広報活動

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2013年4月2日

理化学研究所

近視と難聴の合併症の原因遺伝子「SLITRK6」を発見

-神経発達の異常による近視・難聴の発症機構解明の手掛かりに-

ポイント

  • 近視と難聴の合併症を発症する3家系で、SLITRK6遺伝子の変異を確認
  • SLITRK6タンパク質欠損マウスは網膜の神経回路形成が遅く、近視を引き起こすことを発見
  • 近視や難聴の病態の理解や治療法開発に貢献すると期待

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、神経系に発現する膜タンパク質の1つをコードする「SLITRK6遺伝子」の変異が、近視と難聴の合併症の原因となることを発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)行動発達障害研究チームの有賀純チームリーダーと英国ロンドン大学のアンドルー クロスビー博士、米国マイアミ大学のムスタファ テキン博士らを中心とした共同研究グループによる成果です。

近視や難聴は、世界中で非常に発症頻度の高い感覚障害で、この2つが併発する症例も多く報告されています。その主な原因として遺伝的要因と環境的要因が考えられ、特に遺伝的要因については、これまで原因遺伝子を探す研究が数多く行われてきました。しかし、多くの患者に共通する原因遺伝子の発見には至っていませんでした。

共同研究グループは、近視と難聴の合併症を発症する3家系(米国人、トルコ人、ギリシャ人)の遺伝子変異について網羅的に探索、解析したところ、SLITRKファミリー[1]の1つである「SLITRK6遺伝子」にそれぞれ異なる変異があることを見いだしました。さらに、これらの変異遺伝子からコードされる変異SLITRK6タンパク質は、正常なSLITRK6タンパク質が持つ「シナプス[2]形成を促進する機能」と「神経突起の形成を制御する機能」が失われていることが分かりました。このことから、SLITRK6タンパク質の機能喪失が近視と難聴の併発を引き起こすと推測しました。難聴への関連については、マウスを用いた実験で2009年に理研行動発達障害研究チームがすでに報告しました。そこで今回は、近視への関連についてSLITRK6タンパク質を欠損したマウスを用いて検討したところ、生後の成長過程での視軸長(眼球の奥行き方向の長さ)の伸長度合いが、正常マウスより大きいことを見いだしました。さらに、SLITRK6遺伝子は生後の成長過程で網膜に発現すること、SLITRK6タンパク質欠損マウスでは、網膜の神経回路形成に遅れが生じて近視が起きることが分かりました。

今回、近視と難聴を併発する原因遺伝子を発見したことに加え、正常視に重要な視軸長の形成に関する重要な知見を得ました。今後、近視や難聴の発症メカニズムの理解や新しい治療法開発に貢献すると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Clinical Investigation』に掲載されるに先立ちオンライン版(4月1日付け:日本時間 4月2日)に掲載されます。

背景

近視は、世界中で最も頻度の高い視覚障害の原因の1つで、特にアジアの都市部では発症頻度が70%を超えるという報告もあります(Lin et al. Ann Accad Med Singapore 33: 27-33. 2004)。このうち重度の近視は約1~3%で見られ、網膜剥離、黄斑変性症、白内障、緑内障などを合併しやすいことも知られています。

近視は、外界からの光が網膜より前で焦点を結んでしまうことで起きます。眼球が奥行き方向に長いため起きる「軸性近視」と、角膜や水晶体の屈折率が強すぎるため起きる「屈折性近視」とに分けられます。一般に近視と呼ぶものは軸性近視を指します。

眼球は生後の成長過程で大きくなり、それに伴って視軸長も伸びます。視軸長が長すぎると「近視」、短すぎると「遠視」、適正範囲だと「正常視」となります(図1左)。これまでのサルを用いた研究により、出生直後に片目の光を遮ると、その眼が近視様の変化(視軸長の伸長)を示すことから(図1右:Earl Smith et al. Investigative Ophthalmology & Visual Science, 46:3965-3972. 2005)、網膜が受容する光情報が視軸長の調節に関わると考えられていますが、具体的なメカニズムは分かっていません。

近視の発症には、遺伝子が大きく関与すると考えられ、多くの研究者により原因遺伝子の探索がされてきました。しかし、患者共通の原因遺伝子はほとんど発見されなかったため、近視発症に数多くの遺伝子が複合的に関与していると推察されていました。

近視と同様に発症頻度が高い難聴も、その発症には遺伝子の関与が大きいと考えられています。出生時の罹患率はおよそ0.1%程度で9才までに倍加するという報告があります(Ardle,B.M. and Bitner-Glindzicz,M.Arch Dis Child Educ Pract Ed 95:14-23. 2010)。また、ある遺伝子の変異が全身の系統的な異常を引き起こし、近視と先天性の難聴が合併して現れる症例も数多くあります。例えば、結合組織をつくるコラーゲンの代謝に関連する一部の遺伝子に変異が起きると軟骨の形成異常に伴って、骨や関節の形成異常と共に近視と難聴が認められます。そこで共同研究グループは、近視と難聴を合併して発症する家系を対象に、その原因遺伝子の探索解析に挑みました。

研究手法と成果

共同研究者の英国ロンドン大学のアンドルー クロスビー博士らは、米国の家系を対象に「ホモ接合体マッピング」[3]で、また米国マイアミ大学のムスタファ テキン博士らはトルコ人、ギリシャ人の家系を対象とした「エキソームシーケンシング」[4]で、網羅的に遺伝子変異を探索しました。その結果、いずれも「SLITRK6タンパク質」をコードする遺伝子に変異があり、産生されるSLITRK6タンパク質には膜貫通ドメインが失われていました(図2上)。SLITRK6タンパク質は、視床や内耳などで産生されること、シナプス形成、神経突起の伸長制御に役割を持つことなどが知られています。

そこで、理研の行動発達障害研究チームは、発見した変異SLITRK6遺伝子がコードする変異SLITRK6タンパク質の機能を検討しました。その結果、正常なSLITRK6タンパク質は細胞膜表面で検出されますが、3家系から得られた異なる3種類の変異SLITRK6タンパク質はいずれも細胞膜表面では検出されず、「シナプス形成を促進する能力」1と「神経突起の伸展を制御する能力」を両方とも失っていることが分かりました(図2下)。これらの結果からSLITRK6タンパク質の機能喪失が、近視や難聴を引き起こすのではないかと推測しました。

2009年に理研の同研究チームは、SLITRK6タンパク質を欠損するマウスが内耳の神経回路形成に異常をきたし、難聴を示すことをすでに報告していました2。そこで今回は、SLITRK6タンパク質欠損マウスが近視の症状を示すか検討しました。具体的には、欠損マウスの視軸長を測定するために造影剤を点眼し、MRI装置で解析しました。その結果、出生時の視軸長には全く差が認められませんでしたが、成熟時(10-12カ月齢)では正常マウスに比べSLITRK6タンパク質欠損マウスの視軸長が3.2%長くなっており(図3)、視軸長の伸長異常は生後の成長過程で起きたと分かりました。また、生後の成長過程では、SLITRK6遺伝子が網膜で発現していることも明らかになりました。

次に、SLITRK6タンパク質欠損マウスの詳細な網膜発達を検討するため、網膜を構成する各神経細胞のシナプスや神経突起を示すマーカー分布を調べました。その結果、「リボンシナプス[2]」と呼ばれる特殊な構造を持つシナプス(図4)を示すマーカーの出現が、正常マウスに比べて遅れていました。この遅れは、マウスの眼が開き光刺激を受けて反応し始める生後10日前後に最も大きくなりました。これらの結果から、SLITRK6タンパク質は、網膜内での神経回路形成を調節し、その機能が正常視の成り立ちに必要と分かりました(図5)。

以上から、SLITRK6タンパク質の機能喪失が、近視と難聴の合併症を引き起こすことが明らかになりました。

今後の期待

リボンシナプスは、網膜の他に内耳に存在することが知られています。今回の成果から、内耳の神経回路網の発達過程でも、SLITRK6タンパク質は似た役割を担っている可能性が示唆されます。今後、理研の行動発達障害研究チームは、SLITRK6タンパク質欠損マウスの内耳のリボンシナプス形成の時期にも異常があるかどうかを検討する予定です。特に、SLITRK6タンパク質がどのような分子を介して神経回路網の発達過程に関わるのか(図6のX)、その謎の解明を目指します。これらの点が解明されると、正常な視覚や聴覚の発達に対する理解が深まると同時に、近視や難聴の発症メカニズムのさらなる理解と新たな治療法開発に役立つと期待できます。

原論文情報

  • M. Tekin, B.A. Chioza, Y. Matsumoto, O. Diaz-Horta, H. E. Cross 4, D. Duman, H. Kokotas, H. L. Moore-Barton, K. Sakoori, M. Ota, Y. S. Odaka, J. Foster II, F.B. Cengiz, S. Tokgoz-Yilmaz, O. Tekeli, M. Grigoriadou, M. B. Petersen, A. Sreekantan-Nair, K. Gurtz, X.-J. Xia, A. Pandya, M. A. Patton, J. I. Young, J. Aruga, A. H. Crosby.
    "SLITRK6 Mutations Cause Myopia and Deafness in Humans and Mice". The Journal of Clinical Investigation. 2013. doi:10.1172/JCI65853

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 行動発達障害研究チーム
チームリーダー 有賀 純

お問い合わせ先

脳科学研究推進部 企画課
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

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補足説明

  1. SLITRKファミリー
    神経系細胞に発現する新規の細胞膜貫通型タンパク質ファミリーとして、2003年理研脳科学総合研究センターの発生発達研究グループが発見した。1回膜貫通型タンパク質で、アミノ末端側にはロイシンリッチリピートというタンパク質-タンパク質間の結合によく用いられるドメインが2個存在し、カルボキシ末端側には神経栄養因子受容体と部分的に類似のアミノ酸配列が存在する。6種類の細胞膜貫通型タンパク質からなるSLITRK1~SLITRK6が脳神経系に広く発現する。これらのタンパク質は神経突起の伸展制御とシナプス形成促進の機能を持つ。
  2. シナプス、リボンシナプス
    シナプスとは、シグナル伝達などの神経活動に関わる接合部位とその構造のことで、神経細胞間あるいは筋繊維や神経細胞と他種細胞間に形成される。化学シナプス(小胞シナプス)と電気シナプス(無小胞シナプス)、および両者が混在する混合シナプスに分類される。シグナルを伝える側の細胞をシナプス前部、伝えられる側の細胞をシナプス後部と呼ぶ。リボンシナプスとは、神経伝達物質を放出する部位にできるリボンと呼ばれる索状の構造を持つシナプスで、常時多数のシナプス小胞が係留されているため、強弱の差の大きな外界からの情報を恒常的に受け取ることができると考えられている。
  3. ホモ接合体マッピング
    近親婚の家系の解析から、劣性遺伝疾患の原因遺伝子を染色体上で同定する手法。
  4. エキソームシーケンシング
    全ゲノムのうち、1%を占めるタンパク質コード領域の塩基配列を決定する手法。タンパク質コード領域には機能的に重要な情報が含まれ、全ゲノム解析と比較して、安価で効率的な解析が期待できる。

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近視、遠視、正常視の関係と片目の一部分の光情報を遮断した眼球の図

図1 近視、遠視、正常視の関係(左)と 片目の一部分の光情報を遮断した眼球(右)

近視と難聴合併症を発症する3家系で見いだされたSLITRKタンパク質変異の図

図2 近視と難聴合併症を発症する3家系で見いだされたSLITRKタンパク質変異

上:変異SLITRK6タンパク質は膜貫通ドメインを失っている。

下:正常なSLITRK6タンパク質は、培養細胞上でシナプス様の構造を誘導するが、見いだされた変異を持つSLITRK6タンパク質にはこの活性がなく、シナプスを誘導することができない。

正常マウスとSLITRK6タンパク質欠損マウスの視軸長の図

図3 正常マウスとSLITRK6タンパク質欠損マウスの視軸長

正常マウスに比べ、SLITRK6タンパク質欠損マウスの視軸長は3.2%長くなった。

通常のシナプスとリボンシナプスの図

図4 通常のシナプスとリボンシナプス

正常マウスとSLITRK6欠損マウスの網膜内での神経回路形成の比較図

図5 正常マウスとSLITRK6欠損マウスの網膜内での神経回路形成の比較

生後10日目のSLITRK6タンパク質欠損マウスの網膜では、双極細胞と視細胞の間にあるリボンシナプスのマーカーの集積が弱くなっており、シナプス形成が正常マウスにより遅れている。

SLITRK6の神経回路網の発達過程との関係と今後の研究課題の図

図6 SLITRK6の神経回路網の発達過程との関係と今後の研究課題

SLITRK6の機能不全は、内耳および網膜の神経回路発達不全を引き起こす。網膜では生後発達過程で光情報が何らかの要因(X)を介して視軸長の調節に重要な役割を果たすと知られている。SLITRK6欠損マウスは、この過程に異常があるために視軸長の延長(近視)が起きると考えられる。

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