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2013年6月28日

理化学研究所

窒素分子の切断と水素化を常温・常圧で実現

-産業に多く利用されるアンモニアの新しい合成法の開発に道を拓く-

ポイント

  • 常温・常圧で窒素分子の窒素-窒素結合を切断、窒素-水素結合を生成
  • 水素と窒素とチタン化合物のみで反応、特殊な試薬は不要
  • 窒素と水素から省エネルギーでアンモニアを合成できる可能性

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、新たに合成した多金属のチタンヒドリド化合物[1]に窒素分子(N2)を常温・常圧で取り込ませ、窒素-窒素結合を切断し、窒素-水素結合の生成(水素化)を引き起こすことに成功しました。この成果は、従来に比べ、少ないエネルギーでアンモニア(NH3[2]を合成できる手法の開発につながります。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)先進機能触媒研究グループの侯召民(コウ ショウミン)グループディレクター、島隆則上級研究員、胡少偉(フー シャオウェイ)特別研究員、亢小輝(カン シャオフイ)国際プログラムアソシエイト、中国大連理工大の羅一(ルー イー)教授、羅根(ルー ゲン)修士らによる共同研究グループの成果です。

窒素は、空気中の約8割を占めるほど豊富に存在し、窒素原子同士の結合が強く、極めて安定で反応性に乏しい分子です。自然界ではマメ科の植物に共生する細菌が持つ酵素「ニトロゲナーゼ[3]」が常温・常圧で窒素をアンモニアへと変換していますが、まだ人工的に再現できません。工業的には、窒素と水素を高温・高圧(500℃・300気圧)のもと固体触媒を使ってアンモニアを製造しています(ハーバー・ボッシュ法[4])。このプロセスは、全人類の年間消費エネルギーの1%以上(石油消費量換算でおよそ1400億リットル相当)を使用しているといわれ、少ないエネルギーでアンモニアを合成できる触媒の開発が強く望まれています。アンモニア合成においては、窒素―窒素結合を切断し、窒素―水素結合を形成することが必要です。これらの反応では、複数の金属-水素(ヒドリド)活性種が窒素分子に対して協奏的に作用し活性化させることが極めて重要だと考えられますが、このような複数の活性部位を持つ多金属ヒドリド化合物による窒素の活性化はこれまで報告されていません。

共同研究グループは、今回、独自の知見に基づき、3つのチタン(Ti)原子からなる新しい多金属ヒドリド化合物を開発しました。このチタンヒドリド化合物と窒素を反応させたところ、常温・常圧で窒素分子の窒素-窒素結合の切断、窒素-水素結合の形成に成功しました。また、反応プロセスについて理論計算も含め詳細に検討し、本反応では、新たな電子剤[5]プロトン源[5]を必要とせずに、チタンヒドリド化合物のヒドリド原子(H)が、電子(e)を与える電子剤として働くことで窒素分子の結合を切断し、また電子を放出することでプロトン(H+)として働き窒素の水素化を実現していることを明らかにしました。

この成果は、将来的に窒素と水素から温和な条件下でアンモニアを合成する省資源・省エネ型手法の開発につながると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』オンライン版(6月28日付け:日本時間6月29日)に掲載されます。

背景

空気の約8割を占める窒素(N2)は、2つの窒素原子が三重結合という強固な結合で結ばれているため非常に安定です。窒素は生物が生命維持する上で必要な要素の1つですが、この安定的な性質のためほとんどの生物は大気中の窒素を直接利用することができません。自然界で窒素の三重結合を切断できるのは、「ニトロゲナーゼ」という酵素を持つ一部の細菌だけです。他に稲妻や火山活動などの自然現象により、「固定窒素(窒素酸化物、アンモニア)」が作られ、それら固定窒素をあらゆる生物が利用し、生命が維持されています。

現在、世界人口は70億人を超え、この爆発的な人口増加に伴う食糧不足が起きていますが、農作物を増産するためには自然界による固定窒素だけではまかなえません。これを解決したのが20世紀最大の発明といわれる「ハーバー・ボッシュ法」です(図1)。これは、窒素と水素(H2)を高温・高圧(500℃・300気圧)のもと固体触媒上で反応させ、窒素からアンモニアを合成する手法です。この反応は、複数の金属が反応に関与して起きているとされていますが、高温・高圧を要するため実反応の解析は難しく明らかにはなっていません。また、ハーバー・ボッシュ法により、現在アンモニアは肥料や医薬品原料など幅広く産業利用されていますが、この合成法には多量のエネルギーを必要とし、人類の年間消費エネルギーの1%以上を使用しているといわれています。そのため、より低温・低圧である温和な反応条件でのアンモニア合成法の開発が望まれています。

近年、構造が明確な化合物を用いた窒素固定に関する研究が盛んに行われ、注目されています。しかし、多くの場合特殊な金属還元剤などの使用が必須であり実用化への展開には大きな課題があります。金属-水素の結合を持つヒドリド化合物は、特殊な試薬を用いずに窒素を固定できる可能性を秘めていますが、これまで窒素-水素結合を生成した例はありません。一方、3つ以上の金属原子からなる多金属ヒドリド化合物は特異な分子活性化協奏機能が期待できますが、窒素分子の活性化に関してはこれまで報告されていません。

共同研究グループは、これまで希土類金属を中心にさまざまなヒドリド化合物の合成や反応性について検討してきました。今回、新たな多金属ヒドリド化合物を合成し、温和な条件での窒素固定の研究に挑みました。

研究手法と成果

まず共同研究グループは、立体的にかさ高いシクロペンタジエニル基という有機分子を保護基とするチタンのアルキル化合物に水素を加えることで、新しい多金属のチタンヒドリド化合物の合成に成功しました。そしてX線構造解析の結果、この化合物のコア構造は3つのチタン原子と7つのヒドリド原子で構成されていることを確認しました(図2)。

このチタンヒドリド化合物と窒素(1気圧)の反応を行ったところ、常温で窒素―窒素三重結合が切断され、窒素–水素結合が生成されることが明らかになりました(図3右)。これは、3つの金属原子が相乗的に働いて、温和な条件で窒素が固定され水素化された初めての例です。

次に、反応機構を明らかにするためにこの反応を低温で行った結果、以下のような反応プロセスと分かりました。-30°Cで窒素分子がチタンヒドリド化合物に取り込まれると同時に4つのヒドリド原子から2つの水素分子が生成・脱離します。水素分子生成により余った4つの電子を窒素が受け取り(還元)、窒素-窒素三重結合がより結合力の弱い単結合まで還元されました(図3A)。さらに、-10°Cで2つの3価のチタン(III)から2つの電子を窒素に受け渡し窒素-窒素結合が切断されるとともに、2つの4価のチタン(IV)が生じます(図3B)。その後、室温の20°Cで1つのヒドリド原子から2つのチタン(IV)へ2つの電子を受け渡したことで、プロトン(H+)と2つのチタン(III)が生じ、このプロトンと窒素が結合し、窒素-水素結合が生成しました(図3C)。

本反応では、窒素の活性化と水素化のために新たな還元剤(電子源)またはプロトン源を必要としません。チタンヒドリド化合物中の複数の金属が反応に関与して、窒素を温和な反応条件で取り込み、ヒドリド原子が電子(e)を与える電子剤として働くことで窒素分子を切断し、一方で、ヒドリド原子自ら有する電子を金属に与えることでプロトン(H+)として働き窒素を水素化しました(図3)。

実験をする一方で理論計算も行い、さらに詳細に反応機構を調べました。その結果、まず窒素分子は3つのチタン原子のうちの1つと結合し、ヒドリド原子が水素分子として1つ、2つと脱離するとともに、窒素と結合するチタンの数が2つ、3つと増えていき、窒素-窒素結合が弱められていきました。そして、窒素-窒素結合が切断された後、窒素-水素結合が生成しました。このプロセスは、先に窒素-水素結合が生成し、その後に窒素-窒素結合が切断するプロセスより少ないエネルギーで進行することも分かりました。このような詳細な反応機構の解析は、今後の新たな触媒開発に有用な指針になります。

今後の期待

今回、特殊な試薬を必要とせず、窒素と水素とチタン化合物だけで「窒素-窒素結合の切断」および「窒素-水素結合の形成」の反応に成功し、窒素を常温・常圧で固定化し水素化することができました。これは、これまで報告された研究にはない特徴であり、今後、窒素と水素から温和な条件でアンモニアを合成する新しい手法の開発へとつながると期待できます。

また、共同研究グループが今回合成した多金属チタンヒドリド化合物は、非常に高い反応性を有しているため、窒素の固定化反応だけでなく、新たな触媒反応への展開も期待できます。

原論文情報

  • T. Shima, S. Hu, G. Luo, X. Kang, Y. Luo, Z. Hou,
    "Dinitrogen Cleavage and Hydrogenation by a Trinuclear Titanium Polyhydride Complex".
    Science 2013, 340, 1549-1552. doi 10.1126/science.1238663

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(こう しょうみん)
上級研究員 島 隆則(しま たかのり)

お問い合わせ先

環境資源科学研究推進室 土屋 陽子
Tel: 048-467-9449 / Fax: 048-465-8048

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.チタンヒドリド化合物
    元素番号22のチタン(Ti)が集まり、金属-金属結合やヒドリド原子(H)を介して結合した化合物のこと。チタンは安価で入手が容易であり、豊富に存在する汎用金属のうちの1つ。光触媒などに応用されている。今回合成したものは、チタンが3つ、ヒドリド原子が7つあるチタンヒドリド化合物。
  • 2.アンモニア(NH3
    窒素と3つの水素が結合した気体。世界生産量は年間1.5億トンを超える。肥料や医薬品原料、合成繊維原料などさまざまな用途に用いられ、また水素を多く含むことから水素貯蔵体(エネルギーキャリア)としても近年注目されている。
  • 3.ニトロゲナーゼ
    窒素固定を常温・常圧で行う酵素のこと。空気中の窒素と電子供与体(生体内で電子を与える化合物のこと)からの電子および高エネルギーリン酸化合物の加水分解のエネルギーを用いてアンモニア生産反応を行う。反応をつかさどるコア構造について近年明らかにされたが、メカニズムについてはよく分かっていない。
  • 4.ハーバー・ボッシュ法
    ドイツのフリッツ・ハーバーが実験室で成功した研究を、化学品製造会社のBASF社のカール・ボッシュが1913年に工業化したアンモニア合成法。窒素(N2)と水素(H2)を鉄(Fe)触媒を用いて、高温・高圧で反応させることでアンモニア(NH3)を合成する。500℃、300気圧という条件が必要になるため膨大なエネルギーを消費する。
  • 5.電子剤、プロトン源
    窒素分子の切断に必要な電子(e)を与えるものが電子剤。また、アンモニア(NH3)の生成に必要なプロトン(H+)を与えるものがプロトン源。
ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成の図

図1 ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成

多金属のチタンヒドリド化合物の構造の図

図2 多金属のチタンヒドリド化合物の構造

  • 左: 合成したチタンヒドリド化合物全体の化学構造式。
    Tiはチタン、Hはヒドリド原子、SiMe3はトリメチルシリル基。
  • 中: X線構造解析で得られたチタンヒドリド化合物のコア構造。
  • 右: チタンヒドリド化合物の写真。茶褐色固体。
窒素と多金属チタンヒドリド化合物の反応プロセス図

図3 窒素と多金属チタンヒドリド化合物の反応プロセス

  • 左: -30°Cで窒素分子がチタンヒドリド化合物に取り込まれると同時に、4つのヒドリド原子から2つの水素分子が生成・脱離する。水素分子生成により余った4つの電子を窒素が受け取り(還元)、窒素-窒素三重結合がより結合力の弱い単結合まで還元される(A)。-10°Cで2つの3価のチタン(III)から2つの電子を窒素に受け渡し、窒素-窒素結合が切断され、2つの4価のチタン(IV)が生じる(B)。
    室温の20°Cでヒドリド原子から2つのチタン(IV)へ2つの電子を受け渡したことで、プロトン(H+)と2つのチタン(III)が生じ、このプロトンと窒素が結合し、窒素-水素結合が生成した(C)。
  • 右: X線構造解析で得られた生成物Cのコア構造。

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