広報活動

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2013年3月20日

理化学研究所

マウスが父性行動を発現する神経機構の一端が明らかに

-仔マウスに対する攻撃から養育へ、雄マウスが示す行動変化の不思議を解く-

ポイント

  • 仔の発するフェロモンが交尾未経験の雄マウスの攻撃行動を誘発する
  • 父性行動の発現は、攻撃行動を誘発する仔のフェロモンの情報伝達抑制に起因
  • 哺乳類に共通する父性行動発現の神経基盤の解明と、その異常の理解や予防に貢献

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、交尾未経験の雄マウスでは、新生児マウス(仔)から発せられる化学物質(フェロモン[1])によって仔への攻撃行動が誘発されるのに対し、父マウスでは、そのフェロモン情報伝達が抑制され、父性行動の発現が誘発されることを明らかにしました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)シナプス分子機構研究チームの刀川夏詩子研究員、吉原良浩チームリーダーと親和性社会行動研究ユニットの黒田公美ユニットリーダーによる共同研究グループの成果です。

神経科学の分野でよく用いられるC57BL/6系統のマウス[2]では、「交尾未経験の雄マウス」は仔に接すると直ちに攻撃行動を示します。しかし、「交尾を経験し、妊娠中の雌マウスとの同居を経た雄マウス(父マウス)」は、自らの仔が生まれる時期になると、自分の仔以外の仔に対しても養育行動を示すようになります(父性行動の発現)。仔から発せられる知覚情報(匂いやフェロモン・鳴き声・姿形など)は同じであるのに、雌との社会的経験[3]を経るとなぜ攻撃から養育へと雄が行動を変化させるのか、その詳細なメカニズムは分かっていませんでした。

共同研究グループは、この行動変化の神経機構を解明するために、交尾未経験の雄マウスと父マウスそれぞれに仔マウスを提示し、どこの脳部位が活性化するかを比較しました。その結果、交尾未経験の雄マウスでは、仔が発するフェロモンによって鋤鼻(じょび)神経回路[4]が活性化され、仔への攻撃行動が誘発されるのに対し、父マウスでは、フェロモンを感知する入り口である鋤鼻器[4]で既にその情報伝達が抑制されていることを見いだしました。さらに、交尾未経験の雄マウスの鋤鼻器を切除して仔のフェロモン情報の感知を遮断すると、仔への攻撃行動が抑制されるとともに、父性行動が発現することも確認しました。以上の結果から、雄マウスの父性行動の発現には、鋤鼻器における仔のフェロモンの情報伝達抑制が重要であることを突き止めました。

今後は、今回の成果をもとに、哺乳類に共通する父性行動発現の神経基盤の解明と、その異常の理解や予防法が確立されていくものと期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Neuroscience』(3月20日号)に掲載されます。

背景

養育行動とは、仔の生存を高めるために親がとる行動の総称であり、全ての哺乳類に共通した大切な行動です。げっ歯類は、仔を保温する、体をなめて清潔に保つ、巣を作る、仔を巣に回収する、授乳するといった典型的な養育行動を示します。一般的に実験室で飼育される雌マウスは、交尾未経験であっても授乳以外の養育行動を示します。一方、交尾未経験の雄マウスは、新生児マウス(仔)に接すると直ちに攻撃行動を示します。しかし、「交尾を経験し、妊娠中の雌マウスとの同居を経た雄マウス(父マウス)」は、交尾から19~20日が経過して自分の仔が生まれる時期になると、自分の仔以外の仔に対しても雌と同様な養育行動を示すようになります(図1)。交尾未経験の雄マウスが仔を攻撃するのは、雌が養育している他の雄の仔を排除することにより、授乳中は抑制されている雌の発情を促し、自らの生殖成功率を高めると考えられています。一方、父マウスになったときの仔への攻撃の抑制は、自らの仔を誤って殺すことが無いように機能します。従って、仔への攻撃と養育は、どちらもその雄の遺伝子を受け継いだ子孫を維持するための適応的な行動です。このように、仔から発せられる知覚情報(匂いやフェロモン・鳴き声・姿形など)は同じであるのに、雌との社会的経験を経るとなぜ攻撃から養育へと雄が行動を変化させるのか、その神経機構については分かっていませんでした。

げっ歯類では、個体間のコミュニケーション手段として”フェロモン“が重要な役割を担っています。フェロモンは、鼻腔の下部にある鋤鼻(じょび)器の神経細胞(鋤鼻感覚ニューロン[4])で感知されます。その情報は脳の一次中枢である副嗅球で中継され、情動[5]と深く関わる大脳辺縁系の扁桃体へ、さらには本能や性行動を制御する視床下部へと伝えられ、この経路は鋤鼻神経回路と呼ばれています。フェロモンは、この鋤鼻神経回路を介して動物の行動や内分泌系に影響を与えることが分かっており、例えば、交尾行動や雄同士の攻撃行動を引き起こすことが知られています。

研究手法と成果

共同研究グループは、雄マウスの攻撃から養育への行動変化に関与する脳部位の同定を試みました。具体的には、神経細胞の活性化に依存して発現するc-Fosタンパク質[6]を指標にして、C57BL/6系統の交尾未経験の雄マウスと父マウスそれぞれに対して仔マウスを提示し、活性化される脳部位を比較しました。なお、仔マウスから発せられる知覚情報で活性化される脳部位を観察するため、雄が仔を直接触れて攻撃したり養育したりすることができないように、仔は金網のボールに入れて提示しました。その結果、交尾未経験の雄マウスでは、一部の鋤鼻感覚ニューロンを起点とする特定の鋤鼻神経回路(副嗅球、扁桃体内側核、分界条床核)が活性化され、最終的に、攻撃行動に関与する視床下部の領域(視床下部前野、視床下部腹内側核腹外側部)が活性化されていることが分かりました(図2)。一方、父マウスでは、フェロモンを感知する鋤鼻感覚ニューロンにおいて既にその活性化は見られませんでした(図3)。また、金網のボールに仔が入っているので、直接養育行動を示すことができないにもかかわらず、雌マウスの養育行動(母性行動)を制御する内側視索前野という脳領域が、父マウスで有意に活性化していることも分かりました(図4)。さらに、交尾未経験の雄マウスの鋤鼻器を外科的に切除して、仔のフェロモン情報を感知できないようにすると、仔への攻撃行動が抑制されるとともに、父性行動が発現しました(図5)

これらにより、交尾未経験の雄マウスでは、仔から発せられるフェロモンを鋤鼻器が感知し、攻撃行動を司る鋤鼻神経回路が活性化され、仔への攻撃行動が誘発されることが分かりました。一方父マウスでは、雌との交尾、妊娠雌との同居、分娩時における立ち合いなどの社会的経験が雄の鋤鼻器に影響を与え、仔のフェロモンの情報伝達が抑制された結果、養育行動に関連した脳部位が活性化されて父性行動を発現することが分かりました(図6)

今後の期待

今回、マウスの父性行動発現の神経機構の一端を解明しました。ヒトの場合、マウスを含む他の動物で観察されるような遺伝的にプログラミングされた子への攻撃行動を示さないこと、機能的なフェロモンやそれらを受容する器官の存在が明確ではないことなどから、今回の知見をそのままヒトの父性行動の発現機構に適用することはできません。今後、マウスを用いて、父性行動の発現を抑制している仔への攻撃行動を誘発する中枢の神経回路を、より詳細に解明できれば、ヒトを含めた哺乳類の父性行動発現のメカニズム解明と、その異常の理解や予防法の確立に対する貢献が期待できます。

また本研究は、個体の経験や内的状態の差異に応じて、同じ感覚刺激でもなぜ異なる行動が引き起こされるのかという、感覚入力―行動出力パターンの変化を解明する重要なモデルになると考えられます。

原論文情報

  • Kashiko S. Tachikawa, Yoshihiro Yoshihara, and Kumi O. Kuroda
    “Behavioral Transition from Attack to Parenting in Male Mice: a Crucial Role of the Vomeronasal System” Journal of Neuroscience, 2013

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター シナプス分子機構研究チーム
研究員 刀川 夏詩子(たちかわ かしこ)

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Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

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補足説明

  1. フェロモン
    ある個体から放出され、同種の他個体の行動や内分泌系に影響を与える化学物質(生理活性物質)の総称。
  2. C57BL/6系統のマウス
    マウスの近交系(近親交配を重ね、遺伝的背景を均一にしたマウスの系統)の1つ。黒い毛色をもち、近年では、遺伝子改変マウス作製のための胚提供用マウスとして頻繁に使用される。
  3. 雌との社会的経験
    交尾や妊娠雌との同居だけでなく、分娩時における立ち会い、出生した仔と同居するなどの経験のこと。雄マウスの仔への行動を変化させるのに重要であることが報告されている
    (Brown, Behav Process, 1993; Palanza and Parmigiani, Physiology & behavior,1991)。
  4. 鋤鼻(じょび)神経回路、鋤鼻器、鋤鼻感覚ニューロン

    鋤鼻器とは、フェロモンを受容する末梢の感覚器で、多くの哺乳類において鼻腔の下部に存在する。

    この鋤鼻器にあってフェロモンを感知する感覚ニューロンが鋤鼻感覚ニューロン。フェロモンと結合するフェロモン受容体を発現する。マウスでは約300種類のフェロモン受容体があり、一般的に1つの鋤鼻感覚ニューロンは1種類のフェロモン受容体を発現している。受容体へのフェロモンの結合は、鋤鼻感覚ニューロンで電気的な信号へと変換され、脳の一次中枢である副嗅球へと伝達される。

    この鋤鼻感覚ニューロンで受容されたフェロモン情報が脳中枢へと伝達される神経回路が鋤鼻(じょび)神経回路。フェロモン→鋤鼻器→副嗅球→扁桃体/分界条床核→視床下部神経核へとつながる。

  5. 情動
    喜び、怒り、悲しみ、恐怖、快、不快などの感情。それぞれの情動に伴った特異的な行動や生理的反応が引き起こされる。脳の扁桃体が情動を司る中枢であると考えられている。
  6. c-Fosタンパク質
    さまざまな外的刺激により、興奮した神経細胞で急速かつ一過的に発現が誘導される   c-fos遺伝子がコードするタンパク質。活性化した神経細胞のマーカーとしてよく使われる。

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C57BL/6系統の雄マウスが示す攻撃から養育への行動変化のグラフ

図1 C57BL/6系統の雄マウスが示す攻撃から養育への行動変化

交尾未経験の雄マウスの約80%が仔への攻撃行動を誘発した。一方父マウスは仔への攻撃行動を見せず、約90%が養育行動を示した。

交尾未経験雄に仔を提示したときに活性化される鋤鼻神経回路の図

図2 交尾未経験雄に仔を提示したときに活性化される鋤鼻神経回路

交尾未経験の雄マウスに仔を提示すると、フェロモン情報を伝達する鋤鼻神経回路(青線:鋤鼻器→副嗅球→扁桃体内側核→分界条床核)が活性化されていた。さらに視床下部では、攻撃行動への関与が報告されている視床下部前野(AH)と視床下部腹内側核腹外側部(VMHvl)が活性化されていた。

仔を提示したときの鋤鼻器におけるc-Fosタンパク質の発現の様子

図3 仔を提示したときの鋤鼻器におけるc-Fosタンパク質の発現

A、B:仔を提示したときの交尾未経験の雄マウス(A)と父マウス(B)の鋤鼻器におけるc-Fosタンパク質の発現。交尾未経験の雄マウスでは、一部の鋤鼻感覚ニューロンでc-Fosタンパク質の発現(矢印:黒点)を検出した(A)が、父マウスではほとんど検出されない(B)。

C:仔を提示したときの鋤鼻器におけるc-Fos陽性の鋤鼻感覚ニューロンの数。

仔を提示したときの内側視索前野におけるc-Fosタンパク質の発現の様子

図4 仔を提示したときの内側視索前野におけるc-Fosタンパク質の発現

A、B:仔を提示したときの交尾未経験の雄マウス(A)と父マウス(B)の内側視索前野(点線で囲まれた部分)におけるc-Fosタンパク質の発現。赤点線の領域を比較すると、父マウスの方がc-Fosタンパク質の発現が多い。

C:仔を提示したときの内側視索前野(赤点線で囲まれた部分)におけるc-Fos陽性細胞の数。父マウスではc-Fos陽性細胞の数が有意に増加。

鋤鼻器切除が雄マウスの仔に対する行動に与える影響の検討の図

図5 鋤鼻器切除が雄マウスの仔に対する行動に与える影響の検討

鋤鼻器切除前後で仔への行動に変化があるか否かを観察した。雄のケージに仔を3匹入れ、30分間仔への行動を観察した。鋤鼻器切除前では全ての交尾未経験の雄マウスが仔を攻撃したが、鋤鼻器を切除すると攻撃行動は抑制され、養育行動(父性行動)を発現した。一方父マウスでは、鋤鼻器切除前と後で仔への行動に変化はなく、常に養育行動を示した。

仔マウスに対する攻撃から養育への雄マウスの行動変化を制御するメカニズムの図

図6 仔マウスに対する攻撃から養育への雄マウスの行動変化を制御するメカニズム

交尾未経験の雄マウスは、仔から発せられるフェロモンを鋤鼻器で感知し、攻撃行動を誘発する鋤鼻神経回路が活性化される。一方、交尾、妊娠中の雌マウスとの同居、分娩時における立ち会いなどを経験した父マウスは、攻撃行動を誘発する仔のフェロモン情報の受容・伝達が鋤鼻器で抑制され、父性行動を発現すると考えられる。

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