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2013年3月8日

理化学研究所

1匹のマウスから500匹以上のクローン作出に成功

-永続的な優良家畜の大量繁殖実現に第一歩-

ポイント

  • 連続核移植を25世代以上繰り返し、健康な再クローンマウスを大量に作出
  • 最初の核移植で生じる初期化異常は、その後の核移植では蓄積しないことを証明
  • クローン動物を安定的に作り続けられる可能性を示す

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、クローンマウスからクローンマウスを作り出す連続核移植を25世代繰り返し、1匹のドナーマウスから581匹のクローンマウスを作り出すことに成功しました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)ゲノム・リプログラミング研究チームの若山照彦チームリーダー(現 山梨大学生命環境学部教授)、若山清香研究員、東京医科歯科大難治疾患研究所の幸田尚准教授、石野史敏教授らの共同研究グループによる成果です。

哺乳動物のクローン作出は、優良家畜の大規模な生産や絶滅危惧種の保全を可能にする新しい技術として期待されています。しかし、1度に作り出せるクローン動物の数は限られているうえ、これらクローン動物が死ぬとその遺伝情報は1世代で途切れてしまいます。そのため、永続的に貴重な動物を維持し続けるには、クローン動物の体細胞から再びクローン動物を作り出す連続核移植(再クローニング[1])技術が必要です。しかし、従来の再クローニングでは、核移植を繰り返すごとに出産率は低下し、マウスで6世代、ウシやネコで2世代までが限界でした。この原因は、クローン技術特有の「初期化異常[2]」が、核移植を行うたびに蓄積するためと考えられていました。

共同研究グループは、2005年にトリコスタチンA(TSA)[3]という薬剤が初期化異常を改善することを発見して以来、このTSAを用いた実験条件を最適化しながら、1匹の雌のドナーマウスをもとに連続核移植を継続してきました。再クローニングで生まれるクローンマウス(再クローンマウス)の数は25世代で581匹に達し、現在は26世代目、598匹が誕生しています。核移植の出産率は1世代目の7%から上昇傾向を示し、最高で15%を記録、健康な再クローンマウスを多数作り出しました。さらに、これらの繁殖能力、寿命、細胞年齢の指標となる染色体末端のテロメア[4]の長さなどに異常がないことを確認するとともに、遺伝子の発現を網羅的に調べた結果、核移植を繰り返しても初期化異常は蓄積しないことが明らかになりました。

今後、再クローニングの完成度をさらに高めることができると、貴重な優良家畜や絶滅危惧種のクローンを安定的に作出できると期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell Stem Cell』の表紙に選ばれ、オンライン版(3月8日付け)に掲載されます。

背景

西遊記の孫悟空は自分の毛を引き抜き、そこから自分の分身を大量に作って敵と戦わせました。これはクローンという概念が人類史上初めて表現された物語だといわれています。英国のジョン・ガードン博士は1962年にカエルのクローン技術を考案し(2012年ノーベル生理学・医学賞を受賞)、1997年には英国のキース・キャンベル博士らが哺乳類初のクローン羊「ドリー」を誕生させました。しかし、核移植した卵子のうち出産に至る割合が低かったため、孫悟空のように分身(クローン)を大量に作るのは不可能なうえ、そのクローンが死ぬとそこでドナー動物の遺伝情報は途切れてしまいました。

この課題を解決するために、ドナー動物から作り出したクローン動物を再びドナー動物として利用してクローン動物を作出する「再クローニング」が考え出されました。この方法が実現すると、たとえ最初のドナー動物が死んでも、そのクローン動物が次世代のドナーとして機能するため、その遺伝情報は永久に存続することになります。つまり、永続的な優良家畜の大量生産や絶滅動物のクローン復活(注1)(Wakayama et al., PNAS,2008)と保全へ応用できると考えられます。

しかし、研究チームがこれまで取り組んだ再クローニングでは、クローンマウスから生まれてくるクローンマウス(再クローンマウス)の出産率は世代を経るたびに徐々に低下し、最長で6世代目までが限界でした(図1B緑・赤)(Wakayama et al., Nature,2000)。他の動物でも再クローニングは試みられていますが、ウシとネコでは2世代目まで(Kubota et al., Nature Biotechnol., 2004, Yin et al., Theriogenology, 2008)、ブタでは3世代目まで(Cho et al., Dev. Dyn., 2007, Kurome et al., J. Reprod. Dev., 2008)が限界です。これらのことから、再クローニングはクローン技術特有の「体細胞の遺伝子発現を細胞分裂が始まる前の受精卵の状態に戻しきれなかったために生じる異常(初期化異常)」が核移植を繰り返すたびに蓄積し、それが出産率を引き下げるため再クローニングの回数を有限にしていると考えられていました。

研究チームは、1998年に最初のクローンマウス作出に成功後(Wakayama et al., Nature,1998)、初期化の促進や核へのダメージを最小限に抑える技術的改良などを重ねてきました。2005年には、トリコスタチンA(TSA)という薬剤を核移植後の胚培養液に加えると、クローンマウスの出産率が約6倍に改善することを見いだしています(注2)(Kishigami et al., BBRC ,2006)。

そこで、こうした知見とノウハウをもとに、2005年末から、1匹のドナーマウスをもとに再クローニングの継続に挑戦しました。

研究手法と成果

(1)再クローンマウス作出の継続について

2005年末に、まず1匹の雌のドナーマウスを選び、卵子の周りに存在する卵丘細胞[5]から核を取り出しました。この核を、別のマウスの核を除いた卵子へ核移植してTSAを投与しました。生れてきたクローンマウスを第1世代とし、成体(3カ月齢)に成長した後、その卵丘細胞の核を取り出して第2世代の再クローンマウスを作出、それ以降、再クローニングを繰り返しました。2012年12月の論文提出時には、25世代で合計581匹の再クローンマウスが生まれ、現在は26世代目、598匹の再クローンマウスが生まれています(図1A)。1世代目のクローンマウスの出産率は7%程度でしたが、TSAと実験条件の改善によりその確率は徐々に上昇し、現在は15%程度を達成しています(図1B青)

(2)正常性・異常性について

クローン動物特有の現象に胎盤の形態異常があります。クローンマウスの場合、自然妊娠に比べ胎盤が2~3倍に巨大化します。今回の実験でも、1世代目の胎盤は約3倍に巨大化しましたが、その後26世代まで胎盤重量がそれ以上増加する傾向はなく、出産時の体重もほぼ一定でした(図1C)。生まれた再クローンマウスは大部分が健康な成体へ成長し、ランダムに選んだ4個体を雄マウスと交配して繁殖能力を調べたところ、どの再クローンマウスも自然マウスと同様平均60日程度で自然分娩し、正常な繁殖能力を持っていることが明らかになりました。

再クローンマウスの寿命については、現在17世代まで(論文では16世代まで)調べており、ほとんどの世代の平均寿命は自然マウスと変わらず2年以上で、世代が進んでも短命になる傾向はありませんでした(図1D)。また、細胞の年齢を調べるマーカーとして一般に用いられている染色体のテロメアの長さについても、各世代の再クローンマウスで調べたところ、世代を経てもテロメアが短くなる傾向はなく、再クローニングごとにドナーマウスと同程度の長さに戻っていることが分かりました。

(3)初期化・遺伝子発現について

TSAの効果を確認するために、21世代目の再クローンマウスの一部はTSAを加えずに作出したところ、やはり出産率は有意に低下しました(図2A)。また、1世代目のクローンマウスで発現異常を示した遺伝子の多くは、20世代目の再クローンマウスでも同程度で異常のままでした(図2B)。さらに、DNAマイクロアレイ[6]を用いて、自然マウス、1世代目のクローンマウスおよび20世代目の再クローンマウス間で網羅的に遺伝子発現の様子を比較したところ、自然マウスと1世代目の間および20世代目の間には明確な違いが生じたものの、1世代目と20世代目の間には差がありませんでした(図2C)。これらの結果は、TSAを投与した核移植で作るクローン動物の遺伝子にはある程度の発現異常が生じますが、その異常は再クローニングによって蓄積するものではないことを示しています。また、健康な再クローンマウスが多数生まれていることから、これら発現異常は、生体には影響しない限定された一部の遺伝子だと考えられます。

今後の期待

今回、再クローニングによるクローン動物の初期化異常は、核移植を繰り返しても蓄積するものではないことが明らかとなりました。今後、クローン作出技術をさらに改善できると、貴重な優良家畜や絶滅危惧種のクローン動物を永続的かつ安定的に作り続ける可能性が広がると期待できます。

原論文情報

  • Sayaka Wakayama, Takashi Kohda, Haruko Obokata, Mikiko Tokoro, Chong Li, Yukari Terashita, Eiji Mizutani, Van Thuan Nguyen, Satoshi Kishigami, Fumitoshi Ishino, TeruhikoWakayama. "Successful serial recloning in the mouse over multiple generations." Cell Stem Cell, 2013. doi: org/10.1016/j.stem.2013.01.005

発表者

理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター ゲノム・リプログラミング研究チーム
チームリーダー 若山 照彦(わかやま てるひこ)

お問い合わせ先

神戸研究推進部広報国際化室 南波 直樹
Tel: 078-306-3092 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.再クローニング
    通常の個体(ドナー)の体細胞から作り出したクローンマウスを再びドナーとして、その体細胞をもう一度核移植して次の世代のクローン動物を作り出す技術。連続核移植とも呼ぶ。この技術を用いるとドナー細胞の遺伝子が無限に利用可能となり、理論的には安定的にクローン動物を作り出せる。しかし、これまでは核移植を繰り返すごとに出産率は低下し、マウスで最高6世代の再クローニングが限界だった。
  • 2.初期化異常
    体細胞の遺伝子発現が、細胞分裂を始める前の受精卵の状態に戻らなかったために生じる異常。クローン動物を作出するには、分化した体細胞の核を自然交配でできた受精卵と同じ状態へ戻す初期化の作業が必要である。しかし、実際に生れてきたクローンマウスを調べると、通常の受精卵由来マウスには見られないいくつかの遺伝子発現異常が見つかる。初期化が不完全だったために生じた異常(初期化異常)と考えられている。主にDNAやヒストンを修飾して遺伝子発現を制御しているエピジェネティック修飾が受精卵の状態に戻っていないことが原因である。
  • 3.トリコスタチンA(TSA)
    ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤の1種。このTSAを投与するとヒストンのアセチル化の割合が高まり、その結果、遺伝子発現が活発になる。細胞の分化に伴って不活化していた遺伝子も、TSA投与によって活性化(すなわち初期化)されると考えられている。
  • 4.テロメア
    細胞分裂で染色体(DNA)が複製されるとき、その機能上どうしても複製できない部分が末端に生じてしまう。それを補うためにテロメアと呼ばれる長い繰り返し配列が染色体の末端に作られており、細胞分裂をするたびに少しずつ短くなっていく。従って、テロメアの長さを調べると細胞分裂をした回数が分かるため、ある程度細胞の年齢を推測できる。クローン動物はテロメアが短くなった大人の体細胞から作られていることから、生まれたばかりでも「テロメアは短い、よって歳を取っている」と考えられていたが、現在は初期化によってテロメアの長さも元に戻るとされている。
  • 5.卵丘細胞
    卵子の成長を助けるための体細胞で、卵子が成熟し排卵されるときに一緒に排出される細胞。卵子の採取と同時に入手できる便利な体細胞のため、クローン動物の研究ではよく使われる。世界初のクローンマウスも卵丘細胞から作られた。
  • 6.DNAマイクロアレイ
    小さなガラス板状に、人工的に合成した多数の1本鎖DNA断片を貼り付けたもの。細胞から複雑な処理を経て調製し、蛍光色素をつけたRNA(リボ核酸:DNAから転写されて、タンパク質を作る基になるもの)をこのDNA断片が張り付いているガラス板上に加える。結合したRNAの蛍光を測ることで、一度に多数の遺伝子の発現量を調べることができる。
再クローンマウスの出産率、体重および寿命の図

図1 再クローンマウスの出産率、体重および寿命

  • A. 20世代目の再クローンマウス。下の白色マウスは代理母マウス
  • B. 再クローンマウスの出産率。赤および緑の線は2000年に発表した時のデータ。青の線は 今回TSAを加えながら行ったデータ。各世代間でのばらつきは大きいが、16、24、25、および26世代目は1世代目より有意に高い成績となっている。現在は15%程度を達成している。
  • C. 世代が進んでも再クローンマウスの出生時体重(青)と胎盤重量(赤)は変化しない。
  • D. 再クローンマウスの寿命。世代が進んでも短命になる傾向はない。各点はそれぞれ1個体の死亡時の年齢。
再クローンマウスの初期化完成度の図

図2 再クローンマウスの初期化完成度

  • A. 再クローンマウスの出産率におけるTSAの影響。再クローニングを繰り返すことで初期化されやすくなればTSAによる初期化促進は必要なくなると考えたが、21世代目の再クローンマウスもTSAを投与しないと出産率は低下した。対象クローンとは別のドナーマウスの体細胞から作出した新たな1世代目のマウスのことで、実験条件をそろえるため同時期に行った。
  • B. 発現異常を示した多くの遺伝子のうち、ここでは肝臓で見つかったMug2Tdo2と脳で見つかったXlr4bXlr3bの計4つの遺伝子について示す。これらは自然マウス(NC)に比べ対象クローンマウス(CC)で発現が低下しているが、自然マウスと20世代目の再クローンマウス(G20)で比較してみても、同様に発現が低下していた。
  • C. DNAマイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析。肝臓と脳から得られたデータに対して主成分分析を行ったところ、どちらの臓器でも自然マウス(NC)と対象クローンマウス(CC)の間、および自然マウス(NC)と20世代目の再クローンマウス(G20)の間には違いがみられるが、CCとG20は同程度だった。

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