広報活動

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2013年5月17日

理化学研究所

魚が記憶に基づいて意思決定を行う時の脳の神経活動を可視化

-ゼブラフィッシュをモデルに人の意思決定のメカニズムを探る-

ポイント

  • 魚が長期記憶として書き込まれた行動を思い出している時の神経活動を可視化
  • 学習のルールが変更されると、その行動を思い出す時の神経活動パターンも変化する
  • 環境の変化に応じて行動を選択し意思決定を行う神経回路を解明するモデルと期待

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、小型熱帯魚のゼブラフィッシュ[1]を用いて、魚が特定の行動を行おうと意思を決定する時に、大脳皮質に相当する領域の特定の神経細胞群によって保存されている行動プログラムが読み出される過程を可視化することに成功しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)発生遺伝子制御研究チームの青木田鶴研究員、岡本仁チームリーダーらによる成果です。

私たちは日常生活のなかでさまざまな行動の選択を行っています。例えば信号待ちでは、赤なら「止まれ」、青なら「進め」と判断します。これは、過去に同じような状況でどのように行動し問題を解決したかを記憶し、それを正しく読み出して行動を選択しているからです。こうした状況に応じた行動プログラムの選択(意思決定)メカニズムを明らかにすることは、現代脳科学の大きな課題の1つです。過去の研究から行動プログラムの選択には大脳皮質−基底核回路[2]と呼ばれる神経回路が関わると考えられています。しかし、この回路内でどのような変化が起こるのかは明らかにされていません。

研究チームは、2つの部屋に分かれた水槽の中でゼブラフィッシュに赤色ランプを提示し、反対側の部屋に逃げなければ軽い電気ショックを与えるという試行を繰り返して回避行動を学習させました。次に、蛍光タンパク質の蛍光強度の変化で神経活動を計測する「カルシウムイメージング法[3]」を用いて、回避行動のプログラムを思い出している最中の脳の神経活動を計測しました。その結果、学習成立から長時間(24時間)経過した個体だけ大脳皮質に相当する領域にスポット状の神経活動パターンが観察されました。これは、長期的に記憶された回避行動のプログラムが読み出される過程の可視化に成功したことになります。この大脳皮質相当領域を回避学習する前に破壊すると、学習する能力や学習した行動を30分程度の短い期間で思い出す能力(短期記憶)には影響はありませんが、24時間以上経過した場合(長期記憶)学習した回避行動を思い出せなくなることが分かりました。この結果から、同領域の神経細胞は長期的な行動プログラムの記憶に関わり、この行動プログラムが読み出されて魚が適切な行動を選択することが示されました。さらに、前述した学習ルールに加え、もう1つ異なるルールを学習させて、それらの行動プログラムを思い出している最中の脳の神経活動を観察したところ、異なる神経細胞群の活動パターンによって読み出されることが明らかになりました。

脊椎動物の原型であるゼブラフィッシュをモデルにした今回の成果によって、ヒトを含む動物の行動プログラムが脳でどのように書き込まれ、保存され、読み出されて、意思決定がなされるのかを明らかにする研究が飛躍的に進むこと期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Neuron』に掲載されるに先立ち、オンライン版(5月16日付け:日本時間5月17日)に掲載されます。

背景

私たちは、信号待ちでは、赤なら「止まれ」、青なら「進め」と判断します(図1)。このように私たちは日常生活の中で状況を時々刻々と読み取り、適切な行動をとるための意思決定を行っています。これは、以前に同じような状況を経験した時にどの行動が最も適切だったか、という記憶をたどれるからです。状況に応じて最適な行動を選択するには、行動プログラムを記憶として書き込み、保存し、読み出すことが必要です。

このような行動の選択は大脳皮質−基底核回路(図2)と呼ばれる神経回路の働きにより行われると考えられています。しかし、この大脳皮質−基底核回路のどこにどのようにして状況に応じた最適な行動のプログラムが記憶として書き込まれ、保存され、さらに、読み出されて実際の行動が選択されるのか、については明らかにされていません。

大脳皮質−基底核回路は、大脳皮質、基底核、視床と呼ばれる複数の部分の神経細胞同士が互いにつながることで成り立っています。この回路の働きを調べるには、回路全体の神経細胞群が活動する様子を観察することが必要ですが、従来の哺乳類における神経活動の計測方法である電気生理学的手法[4]では、観察できる細胞数が限られており回路全体の神経活動を一度に観察することは困難です。また、近年開発された神経活動を可視化するカルシウムイメージング法は、広範囲な神経細胞の活動を観察することが可能ですが、哺乳類の脳は大きく、この方法で回路全体の神経活動を観察することはできません。

大脳皮質−基底核回路は、哺乳類では終脳[5]と呼ばれる脳の前方の領域に存在します。今まで小型熱帯魚であるゼブラフィッシュの脳は哺乳類の脳との類似性はほとんどなく、魚類には大脳皮質−基底核回路そのものが存在しないと思われていました。ところが、胎児期での脳の発達様式が魚類と哺乳類では異なることから脳の外観が異なるように見えるだけで、実際は大脳皮質-基底核回路のある哺乳類の終脳と魚類の終脳は、これまで思われていたよりもずっと似ていることが、近年明らかになってきました。哺乳類ではチューブが広がるようにして終脳が形成されますが、ゼブラフィッシュの属する硬骨魚類では花びらが開くように終脳が形成されます(図3)。この結果、ゼブラフィッシュの脳では、大脳皮質に相当する領域が終脳の背側に位置するため、カルシウムイメージング法を用いて神経活動を観察するのに非常に適しています。

研究チームは、ゼブラフィッシュに回避行動を学習させ、その記憶が定着した後に、ゼブラフィッシュの終脳全体の神経活動を観察すれば、大脳皮質−基底核回路に記憶として書き込まれた行動プログラムが、意思決定の過程で読み出される様子を可視化できるのではないかと考えました。

研究手法と成果

神経細胞は活動する時に電気的に興奮しますが、その際に細胞膜に存在するイオンチャネルを通じて大量のカルシウムイオンが細胞内に流入することが知られています。研究チームは、カルシウムイオンと結合すると蛍光の強さが変化するカルシウム感受性蛍光タンパク質[6]を神経細胞に作らせて、このタンパク質の蛍光強度の変化を観察することにより神経活動を可視化するカルシウムイメージング法を用いました。

まず、このカルシウム感受性タンパク質を全ての神経細胞に導入した遺伝子改変ゼブラフィッシュ[7]を用いて回避行動を学習させました(図4A)。この学習では、魚は2つの部屋に分かれた水槽に入れられます。そして、赤色ランプが点灯している15秒間に反対側の部屋に回避しなければ、魚にとって好ましくない刺激(嫌悪刺激)である軽い電気ショックを与えるという試行を繰り返しました。すると、魚は赤色ランプが点灯するとすぐに、反対側の部屋へ回避行動をとるようになりました。学習が成立した魚を脳の各部の蛍光強度の変化を画像変化としてとらえることができる蛍光顕微鏡の下に移し、魚に電気ショックの到来を予測させる赤色ランプを見せました(図4B)。この時の神経活動をカルシウムイメージング法で観察することで、魚が回避行動のプログラムを思い出している瞬間の神経活動をとらえようとしました。その結果、学習してから30分後に回避行動を思い出した場合は終脳には目立った活動は見られませんでしたが (図4C-c)、学習してから24時間後に思い出した場合には、終脳の背側の大脳皮質に相当する領域にスポット状の神経活動パターンが観察されました(図4C−d)。これは、大脳皮質相当領域に書き込まれた、つまり長期的に記憶された(長期記憶[8])回避行動のプログラムが特定の神経細胞群によって読み出される過程を可視化するのに成功したことを示します。また、回避学習の前にこの大脳皮質相当領域を破壊すると、回避行動を学習する能力や学習した行動を短時間(30分)で思い出す能力には影響がないにも関わらず、長時間(24時間)が経過すると学習した回避行動を思い出せなくなることから、実際にこの領域に行動プログラムの長期記憶が選択的に書き込まれ、それが正しく読み出されることで、魚は最適な行動の選択を行っていることが分かりました。

研究チームはさらに、ゼブラフィッシュに、赤、青の2色のランプを合図として示し、2つの正反対のルールを学習させることに成功しました(図5A)。魚は、赤色ランプが点灯してから15秒間のうちに反対側の部屋に逃げないと電気ショックを与える「逃げろルール」と、青色ランプが点灯している15秒間は同じ部屋に居続けないと電気ショックが与えられる「とどまれルール」、の2つのルールを同時に学習します。このように2色で異なるルールを学習すると、それぞれのルールにおいて最適な行動のプログラムは、2つの異なる神経細胞群の活動により別々に読み出されることが分かりました(図5B)。特に「とどまれルール」で学習した行動プログラムを読み出している時の脳の神経活動パターン(図5B-c)は、「逃げろルール」で学習した行動プログラムを読み出している時 (図5B-b)より広がっていました。今回、研究チームの実験結果により、異なる行動のプログラムは異なる神経細胞群の活動パターンによって読み出されることが証明できました。

今後の期待

今回の研究では、大脳皮質に相当する領域全体の神経細胞群を一度に計測し、記憶として書き込まれた行動プログラムが、意思決定の最中に読み出される過程を画像としてとらえることに成功しました。今後は、レーザー顕微鏡という特殊な顕微鏡を用いて、大脳皮質からの情報を受け取っている脳の深部にある基底核の神経細胞群を同時に計測することで、この回路全体でどのように行動プログラムが書き込まれ、保存され、読み出されるのかを詳細に研究することが可能になります。私たちの脳が行っている、状況の変化に対応して行動プログラムを正しく選択し、意思を決定するという機能は、社会生活を営む上で不可欠です。この行動プログラムの選択と意思決定がうまく行われないと、強迫神経症や統合失調症、自閉症などの疾患でみられる固執、妄執、繰り返し行動などの異常な行動が生じてしまう可能性が指摘されています。脊椎動物の原型であるゼブラフィッシュをモデルに得られた今回の成果は、ヒトの精神疾患における諸症状がどのようにして発症するのかを知る手掛かりとなることが期待できます。

この研究は文部科学省科学技術研究費の新学術領域研究「意思決定神経回路の可視化と操作」、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム「脳科学研究を支える集約的・体系的な情報基盤の構築」およびJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域によって行われました。

 

原論文情報

  • Tazu Aoki, Masae Kinoshita, Ryo Aoki, Masakazu Agetsuma, Hidenori Aizawa, Masako Yamazaki, Mikako Takahoko, Ryunosuke Amo, Akiko Arata, Shin-ichi Higashijima, Takashi Tsuboi and Hitoshi Okamoto. “Imaging of Neural Ensembles for the Retrieval of Learned Behavioral Programs.” Neuron, 2013, doi: 10.1016/j.neuron.2013.04.009

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 発生遺伝子制御研究チーム
チームリーダー 岡本 仁(おかもと ひとし)
研究員 青木 田鶴(あおき たづ)

お問い合わせ先

脳科学研究推進室
TEL: 048-467-9757 / FAX: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

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補足説明

  1. ゼブラフィッシュ
    インド原産の硬骨魚類に属する小型淡水熱帯魚。飼育が簡単で、一度に200個程度の卵を産み、数カ月で生殖可能な成魚に成長する。受精卵に特定の遺伝子やDNA断片を微量注入することで遺伝子改変動物を簡単に作製できる。受精後2日半で発生を完了し、胚や幼魚は透明なため、これまで動物の器官形成の仕組みを知るためのモデル実験動物として広く世界で使用されてきた。成魚を使った脳による行動制御の仕組みの研究は、理研発生遺伝子制御研究チームが世界のパイオニアである。
  2. 大脳皮質−基底核回路
    大脳皮質、大脳基底核、視床からなる神経回路で、運動の制御を行っていることが知られていたが、近年、行動の選択もこの回路を介して行われている可能性が指摘されている。(講談社ブルーバックス「脳研究の最前線(上)」第二章 脳の進化と心の誕生、を参照)
  3. カルシウムイメージング法
    神経細胞の活動(電気的興奮)に伴って細胞内にカルシウムイオンが急激に流入する性質を利用して、カルシウムと結合すると蛍光の強度を変化させる物質を神経細胞内に導入し、神経活動を可視化する手法。カルシウム感受性の蛍光物質を神経組織に直接注入する方法とカルシウム感受性タンパク質を遺伝学的手法により神経細胞に導入する方法がある。
  4. 電気生理学的手法
    動物の神経組織に電極を挿入し、電極における電圧、電流などの変化を測定することにより、組織内の神経細胞の活動を測定する手法。
  5. 終脳
    発生学的由来から、脳は3つの部位に分けることができるが、その最も前方に位置する脳の領域。哺乳類では大脳皮質、海馬など高次機能を担う構造は終脳に存在する。
  6. カルシウム感受性蛍光タンパク質
    遺伝子工学により、オワンクラゲ由来の蛍光タンパク質を改変させたYFP(yellow fluorescent protein)にカルシウムイオンを結合する性質のあるタンパク質の領域を人工的につなげた蛍光タンパク質。カルシウムイオンと結合するとタンパク質の立体構造が変化することによりYFPの蛍光の強度が変化する。本研究で用いている蛍光タンパク質は理研脳科学総合研究センター宮脇敦史チームリーダーによって開発されたものである。
  7. 遺伝子改変ゼブラフィッシュ
    遺伝子工学を用いて外から特定の遺伝子を導入し、恒常的にゲノムに組み込まれるよう改変したゼブラフィッシュ。導入する遺伝子の発現場所や時期を特定することもできる。
  8. 長期記憶
    記憶には短期的に保存される短期記憶(30分以内)と長期的に保存される長期記憶がある。短期記憶の保存には新しいタンパク質の合成を必要としないが、長期記憶の保存には新しいタンパク質の合成が不可欠であることが実験的に示されている。

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状況に応じた行動の選択

図1 状況に応じた行動の選択

大脳皮質-基底核回路の模式図

図2 大脳皮質-基底核回路の模式図

大脳皮質-基底核回路は、大脳皮質、基底核(尾状核、被殻、淡蒼球と呼ばれる部分のあつまり)、視床から構成される。大脳皮質からの情報が基底核に伝わり、基底核が大脳皮質の情報を集約して、視床に伝えることで、最終的に視床から大脳皮質へ「ゴーサイン」が出る。このように大脳皮質から出た情報が再び大脳皮質に戻るというループを形成していることが特徴である。

哺乳類とゼブラフィッシュの終脳の類似性

図3 哺乳類とゼブラフィッシュの終脳の類似性

ゼブラフィッシュが属する硬骨魚類は、脳の発生過程で神経管(脳)の上側が開いていくような運動が起こり、赤い部分が内側に青い部分が外側に位置して終脳が形成される。哺乳類は、神経管(脳)の下側が内部にもぐりこむような運動が起こり、赤い部分が外側に青い部分が内側に位置して終脳が形成される。このように硬骨魚類と哺乳類では、組織の位置が逆転している。ゼブラフィッシュの大脳皮質は、非常に小さいため上側から観察すると、大脳皮質全体を見渡すことができる。

今回行った回避行動の学習

図4 今回行った回避行動の学習

A:今回考案した回避行動を学習させる仕組み
YouTube:今回考案した回避行動を学習する前のゼブラフィッシュ
YouTube:今回考案した回避行動を学習した後のゼブラフィッシュ

B:学習成立後の魚を特殊な顕微鏡下において赤色ランプを見せて、その時の脳神経活動をカルシウムイメージング法でとらえる。

C-a:ゼブラフィッシュの終脳周辺の模式図。終脳の中心に大脳皮質に相当する領域がある。

C-b:まだ学習していない個体では、大脳皮質に相当する領域は活動しない。
YouTube:回避行動を学習する前のゼブラフィッシュの脳活動

C-c:学習成立してから30分後に観察したところ、b同様に活動しなかった。
YouTube:回避行動を学習してから30分後のゼブラフィッシュの脳活動

C-d:学習成立してから24時間後に観察したところ、大脳皮質に相当する領域にスポット状の神経活動パターンが確認できた。大脳皮質相当領域に書き込まれた長期記憶の回避行動プログラムが特定の神経細胞群によって読みだされている過程を可視化できた。
YouTube:回避行動を学習してから24時間後のゼブラフィッシュの脳活動

2色のランプによる2つのルールの学習

図5 2色のランプによる2つのルールの学習

A:今回考案した2色のランプによる2つのルールを学習させる仕組み
YouTube:2種類のルールを学習したゼブラフィッシュ

B:「とどまれ」ルールで学習した待機行動プログラムの神経活動パターンは、「逃げろ」ルールで学習した回避行動プログラムのものと比べて、広範囲にわたっている。これにより、2つのルールによって学習された行動プログラムは、2つの異なる神経活動パターンによって読みだされることが分かった。

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