広報活動

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2013年5月24日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京藝術大学

悲しい音楽はロマンチックな感情ももたらす

-なぜ私たちは悲しい音楽を聴くのかが明らかに-

ポイント

  • 音楽家でなくとも、誰でも悲しい音楽を聴くとき快の感情も体験することを示す
  • 芸術場面で体験する悲しみは、日常場面で体験する悲しみと異なる
  • 芸術鑑賞場面での悲しみを理解するために、「代理感情」の概念を新しく提案

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と東京藝術大学(宮田亮平学長)は、悲しい音楽は悲しみだけでなくロマンチックな感情をも聴き手にもたらし、また、その作用が音楽経験の有無に関係なく引き起こされることを実証しました。この成果は、「聴いた音楽を悲しい音楽と判断すること」と「音楽を聴いて実際に悲しみを体験すること」が別であることを示しており、なぜ私たちが悲しい音楽をあえて聴くのか、について考える重要な手がかりとなります。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)情動情報連携研究チームの岡ノ谷一夫チームリーダー、川上愛ジュニアリサーチアソシエイト(現客員研究員、JST ERATO岡ノ谷情動情報プロジェクト研究員)、東京藝術大学美術学部 古川聖教授らによる共同研究グループの成果です。

悲しい音楽や悲劇は、鑑賞者に悲しみをもたらすと考えられます。一般に感情研究の分野では、悲しみは不快な感情であると分類されています。これを前提とすると、「なぜ私たちは不快な感情をもたらす作品をあえて鑑賞するのか?」という疑問が生じます。

共同研究グループは、既存曲の一部を抜粋し、悲しい音楽とされる短調[1]で構成された30秒程度の曲に編集、18歳~46歳の実験参加者44人(男性19人、女性25人)に聴いてもらいました。鑑賞後に「一般的に多くの人は、この音楽を聞いてどう感じると思いますか?」「あなたは、この音楽を聴いてどう感じましたか?」と質問し、それぞれに“悲しい”、“愛おしい”、“浮かれた”など62種類の感情を表す用語とその強度(0~4)を回答してもらいました。その結果、実験参加者は聴いた曲を強い悲しみの曲であると判断したものの、自分自身ではそれほどの悲しみを感じておらず、ロマンチックな感情など“快の感情”も感じていたことが分かりました。

今回の成果は、私たちが悲しい音楽を聴こうとする行動を解明する手がかりになるとともに、芸術が表現している感情を代理的に体験する感情「代理感情[2]」という新しい概念を導くものです。

本研究成果は、スイスの科学雑誌『Frontiers in Psychology』オンライン版(5月23日付け:日本時間5月24日)に掲載予定です。

背景

悲しい音楽や悲劇は、鑑賞者に悲しみをもたらすと考えられます。なぜ私たちは、自ら進んで悲しい音楽を聴いたり、悲劇を鑑賞したりするのでしょうか。従来の感情研究における「悲しみは不快である」という前提にたつと、矛盾した行動と考えられます。これは、芸術を生み出した人類にとって長らくの疑問であり、興味深い研究テーマの1つです。

私たちは、ある音楽がどういう音楽かを判断するとき、自分自身の体験を参考にします。過去に短調の曲を聴いて悲しくなった体験があるから、短調の曲は悲しいと判断します。しかし、経験に基づいて音楽を判断しながら、実際に自分自身はそれと異なる感情を体験しているときがあります。この不一致が生じる例の1つが、悲しい音楽を聴いたときに感じる心地よさです。

共同研究グループは、悲しい音楽や悲劇が鑑賞者に悲しみをもたらすと同時に、心地よさなど快の感情ももたらすからこそ(図1)、私たちは自らこうした芸術を求めるのではないか、と仮定しました。

そこで、「聴いた音楽が一般的にどのような音楽であるか」の判断と「音楽を聴いて実際にどのように感じたか」といった聴き手が体験した感情という両面から、悲しい音楽が聴き手にもたらす“快の感情”の体験を実証しようと取り組みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、既存曲(グリンカ作曲ノクターンなど)の一部を抜粋し、悲しい音楽とされる短調で構成された30秒程度の曲に編集しました。この曲を、18歳~46歳の44人(男性19人、女性25人)の実験参加者に聞いてもらい、鑑賞後に「一般的に多くの人は、この音楽を聞いてどう感じると思いますか?」、「あなたは、この音楽を聴いてどう感じましたか?」と質問しました。実験参加者は、それぞれの質問に対して“悲しい”、“愛おしい”、“浮かれた”、“圧倒された”といった感情を表す62種類の用語とその強度(0~4)を回答します。このとき、音楽経験による影響を調べるため、44人を音楽家集団17人と非音楽家集団27人の2グループに分けました。

62 種類の用語への回答から、相関関係の強い用語に共通した要因を抽出したところ、悲しみ因子(悲しい、ゆううつ、沈んだなど)、高揚因子(圧倒された、興奮した、刺激的ななど)、ロマンチック因子(うっとりした、愛おしい、恋しいなど)、浮き立ち因子(浮かれた、快活な、踊りたいようななど)の4 因子を見いだしました。次に、各因子の評価結果を詳しく調べたところ、悲しみ因子については、聴いた音楽が悲しいものと判断するほどには自身では悲しみを体験しておらず(図2の悲しみ因子)、一方、ロマンチック因子については、聴いた音楽がロマンチックなものと判断する以上に自身がロマンチックな感情を体験していたことが分かりました(図2ロマンチック因子)。また、これらの結果は音楽経験に依存しないことも突き止めました。

さらに、どのような音楽であるかの判断の評価では、悲しみ因子の強度が他の3つの因子より突出していたのに対し(図2白棒グラフ)、実際にどのように感じたかの評価では、突出した因子はありませんでした(図2黒棒グラフ)。つまり、人は悲しい音楽を聴くと過度に悲しい音楽であると判断するものの、自分自身はそれよりも低い程度の悲しみとともに“快の感情”も体験するという両価的[3]な感情体験の存在を実証しました。

今後の期待

「悲しい音楽がロマンチックな感情ももたらす」という今回の結果から、芸術には快と不快の両価的な感情を引き起こす作用があることが分かりました。この結果は感情の仕組みを考えるための新たな観点を提供します。

感情は、進化の過程で保存された生存上必要な機能と考えられています。自身に直接の危害が及ぶ危険性のある日常場面での感情(直接感情[4])とは異なり、音楽聴取という自身に直接の危害が及ばない生存が保障された状況では、安心して悲しい音楽を楽しむことができます。これは、音楽が表現している感情を代理的に体験する「代理感情」であると考えられ、直接感情から代理感情という新たな基準を提案したことになります(図3)。

代理感情という概念は、今後、私たちが悲しい音楽をあえて聴こうとする行動を解明する手掛かりになると期待できます。

原論文情報

  • Ai Kawakami, Kiyoshi Furukawa, Kentaro Katahira, Kazuo Okanoya.
    "Sad music induces pleasant emotion" Frontiers in Psychology, 2013

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 情動情報連携研究チーム
客員研究員 川上 愛 (かわかみ あい)

お問い合わせ先

脳科学研究推進室
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 短調
    短音階に基づく音楽を短調という。通常、短調の曲は暗く、悲しい印象を与える。
  2. 代理感情
    本研究においては、芸術鑑賞場面で私たちが体験する感情を「代理感情」と名付けた。代理感情は、日常場面で体験する感情とは異なり、感情の体験者と感情を体験するきっかけとなった対象(芸術作品)が直接的な関係を持たないことを特徴とする。つまり、自身に直接実益や害を及ぼさない安全な状況で体験される感情である。芸術鑑賞者は、芸術が表現している感情を代理的に体験し、たとえそれがネガティブな感情であっても、自身に即座に危害が加わるわけではないので、安心して負の感情を楽しむことができる。
  3. 両価的
    本研究では、悲しい音楽を聴いたとき、聴き手に通常不快とされる悲しみと同時に快の感情も喚起されるという、性質の反する感情がともに生じているという意味で用いている。
  4. 直接感情
    本研究においては、日常場面で体験する感情を「直接感情」と名付けた。日常場面で体験する感情は、感情の体験者と感情を体験するきっかけとなった対象が直接的関係を持つことを特徴とする。例えば、山で熊に出会い恐怖を感じるとき、逃げなければ自身に直接的な実害が及ぶため、自身と熊には直接的な関係性が発生する。

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イメージ図

図1 悲しい音楽は快も感じさせる

悲しい音楽を聴くと、聴き手は悲しみだけを体験すると考えられてきたが、悲しみだけでなく快の感情も体験するときがある。

どういう音楽であるかの判断と実際に聴き手が体験した感情の評価

図2 どういう音楽であるかの判断と実際に聴き手が体験した感情の評価

悲しみ因子(悲しい、ゆううつ、沈んだなど)、高揚因子(圧倒された、興奮した、刺激的ななど)、ロマンチック因子(うっとりした、愛おしい、恋しいなど)、浮き立ち因子(浮かれた、快活な、踊りたいようななど)において、どういう音楽と判断したか、実際にどんな感情を体験したか、の定量的な評価結果。*はp値(偶然にそのようなことが生じる確率)<0.05と統計学的に有意な差があったことを示す。

日常場面と芸術場面での悲しみの違い

図3 日常場面と芸術場面での悲しみの違い

快/不快を横軸に、直接感情/代理感情を縦軸にとり、日常場面で体験する悲しみと芸術場面で体験する悲しみを位置づけた。日常場面での悲しみは、感情を喚起させる対象と感情を体験する主体に直接的な関係性があり、かつ不快に感じる。一方、芸術場面での悲しみは、作品が表現している感情を代理的に感じ、かつ両価的感情が生じるため全体として快の体験となる。

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