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2013年2月14日

理化学研究所

様々な色を持つ有機蛍光色素「ABPX」の発光メカニズムが明らかに

-光エレクトロニクス分野に新たなスマートマテリアルを提供-

ポイント

  • 溶液と固体の両方の状態で蛍光を発する分子メカニズムを解明
  • 様々な条件下で複数の分子構造へ変化し、カラフルな蛍光色や発色を示す
  • 次世代技術として期待される有機太陽電池や光センサーなどへの応用が可能

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)と岡山大学(森田潔学長)は、溶液と固体の両方の状態で蛍光を発する有機蛍光色素「アミノベンゾピラノキサンテン系(ABPX)色素[1]」の発光メカニズムの解明に取り組み、ABPXが複数の分子構造へ瞬時に変化することで、カラフルな蛍光や発色を示すことを明らかにしました。これは、理研分子イメージング科学研究センター(渡辺恭良センター長)複数分子イメージング研究チームの榎本秀一チームリーダー(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科教授兼任)、神野伸一郎研究員と、理研基幹研究所先進機能元素化学研究チームの内山真伸チームリーダーらとの共同研究の成果です。

有機蛍光色素は、半導体などを用いる発光性材料と比べ、レアメタルなどの資源的な制約も少なく、かつ低価格なことから、工業から医療まで幅広い分野で利用されています。しかし、従来の有機蛍光色素は、溶媒への溶解性が低いため取り扱いが難しいという問題がありました。また、低濃度の溶液中では良好な蛍光を発しますが、濃度が高くなるにつれ蛍光強度が弱まり、凝集した固体状態では消えてしまいます。この課題に対応するため、研究グループは2010年に、色素分子の凝集によって蛍光が増大する新しいタイプの有機系蛍光性色素としてABPXを開発しています。

今回研究グループは、ABPXの詳細な発光メカニズムを解明するため、分子構造と光物性の関連性を実験・理論の両面から詳細に解析しました。その結果、固体状態のABPXは塩化物イオンなどの陰イオンとイオンペア[2]を形成することで、紫外線を照射すると赤色から近赤外域に蛍光を発する一方、溶液中では水素イオンの影響により複数の分子構造へ瞬時に変化し、カラフルな蛍光と発色を示すことが分かりました。

ABPXは、従来の有機蛍光色素と比べ、アルコールなどの扱いやすい溶媒にも溶けやすく、また凝集した固体状態でも蛍光・発色します。液体と固体の両状態で利用できるため、加工性に優れ、大面積化も容易です。次世代技術として期待される有機太陽電池や有機発光デバイス、光センサーなどへの応用も考えられ、多彩な光と色が利用可能な有力な機能性色素となることが期待できます。

本研究成果は、英国王立化学会誌『Physical Chemistry Chemical Physics』(2月14日号)に掲載され、同誌のHot Articleに選出されました。

背景

有機蛍光色素には、骨格となる炭素原子の二重結合、三重結合が持つ非局在化電子(パイ電子)[3]の働きにより、効率良く光エネルギーを吸収・放出する性能に優れたものがあります。このような色素をパイ電子共役型色素[4]と呼び、その光学、電気化学的特性を利用することで、工業分野では太陽電池、有機EL、有機半導体や色素レーザーなどの最先端技術の素材として用いられます。また、生命科学分野では、紫外線や赤外線の照射で発光する蛍光色素が、生体内の分子や細胞を観察するための目印として用いられています。有機蛍光色素は、製造コストや安全性の面でレアメタルなどの発光性材料と比べ優位であり、研究開発が世界中で活発に行なわれています。

しかし、一般的な有機蛍光色素は、溶媒への溶解性が低く、高濃度では色素分子が凝集し蛍光強度が弱まる濃度消光という現象を示すため、固体状態になると消光することが一般的です。特に、芳香族環が長く連なった平面性の高いパイ電子共役型色素が固体で発光するケースは極めて少なく,これらをシンプルな化学構造で、かつ簡易な製造方法により実現することは、発光性材料の開発研究において挑戦的な課題でした。研究グループは2010年に、色素分子の凝集によって蛍光が増大する新しいタイプの有機系蛍光性色素「アミノベンゾピラノキサンテン系(ABPX)色素」の開発に成功し、溶媒中のABPXが凝集しても蛍光発光を示すことを報告しました注)

注)2011年2月15日プレスリリース

研究手法と成果

今回、ABPXの発光メカニズムの詳細を明らかにするため、さまざまな溶液中における分子構造と光物性の関連性を実験・理論の両面から詳細に解析しました。その結果、有機溶媒中のABPXは、蛍光を発しないスピロラクトン型構造[5]から、溶液中に存在する水素イオン濃度に応答してモノカチオン型構造[5]並びにジカチン型構造[5]へと段階的に変化し、赤・緑の蛍光色や紫・桃色の発色を示すことを突き止めました(図1)。さらに、固体状態では、ABPXが塩化物イオンなどの陰イオン種とイオンペアを形成することで、赤色から近赤外にかけての波長域で蛍光を発することが判明しました。このことは、ABPXとイオンペアの形成が、固体状態での蛍光団の重なりによる蛍光強度の減衰を抑えるキーファクターの1つとなることを示します。

今後の期待

ABPXは、凝集という物理現象と、イオンの存在という化学的操作で、発光や蛍光の色や強度を制御できるユニークな色素化合物です。このような特性を有する平面性の高いパイ電子共役型色素の報告はほとんどなく、新しい発光性材料を提供できる上で意義深い研究成果です。また、ABPXは、従来のパイ電子共役型色素と比べ、アルコールなどさまざまな溶媒に溶けやすく取り扱いが容易です。さらに、液体と固体の両状態で利用できるため、加工性がよく大面積化が可能であり、次世代技術として期待される有機発光デバイスや有機太陽電池に応用できます。さらに、ABPXの特徴的な発色原理を巧みに利用することで、現在のシリコンを用いた光集積回路からなる測定装置(光学センサー)を有機デバイスで代替する可能性が考えられます。このようにABPXは、欲しい機能に多彩な光と色で応答する、光エレクトロニクス分野の新しいスマートマテリアルとなることが期待されます。

原論文情報

  • Shinichiro Kamino, Atsuya Muranaka, Miho Murakami, Asana Tatsumi, Noriyuki Nagaoka, Yoshinao Shirasaki, Keiko Watanabe, Kengo Yoshida, Jun Horigome, Seiji Komeda, Masanobu Uchiyama and Shuichi Enomoto,
    "A red-emissive aminobenzopyrano-xanthene dye: elucidation of fluorescence emission mechanisms in solution and in the aggregate state",
    Physical Chemistry Chemical Physics, 2013,doi:10.1039/C2CP43503A

発表者

理化学研究所
分子イメージング科学研究センター 複数分子イメージング研究チーム
チームリーダー 榎本 秀一(えのもと しゅういち)
研究員 神野 伸一郎(かみの しんいちろう)

お問い合わせ先

分子イメージング科学研究センター
広報・サイエンスコミュニケーター
山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715

国立大学法人岡山大学 総務・企画部 企画・広報課
Tel: 086-251-7293 / Fax: 086-251-7294

補足説明

  • 1.アミノベンゾピラノキサンテン系(ABPX)色素
    有機物からなる色素のうち、外部からの光エネルギーを蛍光に変換できるものを有機蛍光色素と呼ぶ。その代表例の1つがローダミン系色素であり、ABPXはローダミンを基本骨格とし、分子中のアリル部位を伸長して、発光団部分を拡張したもの。
  • 2.イオンペア
    陽イオンと陰イオンが静電的に作用しあって両イオンが対(イオン対)をなしていること。
  • 3.非局在化電子(パイ電子)
    分子内の電子が複数の原子にまたがり、分散して存在していることを指す。
  • 4.パイ電子共役型色素
    パイ結合が1つおきに並んだ色素のこと。パイ結合間で電子は自由に動くことができる。
  • 5.スピロラクトン型構造、モノカチオン型構造、ジカチン型構造
    スピロラクトン型構造は、ABPXの2つのカルボン酸が環状に閉じた構造。溶液中でスピロラクトン型のABPXに水素イオンを1つ添加すると、モノカチオン構造となり、更に水素イオンをもう1つ添加すると、ジチカン型構造となる。
ABPXの溶液中並びに固体での分子構造と発色や蛍光の様子の図

図1 ABPXの溶液中並びに固体での分子構造と発色や蛍光の様子

ABPXは、溶液中に存在する水素イオンに応答することで、複数の分子構造へ瞬時に変化し、赤や緑の蛍光(写真右)と紫や桃色の発色(写真左)を示す。固体状態では、塩化物イオンなどのイオンとイオンペアを形成することで、赤色から近赤外にかけての波長域で蛍光を示す。このような性質は、従来のローダミン系色素には見られない。

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