広報活動

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2013年1月16日

独立行政法人理化学研究所

ショウジョウバエの気管の長さを決める仕組みを発見

-形態形成過程に細胞内のタンパク質輸送システムが寄与する-

ポイント

  • 逆行性小胞輸送システムでキチン修飾酵素を調節して気管の長さを適切に保つ
  • 気管の長さと太さの制御には、別々のタンパク質輸送システムが関与
  • 管形成の仕組み解明への手掛かりへ

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、ショウジョウバエにおいて、気管上皮細胞内の逆行性小胞輸送システムが気管の長さを制御していることを明らかにしました。この結果、管の長さと太さという2つの形状特性が、異なるタンパク質輸送システムによって制御されていることが示されました。これは、発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態形成シグナル研究グループの董 波(ボ ドン)国際特別研究員と林 茂生グループディレクターらによる研究グループの成果です。

生物の体内では、血管、呼吸管など管状組織のネットワークが縦横に張り巡らされ、血液や空気などの物質循環が行われています。物質がスムーズに循環するには、部位ごとに管の太さが均一にそろっている必要があります。また、管の長さはそれぞれの体内組織や個体に合わせて異なる大きさに適合しなければなりません。過去の研究からショウジョウバエの気管の太さ決定には、気管の内側(管腔)を占めるキチン質[1]を主成分とした細胞外基質[2]の蓄積が必要であることが分かっていました。また、長さについてはキチン質の化学修飾によって過剰な伸長を抑制することが知られていました。しかし、太さと長さという2つの形状特性に対応する細胞内の分子メカニズムは未解明のままでした。

研究グループは、気管が過剰に伸長するショウジョウバエの変異体を詳細に解析したところ、細胞外に一度分泌されたキチン修飾酵素[1]を取り込んでゴルジ体へ送る「逆行性小胞輸送システム」が、気管長の適切な制御に必要であることを見いだしました。キチン修飾酵素が、ゴルジ体で再活性化され再び管腔内に分泌されていると考えられました。また、さらに詳しく調べると、この小胞輸送システムは気管の太さ制御には関与しないことも分かり、長さと太さという2つの形状特性は、細胞内の異なるタンパク質輸送システムよって制御されることが明らかとなりました。

本成果は、細胞内輸送システムが形態形成に関わる仕組みをより詳細なレベルで解明しました。今回明らかになった小胞輸送システムは、高等動物でも共通に保持された輸送システムであり、ヒトを含めた脊椎動物での管形成の仕組みを解明する手がかりになると期待できます。

本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(1月15日付け:日本時間1月16日)に掲載されます。

背景

進化の過程において陸生生物が大型化していくには、体内で血液、空気、水分などが効率的に循環する必要があります。それを可能にするために、動物の血管や呼吸管、植物の師管や導管などの管状組織のネットワークが縦横に張り巡らされ、高度に発達してきたと考えられています。効率の良い循環を維持するには、それぞれの個体や組織のサイズ、さらに管内を流れる物質の物理的性質などに合わせて、管の長さや太さを適切に調整する必要があります。脊椎動物の場合、血管の太さや長さは心臓が動き始め血流が流れる前におおむね決まっているため、発生過程のある段階で管の形状を決める仕組みが細胞や組織に備わっていると考えられます。

過去の研究からショウジョウバエの気管の太さは、気管の内側(管腔)を占めるキチン質を主成分とした細胞外基質が蓄積することで制御され、長さについてはキチン修飾酵素によってキチン質が化学修飾を受けることで、過剰に伸長しないように制御されていることが知られていました。キチン修飾酵素は、気管を形成している上皮細胞内で合成され、小胞輸送システムを経由して細胞外へ分泌されます。

小胞輸送システムには、輸送される分子に応じて多様な経路が存在することが知られています。通常、細胞内で合成された分泌タンパク質は、いったん小胞体内へ運ばれ品質管理を受け、正常に機能するものだけがゴルジ体へと運ばれます。ゴルジ体へ運ばれたタンパク質は、糖鎖の修飾や輸送先への選別が行われ、選別されたタンパク質は輸送小胞に詰め込まれ、目標の細胞内小器官、細胞膜や外へ運ばれるのです。この順方向の輸送システムに対して、細胞外から取り込まれたタンパク質がゴルジ体に戻される経路があり、逆行性小胞輸送システムと呼びます。このようなシステムを通じて行われる細胞と外部環境との分子のやり取りは生物共通の生命維持活動に必須のシステムです(図1)

ショウジョウバエ気管の太さ制御には、アクチン重合因子[3]を介したタンパク質輸送システムが関わることが知られていました。しかし、長さ制御の仕組みについては、管腔に分泌されるキチン修飾酵素が必要だと分かっていたものの、タンパク質輸送システムがどのようにキチン修飾酵素の量の調節に関与しているのか、その細胞内の仕組みについては不明のままでした。

そこで研究グループは、管状組織を形作るための細胞内の仕組みを解明するために、ショウジョウバエの変異体を用いて、キチン修飾酵素の調節に関わる要因の探索に挑みました。

研究手法と成果

研究グループは、逆行性小胞輸送システムに関わるrab9遺伝子[4]の変異体を調べたところ、気管が過剰に伸長する表現型を示すことを見いだしました(図2)。気管の太さと配置は標準と変わらず、胚発生自体はおおむね正常に進行していたので、気管形成のうち、長さに関わる機能だけが阻害されていると考えられました。そこでrab9遺伝子変異体のキチン修飾酵素の分布を経時的に調べました。その結果、キチン修飾酵素は、中期胚(受精後10時間目)における気管発生時には管腔内に分泌されるにも関わらず、後期胚(受精後15時間目)になると気管の管腔内から著しく減少していることが分かりました。気管の管腔に存在する分子のうちキチン質や他のタンパク質の分布は正常だったことから、キチン修飾酵素を輸送するシステムだけに異常が生じていると考えられました(図3)

さらに、Rab9タンパク質に結合する他の分子を生化学実験で調べたところ、逆行性小胞輸送システムに関わるタンパク質Vps35[5]がRab9タンパク質と結合することが明らかになりました。そこで、正常なショウジョウバエの培養細胞を用いて、Rab9タンパク質の動きをライブイメージングで詳細に観察しました。すると、これらは小胞体内で局所的な集合体を作り、小胞体膜を細胞質側に突出させ、さらにアクチン重合に関わるタンパク質WASHとアクチン繊維の働きで小胞体の一部が切り取られる様子を観察することができました(図4)。重要なことに、この切り出された小胞体断片にはキチン質修飾酵素が含まれていました。従って、一度分泌されたキチン質修飾酵素が細胞外から取り込まれ、小胞体内で選り分けられ、Vps35とRab9タンパク質の働きで小胞体断片として切り出され、ゴルジ体へ運ばれ再修飾を受け、活性化型として細胞外分泌の経路に送られると考えられました(図5)。キチン修飾酵素は、このように再利用され管腔での酵素の働きを維持することで、気管が異常に伸長しないように制御していることが示唆されました。

この逆行性小胞輸送システムを変異させた場合、長さが過剰になる一方で太さ制御に関わる多くの分子の分布は正常であったため、太さ制御にはこのシステムは関与しないことが分かりました。このことから、管の長さと太さの制御には別々の小胞輸送システムが関わることが明らかになりました。

今後の期待

今回、ショウジョウバエの気管の形状を決める長さと太さの2つの要素の決定に、異なるシステムが別々に対応していることが分かりました(図6)。この逆行性タンパク質輸送システムは、ショウジョウバエからヒトを含む高等動物に保存されており、輸送されるタンパク質について数多く知られていますが、管状組織の形を決める形態形成に関わることは知られていませんでした。今回の発見は、形態形成を起こす1つの仕組みとして非常に興味深い成果です。今後、さらに研究を発展させることで、ヒトを含めた脊椎動物での管形成におけるタンパク質輸送システムの役割を解明する手がかりになると期待できます。

発表者

独立行政法人理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループ
グループディレクター 林 茂生(はやし しげお)

お問い合わせ先

神戸研究所 研究推進部 広報・国際化室
南波 直樹(なんば なおき)
Tel: 078-306-3092 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. キチン質、キチン修飾酵素
    Nアセチルグルコサミンの多量体からなる多糖高分子キチンは、節足動物の外骨格の主成分で、脱アセチル化反応により親水性の高いキトサンとなり、物理化学的性質を変化させる。ショウジョウバエSerpentineSerp)遺伝子の産物は、キチン-キトサン変換反応を触媒する酵素であると考えられている。この働きが低下すると気管は過剰に伸長することが知られている。
  2. 細胞外基質
    細胞と細胞の間を満たし、生体組織を包み込む高分子の構造体。組織の支持体となるだけでなく、細胞外環境の情報を伝えることで細胞の増殖や分化を制御する。管状の組織では管の内側(管腔)と外側で異なる細胞外基質が分布する。発生中のショウジョウバエ気管の管腔には、キチン質の多糖高分子や、タンパク質からなる細胞外基質が満たされ、細胞表面を覆う外骨格(クチクラ)を形成するとともに気管の太さと長さの制御を行うことが知られている。
  3. アクチン重合因子
    アクチンの重合核としてアクチン重合を刺激する一群のタンパク質。これらのタンパク質が活性化される場所では局所的なアクチン繊維の集積が起こり、小胞輸送など多彩な細胞機能が発揮される。小胞体上に存在するアクチン重合に関わる分子WASHは細胞膜突起の切り出し反応を、Diaphanous(Dia)は細胞質分裂やタンパク質の分泌を促進する。
  4. rab9遺伝子
    Rabタンパク質は、低分子GTP結合タンパク質のファミリーに属し,細胞内小胞の輸送と形態変化に関わる。Rab9タンパク質は後期小胞体に結合し、逆行性小胞輸送システムに関与することが知られていたが発生における機能は今まで不明だった。
  5. Vps35
    逆行性小胞輸送システムに関わる分子。小胞体上でタンパク質複合体の集積を促進してタンパク質の選別と細胞膜を変形させて突起構造を作らせる。

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小胞輸送システムの図

図1 小胞輸送システム

細胞と外部環境との間でタンパク質などの分子をやり取りするシステム。新しく合成された分泌タンパク質は小胞体やゴルジ体を経由して細胞外に放出される。一方で、細胞には細胞外に放出したタンパク質を回収して再利用する仕組みが備わっている。細胞外から取り込まれたタンパク質は小胞体(初期エンドソーム,後期エンドソーム)で選別を受け、直ちに細胞外に放出されたり、逆行性小胞輸送経路を通じてゴルジ体に運ばれ、再修飾した後に細胞外に分泌される。また不要なタンパク質がリソソームで分解される経路もある。

rab9遺伝子変異体は過剰な気管伸長を示すの図

図2 rab9遺伝子変異体は過剰な気管伸長を示す

ショウジョウバエ胚の気管の管腔に存在するキチン質が含まれた細胞外基質を染色している。rab9遺伝子変異体は前後に走る太い管が過剰な気管長を示す(下図)。太さは正常胚(上図)と変わらない。

rab9遺伝子変異体で見られるキチン質修飾酵素の分布異常の図

図3 rab9遺伝子変異体で見られるキチン質修飾酵素の分布異常

rab9遺伝子変異体の後期胚(受精後15時間)では、キチン修飾酵素(Serpはキチン質修飾酵素をコードしている遺伝子のこと)の分布が管腔から減少する。一方で太さ制御に関わるタンパク質(2A12,Pio)やキチン質(Chitin)の分布に変化はなかった。

Rab9小胞の変形と切り出しの図

図4 Rab9小胞の変形と切り出し

Rab9タンパク質で標識された小胞(ピンク)は、正常なショウジョウバエの培養細胞中で突起構造を形成し、アクチン繊維(緑)と共局在し、細胞質側へ(白矢じり)切り出される。

小胞体の切り出しによるキチン修飾酵素の選別の図

図5 小胞体の切り出しによるキチン修飾酵素の選別

細胞内に取り込まれたキチン修飾酵素Serp(オレンジ色の粒)は小胞体に移行し、Rab9タンパク質と逆行性小胞輸送システムに関わるタンパク質Vps35によって形成される細部膜突起に集められる。この細胞膜突起構造はアクチン重合分子WASHの働きで重合するアクチン繊維構造(actin)によって切り出され、その後にゴルジ体に輸送されるものと考えられる。

気管形成における2種類のタンパク質輸送システムの図

図6 気管形成における2種類のタンパク質輸送システム

左:長さ制御に関わるタンパク質輸送システム
逆行性小胞輸送システムでは管腔から取り込まれたキチン修飾酵素Serpが小胞からゴルジ体へ送られ、再修飾を受けた後に再分泌される。Serpはキチン質を修飾してキトサン(Chitosan)に変換する。

右:太さ制御に関わるタンパク質輸送システム
アクチン重合因子Dia依存的経路では太さ制御に関わるタンパク質(2A12、Pio)が管腔に分泌される。

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