広報活動

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2013年5月15日

理化学研究所

うつ病関連物質セロトニンを制御する外側手綱核は睡眠調節も担う

-うつ病に見られる睡眠障害を理解する手がかりに-

ポイント

  • セロトニン制御中枢である外側手綱核がレム睡眠の制御も担う
  • 外側手綱核の破壊で総睡眠時間に占めるレム睡眠の割合が41%減少
  • 外側手綱核はレム睡眠時に表れる海馬の特徴的な神経活動に同期

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、ラットを用いた電気生理学的解析により、うつ病関連物質セロトニン[1]の活動を制御する「外側手綱核(たづなかく)[2]」が、レム睡眠[3]も制御することを発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)発生遺伝子制御研究チームの岡本仁チームリーダー、相澤秀紀客員主管研究員と、脳回路機能理論研究チーム、神経回路・行動生理学研究チーム、および科学技術振興機構、東京医科歯科大学、玉川大学による共同研究グループの成果です。

睡眠は速い眼球運動を伴うレム睡眠とそれ以外のノンレム睡眠に分けられます。うつ病にみられる睡眠障害では、レム睡眠が出現する時間帯が早まり、眼球運動の頻度も高くなることが知られています。しかし、このような特徴的な睡眠変化がどのようにして起こるのかは不明なままでした。

一方、最近の研究により、セロトニンの活動を制御する外側手綱核という脳領域は、動物が不快な状況や予想より悪い状況に陥ると活性化されることが明らかとなっています。実際、うつ病患者の外側手綱核では血流量の異常な増加が報告されていることから、「異常に活性化した外側手綱核がセロトニンの分泌を抑制し、うつ病症状を引き起こす」という仮説が注目を集めています。

共同研究グループは、この外側手綱核が睡眠障害に関係すると考え、解明に挑みました。外側手綱核を破壊したラットを用いて電気生理学的に脳の神経活動を測定した結果、レム睡眠の割合が約41%減少、1回のレム睡眠の長さが約24%減少することを見いだしました。また、野生型ラットを測定すると、外側手綱核はレム睡眠時に特徴的に表れる海馬[4]の神経活動と同期して活動することを見いだしました。

これらにより、外側手綱核はレム睡眠を維持しようとする機能を持つことが明らかになりました。今後、うつ病患者における睡眠障害のメカニズム理解につながるものと期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Neuroscience』のオンライン版(5月15日号)に掲載されます。

背景

うつ病の主な症状の1つに不眠症があります。睡眠は、速い眼球運動を伴うレム睡眠とそれ以外のノンレム睡眠に分けられ、入眠後は、ノンレム睡眠⇒レム睡眠⇒ノンレム睡眠という周期を繰り返します。うつ病患者の場合、レム睡眠が強固に安定化し、入眠後より短時間でレム睡眠が出現したり、レム睡眠中の急速な眼球運動が増加したりする傾向があります。しかし、このような睡眠障害がどのようにして起こるのかは不明なままでした。

うつ病の原因となる病巣の候補として、近年、脳の中心部にある外側手綱核が注目されています。この部位は魚からヒトまでが持っている進化的に古い脳の領域です。外側手綱核を電気刺激により活性化すると、神経伝達物質セロトニンを分泌する神経細胞の活動が弱まることから、外側手綱核はセロトニン神経系の制御中枢として知られてきました(図1)。また、セロトニンの枯渇がうつ病の症状を悪化させることから、「外側手綱核の過剰な活性化が、セロトニン神経系を過度に抑制し、うつ病の症状を悪化させる」という仮説が注目されています。実際、fMRI(機能的核磁気共鳴画像装置)などを用いた研究では、うつ病患者の外側手綱核で血流量が異常に増加して脳の神経活動が活性化している様子が分かってきており、また、うつ病に似た症状を示すラットでも、外側手綱核での神経伝達効率が上がっています。

しかし、外側手綱核の機能は不明な点が多く、睡眠障害に代表されるうつ病症状と外側手綱核の関係の詳細はよく分かっていませんでした。そこで共同研究グループは、ラットの外側手綱核と睡眠中に顕著となる脳のリズム活動の関係解明に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、学習・記憶形成に重要な海馬と呼ばれる脳領域で起きる振動性の脳神経活動「海馬シータリズム[5]」に着目しました。ラットのようなげっ歯類では、海馬シータリズムはレム睡眠や不安などを感じたときだけに発生する特殊なリズム活動です(図2)。睡眠中のシータリズムを観察すると、その動物がレム睡眠中なのかノンレム睡眠中なのかを判別できます。

まず、外側手綱核がレム睡眠の発生と維持に果たす役割を調べるため、外側手綱核を破壊したラットを作製し、レム睡眠の長さを調べました。その結果、外側手綱核を破壊すると総睡眠時間に占めるレム睡眠の割合が約41%減少しました(図3左)。また、レム睡眠は睡眠中に何度か繰り返されますが、外側手綱核の破壊は1回あたりのレム睡眠時間を約24%短くする効果がありました(図3右)。これらは、外側手綱核がレム睡眠の維持に重要な役割を果たしていることを示しています。

次に、外側手綱核がレム睡眠中にどのように活動するかを調べるため、睡眠中の野生型ラットを用いて外側手綱核と海馬の神経活動を同時に計測しました。その結果、ラットがレム睡眠に入り海馬シータリズムが出現すると、外側手綱核の神経細胞が、シータリズムと同期して活動するようになりました。つまり、外側手綱核は海馬と協調して活動していることが明らかとなりました。

今後の期待

今回、セロトニン制御中枢として知られてきた外側手綱核が、睡眠制御という新たな機能を持つことを示しました。これは、うつ病関連物質であるセロトニンと睡眠との関係を明らかにする手がかりとなります。また、外側手綱核の過剰活性化が、うつ病患者に見られるレム睡眠の強固な安定性の原因である可能性が出てきました。今後、外側手綱核の過剰活性化がレム睡眠に与える影響を調べることにより、うつ病患者における睡眠異常の病態が明らかにされるものと期待できます。

原論文情報

  • Hidenori Aizawa, Shin Yanagihara, Megumi Kobayashi, Kazue Niisato, Takashi Takekawa, Rie Harukuni, Thomas J. McHugh, Tomoki Fukai, Yoshikazu Isomura, Hitoshi Okamoto. "The synchronous activity of lateral habenular neurons is essential for regulating hippocampal theta oscillation". Journal of Neuroscience, 2013

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 発生遺伝子制御研究チーム
チームリーダー 岡本 仁 (おかもと ひとし)

お問い合わせ先

脳科学研究推進室
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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産業利用に関するお問い合わせ

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補足説明

  1. セロトニン
    神経伝達物質の一種で、脳幹部にある縫線核という領域で必須アミノ酸トリプトファンから合成される。セロトニン枯渇によりうつ病症状が悪化することや、抗うつ薬の多くがセロトニン神経伝達を促進することから、うつ病の病態に関与すると考えられている。
  2. 外側手綱核
    手綱核は脳の中心部に位置する領域で内側手綱核と外側手綱核に分けられる。この内外側手綱核は、ドーパミンやセロトニンなどの精神疾患と関連する神経伝達物質の豊富な領域と直接連絡しており、これらの物質の脳内における放出を制御すると考えられている。
  3. レム睡眠
    睡眠中に急速な眼球運動(Rapid eye movement、REM)を伴う睡眠ステージのこと。夢の多くはレム睡眠中に体験すると考えられている。
  4. 海馬
    大脳側頭葉の内下部にあり、両側を合わせた形がギリシャ神話の海神がまたがる海馬に似ていることからこの名称が付いた。両側を破壊すると記憶障害が起きることから、記憶に関与すると考えられている。
  5. 海馬シータリズム
    記憶・学習に重要な役割を果たす海馬と呼ばれる脳部位で観察される1秒間に5~8周期繰り返される振動性脳活動。レム睡眠中の他に歩行中や不安・恐怖などの情動行動の際にも観察される。同様のリズムを発生する他の脳領域との協調活動を通して、これらの行動中の情報処理を担うものと考えられている。

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今回の研究の背景となる神経回路を示す模式図

図1 今回の研究の背景となる神経回路を示す模式図

ラット脳の縦断像で外側手綱核によるセロトニン神経活動の制御を示している。脳の中心部に存在する外側手綱核(赤色)は、抑制性神経細胞(水色)を介してセロトニン含有神経細胞の豊富な領域(縫線核、青色)へ作用しセロトニン分泌を抑える。セロトニンは海馬に作用して、レム睡眠時に発生する特徴的な神経活動を制御すると考えられている(青色矢印)。

レム睡眠と海馬シータリズムの図

図2 レム睡眠と海馬シータリズム

睡眠中ラットの睡眠ステージと海馬の神経活動の変化を示す。横軸は時間経過(15分間)、縦軸は海馬の神経活動の周波数、色は神経活動における各周波数成分の強度(パワー)で、赤ほど強く、緑ほど弱い活動を示す。通常、睡眠ステージは「覚醒⇒ノンレム睡眠⇒レム睡眠⇒覚醒」のサイクルを繰り返す。ラットがレム睡眠に入ると5~8 Hzの神経活動が優位となる。

対照群と手綱核破壊群の睡眠全体に占めるレム睡眠の割合と1回のレム睡眠の長さを表す図

図3 外側手綱核のレム睡眠持続における役割

外側手綱核の睡眠制御における役割を調べるため、対照群(青)と外側手綱核を破壊したラット(赤)の睡眠ステージの変化を調べた。睡眠全体に占めるレム睡眠の割合(左)と1回のレム睡眠の長さ(右)のいずれにおいても、外側手綱核の破壊によりレム睡眠の持続性が阻害されている。

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