広報活動

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2013年8月7日

独立行政法人理化学研究所

おやっ、危険なにおい?

-嗅覚の鋭敏さを生み出す新規分子「グーフィー(Goofy)」を発見-

ポイント

  • グーフィーは、匂いを受容する嗅細胞に発現するタンパク質
  • グーフィー遺伝子を欠損させたマウスは匂い刺激に鈍感になる
  • 匂いの情報伝達や嗅覚障害の分子メカニズムを解明する手掛かりに

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、匂いを受容する嗅細胞[1]に存在し、嗅覚機能の鋭敏さに必要なタンパク質を発見しました。これは理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)シナプス分子機構研究チームの吉原良浩チームリーダー、後藤智美テクニカルスタッフらによる研究成果です。

嗅覚は多くの生物にとって、食べ物の探索や危険の感知、生殖活動の誘発など、生命活動に不可欠な役割を果たしています。野生動物ではいかに鋭敏に匂いを感知できるかが個体の生存や子孫の繁殖のために重要となります。しかし、匂いを鋭敏に感知する分子メカニズムについてはこれまでほとんど分かっていませんでした。

研究チームはマウスを用い、鼻腔内の嗅上皮[2]に存在する膜タンパク質・分泌タンパク質群をコードする遺伝子の網羅的解析を行い、12種類の新規遺伝子を発見しました。その中の1つの遺伝子からできるタンパク質は嗅細胞に発現し、細胞内の物質輸送などを司る小器官であるゴルジ体に局在していました。研究チームはこのタンパク質を「グーフィー(Goofy)[3]」と名付けました。グーフィー遺伝子を欠損させたマウスでは、匂い分子をキャッチする嗅繊毛(きゅうせんもう)[4]が短くなり、また匂いの情報を神経の電気信号へと変換する過程に必須な酵素「アデニル酸シクラーゼⅢ」が嗅繊毛で減少していることが分かりました。また、マウスの天敵であるキツネの匂い(TMT)をグーフィー遺伝子欠損マウスに嗅がせると、高濃度のTMTに対しては正常マウスと同様にすくんだり、匂いのある側を避ける忌避(きひ)行動を示しましたが、低濃度のTMTでは忌避行動が見られないという異常が観察されました。これらの結果からグーフィーは動物が匂いを鋭敏に感知するのに必須なタンパク質であることが明らかとなりました。

生命活動に重要な役割を果たす嗅覚ですが、視覚障害や聴覚障害と比べると、嗅覚の障害は原因の究明が遅れています。匂いに対する鋭敏さを調節するグーフィーの発見は、嗅覚障害の分子メカニズムを解明する手掛かりになると期待できます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 特定領域研究「細胞感覚」、JST戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「東原化学感覚シグナルプロジェクト」の一環として行われ、米国の科学雑誌『The Journal of Neuroscience』に掲載されるに先立ち、オンライン版(8月7日付け:日本時間8月8日)に掲載されます。

背景

五感の1つである嗅覚は、多くの生物にとって食べ物の探索、危険の感知、記憶の想起、情動の発現など生命活動に重要な役割を果たしています。特に野生の動物においては、最初に餌を見つける、いち早く敵に気付く、繁殖のためのパートナーを見つける、といった本能的な生命の営みに嗅覚を用いており、匂いに対して敏感でなければ生き残ることも子孫を残すこともできません。

匂いの成分である多種多様な化学物質(匂い分子)は、鼻腔内の嗅上皮に存在する嗅細胞で受容されます。嗅細胞は鼻腔表面に嗅繊毛を広げており、この嗅繊毛には嗅覚受容体[5]をはじめ、GTP結合タンパク質(Golf)、アデニル酸シクラーゼⅢ(cAMP合成酵素)、cAMP依存的陽イオンチャネルなどの嗅細胞特有の細胞内情報伝達分子群が集積しています。嗅覚受容体に結合した匂い分子の情報は、これらシグナル伝達分子群の連続的な働きによって、効率的に電気信号へと変換され、神経の興奮をもたらします(図1)。そしてその情報は脳の嗅球へ、さらには高次嗅覚中枢(梨状皮質、扁桃体など)へと送られ、匂いの認識、識別、記憶、情動の変化、誘引あるいは忌避行動などが誘起されます。

1991年に米国コロンビア大学のリンダ・バック博士とリチャード・アクセル博士が嗅覚受容体遺伝子群を発見(2004年ノーベル医学生理学賞受賞)して以来、約20年間に嗅覚研究は飛躍的な進展を遂げ、匂いの受容機構と鼻から脳への神経配線様式については多くの部分が解明されてきました。しかし、匂いの知覚における鋭敏さを生み出す分子メカニズムについては何も分かっていませんでした。

そこで、研究チームは、匂いの受容機構の要となる嗅細胞に存在するタンパク質を全体的に調べることで、嗅覚機能を司る重要分子を発見することを目指しました。

研究手法と成果

(1)嗅細胞に発現するタンパク質「グーフィー(Goofy)」の発見

研究チームは、マウス嗅細胞に存在する膜タンパク質・分泌タンパク質の網羅的解析を目指して、マウス嗅上皮からRNAを精製し、それらに相補的な配列を持つcDNAのライブラリーを作製しました。酵母を用いたシグナル配列トラップ法[6]によるスクリーニングを行うことにより、マウス嗅上皮のcDNAライブラリーから、新規タンパク質をつくる12種類の遺伝子を発見しました。そのうちの1つがつくるタンパク質は、匂いを受容する嗅細胞とフェロモンを受容する鋤鼻(じょび)感覚細胞に強く発現しており、私たちは「グーフィー(Goofy; Golgi protein in olfactory neurons)」と名付けました。また、グーフィーを認識する抗体を作製し、嗅上皮切片の免疫組織化学的染色を行った結果、グーフィーは嗅細胞内で膜タンパク質や分泌タンパク質の修飾や細胞内輸送を担う、ゴルジ体という細胞内小器官に局在することが明らかとなりました。

さらにグーフィー遺伝子に緑色蛍光タンパク質(GFP)[]遺伝子をつないだ遺伝子改変マウスを作製したところ、GFP蛍光はマウスの鼻の嗅細胞と鋤鼻感覚細胞だけで明るく観察され、他の組織や臓器では全く確認できませんでした(図2)。この結果から、グーフィーは嗅覚機能における何らかのユニークな役割を果たすことが示唆されました。

(2)グーフィーは嗅覚の鋭敏さに必要不可欠

グーフィーの機能を調べるため、グーフィー遺伝子を欠損させたマウスを作製し、その異常の有無を野生型マウスと比較しました。その結果、グーフィー遺伝子欠損マウスでは、鼻腔表面に広がっている嗅繊毛が通常より短くなっていることが分かりました(図3)。また、匂いの情報を電気信号に変換する過程で重要な働きをする酵素「アデニル酸シクラーゼⅢ」が、嗅繊毛だけでなく嗅細胞の軸索や嗅球の神経終末にも多量に存在しており、細胞内局在に異常があることが分かりました。また、さまざまな匂い分子に対する嗅上皮の電気生理学的応答を測定したところ、正常なマウスに比べて、グーフィー遺伝子欠損マウスでは嗅細胞の反応が鈍くなっていました(図4)。さらに、マウスにとって天敵であるキツネの糞由来の匂い分子(TMT;2,4,5-トリメチルチアゾリン)をグーフィー遺伝子欠損マウスに嗅がせたところ、高濃度のTMTに対しては正常マウスと同様にすくんだり、匂いのある側を避ける忌避行動を示したりしましたが、低濃度のTMTに対しては忌避行動が見られないという異常が観察されました(図5)。これらの実験結果により、グーフィーは嗅覚を敏感に感じ取るのに重要な役割を担っていることが分かりました。

今後の期待

嗅覚は、多くの動物にとって生存に関わる大きな役割を担っており、匂いを敏感に感じ取れることは生き残る上で非常に有利となります。また私たち人間にとっても、正常かつ鋭敏な嗅覚はQOL(Quality of Life)を高めるために重要な感覚です。しかし、視覚障害や聴覚障害と比べて、嗅覚障害についてはその原因の究明が遅れています。匂いに対する鋭敏さに関連するタンパク質グーフィーの発見は、嗅覚障害の分子メカニズムを解明する手掛かりになると期待できます。

原論文情報

  • Tomomi Kaneko-Goto, Yuki Sato, Sayako Katada, Emi Kinameri, Sei-ichi Yoshihara, Atsushi Nishiyori, Mitsuhiro Kimura, Hiroko Fujita, Kazushige Touhara, Randall R. Reed, and Yoshihiro Yoshihara. "Goofy Coordinates the Acuity of Olfactory Signaling". The Journal of Neuroscience, 2013 doi:10.1523/JNEUROSCI.4948-12.2013

発表者

独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター シナプス分子機構研究チーム
チームリーダー 吉原 良浩 (よしはら よしひろ)

お問い合わせ先

脳科学研究推進室
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-467-4914

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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産業利用に関するお問い合わせ

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補足説明

  1. 嗅細胞
    嗅上皮に存在し、匂い分子を受容する神経細胞。嗅細胞で受容された匂い分子の情報は電気信号に変換され、軸索(嗅神経)を介して脳の嗅球へと伝達される。
  2. 嗅上皮
    鼻腔の奥(背側後部)に存在し、匂いを感知するために特殊化した上皮組織。
  3. グーフィー (Goofy)
    嗅細胞のゴルジ体に局在するタンパク質(Golgi protein in olfactory neurons)であることから、理研シナプス分子機構研究チーム吉原チームリーダーらがGoofyと名付けた。
  4. 嗅繊毛
    嗅細胞の先端部にある運動性の繊毛で、嗅組織(嗅上皮)の表面に広がっている。嗅繊毛には嗅覚受容体、情報伝達分子、イオンチャンネルなどが豊富に局在しており、匂い分子の情報が効率的に電気信号へと変換されることで嗅細胞の興奮が引き起こされる。
  5. 嗅覚受容体
    鼻腔に入ってきた「匂い分子」を認識・結合する受容体。嗅細胞の嗅繊毛に発現している。
  6. シグナル配列トラップ法
    膜タンパク質や分泌タンパク質の多くはそれらのアミノ末端に、15~30残基からなり、疎水性アミノ酸を多く含むシグナル配列を有する。シグナル配列はこれらタンパク質が膜を通過するために必要である。シグナル配列トラップ法は、この配列に着目してcDNAライブラリーから膜タンパク質や分泌タンパク質を選択的に同定する方法である。これまでに酵母細胞や哺乳動物細胞などを用いた各種シグナル配列トラップ法が開発されている。
  7. 緑色蛍光タンパク質(GFP)
    Green Fluorescent Protein(GFP)。オワンクラゲに由来する緑色蛍光タンパク質。自身のペプチドを材料に発色団(光の吸収や放出に関わる構造単位)を作り蛍光活性を獲得する。1960年代に下村脩博士(現ボストン大学名誉教授他)によってエクオリンとともに発見・分離精製され、下村博士はこの発見で2008年にノーベル化学賞を受賞した。

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マウスの嗅細胞における匂い情報のシグナル伝達機構図

図1 マウスの嗅細胞における匂い情報のシグナル伝達機構

鼻腔に入った匂い分子は嗅繊毛に存在する嗅覚受容体に結合する。その情報は、GTP結合タンパク質(Golf)、アデニル酸シクラーゼⅢを介して細胞内cAMP濃度の上昇を引き起こす。cAMPは細胞膜の陽イオンチャンネルを開き、細胞内への陽イオンの流入が膜の脱分極をもたらし、活動電位を発生させる。このようにして匂い分子の情報は電気信号へと変換され、脳へと伝えられる。

グーフィー遺伝子の発現制御下にGFPを発現させた遺伝子改変マウスの写真

図2 グーフィー遺伝子の発現制御下にGFPを発現させた遺伝子改変マウス(Goofy-GFPマウス)

胎生15日目のGoofy-GFPマウス。GFPの緑色蛍光は、嗅上皮から嗅球へと軸索を投射する嗅細胞で観察され、他の組織や臓器ではみられない。

正常マウスとグーフィー遺伝子欠損マウスの嗅上皮を2種類の嗅覚受容体(Olfr2: 赤、Olfr6: 緑)に対する特異的抗体で染色し、嗅繊毛を嗅上皮の表面側から観察した図。と、嗅上皮を横から見た模式図

図3 グーフィー遺伝子欠損マウスでは嗅繊毛が短くなる(形態の異常)

マウス嗅上皮を2種類の嗅覚受容体(Olfr2: 赤、Olfr6: 緑)に対する特異的抗体で染色し、嗅繊毛を嗅上皮の表面側から観察した(上段)。嗅上皮を横から見た模式図(下段)。グーフィー遺伝子欠損マウスでは嗅繊毛が短くなっていた。

電気生理学的応答(嗅電図)の測定結果

図4 グーフィー遺伝子欠損マウスは匂いに鈍感(神経活動の異常)

さまざまな匂い分子に対する嗅上皮の電気生理学的応答(嗅電図)の測定結果。グーフィー遺伝子欠損マウスではどの匂いに対しても、正常マウスに比べて鈍い反応を示した。

匂い分子(TMT)に対するマウスのフリージング(すくみ)反応

図5 グーフィー遺伝子欠損マウスは天敵の匂いにも鈍感(行動の異常)

天敵であるキツネから発せられる匂い分子(TMT)に対するマウスのフリージング(すくみ)反応を調べた。グーフィー遺伝子欠損マウスは高濃度のTMTに対してはフリージングが観察されたが、低濃度のTMTに対しては反応がなかった。一方、正常マウスでは低濃度のTMTでもフリージングが観察された。

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