広報活動

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2013年8月2日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人岡山大学

金属イオンの濃度に応答して色調が変わるケミカルセンサーを開発

-環境中、生体内の銅イオン検出・定量分析に有用なツール-

ポイント

  • 有機蛍光色素のABPXを金属イオン解析用のケミカルセンサーに改良
  • Cu2+の濃度変化を簡便に識別できる目視分析法と吸光光度定量法に適用
  • 迅速な定量手段が求められる環境計測や医療診断などへの応用に期待

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と岡山大学(森田潔学長)は、金属イオンを認識して発色し、その発色濃度に応じて色調が変化するケミカルセンサーを開発しました。これは、理研ライフサイエンス技術基盤研究センター(渡辺恭良センター長)次世代イメージング研究チームの榎本秀一チームリーダー(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科教授兼任)、神野伸一郎研究員,岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の白崎良尚連携大学院生と鈴鹿医療科学大学薬学部の米田誠治助教らによる共同研究グループの成果です。

炭素や水素などの有機物から成る有機色素には、特定のイオンや分子と反応することで色を変化させる特徴を持つ機能性色素[1]と呼ばれるものがあります。この機能性色素の性質を利用したケミカルセンサーは、環境中の化学物質や生体内の分子の存在を目視で簡単に判定できることから、環境モニタリングや医療診断などに広く用いられています。しかし、分析対象物の存在だけでなく、その濃度の増減にも応答して色調を変化させるタイプのケミカルセンサーはこれまでほとんどありませんでした。

共同研究グループは2010年に、水素イオンの化学刺激により2つのスピロ環[2]が開くことで分子構造が変化し、色調が変わる有機蛍光色素「アミノベンゾピラノキサンテン系 (ABPX)色素[3]」を開発しました。今回、この発色原理を応用した金属イオン濃度に反応するケミカルセンサーを開発するため、2価の銅イオン(Cu2+)と結合親和性の高いヒドラジド[4]と呼ばれる構造をABPXへ導入した「ABPX-ヒドラジド(ABPX-hy)」を合成しました。ABPX-hyの溶液は無色ですがCu2+を加えると発色し、さらに濃度が高くなるにつれ、色は赤桃色から紫色へと変化していくことが目視で確認できました。また、目視分析に加え吸光光度計を併用することで、Cu2+を簡便かつ精確に定量分析できることも分かりました。今後、さまざまなイオンや分子と結合するようにスピロ環部位の構造を変えることで、迅速な定量手段が求められる環境計測や診断分野などの新たな分析ツールとなることが期待できます。

本研究は,JSTの研究成果最適展開支援プログラム事業「A-STEP」における研究課題「高効率でマルチカラー蛍光を有するアミノベンゾピラノキサンテン系(ABPX)蛍光色素の開発と発光素子への応用展開」(研究代表者:神野伸一郎)と科研費の挑戦的萌芽研究における研究課題「光線的力学療法剤の新規蛍光色素は太陽電池デバイスとなるか?」(研究代表者: 榎本秀一)の一環として行われました。成果は、ドイツの科学雑誌『Chemistry–An Asian Journal』のオンライン版(7月10日付け)に掲載されました。また8月29日から東京ビックサイトで開催されるイノベーションジャパン2013で展示予定です。

背景

機能性色素を用いるケミカルセンサーは、色素分子と分析対象物であるイオンや分子との特異的な化学反応により生じる発色性の変化を利用したものです。分析対象物の目視による検出や、発色変化を光吸収のシグナル変化として分光光度計などで解析することで定量分析も簡便に行うことができます。このようなケミカルセンサーは、環境測定や医療診断などすでに幅広い分野で利用されています。しかし、分析対象物と結合することで単色に発色するタイプのセンサーは数多く開発されていますが、分析対象物の濃度の増減に応答して色調が変化するものはこれまでほとんどありませんでした。濃度変化の様子を目視で把握できれば、従来のセンサーと比べ極めて汎用性の高い分析技術となります。

共同研究グループは、2011年に機能性色素の一種である有機蛍光色素のアミノベンゾピラノキサンテン系(ABPX)色素を発見し、その製造法の開発に成功しました。また、スピロラクトン型構造[5]のABPXは、溶液中に存在する水素イオンと結合し、モノカチオン型構造[5]からジカチオン型構造[5]へと段階的に変化することで、無色から桃色へ、さらに紫色へと色調が段階的に変化します注)図1)。そこで、1分子で多色を示すABPXの性質を金属イオン解析用のケミカルセンサーへ応用すれば、金属イオンの濃度変化に応じて色調が変わっていく新しいタイプのセンサーが開発できると考えました。

本研究では、分析対象物として銅イオンを選択しました。銅イオンは多くの生命現象に関わる必須微量金属である一方、アルツハイマー病やパーキンソン病などの発症に関与することが知られています。また、重金属の1種である銅イオンは環境中で高い毒性を有するため、その濃度変化をモニタリングできる簡便な手法の開発が求められています。

注)2013年2月14日プレスリリース

研究手法と成果

共同研究グループは,2価の銅イオン(Cu2+)と結合親和性の高いヒドラジドをABPXに導入したABPX-ヒドラジド(ABPX-hy)を合成しました(図2左)。続いて、ABPX-hyとCu2+との発色性を吸光光度法で調べた結果、Cu2+の添加に依存して吸収スペクトルが長波長側に移動し、ABPX-hyのヒドラジド部位にCu2+が1つまたは2つ配位することで、スピロ環が開閉したモノカチオン型構造とジカチオン型構造に由来する吸収帯がそれぞれ観察されました。また、0.064 µg・mL-1 ~ 95.3 µg・mL-1の広いCu2+濃度範囲で定量可能であり、多種の金属イオンの反応性を調査した結果、Cu2+に対して高い選択性を有する吸光光度定量法を開発することに成功しました(図2右)。さらに、従来の色素は単色の濃淡のみであり、Cu2+の濃度の違いが明瞭に区別できなかったのに対し、無色のABPX-hyにCu2+を添加したところ赤桃色になり、さらにCu2+濃度を高めていくと色調が徐々に紫色に変化しました。これにより、ABPX-hyはCu2+の濃度変化を目視で明瞭に確認できることが分かりました(図2左下)。

今後の期待

本研究ではABPXの持つ一分子多色性を利用することで、銅イオンの存在に応答して発色するだけでなく、その濃度を認識して色調が変化する新しいケミカルセンサーの原理を構築することに成功しました。目視での定量性を大きく向上させた本手法は、迅速な定量手段が求められる環境計測や診断分野において有用な技術基盤を提供するものです。

本研究で確立した、ABPXのスピロ環部位の構造を変えることで銅イオンだけを認識させる手法は、銅以外の金属イオンや小分子などについても適用できると考えられます。今後、さまざまな物質の濃度を視覚的に判断できる環境計測用試薬や簡易診断薬としての応用が期待できます。

原論文情報

  • Yoshinao Shirasaki, Shinichiro Kamino, Masaru Tanioka, Keiko Watanabe, Yasuo Takeuchi, Seiji Komeda, and Shuichi Enomoto, "New Aminobenzopyranoxanthene-Based Colorimetric Sensor for Copper(II) Ions with Dual-Color Signal Detection System",
    Chemistry-An Asian Journal, 2013, doi: 10.1002/asia.201300515

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング応用研究グループ 次世代イメージング研究チーム
チームリーダー 榎本 秀一 (えのもと しゅういち)
研究員 神野 伸一郎 (かみの しんいちろう)

お問い合わせ先

ライフサイエンス技術基盤研究センター
チーフ・サイエンスコミュニケーター 山岸 敦 (やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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国立大学法人岡山大学 総務・企画部 企画・広報課
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 機能性色素
    効率良く光エネルギーを吸収・放出する性質に優れた色素。工業分野では有機EL、色素増感型太陽電池や色素レーザーなどのさまざまな最先端技術の素材の1つとして利用される。また生命科学の分野では、紫外線などの照射で発光する有機系蛍光色素が、生体内の分子や細胞を観察するための目印として用いられる。
  2. スピロ環
    分子の構造で、2つの環が1つの原子で結合したものをスピロ環と呼ぶ。研究グループはこれまでに、ABPXのスピロ環部位と水素イオンが反応することで、分子の構造が変化し発色することを明らかにしている。
  3. アミノベンゾピラノキサンテン系(ABPX)色素
    有機物からなる色素のうち、外部からの光エネルギーを蛍光に変換できるものを有機蛍光色素と呼ぶ。その代表例の1つがローダミン系色素であり、ABPXはローダミンを基本骨格とし、分子中のアリール部位を伸長して発光に関与する部分を拡張したもの。
  4. ヒドラジド
    ヒドラジンと呼ばれる化合物がカルボン酸とアミド結合した構造のこと。これに含まれる末端の窒素と酸素がCu2+と強く結合することが知られている。
  5. スピロラクトン型構造、モノカチオン型構造、ジカチオン型構造
    スピロラクトン型構造は、ABPXの2つのカルボン酸がスピロ環状に閉じた構造。溶液中でスピロラクトン型のABPXに水素イオンを1つ添加すると、モノカチオン構造となり、さらに水素イオンをもう1つ添加すると、ジカチオン型構造となる。

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分子型のABPX01[0]、モノカチオン型のABPX01H[+]、ジカチオン型のABPX01H2[2+]

図1 ABPXの溶液中での分子構造と発色や蛍光の様子

ABPX-ヒドラジドの特徴の図

図2 金属イオン解析用のケミカルセンサーとなるABPX-ヒドラジド(ABPX-hy)の特徴

(左上)ABPX-ヒドラジドの分子構造。
(左下)ABPX-ヒドラジド溶液に2価銅(Cu2+)を徐々に加えていった際の写真。銅濃度の上昇に従って無色から赤桃色に、さらに紫色になっていく 。
(右) ABPX-ヒドラジドと2価銅の混合溶液の吸収スペクトル。銅濃度の上昇に伴い,長波長領域の吸収が急激に増大していく。

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