広報活動

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2013年2月27日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

植物のリン欠乏ストレスを緩和する新しい糖脂質を発見

-リンが欠乏しても収量が減少しない強い作物の生育に道-

ポイント

  • 脂質メタボローム解析により、リン欠乏を補う植物糖脂質「グルクロン酸脂質」を発見
  • グルクロン酸脂質の生合成に必須な遺伝子「SQD2遺伝子」を発見
  • イネにもグルクロン酸脂質を発見、多様な植物でのリン欠乏ストレス緩和機能を示唆

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、リンが不足した環境でも植物の生育を維持する糖脂質「グルクロン酸脂質[1]」を発見し、その生合成に必須な「SQD2遺伝子」を同定しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)メタボローム機能研究グループの斉藤和季グループディレクター、岡咲洋三研究員らの研究グループによる成果です。

肥料の三大要素「窒素・リン酸・カリ」の1つとして挙げられる“リン”は、植物の生育に必須な元素です。植物の生体膜は主にリンを含む脂質(リン脂質)と糖脂質で構成されていますが、植物体内のリンが欠乏すると生体膜中のリン脂質が減少し、それを補うようにスルホ脂質[2]などの糖脂質が増加して膜を維持し生育を助けます。こうした膜脂質の再構成は「膜脂質のリモデリング[3]」と呼ばれ、リン欠乏環境下で植物が生存するために重要な役割を果たします。しかし、どんな化合物がどう関与しているのかについては不明な点が多く、網羅的な解析技術の開発が待たれていました。

研究グループは、独自開発した網羅的な脂質(脂質メタボローム[4])解析法により、リン欠乏環境下で生育したシロイヌナズナにおける膜脂質のリモデリングを調べました。その結果、一部の微生物でしか報告されておらず、植物では未知だった糖脂質「グルクロン酸脂質」が地上部に蓄積することを発見しました。このグルクロン酸脂質とスルホ脂質の構造が似ていたことから、スルホ脂質の生合成に関連する3つの遺伝子を欠損させた変異体を解析したところ、SQD2という遺伝子を欠損するとグルクロン酸脂質が全く蓄積されず、リン欠乏環境下では通常より早く枯死することを見いだしました。また、グルクロン酸脂質はイネにも含まれ、リン欠乏環境下では約6倍も蓄積量が増加したことから、この脂質は植物に広く存在し、リン欠乏ストレスの緩和に役立つ新規の脂質である可能性を示しました。

肥料の原料として欠かせないリン鉱石[5]は近年枯渇が危惧されており、農業分野で大きな問題となっています。グルクロン酸脂質やSQD2遺伝子を有効利用することで、リン欠乏に耐性な植物の作出が期待できます。また、生物学的事象の背景にある代謝を理解する技術として、メタボローム解析が非常に強力であることも示しました。

本研究の一部は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム SICORP)などの助成を受けて行われ、成果は英国の科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(2月26日付け:日本時間2月27日)に掲載されます。

背景

植物細胞の生体膜は主にリン脂質や糖脂質で構成され、中でも糖脂質には硫黄を含んだスルホ脂質など植物や一部の微生物に特有の脂質も含まれます。植物は、生育環境に応じてこれら膜脂質の組成を変動させ、特に植物の生育に必須な元素であるリンが不足すると、生体膜中のリン脂質を減少させてそれを補います。このとき植物体内では、膜機能を維持するため、不足したリン脂質の代わりに、リンを構成要素としないスルホ脂質などの膜脂質を顕著に増加させます(膜脂質のリモデリング)。

1998年と2002年には、スルホ脂質の生合成に関して2つの遺伝子(SQD1SQD2)が特定され、2009年には、研究グループが生合成の初期段階で働くUGP3遺伝子を発見しています注)。現在では、それぞれの遺伝子を欠損したシロイヌナズナの変異体が存在し、リン欠乏環境下のSQD2欠損変異体は生育が悪化することも知られています。

このように、膜脂質のリモデリングが植物の環境適応に重要な役割を果たすことは分かっていましたが、植物が持つ脂質全体を対象とした解析が難しいため、多くの場合は、既知の数種の脂質を対象にした研究にとどまっていました。

注)2009年3月13日プレスリリース

研究手法と成果

(1)新規植物糖脂質「グルクロン酸脂質」の同定

研究グループは、植物が持つ全低分子代謝産物(メタボローム)を網羅的に解析する植物メタボロミクス研究の一環として、これまでに高性能質量分析計[6]を用いた脂質メタボローム解析のための統合技術を開発してきました。この技術をリン欠乏環境下で生育させたシロイヌナズナに適用したところ、一部の細菌類、菌類、微細藻類などで報告されていた糖脂質の一種「グルクロン酸脂質」が地上部に蓄積していることを発見しました。植物でこの脂質を同定したのは今回が初めてです。グルクロン酸脂質とスルホ脂質は、共にマイナスの電荷を帯びた酸性の糖脂質で、脂肪酸の組成も非常に似ていることから(図1)、2つの脂質は極めて類似したメカニズムで生合成されると予測しました。

(2)グルクロン酸脂質の合成に必須な遺伝子「SQD2」の同定とその機能の解明

次に、グルクロン酸脂質とスルホ脂質の生合成経路がどの程度類似しているのかを明らかにするため、UGP3SQD1SQD2のそれぞれを欠損させてスルホ脂質を生合成しないシロイヌナズナ変異体をリン欠乏環境下で栽培し、脂質メタボローム解析を行いました。その結果、ugp3およびsqd1変異体は、グルクロン酸脂質を野生型よりやや多め(約1.5倍)に蓄積して野生型と同等の生育を示したのに対し、sqd2変異体はグルクロン酸脂質を全く蓄積せず、野生型より早く枯死しました(図23)。これにより、リン欠乏環境下の植物は、SQD2から翻訳されるSQD2酵素を利用してグルクロン酸脂質を生産すること、SQD2の欠損による生育不良の原因は、グルクロン酸脂質とスルホ脂質の両方の合成不全によることが分かりました。これは、2002年にSQD2遺伝子が発見されてから約10年経って明らかになった知見です。また、このSQD2酵素は葉緑体に局在することから、グルクロン酸脂質の主要な生合成の場は葉緑体であることも示唆されました。

さらに、イネについても脂質メタボローム解析を行ったところ、リン欠乏環境下では通常の環境下よりもグルクロン酸脂質が約6倍蓄積することも見いだしました(図4)。これは、グルクロン酸脂質がさまざまな植物で広くリン欠乏ストレスの緩和に役立っている可能性を示しています。

今後の期待

今回、グルクロン酸脂質は、リン欠乏がもたらすストレスから植物を保護したり、スルホ脂質の減少がもたらす影響を緩和したりすることが分かりました。肥料の原料となるリン鉱石は近年枯渇が危惧されており、農業の将来にとって大きな問題となっています。さらに、良質のリン鉱石は一部の国に偏在しており、今後、レアメタルと同様に戦略物資化するともいわれています。SQD2遺伝子を利用してグルクロン酸脂質の生合成を制御できると、将来危惧されるリン欠乏に耐性な植物を作り出せる可能性があります。

現在、葉緑体中でのグルクロン酸脂質の生合成経路に関する知見は全くないため、この代謝経路の制御法の開発が重要です。葉緑体は糖、アミノ酸、脂質をはじめとするさまざまな有用代謝産物が生合成される細胞内小器官であり、新たな代謝経路の発見は葉緑体の機能向上にもつながると期待できます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)の国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム SICORP)の「メタボロミクス:低炭素社会に向けた植物特異的代謝解明に資する基盤研究推進(研究代表者:斉藤和季)」、および植物科学最先端研究拠点ネットワーク[7]の支援により行われました。

原論文情報

  • Yozo Okazaki, Hitomi Otsuki, Tomoko Narisawa, Makoto Kobayashi, Satoru Sawai, Yukiko Kamide, Miyako Kusano, Toshio Aoki, Masami Yokota Hirai, and Kazuki Saito. "A new class of plant lipid is essential for protection against phosphorus depletion". Nature Communications, 2013, doi:10.1038/ncomms2512

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター メタボローム機能研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
研究員 岡咲 洋三(おかざき ようぞう)

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

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国際科学技術部 屠 耿(と こう)
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補足説明

  1. グルクロン酸脂質
    グルクロン酸という糖を部分構造とする酸性の糖脂質。これまで、一部の細菌類や菌類、数種の微細藻類といった植物以外の生物から微量成分として単離された報告があるが、機能や生合成経路は不明である。植物における存在と機能、生合成経路が明らかとなったのは今回が初めて。
  2. スルホ脂質
    スルホキノボースという硫黄を含んだグルコース誘導体を部分構造とする酸性の糖脂質。細胞膜などには通常ほとんど含まれておらず、主に葉緑体の膜に存在する。
  3. 脂質膜のリモデリング
    細胞や個体を取り巻く環境に変化が生じると、それに対応するために細胞膜の構成が変化する。これが膜脂質のリモデリング(再編成)であり、植物の細胞膜の場合、リン欠乏環境下では相対的にリン脂質が減少し、糖脂質が増加する。
  4. メタボローム
    ゲノム(genome)の「-ome」はラテン語で全体や総体という意味を表す。ゲノム(genome)が細胞内の全遺伝子(gene+ome)を指すように、メタボローム(metabolome)は細胞内で合成された全低分子代謝産物(metabolite+ome)の総体を指す。植物における総代謝物質は20万~100万種と考えられている。現状の技術では全ての代謝物質を網羅することは不可能なため、検出可能な全代謝物質という意味で使われている。
  5. リン鉱石
    リン酸塩鉱物。一部の国に良質のリン鉱が偏在しており、日本は全量を輸入に頼っている。中国がリン鉱石に高い関税をかけるなど、世界中でリン資源の囲い込みが始まっている。その結果、国際価格が急騰して相場が混乱するなど、戦略物資化している。
  6. 高性能質量分析計
    物質の正確な分子量を測定する機器。試料をイオン化し、化合物の質量電荷比(質量を電荷数で割った値)から物質を同定・定量する。高感度で物質を検出できるため、植物ホルモンのような微量物質の分析にも有用。
  7. 植物科学最先端研究拠点ネットワーク
    持続的食料生産や有用なバイオマス増産および二酸化炭素の固定化・資源化など、循環型社会に貢献しグリーンイノベーションに資する植物科学研究を推進する研究基盤ネットワーク。(http://www.psr-net.riken.jp/

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グルクロン酸脂質とスルホ脂質の図

図1 グルクロン酸脂質とスルホ脂質

グルクロン酸脂質とスルホ脂質は非常に類似した構造を持つ酸性の糖脂質である。異なるのは黄色で示した部分で、グルクロン酸脂質では「-CO2-」になっている場所が、スルホ脂質では 「-CH2SO3-」になっている。

シロイヌナズナ変異体におけるグルクロン酸脂質蓄積量の比較図

図2 シロイヌナズナ変異体におけるグルクロン酸脂質蓄積量の比較

スルホ脂質合成関連遺伝子の機能欠損変異体(ugp3sqd1sqd2)をリン欠乏条件下で14日間生育し、グルクロン酸脂質含量を比較した。その結果、sqd2変異体はグルクロン酸脂質を全く蓄積しないことが分かった。一方、ugp3変異体とsqd1変異体の場合、グルクロン酸脂質の蓄積量は野生型の約1.5倍と増加した。

シロイヌナズナ変異体の表現型の比較写真

図3 シロイヌナズナ変異体の表現型の比較

スルホ脂質合成関連遺伝子の機能欠損変異体をリン欠乏条件下で1カ月間生育させたところ、グルクロン酸脂質を蓄積できないsqd2変異体は約20日目で顕著な枯死が始まった。一方、sqd1ugp3変異体はグルクロン酸脂質を蓄積し、野生型と同様の生育を示した。

イネのリン欠乏条件下におけるグルクロン酸脂質の蓄積のグラフ

図4 イネのリン欠乏条件下におけるグルクロン酸脂質の蓄積

イネには脂肪酸組成の違いで2種類のグルクロン酸脂質(34:2と34:3)が存在する。イネの場合は通常からグルクロン酸脂質が蓄積しているが、リン欠乏時にはその蓄積量が約6倍程度に増加した。

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