広報活動

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2013年11月12日

理化学研究所

不完全な糖鎖をきれいに分解するメカニズムを発見

-タンパク質に機能を付加する糖鎖修飾の品質管理機構解明へ一歩-

ポイント

  • 低グルコース環境では、糖鎖の部品「単糖」を運ぶGDP-マンノース合成が減少
  • GDP-マンノース減少により完全な成熟型糖鎖の減少、不完全な未成熟型が一過的に蓄積
  • 未成熟型糖鎖は、ピロフォスファターゼで素早く分解され、異常な糖鎖修飾を防ぐ

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、哺乳動物の細胞でタンパク質と糖鎖との結合(糖鎖修飾)に使われる「ドリコールオリゴ糖[1]」において、低グルコース環境下でピロフォスファターゼ[2]によって未成熟型ドリコールオリゴ糖だけが分解されることを発見しました。これにより、糖鎖修飾の品質を保つ仕組みの一端が明らかになりました。これは、理研グローバル研究クラスタ(玉尾皓平クラスタ長)理研-マックスプランク連携研究センター糖鎖代謝学研究チームの鈴木匡(ただし)チームリーダー、原田陽一郎特別研究員と、台湾・中央研究院の安形高志副研究員(旧糖鎖認識研究チームチームリーダー)、疾患糖鎖研究チームの谷口直之グループディレクター、米国サンフォード・バーナム医学研究所のハドソン フリーズ教授らによる共同研究グループの成果です。

糖鎖は、グルコースなどの単糖が複数個連なった化合物で、タンパク質や脂質などの生体分子に結合し、生体分子の品質管理や細胞内輸送などの重要な役割を担っています。糖鎖は、細胞小器官の1つである小胞体膜に存在するドリコール脂質上に構築され、複数の段階を経て未成熟型から成熟型ドリコールオリゴ糖になります。そして、オリゴ糖転移酵素[3]によってひとまとめに特定のタンパク質に結合します。その際、グルコースが十分に細胞に供給されると、成熟型ドリコールオリゴ糖が合成されて糖鎖修飾反応が速やかに進行します。一方、グルコースが少ない環境(低グルコース環境)では、ドリコールオリゴ糖の構築が完了せず、未成熟型ドリコールオリゴ糖が一過的に蓄積し、糖鎖修飾の効率が著しく低下することが知られていました。

そこで、共同研究グループは、糖鎖の品質管理機構に着目し、低グルコース環境でのドリコールオリゴ糖と関連する代謝産物を、生化学的な手法を用いて定量的に解析しました。その結果、低グルコース環境では、未成熟型ドリコールオリゴ糖がピロフォスファターゼによって速やかに分解され、リン酸化糖鎖へと代謝されることが分かりました。このピロフォスファターゼ依存的な分解反応は、正常な量のグルコース環境では起こらない高度に制御された反応であることも分かりました。さらに、この分解反応の制御機構を解析した結果、低グルコース環境では、単糖を運ぶ役割を担うGDP-マンノース[5]の量が劇的に低下していることが分かりました。

これらの結果から、低グルコース環境ではGDP-マンノースの供給量が減少するため、ドリコールオリゴ糖の構築が完了せずに未成熟型ドリコールオリゴ糖の量が相対的に多くなり、それらがピロフォスファターゼによって速やかに分解されることが明らかになりました。今回明らかとなった、ピロフォスファターゼによる未成熟型ドリコールオリゴ糖の分解反応は、異常な糖鎖修飾を防ぐ「品質管理機構」として働くことが示唆されました。本研究成果は、米国の科学アカデミー紀要『Proceedings of National Academy of Science of the Unites States of America』に掲載されるに先立ち、オンライン版11月11日の週に掲載されます。

背景

糖鎖は、グルコースなどの単糖が複数個連なってできており、タンパク質や脂質などの生体分子に結合して性質を変化させたり、機能を付加して、生体分子の品質管理や細胞内輸送、細胞間コミュニケーションなどの重要な役割を担っています。糖鎖が生体分子に結合することを「糖鎖修飾」と呼び、糖鎖と生体分子の修飾の組み合わせは多数存在します。なかでもドリコールオリゴ糖は、糖鎖の種類のなかでも最も一般的なアスパラギン(N)結合型糖鎖修飾の前駆体として用いられています。

糖鎖修飾は、細胞小器官の1つである小胞体の内腔で行われます。糖鎖は、小胞体内腔の膜上にあるドリコール脂質上に単糖が複数積み重なって構築され、非成熟型から成熟型ドリコールオリゴ糖が合成されます(図1)。この際、単糖は、糖ヌクレオチド(GDP-マンノース、UDP-グルコース、UDP-N-アセチルグルコサミン)によってドリコール脂質へ運ばれます。複数の段階を経て合成された成熟型ドリコールオリゴ糖は、小胞体膜に存在するオリゴ糖転移酵素によってひとまとめに特定のタンパク質に結合します。

これまでの研究から、ドリコールオリゴ糖の合成に関与する酵素の遺伝子に変異が起こると、I型先天性糖鎖合成異常症(CDG-I)が引き起こされることが知られています。CDG-I患者の線維芽細胞では、ドリコールオリゴ糖の成熟が滞るため成熟型ドリコールオリゴ糖が減少し、それによって多くのタンパク質の糖鎖修飾の効率が低下するため、全身性の重篤な症状が現れます。近年、CDG-I患者の細胞において未成熟型ドリコールオリゴ糖が、ピロフォスファターゼによって分解され、リン酸化糖鎖へと代謝されることが明らかになってきましたが、その生理機能は全く分かっていませんでした。

一方、さまざまな哺乳動物由来の細胞において、細胞へのグルコースの供給量によってドリコールオリゴ糖の成熟度合いが変化することが知られていました。生命活動の維持に必要な十分量のグルコースがある環境では成熟型ドリコールオリゴ糖が合成され、速やかに糖鎖修飾に用いられます。しかし、グルコースが少ない環境(低グルコース環境)では、成熟型ドリコールオリゴ糖の合成が滞り、糖鎖修飾の効率が著しく低下することが知られていましたが、この詳細なメカニズムは不明でした。

研究手法と成果

共同研究グループは、低グルコース環境におけるドリコールオリゴ糖の合成のメカニズムを明らかにするため、生化学的な手法を用いて検証を行いました。まず、マウス胎児由来の線維芽細胞を、生命活動の維持に必要な正常な量のグルコース環境と低グルコース環境に置いたときに合成されるドリコールオリゴ糖の定量を行いました。その結果、正常なグルコース環境では、予想通り成熟型ドリコールオリゴ糖が合成されるのに対し、低グルコース環境では成熟型ドリコールオリゴ糖の合成量が著しく減少することが確認できました。

次に、低グルコース環境で成熟型ドリコールオリゴ糖の合成量が減少するメカニズムを明らかにするため、過去の知見からピロフォスファターゼとの関係性に注目しました。そこで、ピロフォスファターゼの分解によってできるリン酸化糖鎖の検出と定量を行ったところ、低グルコース環境の時だけ、未成熟型ドリコールオリゴ糖の分解反応が起こり、リン酸化糖鎖が顕著に蓄積することが分かりました。

続いて、低グルコース環境だけでピロフォスファターゼによる未成熟型ドリコールオリゴ糖の分解反応が起こるのか、そのメカニズムを検証しました。ドリコールオリゴ糖の合成には糖ヌクレオチドによる単糖の供給が必須です。これまでの研究から、グルコースの量によって糖ヌクレオチドの合成が制御されることが知られていました。そこで、低グルコース環境における糖ヌクレオチドを定量した結果、糖ヌクレオチドの1つであるGDP-マンノースの量が劇的に減少していることが分かりました。

さらに、未成熟型ドリコールオリゴ糖の分解反応が、グルコースではなく、GDP-マンノースの減少によって誘導されるかどうかを検証しました。通常、GDP-マンノースは、グルコースから主に合成されますが、マンノースからの合成経路もあります。そこで、グルコースからGDP-マンノースが合成される経路に必須なMPI(マンノース6リン酸イソメラーゼ)[4]を欠失した細胞を用いました。このMPI欠損細胞の培地内のグルコース濃度を変化させずにマンノースだけ取り除くと、GDP-マンノースの合成経路を遮断できます。その結果、リン酸化糖鎖の蓄積が観察できました。

以上の結果から、低グルコース環境ではGDP-マンノースの合成が減り、それによって成熟型ドリコールオリゴ糖の構築が停止し、生じた未成熟型ドリコールオリゴ糖がピロフォスファターゼによって速やかに分解されることが分かりました(図2)。

今後の期待

本研究によって、ドリコールオリゴ糖の品質管理機構が存在し、未成熟型ドリコールオリゴ糖の異常な蓄積を防いでいることが示唆されました。この機構は不完全な構造の糖鎖がタンパク質に結合することを防ぐのに必要と考えられます。

この反応に関わるフォスファターゼ遺伝子の異常はCDGと同様の症状を引き起こすと考えられます。ピロフォスファターゼの遺伝子はまだ同定されていませんが、将来この遺伝子が同定されれば、ドリコールオリゴ糖の品質管理機構の詳細が明らかになることが期待できます。

原論文情報

  • Yoichiro Harada, Kazuki Nakajima, Yuki Masahara-Negishi, Hudson H. Freeze, Takashi Angata, Naoyuki Taniguchi and Tadashi Suzuki.
    "Metabolically programmed quality control system for dolichol-linked oligosaccharides" Proceedings of National Academy of Science of the Unites States of America, 2013,doi: 10.1073/pnas.1312187110

発表者

理化学研究所
グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター システム糖鎖生物学研究グループ 糖鎖代謝学研究チーム
チームリーダー 鈴木 匡 (すずき ただし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. ドリコールオリゴ糖
    N型糖鎖修飾の際、糖鎖の供与体基質となる物質。3つの構造ユニットから構成され(図1)、(1)糖鎖が(2)ピロリン酸を介して(3)ドリコールと呼ばれるポリプレノール上に構築されている。
  2. ピロフォスファターゼ
    ピロリン酸(P-P)の間を加水分解する酵素の総称。これまでに、ドリコールオリゴ糖のピロリン酸に作用するピロフォスファターゼの酵素活性の存在が報告されているが(Eur J Biochem. 1980 May;106(2):473-9. Fate of oligosaccharide-lipid intermediates synthesized by resting rat-spleen lymphocytes. Cacan R, Hoflack B, Verbert A.)、このピロフォスファターゼをつくる遺伝子は未だ同定されていない。
  3. オリゴ糖転移酵素
    タンパク質のN型糖鎖修飾を触媒する酵素。ドリコールオリゴ糖の糖鎖部分を、タンパク質中の特定のアスパラギン残基に転移する(図1)。
  4. MPI(マンノース6リン酸イソメラーゼ)
    MPIは、解糖系の中間代謝産物であるフルクトース6リン酸とマンノース6リン酸の相互変換を触媒する酵素。マンノース6リン酸は、糖ヌクレオチドの1つであるGDP-マンノースの生合成に必須である。このため、MPIはグルコースを炭素源としたGDP-マンノースの生合成経路において不可欠である。

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ドリコールオリゴ糖の生合成経路図

図1 小胞体におけるドリコールオリゴ糖の生合成経路

ドリコールオリゴ糖の生合成は小胞体膜上で起こる。まず、小胞体膜の細胞質表面で、ドリコールピロリン酸上に2つのN-アセチルグルコサミンと5つのマンノースが順次構築される。このドリコールオリゴ糖中間体が小胞体膜の内腔側へ転移されたあと、4つのマンノースと3つのグルコースがさらに付加され、成熟型ドリコールオリゴ糖が合成される。成熟型ドリコールオリゴ糖は、オリゴ糖転移酵素の触媒作用によってタンパク質の特定のアスパラギン残基(N)に転移される。

糖ヌクレオチド、ドリコールオリゴ糖、リン酸化糖鎖の量的推移の図

図2 低グルコース環境下での糖ヌクレオチド、ドリコールオリゴ糖、リン酸化糖鎖の量的推移

マウス胎児由来の線維芽細胞が低グルコース環境に晒されると、GDP-マンノースの合成量が減少する。これに伴って、ドリコールオリゴ糖の成熟が滞り、成熟型ドリコールオリゴ糖が減少し、未成熟型ドリコールオリゴ糖が合成される。合成された未成熟型ドリコールオリゴ糖は、ピロフォスファターゼによって速やかに分解され、リン酸化糖鎖へと代謝される。このピロフォスファターゼ依存的な未成熟型ドリコールオリゴ糖の分解経路は、異常な糖鎖修飾を防ぐ品質管理機構として働いている可能性がある。

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