1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2013

2013年7月3日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人物質・材料研究機構

光を当てるだけで何度でも望む場所を加工できるヒドロゲルを開発

-好きな時に好きな形に加工、人工臓器などへの期待-

ポイント

  • 安全で活性に優れる光触媒「酸化チタン」をナノシートにしてヒドロゲル中に固定
  • 酸化チタンナノシートの光触媒機能を活用しヒドロゲルを高空間分解能で光加工
  • 生体の複雑さ、ダイナミクスに大きく近づいた「水の材料」を提案

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と物質・材料研究機構(物材機構、潮田資勝理事長)は、光(紫外光)を当てるだけで望みの場所を何度でも加工できるヒドロゲル[1]の開発に成功しました。これは、理研創発物性科学研究センター(十倉 好紀センター長)創発ソフトマター機能研究グループの相田 卓三グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授兼務)と、創発生体関連ソフトマター研究チームの石田 康博チームリーダー、劉 明傑(リュウ ミンジェ)特別研究員、および物材機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の佐々木 高義フェロー、海老名 保男MANA研究者らによる共同研究グループの成果です。

水を主原料とした固形物であるヒドロゲルは、生体にも地球環境にも優しいプラスック代替材料として、近年、産業界、学術界両方からの注目を集めています。しかし、従来のヒドロゲルのほとんどは、古典的な鋳型法により成形されているため、単純な形状の塊としてしか得られませんでした。また、一度成形した後に形状や組成を変えることは困難であり、こうした制約がヒドロゲルの用途を著しく狭めてきました。

共同研究グループは、光触媒として有名な酸化チタン[2]のナノシートを使うことにより、望みの場所を何度でも光加工できるヒドロゲルの開発に成功しました。開発したヒドロゲルは、有機ポリマーと酸化チタンナノシートとを連結することにより3次元の網目を形成し、網目の隙間に大量の水を閉じ込めたものです。これに光を照射すると、酸化チタンの光触媒作用により、網目中の水分子が高反応性のヒドロキシルラジカル[3]に変換されます。このヒドロキシルラジカルを使った化学反応を利用すると、ヒドロゲル中に情報を書き込んだり、ヒドロゲルと別物質とを強固に連結したりすることが可能となります。化学反応は光照射された部分でのみ進行するため、リソグラフィー[4]微細加工が可能です。さらにこのプロセスは、半永久的に安定な酸化チタン触媒を用いるので、水と光さえあれば何度でも繰り返すことができます。この成果は、ヒドロゲルの用途を飛躍的に拡張するもので、酵素コンテナ、薬物徐放システム、3次元的に加工された細胞培地、人工臓器などをはじめ、バイオメディカル分野でのさまざまな応用が期待できます。本研究成果は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(6月18日付け:日本時間6月19日)に掲載されました。

背景

ヒドロゲルの成分のほとんどは水で占められますが、ゴムのような力学特性を示す固形物です。水によくなじむ物質を使ってナノサイズの3次元網目構造を形成すると、網目の中に閉じ込められた水分子は固体状になって流動性を失い、ヒドロゲルを得ることができます。水の含有量が著しく高い材料のため生体適合性に優れており、コンタクトレンズや細胞培地などのバイオメディカル分野での応用研究が盛んです。また、石油由来の材料を全く用いない、地球環境に極めて優しいプラスチック代替物としての応用も期待されています。しかし従来のヒドロゲルは、容器中で水と「ナノサイズに網目構造になった原料」とを混合し、容器内で網目を作ることにより成形されているため、単純な形状の塊としてしか得られませんでした。また、1度成形すると形状や組成を変えることは困難で、材料を設計できるのは最初の1回だけです。「ヒドロゲルは単純用途における使い捨ての材料としてしか利用できない」という従来の固定観念は、こうした制約によるものです。

研究手法と成果

共同研究グループは、光触媒として有名な酸化チタンのナノシートを使うことにより、望みの場所を何度でも光照射で加工できるヒドロゲルの開発に成功しました。酸化チタンは、材料科学の分野でこれまでに最も盛んに研究されてきた物質であり、安全性・活性・耐久性に優れた光触媒です。多くの酸化チタン光触媒は、粉末・フィルムなどの固体状態で用いられていますが、物材機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点ではこれまでに、酸化チタンをはじめとする無機物を、厚みは1~数ナノメートル(nm)、幅は数マイクロメートル(μm)の「無機ナノシート」[5]として得る技術を確立しています。今回、開発したヒドロゲルは、有機ポリマーと酸化チタンナノシートとを連結することで網目を形成し、網目の隙間に大量の水を閉じ込めて作製します。これに光を照射すると、酸化チタンの光触媒作用により、網目中の水分子が高反応性のヒドロキシルラジカルに変換されます。ここにビニルモノマー[6]を共存させておくと、ラジカル重合反応が開始されてポリマーの網目が新たに伸張される結果、ヒドロゲル中に情報を書き込んだり、ヒドロゲルと別物質とを強固に連結したりすることが可能となります(図1)。酸化チタンナノシートはポリマー網目に固定されて拡散せず、重合反応は光照射部位でのみ進行するため、半導体の基盤作製などに使われるリソグラフィーによる微細加工も可能です(図2)。ヒドロキシルラジカルの原料はヒドロゲル中に存在する水だけであり、試薬添加を必要とせず、反応後に出る残留物による汚染もありません。さらに、酸化チタン触媒は半永久的に安定ですので、このプロセスは何度でも繰り返し使用することが可能です。

今後の期待

今回開発された材料を使うことで、ヒドロゲルを母体にした人工臓器のような複雑な構造体を作り出すことが可能となります。また、その形状を時間経過とともに成長させたり、外部環境に適応して変化させたりすることで、光が当たることで劣化部位を修復させたり、浄化させたりできる機能を引き出せる可能性もあります。酵素コンテナ、薬物徐放システム、3次元的に加工された細胞培地などへの応用や、バイオメディカル分野での多様な応用が期待できます。

原論文情報

  • Mingjie Liu, Yasuhiro Ishida, Yasuo Ebina, Takayoshi Sasaki, and Takuzo Aida.
    "Photolatently modulable hydrogels using unilamellar titania nanosheets as photocatalytic crosslinker"
    Nature Communications 2013, doi:10.1038/ncomms3029

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発ソフトマター機能研究グループ
グループディレクター 相田 卓三 (あいだ たくぞう)

創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発生体関連ソフトマター研究チーム
チームリーダー 石田 康博 (いしだ やすひろ)

お問い合わせ先

創発物性科学研究推進室
Tel: 048-467-8113 / Fax: 048-465-8048

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ヒドロゲル
    水に良くなじむ物質によりナノサイズの3次元網目構造が形成されると、網目の中に閉じ込められた水分子は流動性を失い、系全体は固体状になる。このような物質をヒドロゲルと呼ぶ。身近な例として、寒天・ゼリー・豆腐・こんにゃくなどが挙げられる。
  • 2.酸化チタン
    チタンの酸化物の総称であり、材料科学の分野で最も盛んに研究されてきた物質の1つ。紫外光を吸収すると価電子帯の電子が伝導帯に励起され、自由電子と正孔を生成する半導体のため、光触媒・光電変換材料として利用することができる。この性質を利用することで、感光材や自浄作用を持つ建材としてすでに実用化されており、太陽電池の構成要素としての利用も期待されている。また、人体への影響が小さいと考えられており、食品・医薬品・化粧品の添加剤としても利用されている。
  • 3.ヒドロキシルラジカル
    ヒドロキシ基(水酸基)に対応するラジカル(=不対電子を持つ分子)のこと。いわゆる活性酸素と呼ばれる分子種のなかでは最も反応性が高く、最も酸化力が強い。
  • 4.リソグラフィー
    フォトリソグラフィーの略。感光性物質、あるいは感光性物質を塗布した表面を、パターン状に露光することで、露光された部分と露光されていない部分からなるパターンを生成する技術。主に、半導体素子、プリント基板、印刷版などの製造に用いられる。
  • 5.無機ナノシート
    層状酸化物の単結晶を、温和な条件にて化学処理し、結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離することにより得られる2次元ナノ構造物質のこと。
  • 6.ビニルモノマー
    炭素―炭素の二重結合を含む化合物。この二重結合に活性の化合物(ラジカル、アニオン、またはカチオン種)が付加し、あらたに生じた活性点が別分子の二重結合に付加する反応を連鎖的に繰り返されると、炭素が1次元的に連結されたポリマーが得られる。
酸化チタンナノシート(a)および今回開発されたヒドロゲル(b)の構造の図

図1 酸化チタンナノシート(a)および今回開発されたヒドロゲル(b)の構造

安全で活性に優れる光触媒である酸化チタンをナノシートにすることで、水中に均一分散することができる。酸化チタンナノシートと有機ポリマーとの連結により作られる3次元網目は、その隙間に大量の水を閉じ込めることで、ヒドロゲルを形成する。このヒドロゲルに光(紫外光)を当てると、光を当てた場所でのみ化学反応がクリーンに進行する。

ヒドロゲルの光反応性を利用した微細加工(a–c)および異物との接合(d, e)の図

図2 ヒドロゲルの光反応性を利用した微細加工(a–c)および異物との接合(d, e)

今回開発されたヒドロゲルの上に、あるパターンで穴の開いたフォトマスクを置き、その上から光を照射すると、パターンに従って部分的にヒドロゲルが露光される。化学反応(ポリマー生成反応、銀ナノ粒子生成反応など)は露光された部分でのみ起こるため、ヒドロゲル中に微細なパターンを形成することができる。また、このヒドロゲルとプラスチックとを密着させ、その隙間にモノマーを塗布した状態で光を照射すると、界面にてポリマー鎖が新たに形成される。その結果、異物(ヒドロゲルとプラスチック)間での強固な接着が達成され、接合部は引っ張っても破断しない。

Top