広報活動

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2013年4月23日

理化学研究所

1つの受容体がさまざまな刺激に応答できる仕組みの一端を解明

―感覚受容の重要な役者TRPチャネルの理解を進める一歩に―

ポイント

  • 今まで知られていなかったTRPチャネルの機能制御領域の立体構造を解明
  • 機能制御領域のタンパク質が束になったり離れたりして複数の刺激に柔軟に応答
  • 重要な創薬の対象であるTRPチャネルの分子機能理解に貢献

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、生体膜に存在する受容体の1つ「TRPチャネル[1]」が、たった1種類でさまざまな刺激に柔軟に応答できる仕組みの一端を解明しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)分子シグナリング研究チームの山下敦子チームリーダー(現 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科教授)、伊原誠研究員(現 近畿大学農学部講師)と、東北大学大学院工学研究科の魚住信之教授、浜本晋助教、名古屋大学構造生物学センターの甲斐荘正恒教授、宮ノ入洋平特任助教、武田光広特任助教、東京電機大学の矢部勇研究員らの共同研究グループによる成果です。

細胞やその細胞内にある細胞小器官の膜(生体膜)には、外界からの刺激を受け取り、それを情報に変換する膜貫通タンパク質のイオンチャネル型受容体[2]があります。この受容体は刺激を受けると、カルシウムイオンなどのイオンを透過させることで情報伝達を担うことが知られており、中でもTRPチャネルは複数の刺激に応答することが知られています。例えば、TRPチャネルの1種であるカプサイシン受容体「TRPV1」は、唐辛子の辛味成分である化学物質カプサイシンに応答する一方で、42℃を超える高温にも応答します。唐辛子を食べると熱く痛いような感覚がするのはこのためです。ヒトは27種類のTRPチャネルを持っており、これらはよく似た構造と機能を持つイオンの透過領域と、各種類に応じて多様な形や機能を持つ細胞内領域からなることは推測されていますが、なぜ1つの受容体が複数の刺激に応答できるのか、その詳細な仕組みは分かっていませんでした。

共同研究グループは、カビの1種からTRPチャネルの基本モデルともいえる受容体チャネル「TRPGz」を発見し、解析に利用しました。理研が所有する大型放射光施設SPring-8[3]を用いたX線結晶構造解析やNMR(核磁気共鳴)[4]でこの受容体の機能制御領域を調べた結果、ある4本の基本構造が1つに束ねられて生体膜外の浸透圧変化に応答する一方、容易にばらばらになることで他の刺激に反応できることが明らかとなりました。今回の成果は、TRPチャネルが関わる多くの生命反応への理解を進めるとともに、鎮痛薬などの創薬の標的として研究が進んでいるTRPチャネルの分子機能の理解を深める重要な情報となります。

本研究は、日本学術振興会「最先端・次世代研究開発支援プログラム」および文部科学省「ターゲットタンパク研究プログラム」の助成を受けて行われたもので、米国の科学雑誌『Journal of Biological Chemistry』(5月24日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版に近日中に公開されます。

背景

細胞やその細胞内にある細胞小器官の膜(生体膜)には、外界からの刺激を受け取り、それを情報に変換する受容体と呼ばれるタンパク質があります。ある刺激を受容体が受け取ると、それをきっかけに細胞同士や細胞内外の情報伝達が行われ、特定の生理現象を発生させるなど、生体の生命活動の維持に重要な役割を持っています。受容体の1つに生体膜に存在する膜貫通タンパク質のイオンチャネル型受容体があり、チャネルの開閉によってカルシウムイオンなどのイオンを透過させることで情報伝達を担います。イオンチャネル型受容体の一種であるTRP(Transient receptor potential)チャネルは、温度や化学物質、浸透圧などのさまざまな刺激に応答することが知られています。

ヒトは27種類のTRPチャネルを持っており、これらは、よく似た構造と機能を持つイオンの透過領域と、各種類に応じて多様な構造や機能を持つ細胞内領域からなると推測されており、外部からの刺激を感知するセンサータンパク質としての機能や、味覚をはじめとする感覚受容のシグナル伝達など、生命活動のなかでも重要な機能に関わっています。また、TRPチャネルの一部が痛みの受容にも関わることから、TRPチャネルを標的とした鎮痛薬開発も進められているところです。

一方で、TRPチャネルには不明な点も多く、例えばTRPチャネルの1つであるカプサイシン受容体TRPV1は、化学物質による刺激や温度・浸透圧の刺激に応答するなど、TRPチャネルは一般的に複数の異なる刺激に応答する機能を持っていますが、そのメカニズムは分かっていません。過去の研究により、電子顕微鏡を使った低い分解能でのTRPチャネル全体像は解析されていますが、全体の高い分解能での立体構造が解明されていないだけでなく、チャネルの開閉制御に関わる領域の立体構造もごくわずかな例しか報告されていません。そこで、共同研究グループは、TRPチャネルの特徴的な機能を生み出す立体構造の詳細な解明に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、酵母や真菌類が比較的単純な構造のTRPチャネルを持つことに着目しました。さまざまな酵母・真菌類のTRPチャネルを調べた結果、小麦などに赤カビ病を引き起こす植物病原菌から、新たなTRPチャネル「TRPGz」を発見しました(図1)。TRPGzを出芽酵母で発現させて機能解析を行った結果、TRPGzが生体膜外の浸透圧上昇・温度上昇・高酸化状態や、細胞内カルシウムイオン濃度上昇、膜電位変化など多様な刺激に応答してチャネルを開く、つまりTRPチャネルの基本モデルともいえる機能を有していることが分かりました。さらに、TRPGzの生体膜内側に機能制御領域が存在し、浸透圧や温度上昇の刺激に応答してチャネルを開く「浸透圧・温度上昇応答モジュール」としてはたらく領域が存在することを見つけました。また、浸透圧や温度上昇などの刺激によって生体膜に一定量増加するPIPx(ホスファチジルイノシトールリン酸)に結合することでチャネルを閉じる「PIPx結合応答抑制モジュール」の存在も確認できました(図2)。

さらに、これらのモジュールを含む機能制御領域について、SPring-8のビームラインBL41XUおよびBL26B2を用いたX線結晶構造解析や、NMR(核磁気共鳴)スペクトル測定を行ったところ、「浸透圧・温度上昇応答モジュール」は4本のαへリックス構造[5]から構成されていて「弱い」相互作用で1つに束ねられた「ヘリックスバンドル」構造をとっていることが明らかになりました(図2)。これまでこのモジュールの構造はアミノ酸配列から「コイルドコイル」と呼ばれる常に「強い」相互作用で束ねられている状態であると推測されていましたが、今回の解析により、常に1つに束ねられているわけではなく、必要に応じて容易にばらばらになる性質を持つことが分かりました。そして、このモジュールが束ねられているときにだけ、TRPGz浸透圧や温度上昇に対して応答し、チャネルを開くことも分かりました。

また、機能制御領域のうち浸透圧・温度上昇制御モジュール以外の部分は、タンパク質が特定の立体構造をとらず、ひものようにぶらぶらとした柔軟な構造をしていることも判明しました。こうしたダイナミックな構造的特徴が、「PIPx結合応答抑制モジュール」などの制御モジュールが柔軟にさまざまな刺激と反応することを可能にしており、1つのチャネルが複数の刺激に応答できる仕組みの一端となっていることが示唆されました。(図3

今後の期待

外界からのさまざまな刺激を感知する感覚受容は、生体反応の中でも仕組みの解明が進んでいない領域の1つです。今回、味覚をはじめ多くの感覚受容で複数の刺激に応答し、ヒトにおいても重要な役割を果たしているTRPチャネルの機能の仕組みの一端を明らかにしたことは、外界からのさまざまな情報を認知する感覚受容への理解を促す一歩となります。また、TRPチャネルの機能不全でいくつかの腎疾患などが起こることが分かっており、TRPチャネルの分子機能を応用した鎮痛薬などの治療薬の開発も進められています。今回明らかになった構造的な性質も含め、今後TRPチャネルが機能する仕組みを詳しく明らかにしていくことで、これらの治療薬開発にも貢献すると期待できます。

原論文情報

  • Makoto Ihara, Shin Hamamoto, Yohei Miyanoiri, Mitsuhiro Takeda, Masatsune Kainosho, Isamu Yabe, Nobuyuki Uozumi, and Atsuko Yamashita. “Molecular bases of multimodal regulation of a fungal transient receptor potential (TRP) channel”. Journal of Biological Chemistry,2013, doi:10.1074/jbc.M112.434795

発表者

独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター 分子シグナリング研究チーム
チームリーダー 山下 敦子(やました あつこ)
(現 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科教授)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 放射光科学研究推進室 報道担当
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. TRPチャネル
    生体内で温度感覚、痛覚、味覚などさまざまな感覚受容に関わる膜貫通タンパク質のチャネル型受容体。種々の外界からの刺激に対する“センサー”として働く。TRP チャネルはヒトやげっ歯類、鳥類、ショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュなどにおいて視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚、温覚、その他さまざまな物理・化学刺激の受容にきわめて重要であることが確認されている。
  2. イオンチャネル受容体
    生体膜を貫通している膜タンパク質で、イオンを通過させるポアと呼ばれる構造があり、ゲートと呼ばれる部分の開閉によってイオンの流れを制御して、膜内外における電位やイオン濃度の変化を引き起こし、迅速に情報を伝達する。
  3. 大型放射光施設SPring-8
    理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す放射光施設。利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
  4. NMR(核磁気共鳴)
    原子核を強い磁場に置くと、原子核の磁気スピンが磁場に沿って整列するが、ここに特定の電磁波を照射すると、「共鳴」が起き電磁波が吸収される現象のこと。原子核の周りの電子の状態や原子の結合状態を知ることができるため、タンパク質の立体構造情報を知ることができる。結晶構造解析と異なり、溶液中の状態でも構造を知ることができる。
  5. αへリックス構造
    タンパク質が取る二次構造(折り畳まれた部分構造)の1種。タンパク質を構成するポリペプチド鎖が右巻きらせん状に折り畳まれた構造のこと。

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出芽酵母に発現させたTRPGz

図1 出芽酵母に発現させたTRPGz(緑色)

TRPGz(緑色)が酵母の液胞(青色)の膜上に局在している様子。

回明らかにしたTRPGzの構造

図2 今回明らかにしたTRPGzの構造

TRPGzは生体膜を貫通する形で存在する。

今回の結果から推測されるTRPGzの機能メカニズムの模式図

図3 今回の結果から推測されるTRPGzの機能メカニズムの模式図

「浸透圧・温度上昇応答モジュール」が束になっている場合に浸透圧や温度が上昇すると、チャネルが開いてイオンを通過させる(応答する)と考えられる(左)。モジュールの束がほどけて、「PIPx結合応答抑制モジュール」が生体膜上のPIPxと結合すると、チャネルは閉じたままになり、応答が抑制される(中央)。また、高酸化状態、Caイオン濃度上昇、膜電位変化に対しては、「浸透圧・温度上昇応答モジュール」が束になっていなくてもチャネルが開く(応答する)と考えられる(右)。

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