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2013年9月12日

理化学研究所

キャッサバの系統間におけるDNA配列の違いを網羅的解析により同定

-キャッサバのゲノム育種を加速し、食糧問題の解決に貢献-

ポイント

  • キャッサバでは最大規模の10,000カ所以上の系統間におけるDNA配列の違いを同定
  • ストレス応答や病害耐性に関与する遺伝子とDNA配列の違いとの関連性を発見
  • 本研究で得られた情報をデータベース化、世界の研究者に提供

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、国際農業研究協議グループ(CGIAR)傘下の研究機関であるコロンビアの国際熱帯農業センター(ルーベン・エチェベリアセンター長)と協力し、デンプン原料作物であるキャッサバの17系統間におけるDNA配列の違い(DNA多型[1])を10,000カ所以上同定しました。この数はキャッサバでは最大規模となります。これを解析した結果、ストレス応答や病害耐性に関与する遺伝子とDNA多型との関連性が明らかになりました。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)統合ゲノム情報研究ユニットの櫻井哲也ユニットリーダーと同バイオマス工学連携部門 バイオマス研究基盤チームの持田恵一副チームリーダーらによる共同研究グループの成果です。

世界の人口が増加を続けている現在、食糧問題の解決のために作物増産は非常に重要な課題です。近年、気象環境の変化、土壌の劣化などにより、作物の耕作適地が失われ続けているため、耕作不適地での作物生育を実現することが求められています。タピオカの原料でもある熱帯低木のキャッサバは、多量のデンプンを塊根(芋)に貯蔵し、乾燥や酸性、貧栄養土壌といった耕作不適地でも栽培できる系統が存在するため、食糧問題を解決する糸口として期待されています。

共同研究グループは、ゲノム情報に基づいて品種改良を行うゲノム育種の推進を目的に、キャッサバの17系統間でDNA多型の網羅的探索を行いました。一塩基多型(SNP)[1]や塩基の挿入・欠失といった系統間におけるDNA多型情報は、ゲノム育種にとって有用です。得られた情報と遺伝子機能の関連性を解析した結果、ストレス応答や病害抵抗性に関与する遺伝子とDNA多型との関連性が明らかになりました。

また、本研究で得られたすべての情報をデータベース化した「Cassava Online Archive(英語)」をインターネット上に公開し、世界の研究者に提供したことで、本研究分野のさらなる加速が期待できます。

本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLOS ONE』(9月11日付け:日本時間9月12日)に掲載されます。

背景

世界の人口は、毎年7,000万人以上増加を続けており、食糧問題は深刻さを増しています。このため、作物増産は非常に重要な課題となっています。しかし、気温推移の変化や乾燥地域の拡大、さらに耕地の酷使による酸化、地下水位の低下、塩蓄積といった土壌の劣化により、1年間に世界中で、日本の農地面積に匹敵する500~700万ヘクタールもの耕地が失われています(出典:国際連合食糧農業機関統計データベース「FAOSTAT」)。こうした状況に対応するために、耕作不適地でも作物の生育を可能にすることが求められ、世界各国でさまざまな研究が行われています。

デザートでおなじみのタピオカの原料である熱帯低木のキャッサバは、根に塊根(芋)を形成し、重量の20~30%にあたるデンプンを蓄積します(図1)。全世界でおよそ10億人を養っている食糧源で、2011年度のキャッサバ生産量は2億5000万トンにのぼり主要作物の1つとなっています(出典:国際連合食糧農業機関統計データベース「FAOSTAT」)。また、乾燥や高温、酸性といった環境ストレスがある耕作不適地でも栽培ができる系統が存在し、アフリカ、東南アジア、南アメリカなどさまざまな地域で盛んに栽培されています。アジアでは、ベトナム、中国、カンボジアなどで栽培されています。食糧、家畜飼料、工業用デンプン原料として、さらにバイオマス資源として用途を広げ、増産が続いています。日本の輸入デンプン多くはキャッサバ由来のものであり、他のデンプン原料作物に比べタンパク質含有量が少なく精製しやすいため、加工デンプン(デキストリンなど)、調味料、不燃建材など、食品から工業用材料まで広く利用されています。

有用な作物であるキャッサバですが、近年、病気や害虫のまん延もあって大幅な減産が問題化し、特にアフリカでは70~80%も収穫量が減っています。したがって、病害抵抗性や高収穫性、環境ストレス適応性といった有用形質を持つ品種を開発する必要があります。これまでも世界各地でキャッサバの育種研究、系統間多型の探索が行われてきましたが、その同定は小規模なものがほとんどであり、情報の共有も限定的でした。

そこで共同研究グループは、ゲノム情報に基づいて効率的に品種改良を行うゲノム育種の推進を目的に、一塩基多型(SNP)や塩基の挿入・欠失といった系統間におけるDNA多型情報の大規模探索を行いました。

研究手法と成果

共同研究グループはこれまで、キャッサバ完全長cDNA[2]の大規模収集を行い、その網羅的なゲノム解析や遺伝子機能の解析を進めてきました注1)。今回行った系統間DNA多型の探索には、以前に共同研究グループが収集した完全長cDNAを含む16系統に加え、昨年にゲノム概要配列決定が報告された系統「AM560-2」を用いました。それらの配列情報を照らし合わせ、系統間におけるDNA配列の違いを精査することで、この17系統のDNA多型およそ10,000カ所を同定しました。これまでに報告されているDNA多型情報は3,000カ所程度であり、本成果により情報が大幅に拡充しました。また、各DNA多型を検出するためのプライマー配列[3]の設計も行いました。これは、育種研究で行われる表現形質との関連解析などで必要になる分子マーカーの開発に役立ちます。

次に、共同研究グループは本研究で得られたDNA多型情報のうちSNPに注目し、遺伝子を含むDNA領域に生じたSNPと、その遺伝子機能との関連性を解析しました。その結果、アミノ酸の変化を伴うSNP(非同義的置換)の割合が、NB-ARCドメインとロイシンリッチリピートと呼ばれる領域で高いことが分かりました。過去の研究により病害抵抗性に関する遺伝子が、この2つの領域を持つことが知られています。(図2)。さらに、全遺伝子と終止コドン[4]に塩基置換が生じることでタンパク質が正常よりも長くなる“読み過ごし変異”が生じている遺伝子を、14種類の機能に分類しました。その結果、全遺伝子に比べて読み過ごし変異が生じている遺伝子の割合が高いのは、「生物的・非生物的刺激応答」と「ストレス応答」の2つでした(図3)。生物的・非生物的刺激とは、細菌感染や昆虫などによる傷害、高温や低温、酸性などを指します。これらの結果から、キャッサバの病害抵抗性や環境ストレス耐性に関与する遺伝子とDNA多型との関連性が明らかとなりました。

また、共同研究グループは、本研究で得られたすべての情報をデータベース化した「Cassava Online Archive(英語)」をインターネット上に公開しました(図4)。主要なwebブラウザに対応し、世界の研究者は自由にアクセスできます。

今後の期待

キャッサバが獲得してきた有用形質に関与する遺伝子とDNA多型との関係性の発見は、ゲノム育種にとって重要な手掛かりとなります。また、DNA多型情報の提供、情報基盤の整備を行うことにより、ゲノム育種研究のより大規模かつ効率的な推進が期待できます。

2013年5月22日、ベトナムのグエン・ティエン・ニャン副首相を団長とする訪問団が理研横浜事業所を訪れ、理研環境資源科学研究センターとベトナム農業遺伝学研究所との間で、キャッサバのゲノム育種についての研究協力のさらなる強化に関する覚書を交わしました注2)。理研のオミックス[5]研究技術と作物育種の現場とが融合することで、食糧問題の解決だけでなく、炭素(二酸化炭素)の循環的利活用にも貢献すると期待できます。

原論文情報

  • Tetsuya Sakurai, Keiichi Mochida, Takuhiro Yoshida, Kenji Akiyama, Manabu Ishitani, Motoaki Seki and Kazuo Shinozaki. "Genome-wide discovery and information resource development of DNA polymorphisms in cassava". PLOS ONE, 2013, doi: 10.1371/journal.pone.0074056

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ 統合ゲノム情報研究ユニット
ユニットリーダー 櫻井 哲也 (さくらい てつや)

お問い合わせ先

環境資源科学研究推進室
Tel: 045-503-9471 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.DNA多型、一塩基多型(SNP)
    生物種内において、各系統のゲノムを比較すると4種類の塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)で構成されるDNA配列に違いが存在する。この違いがDNA多型であり、一塩基の置換によって生じた多型を一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)と呼ぶ。遺伝子を含む領域で塩基置換が生じた場合、アミノ酸が変化するためタンパク質の性質が変化することがある。
  • 2.完全長cDNA
    cDNAとは、ゲノムDNAから転写されたメッセンジャーRNAの塩基配列に相補的になるように合成されたDNAのこと。完全長cDNAとは、広義には転写されたメッセンジャーRNA全長とまったく同じ長さを有するcDNAのことであり、狭義にはタンパク質合成に対応する領域だけの全長を持つcDNAを指す。完全長cDNAは、特殊な方法を使ってメッセンジャーRNAの全領域を含むように作られているため、遺伝子構造の理解に有用であり、この情報をもとにタンパク質を合成することができる。
  • 3.プライマー配列
    DNAを増幅するPCR法において用いられる化学合成した20塩基程度の短いオリゴヌクレオチドである。鋳型となるDNAに相補的に結合したプライマーを目印にDNA合成酵素が働き、鋳型DNAの配列にあわせて塩基をつなぎ合わせていくことで相補的なDNA配列が合成される。
  • 4.終止コドン
    遺伝暗号の単位をコドン(codon)と呼び、タンパク質を構成するアミノ酸に翻訳されるときの各アミノ酸に対応する3つの塩基配列のことを指す。そのうち対応するアミノ酸がなく、タンパク質の合成を停止させるためのコドンを終止コドンと呼ぶ。
  • 5.オミックス
    遺伝子の総体であるゲノム、転写産物の総体であるトランスクリプトーム、タンパク質の総体であるプロテオーム、代謝産物の総体であるメタボローム、表現形質の総体であるフェノームという各階層を、網羅的に調べる生物学の研究分野のこと。
キャッサバの写真

図1 キャッサバ

左は全体、右は塊根(芋)の画像。学名はManihot esculentaでマニオク、ユカとも呼ばれる。高さ2~3mのトウダイグサ科の熱帯低木。塊根は長さ30~70cm、直径5~10cmで幹の根元に放射状に実り、食用や工業用のデンプン原料として使用される。タピオカなどのデザート材料としても馴染み深い。葉は長さ10~15cmで掌のように裂け目が入る。茎を畑に突き刺すだけで繁殖し、乾燥地、酸性土壌での生育に耐える系統が存在する。2012年にゲノム塩基配列の解読(一部除く)の報告がされている。

写真提供:理研環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チーム

遺伝子を含むDNA領域に生じたSNPと遺伝子機能との関連性についての解析結果の図

図2 遺伝子を含むDNA領域に生じたSNPと遺伝子機能との関連性についての解析結果

遺伝子を含むDNA領域に生じたSNPと、その遺伝子機能との関連性を解析した。その結果、アミノ酸の変化を伴うSNP(非同義的置換)の割合が、NB-ARCドメインとロイシンリッチリピート(Leucine Rich Repeat)と呼ばれる領域で高いことが分かった。過去の研究により病害抵抗性に関する遺伝子が、この2つの領域を持つことが知られている。数字はSNPの数を表す。同義的置換とは、ある塩基が別の塩基に置換されていてもアミノ酸は変化しないこと。

全遺伝子と読み過ごし変異が生じている遺伝子2群についての機能分類図

図3 全遺伝子と読み過ごし変異が生じている遺伝子2群についての機能分類

全遺伝子と終止コドンに塩基置換が生じることでタンパク質が正常よりも長くなる“読み過ごし変異”が生じている遺伝子を、それぞれ14種類の機能に分類した。その結果、全遺伝子に比べて読み過ごし変異が起きている遺伝子の割合が高いのは、「生物的・非生物的刺激応答(response to abiotic or biotic stimulus)」と「ストレス応答(response to stress)」の2つであった。

データベース「Cassava Online Archive」の図

図4 データベース「Cassava Online Archive」

本研究で同定したDNA多型の位置、多型のタイプ、遺伝子機能注釈、系統間多型識別用プライマーなどの情報を編纂し、データベース「Cassava Online Archive」として公開した。このデータベースは、世界の研究者が自由にアクセスできる。(左)データベースのフロントページ、(右上)DNA多型の位置、遺伝子機能注釈情報。(右下)系統識別用プライマー情報。
Cassava Online Archive(英語)

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