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2013年4月24日

理化学研究所

超薄板ガラスのバルブを作製、全てガラス製のマイクロ流体チップ実現

-小型・高速反応でどんな溶媒・溶質中でも安定して動作-

ポイント

  • ガラスだけで作製したバルブで流体をオン/オフ
  • 曲げても割れにくく、溶媒とも反応しない超薄板ガラスを採用
  • 物理的・化学的に安定で、さまざまな化学・生化学のプロセス集積化が可能

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、ガラス基板に刻まれたマイクロ流路内に、柔軟性のある超薄板ガラス製バルブ(弁)を組み込むことに成功し、全てガラスでできたマイクロ流体チップを実現しました。これは、理研生命システム研究センター(柳田敏雄センター長)集積バイオデバイス研究ユニットの田中陽ユニットリーダーの成果です。

ガラス製のマイクロ流体チップは、数cm角のガラス基板上に幅・深さ1mm以下の流路を形成し、化学・生化学のプロセスを集積化したものです。ほとんどの溶媒・溶質に対して安定なため、医療診断向けの小型・高速反応の次世代型デバイスとして期待されています。しかしガラスは硬いため、その中に流体を制御するバルブをガラスで作製して組み込むことはできず、流路をマイクロレベルで集積できるメリットが十分に生かせませんでした。一方、樹脂製のマイクロチップは柔軟性があり、バルブの組み込みが容易ですが、有機溶媒と反応しやすいことや、気体を吸収してしまうという難点があり、高度な表面化学処理が必要な細胞のパターニングなどには物理的・化学的安定性の面で不向きでした。

そこで研究ユニットは、近年開発され市販されている厚さ6マイクロメートル(μm)の超薄板ガラスに着目しました。このガラスは薄いために柔軟性が高く、フィルムのようによく曲がる特徴を持ちます。この超薄板ガラスをバルブとしてガラス製マイクロ流体チップに組み込む技術を考案し、ピエゾ素子(圧電素子)[1]と組み合わせることで流路の開閉を実現、バルブも含め全てガラスでできたマイクロ流体チップの作製に成功しました。

ガラスバルブの応答時間は0.12秒と非常に速く、また、ほとんどの溶媒・溶質に対して安定であるため、汎用的な化学・生化学のプロセス集積システムへ応用可能です。特に、医療診断、一細胞操作、または分子合成などの分野で有用なツールとして期待できます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『RSC Advances』オンライン版に、近日、掲載されます。

背景

次世代医療診断や分子合成など、小型・高速反応の実現に有効な次世代型デバイスとしてマイクロ流体チップが注目されています。これは、数cm角のガラス基板上に1mm以下という流路を微細加工した素子ですが、ガラスは硬く、その中に流体を制御するためのバルブ(弁)を組み込むのは構造上や加工性の面で非常に困難です。そのため、バルブのシステムはチップの外に取り付けるしかなく、化学反応の場を集積化できるメリットが十分に生かせないという問題がありました。

一方、ポリジメチルシロキサン(PDMS)に代表される樹脂製マイクロチップでは、樹脂の柔軟性を生かしてバルブの組み込みが容易に行えます。しかし、樹脂は有機溶媒と反応しやすく、気体も吸収してしまうため、試料の操作や分析・検出が難しいという欠点があります。また、高度な表面化学処理が必要な細胞のパターニングなどでは、物理的・化学的安定性の面で不向きです。さらに、ガラスと違って不透明な材料もあり、分光学の用途にも適していない場合もあります。

そこで研究ユニットは、すでに市販されている超薄板ガラス(厚さ6μm)に着目しました。このガラスは10μm以下の薄さであるため柔軟性に優れ、割れずによく曲がる特徴があります。しかし、ガラスゆえに加工の際の取り扱いに細心の注意が必要です。特に、ガラスの熱融着の前処理として必須操作である液中で洗浄するときなどは、表面張力による外圧で割れやすくなります。そのため、超薄板ガラスの取り扱い方法を含む、新たな加工法の開発が必要でした。

研究手法と成果

10μm以下の厚みのガラスを実現できるのは、チップの基板によく使われるホウケイ酸ガラスや石英ガラスではなく、無アルカリガラス[2]です。このガラス材料を基板に熱融着するには、基板も無アルカリガラスにして、超薄板ガラスとともに割れや変形を起こすことなく、確実に両方を接着できる温度を設定する必要があります。また、超薄板ガラスはひずみを残すと割れやすく、柔軟性も失ってしまいます。研究ユニットは、さまざまな加工条件を検討した結果、熱融着時は750℃、そこから700℃、650℃、600℃と徐々に冷却するよう工程を最適化し、超薄板ガラスをしなやかにすることに成功しました。

また、液中でも超薄板ガラスを破損することなく取り扱えるようにするため、フッ素樹脂製の固定器具を用意しました(図1)。これにより、流路を刻んだガラス基板への熱溶着を含め、超薄板ガラスのさまざまな加工が可能になりました。厚さ6μmの超薄板ガラスバルブを幅5mm、約10cmの長さのリボン状に加工した後、マイクロチップ(7cm×3cm)の流路に組み込んだ結果、全てガラスでできたマイクロ流体チップが完成しました(図2上)。

次に、チップの機能評価のため、ピエゾ素子を使って0.2ニュートン(N)の力(20グラムに相当)で超薄板ガラスのバルブを押し曲げ、流路をふさいで流れを止める実験を行いました(図2下)。まず、Y字型をした流路の下流の一方をネジでふさいで1本の流路とし、上流から微小ポリスチレン粒子を入れて可視化した流体を流し、バルブを開閉したときの流体の様子を観察しました(YouTube:1本のマイクロ流路内のガラス製バルブを開閉したときの流体の様子)。次に、ネジを取ってY字下流の両方を開放し、バルブの開閉で上流からの流れを両方/片方と切り替えて観察しました(図3YouTube:Y字のマイクロ流路内の上側のガラス製バルブを開閉したときの流体の様子)。その結果、バルブを閉めると流体は漏れなく止まりました。この時のバルブの応答速度は0.12秒、バルブの耐圧は3.0キロパスカル(kPa)と、通常のマイクロ流路に流す圧力として問題ないことを確認できました。

今後の期待

今回作製したガラスバルブは応答が速く、全てガラスでできているため、ほとんどの溶媒・溶質に対して安定です。従って、化学・生化学プロセスを集積化した汎用的なシステムへの応用が可能です。特に、医療診断、一細胞単位での分離や培養・剥離・化学刺激などの操作、分子合成などの分野で有用なツールになると期待できます。

原論文情報

  • Yo Tanaka. "Electric actuating valves incorporated into an all glass-based microchip exploiting the flexibility of ultra thin glass". RSC Advances,2013, doi:10.1039/C3RA41218K

発表者

理化学研究所
生命システム研究センター 細胞デザインコア 合成生物学研究グループ 集積バイオデバイス研究ユニット
ユニットリーダー 田中 陽(たなか よう)

お問い合わせ先

生命システム研究センター
広報担当 川野 武弘(かわの たけひろ)
Tel: 06-6155-0113 / Fax: 06-6155-0112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ピエゾ素子(圧電素子)
    圧電効果を利用した受動素子のこと。圧電体に加えられた力を電圧に変換したり、電圧を力に変換したりする。アクチュエータ、センサとしての利用の他、アナログ電子回路での発振回路やフィルタ回路にも用いられる。
  • 2.無アルカリガラス
    アルカリ成分を含まないガラスで、一般のソーダ石灰ガラスに比べ優れた耐熱性・高弾性率をもち、かつ軟化点が低い。そのため、10μm以下の薄膜のガラスを安定的に形成することができる。主なニーズはディスプレイ用ガラス基板。
フッ素樹脂製の固定器具の外観図(A)と写真(B)の図

図1 フッ素樹脂製の固定器具の外観図(A)と写真(B)

超薄板ガラスを用いたバルブ付き全ガラス製マイクロチップとバルブ駆動原理の図

図2 超薄板ガラスを用いたバルブ付き全ガラス製マイクロチップとバルブ駆動原理

ピエゾ素子に電圧を加えると、クッションとなるシリコンゴムブロックを通して超薄膜ガラスがしなり、流路がふさがる。

枝分かれ流路における流路切替の実証実験の図

図3 枝分かれ流路における流路切替の実証実験

  • 上: Y字下流の両方を開放し、上流(左側)からポリスチレン粒子(緑点)を流した。
  • 下: Y字下流の上側のバルブを閉じると流れが止まり、ポリスチレン粒子が滞留した。

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