広報活動

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2013年7月5日

理化学研究所

超流動ヘリウム3で「カイラル対称性の破れ」の直接観測に成功

-ユニークなアイデアと独自の技術で観測可能に-

ポイント

  • 電子に働く力(固有マグナス力)の発見で原子のクーパー対の回転方向が測定可能に
  • クーパー対が右回りか左回りのどちらかの回転方向を選ぶことを実証
  • 対称性の破れの結果として生じる位相欠陥の詳細な理解に貢献

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、超流動ヘリウム3-A相[1]において、2つのヘリウム原子の対「クーパー対[2]」が右回りまたは左回りのどちらかの回転運動を選ぶ、という「カイラル対称性の破れ[3]」を直接観測することに成功しました。これは、理研河野低温物理研究室(創発物性科学研究センター 量子凝縮相研究チーム)の池上弘樹専任研究員と河野公俊主任研究員(同チーム チームリーダー)、古崎物性理論研究室の堤康雅基礎科学特別研究員による研究チームの成果です。

私たちの身の周りの物理法則は、並進対称性や回転対称性などさまざまな対称性を持っています。しかし、多くの物質は自然が本来持っている対称性を自発的に破り、物理学的に興味深い状態になります。例えば、液体ヘリウム3[4]を絶対温度(-273℃)に極めて近い0.001K(ケルビン)まで冷却した時にできる超流動ヘリウム3[1]は、さまざまな対称性が複雑に破れた物質として知られています。超流動ヘリウム3の1つの相である超流動ヘリウム3-A相では、原子のクーパー対の軌道回転方向は、右回り、左回りのどちらか一方が実現されます。これまで、超流動ヘリウム3-A相は、右回りと左回りの区別があるというカイラル対称性を破った状態であると考えられていました。しかし、技術的な問題などからそれを直接観測したという報告はこれまでありませんでした。

研究チームは、超流動ヘリウム3-A相中に外部から打ち込んだ電子が、クーパー対の右回りか左回りかの軌道回転に応じて、進行方向に対して左または右に力を受けることを発見しました。これは固有マグナス力[5]と呼ばれる力です。この力の向きから軌道運動の向きを直接決定し、さらに、液体ヘリウム3が超流動ヘリウム3-A相に転移する際に、右回りまたは左回りのどちらかの軌道運動が選ばれることを示しました。この観測は、カイラル対称性の破れを実証しています。

対称性の破れは、非常に一般的な物性物理学と素粒子物理学を包含する基礎概念です。今回のカイラル対称性の破れの観測は、対称性の破れの明快な観測例となると同時に、対称性の破れの結果として生じる位相欠陥[6]などの詳細な理解につながります。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』に掲載されるに先立ち、オンライン版(7月4日付け:日本時間7月5日)に掲載されます。

背景

私たち身の周りの物理法則は、並進対称性や回転対称性などさまざまな対称性を持っています。しかし多くの物質では、自然が本来持っている対称性を自発的に破ります。これによって物理学的に非常に興味深い状態が出現します。例えば、原子が規則正しく並んだ結晶は並進対称性が破れた一例です。また、強磁性や超伝導は、それぞれ、空間の回転対称性、ゲージ対称性といった対称性を、非常に多くの粒子がいっせいに低温で破ることにより実現されます。

液体ヘリウム3を0.001K(約-273℃)の温度まで冷却した時に実現される超流動ヘリウム3は、さまざまな対称性が複雑に破れた代表的な物質です。超流動とは、液体となったヘリウムが容器の壁面をつたって外へ溢れ出たり、液体の流れをいったん作ると永久に減衰しない(永久流)というような現象です。この超流動現象は、ヘリウム3原子2個がクーパー対を作って対称性が破れることにより引き起こされます。これは、超伝導が電子2個のクーパー対形成により引き起こされることと同じメカニズムです。しかし、従来の超伝導とは異なり、超流動ヘリウム3ではクーパー対が軌道角運動量を持ちます。特に超流動ヘリウム3の1つの相であるA相では、クーパー対の軌道角運動量は、表面垂直軸に対して上向きまたは下向き(クーパー対の回転方向が右回りまたは左回り)だけが許されます(図1)。そして、右回りか左回りかのどちらか一方が実現されます。もともとの液体ヘリウム3には右と左の区別がありませんが、超流動ヘリウム3-A相に転移すると右と左の区別ができます(図2)。この右と左の区別ができる、つまり右と左の対称性が破れることをカイラル対称性の破れと呼びます。これまでは、超流動ヘリウム3-A相においてカイラル対称性が破れていると考えられていましたが、0.001Kという極限的な低温で観測しやすい環境を作り出すことや非常に小さい信号を測定することが非常に困難であったため、それを実際に直接観測したという報告はありませんでした。

研究チームは、10年以上も超流動ヘリウム3に関する研究に取り組み、独自の高度な技術を開発してきました。今回、これまでに蓄積した知見と成果を基に、超流動ヘリウム3の表面に着目し、ユニークなアイデアで今まで不可能だった観測に挑みました。

研究手法と成果

研究チームは、超流動ヘリウム3-A相でのカイラル対称性の破れを実証するために、固有マグナス力を観測することによりクーパー対の軌道角運動量の向きの観測を行いました。固有マグナス力とは、超流動ヘリウム3-A相の中を動く電子が進行方向に対して垂直方向に受ける力であり(図3)、軌道角運動量が上向き、下向きの場合に対応して、電子の進行方向に対して、それぞれ左向き、右向きに働きます。そのため、力の向きから軌道角運動量の向きが分かります。固有マグナス力は、理論的に予想はされていましたが、観測には高度な実験技術が必要であるためこれまでに観測されていませんでした。

研究チームは、超流動ヘリウム3-A相中に電子を打ち込み、表面下30nmにため、そのたまった電子が受ける固有マグナス力の観測を行いました。液体ヘリウム3を0.001K以下の温度に冷却し超流動ヘリウム3-A相に転移させたところ、電子の軌道が固有マグナス力を受けて曲がることを観測しました。さらに、温度を上げて通常の液体ヘリウム3にし、再び冷却して超流動ヘリウム3-A相に転移させたところ、固有マグナス力が働く方向が反対になる場合があることを見いだしました。これは、ある冷却では上向きの軌道角運動量が現れ、別の冷却では下向きの軌道角運動量が現れることを示しています。すなわち、液体ヘリウム3が超流動に転移する際に、上向き、下向きのどちらかの軌道角運動量が選ばれることが明らかになったわけです。

この観測は、右と左の対称性が破れているというカイラル対称性の破れを実証しています。超流動ヘリウム3は、巨視的な数の粒子がいっせいに、さまざまな対称性を複雑に破ることにより実現される状態です。今回のカイラル対称性の破れの観測は、自然現象として起こり得る自発的対称性の破れを、複雑に対称性を破る超流動ヘリウム3において明快に実証しています。

今後の期待

今回の成果により、超流動ヘリウム3-A相においてカイラル対称性の破れを実証できました。対称性の破れは、非常に一般的な物性物理学と素粒子・宇宙物理学を包含する基礎概念です。対称性の破れは位相欠陥を生み出すことが知られています。例えば、超伝導体中の渦糸や強磁性体中の磁壁は位相欠陥の代表的な例であり、これらの理解は応用上においても非常に重要です。また、初期宇宙で生成されたと考えられる宇宙ひもも位相欠陥の一例で、宇宙創成の謎を解明する手掛かりにもなります。超流動ヘリウム3-A相においてカイラル対称性の破れの結果として生じる特殊な位相欠陥を、今回の研究により発見された固有マグナス力を用いて観測可能になると期待できます。

今回のカイラル対称性の破れの実証、および今後期待される位相欠陥の性質の解明は、対称性の破れの詳細な理解につながります。

原論文情報

  • H. Ikegami, Y. Tsutsumi, K. Kono. "Chiral symmetry breaking in superfluid 3He-A". Science, 2013, doi: 10.1126/science.1236509

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 河野低温物理研究室
専任研究員 池上 弘樹 (いけがみ ひろき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 超流動ヘリウム3-A相、超流動ヘリウム3
    液体ヘリウム3を0.001K付近の温度まで冷却した時に実現される流動性が高い量子的状態。A相、B相、A1相の3つの状態が実現することが知られている。超流動ヘリウム3-A相だけがカイラル対称性を破る。ヘリウム3原子はフェルミ粒子であるため、超流動状態に転移するためには、2個のヘリウム3原子がクーパー対を作る必要がある。これは超伝導と同じ現象である。しかし、従来の超伝導ではクーパー対の軌道角運動量がゼロのs波状態に対し、超流動ヘリウム3では軌道角運動量が1のp波状態である。
  2. クーパー対
    超流動ヘリウム3では、ヘリウム3原子2個ずつが(超伝導の場合は電子2個ずつが)対になったほうがエネルギー的に安定になる。この粒子対はクーパー対と呼ばれ、ボース粒子として振る舞う。このクーパー対がボーズ・アインシュタイン凝縮を起こすことにより、液体ヘリウム3は超流動状態になる。
  3. カイラル対称性の破れ
    超流動ヘリウム3-A相では、全てのクーパー対は、ある軸の周りを同じ向きに回転している。この軸に対する右回りと左回りの状態は同じエネルギー状態である。そのため、超流動ヘリウム3-A相に相転移する際に、右回りと左回りのどちらが実現されるかに優位性はない。しかし実際には、右回りと左回りのどちらか一方が実現される。この右回りと左回りのどちらかが選ばれることを、ここではカイラル対称性の破れと呼ぶ。
  4. 液体ヘリウム3
    質量数が3のヘリウム原子3Heを約3Kまで冷却して得られる液体。ヘリウム3 原子はフェルミ粒子であり、約1K以下の温度でフェルミ液体と呼ばれる量子液体状態になる。なお、超伝導磁石などの冷却剤に用いられる液体ヘリウムは、質量数が4のヘリウム原子4He(ボーズ粒子)を冷却して得られる液体であり、液体ヘリウム3とは全く異なる性質を示す。
  5. 固有マグナス力
    超流動ヘリウム3-A相中で、小さな物体(例えば電子)が移動するときに働くと予言されている量子力学的な力。クーパー対の軌道角運動量が起源である。物体の進行方向と、クーパー対の軌道角運動量の向きの両方に垂直な方向に働く。
  6. 位相欠陥
    対称性の破れた相で、複数の領域が互いに接触するとき、領域の境界に生成される特殊な構造物。超伝導体中の渦糸や強磁性体中の磁壁は位相欠陥の代表的な例である。また、宇宙ひもは、初期宇宙において対称性の破れを伴う相転移の結果できたと考えられる位相欠陥である。超流動ヘリウム3-A相においても、カイラル対称性の破れの結果として、複数の特殊な位相欠陥が生じる。

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軌道角運動量(クーパー対の回転方向)。上向き(右回転)。下向き(左回転)。

図1 超流動ヘリウム3-A相の表面での軌道角運動量の向き

表面では、上向き(クーパー対の運動が右回転)または下向き(左回転)の軌道角運動量が許される。

液体ヘリウム3:右回転、左回転の区別なし。超流動ヘリウム3-A相:右回転、左回転のどちらか一方が選ばれる。右回転(軌道角運動量:上向き)。左回転(軌道角運動量:下向き)

図2 超流動ヘリウム3-A相におけるカイラル対称性の破れ

超流動転移に伴い、クーパー対の運動が右回転か右回転(軌道角運動量が上向きか下向き)のどちらか一方が選ばれる。

軌道角運動量と固有マグナス力を表す図

図3 固有マグナス力

クーパー対の軌道角運動量の向きが反対の場合、固有マグナス力が働く方向も反対になる。

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