広報活動

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2013年5月29日

理化学研究所

超伝導体で挟んだ強磁性体中を長距離流れるスピン流の原理を発見

-発熱がなく超低消費電力で動作する次世代スピントロニクスデバイスへ道筋-

ポイント

  • 理論的に従来の数百倍となる数十ナノメートル以上の伝搬距離が達成可能
  • 長距離伝搬スピン流は、スピンの向きが平行なスピン三重項クーパー対
  • スピン三重項クーパー対により、スピン流と電流の分離を理論的に予測

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、2層の強磁性体をs-波超伝導体[1]で挟んだ「強磁性ジョセフソン接合[2]」を考案し、電子スピンの向きが平行な電子対(スピン三重項クーパー対[3])によるスピン[4]の流れ(スピン流)が、強磁性体中を長距離にわたって伝搬することを理論的に見いだしました。これは、理研柚木計算物性物理研究室の柚木清司准主任研究員と挽野真一基礎科学特別研究員ら研究チームによる成果です。

絶縁体を超伝導物質で挟んだ「ジョセフソン接合」では、電気抵抗がゼロで電圧降下も起こりません。この現象はジョセフソン効果と呼ばれ、超伝導回路や量子コンピューターへの応用が期待されています。この効果を応用し電子の電荷を利用したエレクトロニクスが現在主流ですが、近年、電子の磁気の起源であるスピンを利用したスピントロニクスが注目されています。スピントロニクスデバイスは、エレクトロニクスデバイスに比べ発熱がなく、低消費電力で動作可能なデバイスの開発につながると期待されています。このため、スピンを効率よく伝搬する理論の構築や実験が活発化しています。

研究チームは、磁化の方向が違う2層の強磁性体を、電子スピンの向きが反対になって対を形成して超伝導状態になるs-波超伝導体で挟んだ強磁性ジョセフソン接合を考案し、強磁性体中を流れるスピン流を理論的に調べました。その結果、スピン流は電圧降下することなく数十ナノメートルから数百ナノメートルにわたって強磁性体中を伝搬することが分かりました。これまでのスピン流の典型的な伝搬距離は10ナノメートル以下であるため、数百倍も伸びたことになります。また、この長距離伝搬は、近接効果[5]により強磁性体中に誘起されたスピン三重項クーパー対によって起きたことを明らかにしました。さらに、強磁性ジョセフソン接合では、電荷の流れ(電流)が実質的にゼロになるにも関わらず、スピン流の減衰は1桁程度であり、十分に観測可能な値であることも分かりました。この結果は、スピン流と電流を実質的に分離できることを示唆しています。

今回の発見は、物性物理学における新しい現象であり、研究の新ステージを提供すると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版に近日掲載されます。

背景

超伝導体は、ある温度以下に冷却すると電気抵抗がゼロになる物質です。この超伝導体で絶縁体を挟んだ構造はジョセフソン接合と呼ばれ、1960年代前半から研究されています。一方、絶縁体を強磁性体に置き換えた接合は「強磁性ジョセフソン接合」と呼びます。将来的には現在のコンピューターの性能をはるかに上回る量子コンピューターの基本素子となる可能性があると注目されています。

強磁性ジョセフソン接合では、s-波超伝導体という電子スピンの向きが反対になって対を形成(スピン一重項クーパー対)して超伝導状態になる超伝導体で強磁性体を挟むにもかかわらず、近接効果によって、電子スピンの向きが平行となったスピン三重項クーパー対が強磁性体に誘起される現象が注目されています。スピン三重項クーパー対は強磁性体の磁気の影響を受けにくく、スピンの向きが平行なためスピン角運動量の大きさが電子スピンの2倍と大きくなります。しかし、強磁性ジョセフソン接合に関する研究では、電荷の輸送現象の研究が盛んで、スピン角運動量の輸送現象の研究はほとんどされていませんでした。

近年の微細加工技術の発展に伴って、電子のスピン角運動量の制御が可能となり、従来の電子の電荷によって動作するエレクトロニクスデバイスの性能を大きく上回る「スピントロニクスデバイス」が注目されています。スピントロニクスでは、電子の電荷の輸送(電流)に加えて、スピン角運動量の輸送(スピン流)も利用します。エレクトロニクスデバイスでは電流を利用するため、回路の線幅の微細化に伴う発熱の問題が避けられませんが、スピン流は電流を伴わないため、熱を発生しないという特徴を持っています。従って、スピントロニクスデバイスが実現されると、電力消費量を大幅に抑制できると期待されています。しかし、スピン流は、電流とは異なり保存されないために、試料の端からある程度伝搬すると消失してしまいます。これまでのスピン流は、典型的には10ナノメートル以下で消失してしまうため、スピン流を効率良く長距離伝搬させる手段の開発は、スピントロニクスの重要な課題の1つとなっています。

研究手法と成果

研究チームは、強磁性体中を長距離にわたって伝搬するスピン流の原理を提案するために、磁化の方向が違う2層の強磁性体をs-波超伝導体で挟んだ強磁性ジョセフソン接合を考えました(図1)。ここで、強磁性体1の磁化の方向は、強磁性体2の磁化の方向に対してある角度aで傾いています。aの角度が0または180度以外では、強磁性体中を長距離伝搬できるスピン三重項クーパー対によるスピン流が誘起されます。この時、スピン三重項クーパー対によるスピン流の誘起にはaの値が重要な因子です。

次に研究チームは、強磁性体中の不純物の散乱が強く、電荷の流れやスピン流が拡散的に流れる場合(拡散伝導領域)を想定した強磁性ジョセフソン接合の輸送現象を、数式で理論的に解明しました。具体的に、準古典グリーン関数法とウサデル方程式を用いて、スピン流(jS(L))やジョセフソン電流(jC(L))[6]と強磁性体2の厚さ(L)の関係を調べました(図2)。

近接効果によって強磁性体へ侵入したスピン三重項クーパー対は、強磁性体の膜厚を増加させると単調に減少(膜厚依存性)します(図2上)。今回調べたスピン流は、強磁性体2の膜厚(L)の増加とともに単調に減少する、膜厚依存性の特徴を示しました(図2下、実線)。また、クーパー対の大きさを現すコヒーレンス長(xD)は、数十から数百ナノメートル程度だったため、今回のスピン流は、従来の強磁性体中を流れる電子スピンのスピン流よりも、数十から数百倍の距離を伝搬できることが分かりました。さらに、このスピン流は、強磁性体の磁気を強くしていっても、その影響を受けにくいことも見いだしました(図2下、実線の黒、青、赤)、これらの結果から、強磁性体中を流れる長距離伝搬スピン流が、スピン三重項クーパー対であることを強く示唆しています。

一方、近接効果によって、電子のスピンの向きが反対であるスピン一重項クーパー対が強磁性体へ侵入すると、強磁性体の磁気の影響でスピン一重項クーパー対は対崩壊によって消失しやすく、空間的に振動します(図2上)。今回理論的に求めたジョセフソン電流は、強磁性体の膜厚(L)の増加と磁気の影響(hex)によって強い減衰振動を示したことから(図2下、破線)、このジョセフソン電流はスピン一重項クーパー対によって運ばれていることが分かりました。

今回の理論的解析から、スピン三重項クーパー対で運ばれるスピン流は強磁性体の磁気の影響を受けないため、強磁性体の膜厚が厚くなっても一桁程度の減衰ですみ、消失しないこと、スピン一重項クーパー対で運ばれるジョセフソン電流は磁気の影響で実質的にゼロとなることが分かりました。これは、スピン三重項クーパー対のスピン(スピン流)と電荷の流れ(ジョセフソン電流)を実質的に分離できることを示めしています。

今後の期待

スピン流とジョセフソン電流が実質的に分離していることの発見は、物性物理学の新しい現象であり、研究の新ステージを提供すると期待できます。また、今回の成果を応用すると、近接効果によって強磁性体中にスピン三重項クーパー対が誘起されることを実験的に証明できるデバイスの作製にもつながると期待できます。

今回の理論構築では、不純物散乱が強く電荷の流れやスピン流が拡散的に流れる場合を想定しました。近年の微細加工技術や薄膜作製技術の進展で、不純物散乱の影響がほとんど無い直線的な電荷の流れやスピン流の輸送現象を取り扱うことが可能となってきました。不純物による散乱を受けない直線的な伝導領域(弾道伝導領域)では、スピン流の伝搬距離がさらに長くなると予想されます。今後は、弾道的な伝導領域の理論を構築し、スピン三重項クーパー対によるスピン流の性質を詳しく調べる予定です。

原論文情報

  • S. Hikino and S. Yunoki, “Long-Range Spin Current Driven by Superconducting Phase Difference in a Josephson Junction with Double Layer Ferromagnets”, Physical Review Letters, 2013.

発表者

理化学研究所
准主任研究員研究室 柚木計算物性物理研究室
基礎科学特別研究員 挽野 真一(ひきの しんいち)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. s-波超伝導体
    反平行スピンの電子が対を形成(スピン一重項クーパー対)して超伝導状態になる物質。
  2. 強磁性ジョセフソン結合
    通常のジョセフソン接合は、絶縁体を超伝導体で挟んだ接合。絶縁体を強磁性体に置き換えたジョセフソン接合を強磁性ジョセフソン接合と呼ぶ。
  3. スピン三重項クーパー対
    平行スピンの電子が対を形成したクーパー対。
  4. スピン
    電子が持っている固有の角運動量であり、磁気の起源でもある。古典的なアナロジーとして、電子の自転による角運動量と考えると分かりやすい。ある一定方向の電荷の流れは電流であり、ある一定方向のスピン角運動量の流れをスピン流と呼ぶ。
  5. 近接効果
    超伝導体と超伝導体にならない物質を接合するとクーパー対が超伝導体にならない物質に侵入して、その物質が超伝導性を示す現象。
  6. ジョセフソン電流
    電圧降下なしで超伝導体の間を流れるクーパー対の電荷の流れ。超伝導電流とも呼ばれる。

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本研究で考案した強磁性ジョセフソン接合の模式図

図1 強磁性ジョセフソン接合の模式図

強磁性体1の磁化の方向は、強磁性体2の磁化の方向に対してある角度aで傾いている。

超伝導/強磁性接合におけるクーパー対の波動関数の空間変化の概念(上)とスピン流(実線)とジョセフソン電流(破線)の強磁性体の膜厚依存性(下)

図2. 超伝導/強磁性接合におけるクーパー対の波動関数の空間変化の概念(上)
スピン流(実線)とジョセフソン電流(破線)の強磁性体の膜厚依存性(下)

上:強磁性体へ侵入したスピン三重項クーパー対は、強磁性体の膜厚を増加させると単調に減少する膜厚依存性を示し、スピン一重項クーパー対は、強磁性体の磁気の影響で対崩壊によってスピン一重項クーパー対は消失しやすくなり空間的に振動する。

下:スピン流(jS(L):実線)とジョセフソン電流(jC(L):破線)の計算した結果を、強磁性体2のLをクーパー対の大きさ(xD)で規格化した値の関係。ただし、超伝導電流は、絶対値を表示。

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