広報活動

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2013年7月8日

理化学研究所

窒素欠乏時のラン藻の代謝を網羅的に解析し、代謝の矛盾を解消

-窒素欠乏時には炭素とエネルギーを分散させて蓄積することを発見-

ポイント

  • 窒素欠乏時にグリコーゲンだけでなくコハク酸やリンゴ酸などの炭素化合物量が増加
  • 窒素欠乏時にラン藻内の19種類のアミノ酸の量も変化
  • 炭素代謝の理解により、ラン藻を用いた有用炭素化合物生産に新たな可能性

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、窒素欠乏時のラン藻の代謝変化の全体像を明らかにし、窒素源枯渇時には炭素源を複数の炭素化合物に分散させて貯蔵するという、ラン藻独自の戦略を明らかにしました。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)統合メタボロミクス研究グループ代謝システム研究チームの小山内崇客員研究員(JSTさきがけ専任研究者)と及川彰客員研究員(山形大学准教授兼任)、平井優美チームリーダー、斉藤和季グループディレクターら研究グループの成果です。

植物や藻類などが行う光合成は、光エネルギーを利用し水と二酸化炭素から糖などの炭素化合物や酸素を作り出します。微細藻類の一種であるラン藻は、窒素が欠乏した状況になると、エネルギーと炭素の貯蔵源として多糖(グリコーゲン)の合成という生体内の化学反応「代謝」を起こします。しかし、同じ窒素欠乏時で、グリコーゲン分解に働く遺伝子が活性化(転写)されることが分かっており、一方で代謝によるグリコーゲンの合成、他方で遺伝子の転写による分解という正反対の働きをする矛盾が生じていました。

この矛盾を解消するため、研究グループは、キャピラリー電気泳動質量分析(CE-MS)[1]を用いて、窒素欠乏下でのモデルラン藻「シネコシスティス[2]」の代謝産物の一斉解析(メタボローム解析)を行いました。その結果、グリコーゲンだけでなく、コハク酸やリンゴ酸などの炭素化合物量が大きく増加することが分かりました。このことから、ラン藻は「窒素欠乏時に、複数の炭素化合物に分散させて炭素とエネルギーを蓄積する」ことが明らかになりました。また、核酸を構成するプリンヌクレオチド[3]らは減少しており、特に高エネルギーなヌクレオチドから減少していることが分かりました。さらに19種類のアミノ酸の量的変化も観察されました。

今回の研究成果は、ラン藻の「代謝」と「遺伝子(転写)」との間にある矛盾を解消し、炭素代謝変化を明らかにしたものです。今後、バイオプラスチックの原料などの有用化合物を合成するラン藻の、外部環境による、炭素源の流れと蓄積の変化と制御機構を理解することで、さまざまな有用化合物の生産制御に貢献すると期待できます。

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の一環として行われ、欧州の科学雑誌『Environmental Microbiology』オンライン版に掲載されました。

背景

植物や藻類が行う光合成は、太陽光などの光エネルギーを生体エネルギーに変換する生化学反応のことです。この生化学反応は2つの経路があり、1つは光エネルギーを使って水と空気中の二酸化炭素から炭素化合物(例えば、ブドウ糖やデンプンなど)を合成します。もう1つは、水を分解する過程で生じた酸素を大気中に供給します。このように光合成生物の存在は、他の生物が活動する上で必須であり、またそれらの生物の理解は、光と二酸化炭素の資源化といった観点からも非常に重要です。

生物は、生命の維持のために外界から取り入れた無機物や有機化合物を素材として、体内で様々な化学反応(代謝)を行います。代謝には炭素が多く用いられ、特に有用な化合物の基本骨格として使われるため重要です。また、代謝のなかには、光合成から合成された糖を分解することでエネルギーや他の化合物を得る経路もあります。

微細藻類の一種であるラン藻は、窒素が欠乏した状況になると、代謝によってエネルギーと炭素の貯蔵源として多糖であるグリコーゲンを多量に合成し、通常と比較する1日で10倍以上も蓄積します。このことから、窒素欠乏時には糖の合成反応の方向に「代謝」が進行すると考えられていました。しかし、研究グループの過去の研究から、窒素欠乏状態になると解糖系[4]でグリコーゲンの分解反応に関わる遺伝子群が活性化(転写)、それに伴いmRNA量、タンパク質量および酵素活性も増加することが分かっていました。このように、窒素欠乏下のラン藻では、代謝によるグリコーゲンの合成、他方で遺伝子の転写による分解という正反対の働きをする矛盾が生じていました。研究グループは、この矛盾した現象に着目し、体内で窒素固定できない(非窒素固定型)モデルラン藻「シネコシスティス」の炭素代謝変化を解析し、光合成と代謝の包括的な理解を目指しました。また、シネコシスティスは、バイオプラスチック原料となるポリヒドロキシ酪酸(PHB)[5]などの有用物質を生産することで知られており、バイオマスとして利用が期待されている生物でもあります。

研究手法と成果

研究グループは、窒素欠乏時の代謝の実態を解明するために、キャピラリー電気泳動質量分析(CE-MS)を用いて、窒素欠乏下のラン藻の代謝産物を一斉解析(メタボローム解析)しました。その結果、グリコーゲンだけでなく、他にも増加する炭素化合物があることが分かりました。特に、TCAサイクル[6]の有機酸(2−オキソグルタル酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸)が増加していました。窒素欠乏4時間後には、2−オキソグルタル酸とコハク酸は約4倍、フマル酸は約10倍、リンゴ酸は約8倍に増加しました(図1)。以上から窒素欠乏時には、グリコーゲンを合成するだけでなく、有機酸やポリヒドロキシブタン酸といった複数の炭素化合物を合成することで、エネルギーを蓄積することが分かりました(図2

一方、核酸を構成しているプリンヌクレオチド群が一斉に減少していることが分かりました。複数のプリンヌクレオチドの減少度合いを調べてみると、面白いことに、リン酸基を多く持つ、つまり高エネルギーであるプリンヌクレオチドから大きく減少していることが分かりました。この現象は、窒素欠乏が引き起こす休眠状態に入っていく過程で、高エネルギー物質を先に減少させる「生物の戦略」と考えられます。

また、窒素欠乏4時間後のラン藻内にある主要な19種類のアミノ酸量を測定したところ、19種類全てが、窒素欠乏時に変化すると分かりました(図3)。窒素を多く含む6種類のアミノ酸(グルタミン、アスパラギンなど)は減少する一方、13種類と多くのアミノ酸(ロイシン、イソロイシンなど)は増加していました。この結果から窒素欠乏時にラン藻は、窒素を多く含む化合物をなるべく減らすことが考えられます。非窒素固定型のラン藻では、窒素欠乏時に光合成の集光装置であるフィコビリソームを分解します。フィコビリソームは、タンパク質の巨大な複合体のため、フィコビリソームを分解することにより、細胞内にアミノ酸を供給していると考えられています。今回観察された、窒素欠乏下でのアミノ酸の増加は、このフィコビリソームの分解に起因する可能性があります。

今後の期待

本研究では、窒素欠乏時のラン藻がグリコーゲン以外に複数の炭素化合物を合成することで、エネルギーを蓄積すると分かりました。こうして、グリコーゲンの「代謝」と「遺伝子(転写)」が同時に起こっているという矛盾を解消しました。また、外部環境変化によるラン藻の炭素代謝変化を明らかにすることできました。さまざまな有用化合物は、炭素を骨格として合成されるため、外部要因による炭素源の流れと蓄積の変化を理解することで、バイオプラスチックをはじめとする化学工業原料の生産制御につながることが期待できます。

原論文情報

  • Takashi Osanai, Akira Oikawa, Tomokazu Shirai, Ayuko Kuwahara, Hiroko Iijima, Kan Tanaka, Masahiko Ikeuchi, Akihiko Kondo, Kazuki Saito, and Masami Yokota Hirai. "Capillary Electrophoresis-Mass Spectrometry Reveals the Distribution of Carbon Metabolites during Nitrogen Starvation in Synechocystis sp. PCC 6803". Environmental Microbiology, in press.

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ 代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美 (ひらい まさみ)
客員研究員 小山内 崇 (おさない たかし)

お問い合わせ先

環境資源科学研究推進室 土屋 陽子
Tel: 048-467-9449 / Fax: 048-465-8048

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. キャピラリー電気泳動質量分析(CE-MS)
    細胞中の代謝産物を一斉解析する「メタボローム解析」の手法の1つ。キャピラリー(毛細管)と呼ばれる細い管を用いて電気泳動を行うことにより、細胞抽出物中で混合物として存在する代謝産物を分離する。分離した代謝産物をイオン化し、質量分析器(マススペクトロメーター)によって検出する。
  2. シネコシスティス
    淡水性のラン藻。単細胞性の球菌で、直径が約1.5から2.5マイクロメートル。窒素固定を行わないラン藻である。ラン藻種の中で、最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子改変が可能であることからモデルラン藻として広く研究されている。
  3. プリンヌクレオチド
    プリン塩基(C5N4H4)を持ったヌクレオチド。ヌクレオチドは、塩基と糖が結合した化合物にリン酸基が結合した物質。核酸成分として、アデニンヌクレオチドとグアニンヌクレオチドが知られている。
  4. 解糖系
    グルコースをピルビン酸などの有機酸へと分解する一連の化学反応のこと。グルコースからピルビン酸への反応の間に、2分子のATPと2分子のNADHが合成される。
  5. ポリヒドロキシ酪酸(PHB)
    微生物が合成するポリエステル。生分解性を有し、すでに工業レベルで生産されているプラスチック原料。窒素やリンの欠乏時に、炭素貯蔵源として合成される。
  6. TCAサイクル
    クエン酸サイクル、トリカルボン酸サイクル、クレブスサイクルとも呼ばれる。アセチルCoAとオキサロ酢酸からクエン酸を合成する反応から始まる一連の代謝経路。呼吸に用いられる還元力を生産するとともに、二酸化炭素が生成する。

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クエン酸回路の代謝産物量が顕著に変化。特に、2-オキソグルタル酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸が、窒素欠乏4時間後に大きく増加。

図1 窒素欠乏後のTCAサイクル代謝産物量の変化

窒素欠乏後4時間で、2-オキソグルタル酸(2-Oxoglutarate)、コハク酸(Succinate)、フマル酸(Fumarate)、リンゴ酸(Malate)が大きく増加。

窒素欠乏後には、上流のグリコーゲンだけでなく、下流のTCAサイクルの有機酸やポリヒドロキシブタン酸が合成される。

図2 窒素欠乏後の炭素貯蔵源の模式図

ラン藻シネコシスティスは、グリコーゲンを合成すると同時に、糖代謝下流のTCAサイクルの有機酸や、ポリヒドロキシブタン酸を合成する。

窒素欠乏時4時間後には、検出された19種類のアミノ酸全てが、有意に変化することが分かった。

図3 窒素欠乏時の19種類のアミノ酸量変化

窒素欠乏4時間後のラン藻内の主な19種類のアミノ酸量の変化。19種類のうち、一方窒素を多く含む6種類のアミノ酸は減少した一方、13種類と多くのアミノ酸が窒素欠乏後に増加した。黒色:窒素がある状態、灰色:窒素欠乏後4時間の状態

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