広報活動

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2012年12月14日

独立行政法人理化学研究所

植物の炭疽病に関与する遺伝子群候補を同定

-イチゴ炭疽病菌とウリ類炭疽病菌の全ゲノムを解読-

ポイント

  • 炭疽病菌は植物の成長に関与する遺伝子群を他の細菌から獲得したことを発見
  • 炭疽病菌は特異的な遺伝子群を発現させて2つの異なる感染ステージを形成
  • 農薬耐性菌の選別、抵抗性の強いメロンやイチゴなどの品種改良に貢献

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、DNA配列解析装置の次世代シーケンサー※1を用いて、イチゴ炭疽病菌※2ウリ類炭疽病菌※3の全ゲノムを解読し、病原性に関与する遺伝子群候補を同定しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物免疫研究グループの白須賢グループディレクター、パメラ・ガン特別研究員と、京都府立大学(渡辺信一郎学長)生命環境科学研究科の久保康之教授、京都大学(松本紘総長)農学研究科の高野義孝准教授、入枝泰樹特定研究員、池田恭子技術補佐員、岡山県農林水産総合センター生物科学研究所(永井一哉所長)の鳴坂義弘専門研究員、鳴坂真理流動研究員、ドイツ マックスプランク研究所のリチャード・オコネルグループリーダーらによる共同研究グループの成果です。

世界中で植物に深刻な被害をもたらしている炭疽病は、植物病原糸状菌(カビ)の一種である炭疽病菌によって引き起こされます。中でもイチゴ炭疽病菌は、穀類、野菜、果樹、花卉(かき)などの植物に感染し、株全体に発病して萎縮枯死に至らせます。日本でのイチゴ炭疽病による被害は多く、防除対策が急務となっています。また、ウリ類炭疽病菌はウリ類(メロン、スイカ、キュウリなど)にイチゴ炭疽病と似た被害を与えており、同様に防除対策が求められています。

共同研究グループは、イチゴ炭疽病菌とウリ類炭疽病菌の全ゲノムを解読し、感染時に特異的に発現する遺伝子を調べました。その結果、毒素などを生産するための二次代謝酵素群などをコードする遺伝子群候補を同定しました。さらに、炭疽病菌は遺伝子の水平伝播※4により、植物の成長に関与する機能を持つ遺伝子を獲得したことも見いだしました。また、炭疽病菌は特異的な遺伝子群を発現して2つの異なる感染ステージを形成していることも分かりました。

今回の成果により、持続的で環境にやさしい新たな炭疽病防除法を開発する道が拓かれました。DNA鑑定による正確な炭疽病診断ができるようになることに加え、農薬耐性菌の選別、また新規農薬のターゲットとなり得る病原性に関与するタンパク質の選定、炭疽病菌に対する抵抗性が強いキュウリ、メロン、スイカなどのウリ科作物やイチゴなどの品種改良などに貢献すると期待できます。

本研究成果は、農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センターのイノベーション創出基礎的研究推進事業、平成22年度採択課題「病原糸状菌の分泌戦略を標的とする作物保護技術の基盤開発」(研究代表者:白須 賢)により行われ、英国科学誌『New Phytologist』オンライン版(12月14日付け)に掲載されます。

背景

植物病害の8割前後が植物病原糸状菌(カビ)によるといわれています。植物病原糸状菌がもたらす農作物への病害に対抗し、環境にやさしく安定した収穫ができる保護戦略の確立が、生産性向上や食の安全性確保のために重要です。

植物病原糸状菌では、一般に1,000種以上の分泌タンパク質をコードする遺伝子がゲノム上にあると推定されています。植物病原糸状菌は、これらの膨大な分泌タンパク質を使って植物組織を破壊し、植物が本来持っている生体防御システムを妨害して感染すると考えられています。従って、植物病原糸状菌が感染した時の分泌タンパク質の同定や発病機構を理解することは、新しい保護戦略を開発していく上で非常に重要になります。しかし、これまで植物病原糸状菌について詳しく解明されていませんでした。

植物病害の中で特に大きな被害をもたらすのは炭疽病です。炭疽病は、約40種あるコレトトリカム(Colletotrichum)属菌によって引き起こされ、それらによる病害は、600種以上の穀物、野菜、果樹、花卉(かき)などで確認されています。被害は世界各地に広がり、日本ではイチゴ炭疽病菌(図1)とウリ類炭疽病菌による被害が特に多く、イチゴ炭疽病菌の年間被害金額は約35億円(Sato and Moriwaki, Microbiol.Cult. Coll. 25(1):27-32, 2009)とされ、その防除対策の確立が急がれています。そこで共同研究グループは、イチゴ炭疽病菌とウリ類炭疽病菌のゲノム解析を行い、病原性に関与する遺伝子の同定に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、炭疽病の病原性発現に重要な遺伝子を同定するため、イチゴ炭疽病菌とウリ類炭疽病菌の全ゲノム解析を次世代シーケンサーを用いて行いました。得られた情報をバイオインフォマティクス(生物情報科学)により統合し、遺伝子の位置と機能情報を付加することを試みました。その結果、ウリ類炭疽病菌のゲノムの全長平均長は88.3Mb(1Mb:106塩基対)で、遺伝子総数は13,484個でした。これに対して、イチゴ炭疽病菌のゲノムの全長平均長は56.2Mbで遺伝子総数は15,469個でした(図2)。すでに報告されているイネ科炭疽病菌、アブラナ科炭疽病菌のゲノムの全長平均長が、それぞれ51.6Mb と49.1Mbであることから、ウリ類炭疽病菌のゲノムが特別に大きく、その原因はAT-rich配列※5が過剰に増加したためあると分かりました。

さらに、ゲノム上に存在する遺伝子をより詳細に調べるため、感染時のイチゴ炭疽病菌とウリ類炭疽病菌からタンパク質をコードするmRNA(メッセンジャーRNA)を抽出し、cDNA(相補DNA)を作成して次世代シーケンサーで解析を進め、遺伝子リストを作成しました。この遺伝子リストを基に、カスタムマイクロアレイ※6をデザインし、これを用いて感染時に特異的に発現する遺伝子群を同定しました。次にqRT-PCR法※7を用いてこれらの遺伝子群の発現定量解析を行いました。その結果を他の既に報告されている2つの炭疽病菌(イネ科炭疽病菌、アブラナ科炭疽病菌)の遺伝子リストと比較し、炭疽病菌に共通する遺伝子群を同定しました。これらの遺伝子群の特徴は、毒素などの低分子化合物を生産するための二次代謝酵素群やタンパク質を分解する加水分解酵素などをコードする遺伝子群などが多いと分かりました。特にイチゴ炭疽病菌ではその数が多く、さらに炭水化物結合タンパク質をコードする遺伝子についてはウリ類炭疽病菌の約2倍の127個も保有しており、このイチゴ炭疽病菌では植物細胞壁の分解・形成するシステムが機能的に働くことを示唆しています。

共同研究グループは、さらに他の細菌や植物などのゲノムデータベースを利用して似た遺伝子群を検索したところ、炭疽病菌は遺伝子の水平伝播によって獲得した遺伝子群があることを見いだしました。特にイチゴ炭疽病菌は、植物の成長を促す植物ホルモンのオーキシンの合成酵素をコードする遺伝子群を他の細菌から獲得し、植物の成長に関与する機能を持つと分かりました。

次に、以上のゲノム情報を用いて分泌タンパク質発現解析を行い、病原性に関与するタンパク質の候補を同定しました。また、それらが感染時前半(1日以内)と感染時後半(3日以後)で発現が異なることを見いだし、その発現する遺伝子群をそれぞれ同定しました。具体的には病原性に関与するタンパク質候補群のうち、感染時前半に130個の遺伝子の発現が10倍以上上昇しました(図3)。また、感染時前半には二次代謝酵素の発現が高いこと、それに対し加水分解酵素などは、感染時後半に主に発現することも明らかになりました。これにより、炭疽病菌は異なる時期でそれぞれに特異的な遺伝子群を発現して、2つの感染ステージを形成していると分かりました。

今後の期待

今回の成果により、DNA鑑定による正確な炭疽病診断ができるようになり、さらに農薬耐性菌の選別などが可能になります。また、病原性に関与する遺伝子群候補の同定により、これをターゲットする農薬の開発やこれらの遺伝子がコードする病原性タンパク質を認識して抵抗性を持つウリ科作物やイチゴなどの選定などの品種改良に貢献すると期待できます。

原論文情報

  • Pamela Gan, Kyoko Ikeda, Hiroki Irieda, Mari Narusaka, Richard J O’Connell, Yoshihiro Narusaka, Yoshitaka Takano, Yasuyuki Kubo, Ken Shirasu
    "Comparative genomic and transcriptomic analyses reveal the hemibiotrophic stage shift of Colletotrichum fungi."
    New Phytologist, 2012,doi: 10.1111/nph.12085

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 植物免疫研究グループ
グループディレクター 白須 賢 (しらす けん)

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 次世代シーケンサー
    従来のSanger シーケンシング法を利用した蛍光キャピラリーシーケンサーである「第1世代シーケンサー」と対比させて使われている用語。多数のDNA断片を同時並行で解析し、大量の配列を読み取ることができるDNA配列解析装置。
  2. イチゴ炭疽病菌
    学名「Colletotrichum gloeosporioides」。植物病原糸状菌(カビ)の一種。イチゴやマンゴーなど果実や作物など広範囲な植物に感染する。日本における最重要病害の1つ。
  3. ウリ類炭疽病菌
    学名「Colletotrichum orbiculare」。植物病原糸状菌(カビ)の一種。ウリ科の植物(キュウリ、メロン、スイカなど)を主に感染対象とする。
  4. 遺伝子の水平伝播
    親子関係の無い個体間、または他生物間で起こる遺伝子の取り込み。
  5. AT-rich配列
    DNAはG(グアニン)、A(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)の4塩基から構成されるが、このうちAとTの割合が非常に高い領域のこと。なぜこのような領域が存在するのか、どのように作られるのかは不明。
  6. カスタムマイクロアレイ
    ゲノム情報を基に目的のDNA断片を設計し、プラスチックやガラスなどの基板上に高密度に配置した分析器具。遺伝子発現解析に主に用いられる。
  7. qRT-PCR法
    qはQuantitative (定量的)、 RTはReverse Transcription(逆転写)、PCRはPolymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略。RNAを鋳型としてDNAを合成し、目的とするRNA量を定量的に解析する方法。

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イチゴ炭疽病

図1 イチゴ炭疽病

A:イチゴの葉、B:イチゴの実、C:イチゴの葉の走査型電子顕微鏡(SEM)写真
炭素病菌により、長径3~7mmの病斑が葉や果実に発生し、この病斑が拡大すると茎や葉柄をとりまき、折れたりして枯れる。

炭疽病菌のゲノム解析データ

図2 炭疽病菌のゲノム解析データ

A(アデニン)とT(チミン)の割合が非常に高いAT-rich配列の過剰な増加により、ウリ類炭疽病菌のゲノムの全長平均長は他の炭疽病菌に比べて大きい。
*スキャフォールド:ゲノム配列断片の部分的な類似性を基に結合し、長い配列として再構成により構築された長い塩基配列。スキャフォールド数はその総数。

病原性分泌タンパク質候補をコードする遺伝子の発現パターン

図3 病原性分泌タンパク質候補をコードする遺伝子の発現パターン

試験管内で培養したもの(VH)、炭疽病接種前の胞子(C)、接種後1,3,7日後(dpi) の葉における、病原性分泌タンパク質候補の発現量の比較。赤色が発現のレベルが高く、緑色が低い。

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