状細胞の中でリンパ組織のT細胞領域に多く存在し、膜タンパク質であるCD205を発現するCD205陽性通常型樹状細胞に着目しました。実験では、CD205陽性通常型樹状細胞だけを欠損した遺伝子改変マウス(CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウス)を作製しました。そして、この遺伝子改変マウスと野生型マウスに細菌やウイルスを感染させ、キラーT細胞の生成量を比較しました。その結果、遺伝子改変マウスは野生型マウスに比べ、キラーT細胞の生成量が約4分の1に低下していました。このことから、CD205陽性通常型樹状細胞が細菌やウイルスを捕食して獲得免疫応答を誘導し、キラーT細胞の活性化を促す、との結論を得ました。また、遺伝子改変マウスでは十分な免疫応答が起こらないことも確認しました。

この成果を応用し、CD205陽性通常型樹状細胞を効率的に活性化すれば、感染症のワクチン開発を含む新たな治療法の開発につながると期待できます。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America』オンライン版に6月25日の週に掲載されます。

背景

感染症とは、細菌やウイルスなどの病原体(抗原)が宿主の体内に侵入して、増殖または毒素を産生する反応(病気)の総称です。有史以前から近代まで、感染症はヒトの病気の原因の大部分を占めています。特に発展途上国で大きな問題ですが、先進国でも、新しい感染症や再発する感染症に加えて、多剤耐性菌のまん延やバイオテロの脅威、高度医療の発達に伴う手術後の患者や免疫抑制状態の患者での日和見感染増加など、まだまだ解決すべき課題が多い状況です。

細菌やウイルスに感染すると、生体は防御するために免疫応答を引き起こします。免疫応答には、自然免疫応答と獲得免疫応答があります。自然免疫応答では、免疫細胞の1つである抗原提示細胞(樹状細胞やマクロファージなど)が抗原を認識して活性化し、サイトカインを産生します。その結果、自身や他の免疫細胞による捕食、殺菌を促して適切な炎症反応を引き起こし、病原体の増殖を防止します。さらに獲得免疫応答では、抗原提示細胞により抗原情報とサイトカインを伝達されたT細胞が、ヘルパーT細胞やキラーT細胞に分化、活性化して、特定の抗原やその感染細胞を攻撃します。

これまで、最初に病原体に出会う樹状細胞について盛んに研究が行われてきました。しかし、どの樹状細胞が抗原を感知して獲得免疫応答を誘導し、抗原に対する生体防御反応を引き起こすか、つまり最初の生体防御のシステムの全容解明にはいまだ至っていません。樹状細胞は通常型樹状細胞と形質細胞様樹状細胞に大別されます。両方ともT細胞の活性化に関わっていますが、通常型樹状細胞は最初から樹状形態をしているのに対し、形質細胞様樹状細胞は最初は球形で、抗原と遭遇し活性化した後に樹状形態になります。

研究チームは、通常型樹状細胞の中でリンパ組織のT細胞領域に多く存在するCD205を発現する亜集団(CD205陽性通常型樹状細胞)に着目し、獲得免疫応答のメカニズム解明に挑みました。

研究手法と成果

研究チームは、CD205陽性通常型樹状細胞だけを欠損させた遺伝子改変マウス(CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウス:図1)を作製しました。次に、野生型マウスとこの遺伝子改変マウスに、致命率の高い感染菌であるリステリア菌を感染させ、細菌に対するキラーT細胞の生成、生存率、脾臓(ひぞう)での細菌量をそれぞれ測定しました。その結果、野生型マウスと比較して、遺伝子改変マウスでは細菌に対するキラーT細胞の生成量が約4分の1に(図2左)、感染後11日目の生存率は約5分の1に低下し(図2中央)、脾臓の細菌量が約3倍に増加していました(図2右)

また、それぞれのマウスに、口唇ヘルペスなどを引き起こす単純ヘルペスI型ウイルスを感染させ、ウイルスに対するキラーT細胞の生成と脾臓(ひぞう)でのウイルス量をそれぞれ測定しました。その結果、遺伝子改変マウスではキラーT細胞の生成が約4分の1に低下していました(図3左)。また、野生型マウスの脾臓でウイルスは検出しませんでしたが、遺伝子改変マウスでは多くのウイルスを検出しました(図3右)

このことから、CD205陽性通常型樹状細胞がキラーT細胞の生成に重要だと判明しました。つまり、病原体に感染した宿主では、CD205陽性通常型樹状細胞が病原体やその感染細胞を捕食し、これらの抗原情報をT細胞に伝えることが分かりました。その結果、活性化したキラーT細胞が積極的に生成され、獲得免疫応答を誘導し、効率的に病原体やその感染細胞を排除することを示唆しました(図4)

今後の期待

今回、免疫応答の始動を担う樹状細胞のなかでも、CD205陽性通常型樹状細胞が病原体に対する獲得免疫応答の誘導に重要な役割を担っていることが分かり、宿主の生体防御反応を引き起こすシステムの一端を明らかにすることができました。今後、この知見を応用して、CD205陽性通常型樹状細胞を効率的に活性化すれば、感染症のワクチン開発を含む新たな治療法の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Tomohiro Fukaya, Ryuichi Murakami, Hideaki Takagi, Kaori Sato, Yumiko Sato, Haruna Otsuka, Michiko Ohno, Atsushi Hijikata, Osamu Ohara, Masaki Hikida, Bernard Malissen, and Katsuaki Sato
    “Conditional ablation of CD205+ conventional dendritic cells impacts the regulation of T cell immunity and homeostasis in vivo” Proc. Natl. Acad. Sci. USA, in press, 2012 DOI/10.1073/pnas.1202208109

発表者

理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
樹状細胞機能研究チーム
チームリーダー 佐藤 克明(さとう かつあき)

お問い合わせ先

横浜研究所 研究推進部
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.CD205
    マンノース(単糖の一種)受容体ファミリーに属する分子量205kDaの膜糖タンパク質。主に通常型樹状細胞の一部や胸腺上皮細胞で発現が認められる。CD205は抗原の取込、輸送および提示に関与すると考えられているが、そのリガンドは不明である。
  • 2.樹状細胞、通常型樹状細胞、形質細胞様樹状細胞
    樹状細胞は樹状突起を持つ白血球で、通常型樹状細胞と形質細胞様樹状細胞に大別される。通常型樹状細胞はもともと樹木の枝のような形(樹状形態)だが、形質細胞様樹状細胞は初め球形で、活性化後に樹状形態を示す。
  • 3.抗原提示細胞
    樹状細胞やマクロファージなどを含む白血球の一種。体内に侵入してきた細菌やウイルス感染細胞などの断片を異物(抗原)として自己の細胞表面上に提示し、T細胞を活性化する細胞。抗原提示細胞は細胞表面上に主要組織適合抗原分子(MHC分子)を持ち、これに抗原をのせて提示する。T細胞はMHC分子上に提示された抗原を認識して活性化し、引き続いて獲得免疫応答を起こす。抗原提示細胞の中で樹状細胞が最も強力にT細胞を活性化する。
  • 4.ヘルパーT細胞、キラーT細胞
    T細胞はリンパ球の一種で、CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞に分けられる。CD4陽性T細胞はヘルパーT細胞に分化し、サイトカインを産生して他の免疫細胞の活性化を調節する。CD8陽性T細胞はキラーT細胞に分化し、宿主にとって異物になる細胞(ウイルス感染細胞、がん細胞など)や、病原体を認識して破壊する。
  • 5.サイトカイン
    免疫細胞から分泌されるタンパク質で、特定の受容体を発現する細胞に情報伝達を行う。多くの種類があるが、特に免疫や炎症に関係したものが多い。また細胞の増殖、分化、細胞死、あるいは創傷治癒などに関係するものもある。
CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスの脾臓(ひぞう)の免疫組織染色の図

図1 CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスの脾臓(ひぞう)の免疫組織染色

野生型マウスとCD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスの脾臓を免疫組織染色した結果。青はT細胞、緑はB細胞、赤はCD205陽性通常型樹状細胞を示す。CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスの脾臓ではCD205陽性通常型樹状細胞はほとんど認められない。

CD205陽性通常型樹状細胞による抗細菌感染応答の誘導の図

図2 CD205陽性通常型樹状細胞による抗細菌感染応答の誘導

野生型マウスとCD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスにリステリア菌を感染させた結果。

  • 左図:細菌感染6日後の細菌に対するキラーT細胞の生成量を測定した。野生型マウスと比較して、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスでは細菌に対するキラーT細胞の生成が約4分の1に低下している。
  • 中央:細菌感染後の生存率を測定した。野生型マウスと比較して、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスでは細菌感染後の生存率が低下している。
  • 右図:細菌感染6日後の脾臓中の細菌量を測定した。野生型マウスと比較して、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスでは約3倍の細菌量を検出した。
CD205陽性通常型樹状細胞による抗ウイルス感染応答の誘導の図

図3 CD205陽性通常型樹状細胞による抗ウイルス感染応答の誘導

野生型マウスとCD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスに単純ヘルペスI型ウイルスを感染させた結果。

  • 左図:ウイルス感染5日後のウイルスに対するキラーT細胞の生成を測定した。野生型マウスと比較して、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスではウイルスに対するキラーT細胞の生成が約4分の1に低下している。
  • 右図:ウイルス感染5日後の脾臓中のウイルス量を測定した。野生型マウスではウイルスを検出しないが、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスでは高いウイルス量を検出した。
CD205陽性通常型樹状細胞による病原体に対する獲得免疫応答の誘導の図

図4 CD205陽性通常型樹状細胞による病原体に対する獲得免疫応答の誘導

病原体に感染すると、CD205陽性通常型樹状細胞が病原体や感染細胞を捕食し、これらの抗原情報をT細胞に伝えて活性化したキラーT細胞を積極的に生成、獲得免疫応答を誘導する。その結果、効率的に病原体やその感染細胞を排除することができる。

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