広報活動

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2013年10月19日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人徳島大学
国立大学法人名古屋大学
国立大学法人東北大学

東京方言話者と東北地方南部方言話者の言語処理の違いを発見

-脳は育った地域方言によって音声を処理する-

ポイント

  • 同じ日本人でも育った方言環境により脳反応が異なる
  • 言語処理における左優位反応の形成には幼少期の方言経験が関与している可能性
  • 脳と言語発達の知見を深めることで、教育や医療発達分野への貢献期待

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、日本語における単語のピッチアクセント[1]を処理する際の脳活動における左右の半球の反応差が、東京方言話者と東北地方南部方言話者間で異なることを突き止めました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)言語発達研究チームの佐藤裕研究員(現徳島大学准教授)、山根直人研究員、馬塚れい子チームリーダーらと、名古屋大学の宇都木昭准教授、東北大学の小泉政利准教授らの共同研究グループによる成果です。

人間の大脳は左右半球に分かれており、単語や文の文法などの言語情報を処理する際には脳の左半球優位の反応が現れます。このような脳反応は、幼少期から言語を学ぶという経験によって形成されます。

日本語の多くの方言では“雨”と“飴”の違いをピッチの上昇と下降で区別します。これを単語のピッチアクセントと呼びますが、東北や九州地方の一部にはピッチアクセントを使わない、無アクセント方言と呼ばれる方言があります。過去の研究から母語で単語の意味に関わる音の違いに対して左半球優位を示し、文の抑揚などの違いは、その優位性が現れないことが知られています。しかし、同じ言語内の方言の違いでも同様な変化が見られるのかは分かっていませんでした。

そこで、共同研究グループは、ピッチアクセントを使う標準語の東京方言話者と無アクセント方言を使う東北地方南部方言話者を対象に異なる方言環境で育った話者間で脳反応に違いがあるかどうかを調べました。

具体的には、ピッチアクセントを聞いた時の東京方言話者と東北地方南部方言話者の脳反応を近赤外分光法[2]を用いてそれぞれ測定しました。その結果、“雨”と“飴”のようにピッチアクセントで区別される単語を聞き分ける際に、東京方言話者は、左半球優位の反応を示したのに対し、東北地方南部方言話者は左右同程度の反応を示しました。このことから、同じ日本語でも東京方言話者は、ピッチアクセントの違いを単語の違いとして処理しているのに対し、東北地方南部方言話者は抑揚の違いとして処理していると考えられます。

放送メディアなどの影響で、異なる方言環境で育っても特に若い世代では標準語に接する機会も多く、研究に参加した東北地方南部方言話者は標準語と東北地方南部方言のバイリンガルとも言えます。にもかかわらず、東北地方南部方言話者がピッチアクセント処理において東京方言話者とは異なった脳反応を示したことは、言語処理における左半球優位性には自分が育った方言環境が影響することを反映している可能性があります。

この研究は、脳と言語発達の関係の解明に寄与すると考えられます。成果は、米国の科学雑誌『Brain and Language』に掲載されるに先立ち、オンライン版(10月18日付け:日本時間10月19日)に掲載されます。

背景

人間の大脳は左右半球に分かれており、単語や文などの言語情報を処理する際には左半球優位の反応が現れることが知られています。言語の音声の処理では、「a」と「i」のような個別の音の違いや、その音によって区別される単語などは左半球優位の反応が見られるのに対し、抑揚などの韻律情報[3]の処理にはその優位性が現れないことが分かっています。

日本語の多くの方言では“雨”と“飴”の違いをピッチの上昇と下降で区別します。これを単語のピッチアクセントと呼びますが、東北地方や九州の一部にはピッチアクセントを使わない、無アクセント方言と呼ばれる方言があります。これまでの研究から、ピッチアクセントのある東京方言話者の成人では、「雨」と「飴」のようなピッチアクセントで意味を区別する単語を処理する際には、「雨」と「亀」のような個別の音の違いで区別する単語と同じように左半球優位の反応が現れることが分かりました。

一方、言語音に対するわたし達の感受性や脳反応は、言語を学ぶという経験によって変化していきます。例えば、日本語を母語として育った日本語話者は、日本語には存在しない英語の「r」と「l」の音の区別が苦手になります。言語の音声に対する脳の反応にも変化が現れます。音節内のピッチ変化で単語の意味を区別するトーン(声調)言語である中国語やタイ語などの話者を対象とした研究では、母語のトーンの処理では左半球優位の反応が見られるのに対し、母語ではない言語のトーンにはその優位性が見られないという結果が報告されています。

日本語には多くの方言が存在しますが、東京を中心に話されている方言が標準語とされ、東京圏で育った東京方言話者はピッチアクセントの違いを母語として獲得します。これに対し、無アクセント方言である東北方言の環境で育った話者はピッチアクセントのない方言を第一の方言として学ぶ一方、放送メディアなどを通して標準語の知識も獲得していきます。言語を学ぶ経験が言語の脳内処理にどのような影響を及ぼすかの研究は、これまで母語と外国語を中心に進められてきたため、同じ言語内の方言の違いにも同様の脳変化が見られるのかは分かっていませんでした。

そこで共同研究グループは、標準語である東京方言話者と東北地方南部方言話者を対象に、標準語に存在するピッチアクセントに対する脳反応を調べ、同一言語でも異なる方言環境で育った話者間で脳反応に違いがあるかどうかを調べました。

研究手法と成果

共同研究グループは、標準語圏である東京近辺で育った14名(19~24歳、平均21.50歳)と東北地方南部方言(山形南部、宮城南部、福島県)が話されている環境で育った13名(20~27歳、平均22.42歳)を対象に調査を行いました。今回の実験では、脳血流の増減によって脳反応が把握できる近赤外分光法を用いて、幾つかの条件で言語音声を聞いた時の聴覚野付近の左右差を調べました。主要な実験の条件は、
1)異なる音による意味の違い 「飴(あめ)」対「甕(かめ)」
2)音の高さによる意味の違い(ピッチアクセント)「あめ(飴)」対「あめ(雨)」
3)音の高さによる肯定・疑問の違い 「あめ(飴)」対「あめ?(飴?)」
でした。

その結果、東京方言話者は、実験条件の1)と2)においては、左半球優位の反応を示し、条件3)においては、左右同程度の脳反応を示しました。
これに対して、東北地方南部方言話者は条件1)に対しては左半球優位の脳反応を示しましたが、条件2)と3)においては左右同程度の反応を示しました(図1)。
この結果は、日本語を第2言語として学習した韓国人を対象とした研究と合致するもので、同じ言語であっても異なる方言を学ぶ2群間で、脳反応が異なるという結果が得られたことは新しい知見です。
なお、本実験に先立ち、東北地方南部方言話者に対してピッチアクセントの知識と発話課題を行ったところ東京方言話者と同様の成績であったことから、東北地方南部方言話者がピッチアクセントを知らない、あるいは話したことはない、ということはありませんでした。

今回の研究に参加した東北地方南部方言話者は標準語と東北地方南部方言という2つの言語を習得したバイリンガルと言えます。にもかかわらず、東北地方南部方言話者がピッチアクセント処理において東京方言話者のような脳反応を示さなかったことは、言語処理における左半球優位性には、自分が育った方言環境が影響することを反映している可能性があります。

今後の期待

今回得た知見は、知識として知っている、あるいは実際に話したことがある言語であっても、幼少期より学んできた言語の一部ではない特性は、脳内では母語の特性とは異なる処理をしていることを示したものです。標準語圏で育っている赤ちゃんは、ピッチアクセントに対する左半球の優位性を10カ月の時点ですでに示すことが知られており、本研究の結果は、脳と言語発達に関する知見を深めることに役立ちます。例えば、バイリンガル教育と脳発達、あるいは、言語獲得における脳の可塑性[4]など、教育分野や医療発達分野に貢献するものと期待できます。

原論文情報

  • Sato, Y., Utsugi, A., Yamane, N., Koizumi, M., & Mazuka, R. "Dialectal differences in hemispheric specialization for Japanese lexical pitch accent".
    Brain and Language, 2013, doi: 10.1016/j.bandl.2013.09.008

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 言語発達研究チーム
客員研究員 佐藤 裕 (さとう ゆたか)
 (徳島大学大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部准教授)
チームリーダー 馬塚 れい子

国立大学法人東北大学
文学研究科 / 脳科学センター
准教授 小泉 政利

お問い合わせ先

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Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-467-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. ピッチアクセント
    語の意味の区別を行う音の高さの配列のこと。例えば、標準語で「雨」は高い―低いのピッチ(声の高さ)パタンで発話され、「飴」は低い―高いのパタンで発話される。
  2. 近赤外分光法
    生体への透過性に優れた近赤外領域の光を頭皮上から照射し、脳で反射して再び頭の外に戻ってきた光を検出することで、大脳皮質の血液中のヘモグロビン変化量を測定し、血液中のヘモグロビン酸素化状態の変化をもとに脳活動を調べる装置。
  3. 韻律情報
    プロソディーともいう。話すときの音声に含まれる、文字には表れない抑揚やリズム、強勢のこと。声の高さや、発話の速度、声の大きさに等に相当する。
  4. 脳の可塑性
    定義としては「発達段階の神経系が環境に応じて最適の処理システムを作り上げるために、よく使われるニューロンの回路の処理効率を高め、使われない回路の効率を下げるという現象」。
    特定の脳領域は、ある程度担う機能が決まっているが、特に発達期の脳には柔軟性があり、別の機能を担う場合がある。例えば、成人以降で左半球に損傷を受けると言葉に障害が残るケースが多いが、幼少期に左半球に損傷を受けても右脳が言葉を処理する機能を担い、言葉に重篤な障害は残らない場合がある。

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3つの条件の言語音声を聞いた時の東京方言話者と東北地方南部方言話者の脳反応の図

図1 3つの条件の言語音声を聞いた時の各方言話者の脳反応

① 「飴(あめ)」対「甕(かめ)」、②「飴(あめ)」対「雨(あめ)」及び③「飴(あめ)」対「飴?(あめ?)」の3つの条件の言語音声を聞き分けている時の脳反応を比較した。青い線が左、赤い線が右半球の反応を示す。東京方言話者は①と②で左半球優位の脳反応であったが、東北地方南部方言話者は①のみ左半球優位であった。東京方言話者の③、また東北地方南部方言話者の②・③では統計的に左右差がなかった。

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