広報活動

Print

2013年1月31日

理化学研究所

半導体結晶を通過するX線が2方向に分岐する現象を発見

-次世代半導体技術の飛躍的発展に光-

ポイント

  • 結晶中の格子ひずみにX線を入射させ、2つのX線分岐を実現
  • 分岐したX線は、横すべり現象により400μm離れたほぼ平行な2つのビームに
  • 次世代半導体キーテクノロジーとなるミクロな格子ひずみの高感度計測の有力手段

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、大型放射光施設「SPring-8」[1]が発するX線をシリコン結晶上にゲルマニウムを蒸着させた試料に照射したところ、結晶中に生じた「格子ひずみ[2]」によってX線が2方向へ分岐し、横すべりを繰り返しながら伝播する現象を初めて観測しました。この成果は、次世代半導体技術や新しいX線軌道制御方法、新たな光学素子の基盤技術の形成に役立つと期待できます。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)放射光イメージング利用システム開発ユニットの香村芳樹ユニットリーダー、XFEL研究開発部門の澤田桂特別研究員、石川哲也センター長と東京大学大学院総合文化研究科 深津晋教授らの共同研究グループによる成果です。

X線の軌道を制御するには高精度な光学素子が必要で、現状では可視光の軌道制御に比べて困難です。X線の軌道制御に有望な技術として、結晶材料に存在する格子ひずみによってX線の軌道が大きく曲がる「X線の横すべり現象[3]」が2006年に理論予言されました。香村ユニットリーダーらは、2010年にこの現象の実証に成功しています。そこで、共同研究グループは、格子ひずみを通じた精密なX線軌道制御の開発に挑みました。

今回の実験では、シリコン結晶上にゲルマニウムを蒸着させ「ヘテロエピタキシャル結晶[4]」を作製し、その表面に生成された量子ドット[5]に対してX線を照射しました。一定の角度で入射するとX線は横すべり現象を起こすだけでなく、2つに分岐することを見いだしました。分枝した2つのX線はほぼ平行なビームで、その距離は400マイクロメートル(μm)以上であり、多数の量子ドットを波乗りのように飛び移りながら横すべり現象を起こしていることが分かりました。

今回の研究成果は、X線の分岐と波乗りという新しい光学現象を発見しただけでなく、次世代技術の開発にも貢献します。例えば、2つに分岐したビームを再び重ね合わせることで新しい原理に基づいたX線干渉計を作製できます。これにより、次世代半導体でキーテクノロジーとなっているミクロな格子ひずみを高感度に計測することができるようになると、飛躍的な技術の進歩が期待できます。

本研究は、科学研究費補助金 研究基盤(B)「ブラッグ条件反射条件近傍に置いた結晶によるX線波束の異常シフトの観察とX線導波管応用」によるものです。研究成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」(2月1日号)に掲載され、同誌のハイライト論文として取り上げられる予定です。

背景

X線は、短波長であるため物質との相互作用が極端に小さく、屈折をほとんど起こしません。また、X線を集光する既存のレンズ製作技術の精度を上げることは難しく、可視光と比べてX線の軌道制御は困難です。しかし、結晶の中では、一定の間隔で周期的に並んでいる原子の周期性がずれて格子ひずみが生じると、それによってX線の軌道が大きく曲がります。この現象は「X線の横すべり現象」と呼ばれ、澤田桂特別研究員ら(当時 東京大学大学院工学系研究科所属)が2006年に発表した論文で理論予言しています(Sawada, et al., PRL, 96, 154802 (2006) )。さらに2010年には香村芳樹ユニットリーダーらがシリコンの凹面をなす結晶面にX線を照射し、X線横すべり現象を実際に観測することに成功しました。これにより、同現象を利用した精度の高いX線導波管(X線を必要なところに導くデバイス)の実現の可能性を証明しました(2010年プレスリリース Y. Kohmura, et al., PRL, 104, 244801 (2010) )。

今回共同研究グループは、より精密な軌道制御を行うには、高精度に格子ひずみを制御しX線の横すべり現象を起こす必要があると考えました。そこで、ヘテロエピタキシャル結晶という2種類の異なる元素の結晶界面を用いて格子ひずみを制御することでX線の軌道を制御しようと挑みました。

研究手法と成果

本研究で用いたヘテロエピタキシャル結晶は、大きさ15×15mmのシリコン結晶上にゲルマニウムを約4原子層の厚さで蒸着して量子ドットを生成させた結晶試料です(図1)。量子ドットは、シリコン結晶に引っ張り応力(外部が引っ張られるときに内部に生じる力)を及ぼして直下の結晶面を凸面形状に変形させ、格子ひずみを生じさせます。原子間力顕微鏡[6]で試料を観察したところ、量子ドットの間隔は1μm以下であることが分かりました。さらにX線が試料を透過しやすくするため、ゲルマニウム蒸着面と反対側の面に余計な力が加わってひずみが起きないように慎重に研磨し、厚さ100μmの結晶試料を作製しました。

実験は、大型放射光施設SPring-8のアンジュレータービームラインBL29XUで、エネルギー15 keVのX線(波長0.08 ナノメートル)を照射し、X線画像検出器で試料透過像を撮影しました(図2)。結晶試料に対するX線の入射角がブラッグ角[7](本実験の場合は17.6度)から大きく外れた角度だと、X線はほとんど直進します。しかし、ブラッグ角よりもわずか1秒角(3600分の1度)ほどずれた低角だと、X線は、2方向に分岐し、入射角度を変化させると2つのビーム間の距離を変えることもできました(図3)

結晶試料に入射するX線はほぼ平行ですが、量子ドット付近のシリコン結晶面は凸面形状であるため、X線の一部はブラッグ角よりも低角側にずれ、一部は高角側にずれて入射します(図4)。2006年に発表した理論をさらに発展させたところ、2つのX線が分岐して横すべり現象を生じることが理論的に説明できました。さらに、2つに分岐したX線が結晶試料を通過したときの距離を測ると、量子ドットの間隔(1μm以下)をはるかに超えた400μm以上であることが分かりました。この大きな横すべり現象を詳細に調べたところ、ブラッグ角近くに入射されたX線は、結晶試料の界面で繰り返されている凹凸の格子ひずみの影響で、ある量子ドットによる格子ひずみからとなりの量子ドットによる格子ひずみへ飛び移る、波乗りするような動きをして、結果的に400個以上の量子ドットをまたいだ大きな横すべり現象を起こすことを見いだしました(図5)

今後の期待

ヘテロエピタキシャル結晶の界面付近では、原子位置をずらす、つまり、格子ひずみの制御を行うことができます。今回の研究では、格子ひずみの制御により、結晶から2つの角度発散が非常に小さく、お互いにほぼ平行なビームを取りだすことができました。この現象を利用すると、従来できなかったさまざまな新しい研究が可能になります。例えば、2つに分岐したビームを、再び重ね合わせることで新しい原理に基づいたX線干渉計が作れます。この干渉計では、格子ひずみの大きさをX線の波の位相変化として観測し、極めて高感度に計測できます。この技術は、ヘテロエピタキシャル結晶中の格子ひずみを設計し、より高性能な次世代半導体デバイスを開発するために役立ちます。格子ひずみを制御する技術開発を通じて、この他にも、新しいX線軌道制御方法、新たな光学素子が誕生する可能性が広がります。

原論文情報

  • Yoshiki Kohmura, Kei Sawada, Susumu Fukatsu and Tetsuya Ishikawa. "Controlling the Propagation of X-Ray Waves inside a Heteroepitaxial Crystal Containing Quantum Dots using Berry's Phase".Physical Review Letters,2013,doi: 10.1103/PhysRevLett.110.057402

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門 ビームライン基盤研究部 放射光イメージング利用システム開発ユニット
ユニットリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)

お問い合わせ先

播磨研究所研究推進部企画課
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
お問い合わせフォーム

このページのトップへ

補足説明

  1. 大型放射光施設「SPring-8」
    兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、そ の管理運営は理研が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する絞られた強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
  2. 結晶の格子ひずみ
    結晶とは、原子や分子が一定の間隔で周期的に並んでいるような物質である。結晶に力が加わったり、不純物が入ったりした際に、周期的な配列がひずむ場合があり、格子ひずみと呼ばれている。これを利用して結晶の性質をより最適なものに改良する試みが行われている。半導体結晶における格子ひずみは、スマートフォンなど半導体を用いたデバイスを高速駆動するのに欠かせない重要な役割を果たしている。
  3. X線の横すべり現象
    結晶の格子ひずみを入れた単結晶をブラッグ角近辺でX線を照射すると、X線が大きく湾曲される現象。
  4. ヘテロエピタキシャル結晶
    基板となる結晶の上に、その構成要素とは異なる物質の結晶を、基板とほぼ同じ格子配列を保ったまま成長させたもの。ヘテロエピタキシャル結晶成長により、100nm以下の空間スケールで基板結晶にひずみ分布を与えることができる。
  5. 量子ドット
    半導体などで実現されている3次元全ての方向への電子の運動が制限された島状構造。スペクトルが孤立原子に似ていることから人工原子とも呼ばれる。別名を量子箱、あるいは量子点という。
  6. 原子間力顕微鏡
    試料と探針先端の原子の間に働く力を検出して、試料表面の形態を観察する装置で、原子レベルの分解能が実現されている。
  7. ブラッグ角
    X線を結晶に当てたときに、干渉して強めあうことで大きな反射強度が得られる入射角度。

このページのトップへ

シリコン(Si)基板上のゲルマニウム(Ge)量子ドットの概念図

図1 シリコン(Si)基板上のゲルマニウム(Ge)量子ドットの概念図

シリコン結晶の上にゲルマニウムを蒸着させると、表面に量子ドットと呼ばれる島状構造が自然に形成される。 量子ドットが形成された付近、その直下に上向き(緑色矢印)に格子ひずみが生成される。

実験セットアップの概念図

図2 今回用いた実験セットアップの概念図

ヘテロエピタキシャル結晶試料の透過X線の像をX線画像検出器で撮影した。

結晶を透過するX線強度のプロファイルのグラフ

図3 結晶を透過するX線強度のプロファイル

ヘテロエピタキシャル結晶試料への入射角をブラッグ角(0と表記した黄緑色の線)から変化させて観測した7通りのX線強度プロファイルを示す。ブラッグ角から大きく外れる(黒色や紫色の線)と、単一のピークが中央に観察される。ブラッグ角に近づくにつれ、ピーク位置は上下に分かれ、-1秒角(緑色の線)では、ピークが検出器上の上下に分かれてあらわれる。X線が結晶に斜めに入射している効果を考慮すると、分岐したピーク間の距離は、結晶に沿って400μm以上に達している。1秒角とは、3600分の1度のこと。

2方向へのX線横すべり現象の図

図4 2方向へのX線横すべり現象

量子ドットによってシリコン結晶面に上向きに凸面の格子ひずみが生じる。平行X線が凸面の結晶面に照射されるが、ブラッグ角よりも低角(左図Δθ)で入射するX線、高角(右図Δθ)で入射するX線は、青矢印、赤矢印のように反対方向に横すべりする。

量子ドットの間隔より圧倒的に大きい横すべり量が観察される様子

図5 量子ドットの間隔より圧倒的に大きい横すべり量が観察される様子

緑とオレンジの丸は、それぞれ、シリコン(緑)とゲルマニウム(オレンジ)の原子を表す。色が濃い原子は、周期性からのずれが大きい原子、つまり、大きな格子ひずみを受けている原子を表す。量子ドット位置で、シリコン結晶面は、上向きに凸面を形成している。格子ひずみがシリコン結晶の深いところまで及んでいるため、横すべり現象が多数回起こって、大きな横すべり現象が生じたと考えられる。ある深さより奥では、格子ひずみが無視できるくらい小さくなるため、X線は入射X線に平行に伝播する。

このページのトップへ