広報活動

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2014年1月14日

理化学研究所

海藻類の有機・無機成分複雑系の統合解析技術を構築

-計量化学に基づく農林水産物のフィールド解析を目指して-

ポイント

  • ヒジキの多糖類・ミネラル組成が自然環境の変動に同調することを確認
  • 成分変動の複雑な関係性を網羅的に検出して統合、計量化学的に解析
  • 未利用資源から新たな有用資源の探索が可能に

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、多様な分析機器を用いて海藻類の成分が季節変動に同調して変化する現象を網羅的に捉え、各計測データを統合的に解析・評価する手法を構築しました。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長、社会知創成事業 バイオマス工学研究プログラムディレクター兼務)環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダーと、伊藤研悟大学院生リサーチ・アソシエイト、伊達康博特別研究員、坂田研二テクニカルスタッフらの研究チームによる成果です。

海藻類に含まれる多様な化学成分は、食糧をはじめ、飼料、肥料、材料、ファインケミカルなどに幅広く利用され、また多糖類の金属吸着性は水質浄化の面でも注目されています。海藻類の成分は、季節により変動することが知られています。海中というヒトが制御できない自然環境の中で育つ海藻類の成分の季節変動による複雑な変化を捉えるには、時系列的に、かつ網羅的に計測し、そのデータを統合的に評価することが必要です。しかし、個々に計測したデータを統合するためのデータ処理技術や、総合的に生物を評価する計量化学的な手法は、まだ開発されていません。

研究チームは、天然ヒジキの成分の季節変動を捉えるため、一年間を通して採集を行い、多様な分析機器を用いて網羅的に成分を計測しました。得られた各計測データに対して前処理を行った後に統合し、自己組織化マップ[1]構造方程式モデリング[2]いった計量化学的解析[3]をした結果、季節的な特徴や成分を捉えることができました。また、こうした自然環境の変動と多糖類の構造やミネラル組成が同調して変化する現象を確認しました。

農林水産物の成分評価では、実験室において従来の科学的アプローチにより得られた結果が、現場と乖離している事例が多く見受けられます。今回開発した評価手法は、刻々と変動する自然環境中の試料から成分同士の同調性を計算できるため、実験室と現場の乖離を減らし多様な農林水産物の評価への展開が期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Analytical Chemistry』オンライン版(1月8日付け)に掲載されました。

背景

生物を構成する多様な生物学的情報は、生息環境などにより変化します。食べ物の味や栄養価が地域や収穫時期によって異なることがその例です。これは、陸上植物だけでなくミネラルなどが豊富な海藻類にも当てはまります。海藻類に含まれる化学成分は、食糧や飼料、肥料、材料、ファインケミカルなどに幅広く利用されています。また、多糖類には金属を吸着する性質があるため水質浄化などで注目されています。

近年、生物に含まれる成分変化のメカニズムを統合的に理解する「メタボロミクス[4]研究」が注目を浴びています。しかし、海藻類は陸上植物ほどのメタボロミクス研究は進んでいません。それは、海藻類を取り巻く水圏環境と各成分の変化が複雑に絡み合い、単純な関係性で捉えることができないためです。海藻類のメタボロミクス研究を行うには、複雑系[5]のまま総合的に評価する手法の確立が必要です。しかし、複雑系を総合的に評価するには、従来のメタボロミクス研究で重要とされている低分子代謝物だけでなく、多糖類のような高分子成分やミネラルの分析情報も抽出する必要があり、それらの相対的な関係を統合的に解析する必要があります。ところが、個々に計測したデータを統合するためのデータ処理技術や、目的物質を定めないノンターゲット分析に基づいて総合的に生物を評価する計量化学的なアプローチは開発されていません。

研究チームは、異なる複数の計測データを統合的に解析するためのデータ前処理技術を構築すると共に、計量化学的解析によりヒジキの成分であるミネラルや多糖類の特徴や関係性を総合的に評価する手法の確立を目指しました。

研究手法と成果

研究チームが試料として用いた天然ヒジキは、小網代湾(神奈川県三浦市)で、1年にわたって定期的に採集しました。採集したヒジキの有機成分(多糖類)は核磁気共鳴(NMR)法[6]フーリエ変換型赤外分光(FT-IR)法[7]示差熱・熱重量測定(TG-DTA)法[8]、全自動元素分析装置(CHNS/O analyzer)、同位体比質量分析(IR-MS)法[9]を用いて計測し、無機成分(ミネラル)は誘導結合プラズマ発光分光(ICP-OES)法[10]を用いて計測しました。それぞれの計測データは、波形のピーク中に複数のシグナルが混合しているため、そのまま統合解析を行うことは困難です。そこで、多変量スペクトル分解(MCR-ALS)法[11]を用いて、それぞれのデータの純成分のピークだけを推定しました。そして、異なる複数の測定データを1つのデータとして統合し、計量化学的解析を行うことで、各成分の特徴や関係性を網羅的に測定しました(図1-1)。

次に、統合データに対して主成分分析と自己組織化マップを行い、全体的な特徴を探しました(図1-2)。その結果、主成分分析により、季節の中で特徴のある時期や成分を総合的に解析することができました。また、自己組織化マップは各成分の類似度に応じて周期的なマッピングができるため、各成分が季節変動に同調して変化することを確認できました。

続いて、各成分の関係性を網羅的に探索するために相関係数を計算しました。通常、相関係数は、数値の大小を色の濃淡で表現するヒートマップで可視化して解析しますが、今回のように複雑な関係性を見ることには適していません。そこで、直接的に近い関係性を見るため、相関係数が高いものだけを抽出して相関ネットワーク[12]図を作成し、複雑な関係性を網羅的に探索しました(図1-3)。

さらに有機物(多糖類)と無機物(ミネラル組成)の関係性を検出し、構造方程式モデリングによる解析を行いました(図1-4)。その結果、海藻類の成分(アルギン酸)の金属吸着能という物理的性質を統計学的に検証できました(図2)。

今後の期待

ヒジキにミネラルが豊富であることは良く知られていますが、海水からのミネラル吸着にはアルギン酸のような多糖類の特異な高次構造が深く関わっています。今回、構造情報の抽出が難しい多糖類については、固体状態の超分子を計測する固体NMR法などの高分子分析手法を、ミネラル組成変動の一斉解析はICP-OES法を用いるなど、最適な分析技術を利用しました。こうした分析技術は海藻類以外にも、あらゆる試料に適用可能なため、近海に生息するさまざまな水産資源に対して適用できます。日本は世界第五位の排他的経済水域面積を有し、以前より狭い陸上資源より広い水圏資源の活用が望まれていました。日本近海は森林から急速に流れる河川や、南北からの潮流の恩恵でミネラル多様性も豊富なため、世界有数の生物多様性ホットスポットとなっています。こうした豊かな水産資源の中には、海中のさまざまな金属元素を積極的に吸着し利用している種が埋もれていることが予想され、未利用資源から新たな有用資源の探索を可能とする、環境代謝分析技術につながると期待できます(図2)。

また、種々の分析データを統合解析する際に用いた計量化学的手法は、海藻類以外の多様な生物種や生態系に適用できます。未解明な生物種や生態系において計量化学的解析を行い、多様な視点で複合的に評価することが、生命現象を理解する上で重要と考えられます。また、生物は生息環境の影響を受けているため、環境情報を取り入れた統合解析により、生物を取り巻く複雑なシステム全体の理解に役立つと期待できます。

原論文情報

  • Kengo Ito, Kenji Sakata, Yasuhiro Date, Jun Kikuchi "Integrated analysis of seaweed components during seasonal fluctuation by data mining across heterogeneous chemical measurements with network visualization" Analytical Chemistry, 2013, doi: 10.1021/ac402869b

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ 環境代謝分析研究チーム
チームリーダー 菊地 淳 (きくち じゅん)

お問い合わせ先

環境資源科学研究推進室
Tel: 045-503-9471 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 自己組織化マップ
    与えられた入力情報の類似度を、マップ上の距離で表現する外的基準変数の無い機械学習法。データマイニングの1つの手法であり、分類、視覚化、要約などを行える。
  2. 構造方程式モデリング
    複数の構成概念間の関係を検討することができる統計的手法の1つ。内生変数を扱いながら因果関係を調べることができる、つまり因子分析と回帰分析を同時に行なえる。
  3. 計量化学的解析
    数理科学、統計学、機械学習、パターン認識、データマイニングなどの手法により、化学分野における諸問題を解決しようとする解析法。同様の解析手法の応用分野としては、生化学、医学、生物学、化学工学、心理学、計量経済学などがある。実験的な生命科学においては説明や予測の問題を解決するために用いられる。
  4. メタボロミクス
    代謝産物群の総体であるメタボロームを学問として扱う研究分野。
  5. 複雑系
    相互に関連する複数の要因が合わさって全体として何らかの性質やそうした性質から導かれる振る舞いを見せる系であるが、全体としての挙動は個々の要因や部分からは不明なものをいう。
  6. 核磁気共鳴(NMR)法
    静磁場におかれた原子核の共鳴を観測し、分子の構造や運動状態などの性質を調べる分光方法。溶媒に分子を溶解させて計測する溶液NMR法や固体状態の分子を計測する固体NMR法などがあり、幅広い状態の試料を計測することができる。
  7. フーリエ変換型赤外分光(FT-IR)法
    測定対象の物質に赤外線を照射し、透過(あるいは反射)光を分光することでスペクトルを得て、対象物の特性を知る方法。赤外分光法は、気体から固体まで幅広い物性の試料を対象にできるため、物理化学の研究でもよく使用される。従来の高分子分析では、特にOH基やCOの結合状態といった焦点を絞った解析に利用されているが、スペクトル全領域を定量評価する試みが、高分子混合物を対象とする本研究のユニークさとなっている。
  8. 示差熱・熱重量測定(TG/DTA)法
    示差熱分析とは、試料を加熱または冷却した際に起こる物理変化や化学変化に伴って試料内で発生する熱変化を、基準物質との温度差として検出する手法。また、熱重量測定法とは、試料の温度を一定のプログラムに従って変化させ、その試料を加熱または冷却した時の試料の質量変化を連続的に測定する手法。脱水・分解・酸化・還元などの化学変化、昇華・蒸発・吸脱着など質量変化を伴う物理変化の検出に利用される。これらの手法は、リグノセルロース研究において、構造や成分で熱分解特性が異なるため、各植物バイオマスの構造情報を抽出する手段の1つとなる。
  9. 同位体比質量分析(IR-MS)法
    分子量64以下の軽元素の同位体比を測定する機器。これらの元素の安定同位対比を測定するためには、それぞれの元素を気体状態にする前処理が必要となる。生物は生育環境や摂食源によって、こうした軽元素の同位体比が異なる。例えば肉類の割合が高い洋食を食べ続けると、肉類の少ない和食の摂取時に比べて15Nの比率が‰(千分率; 1‰=0.1%)レベルで高くなることが知られている。環境要因による摂取栄養の違いを評価することが可能。
  10. 誘導結合プラズマ発光分光(ICP-OES)法
    ICPは、気体に高電圧をかけることによってプラズマ化させ、さらに高周波数の変動磁場でプラズマ内部に渦電流によるジュール熱を発生させて得られる高温のプラズマ。ICPによってサンプルを原子化・熱励起し、これが基底状態に戻る際の発光スペクトルから元素の同定・定量を行う方法。
  11. 多変量スペクトル分解(MCR-ALS)法
    スペクトルを純成分のスペクトルの和と考え、その各純成分のスペクトルを交互最小二乗法に基づいて分離する方法。ここでは、純成分のスペクトルは正規分布に基づいていると仮定して行った。
  12. 相関ネットワーク
    相関係数は、2つの確率変数の間の類似度の度合を示す統計学的指標であり、-1から1の実数値をとる。1に近いほど類似度が高く、-1に近いほど2つの確率変数は逆の類似度が高く、0に近いほど関連性がない。この類似度に応じてグラフ理論に基づき可視化したものである。

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模式図 (1)網羅的測定、(2)網羅的特徴抽出、(3)関係性の提案、(4)関係性の検証

図1 天然ヒジキに対する計量化学的手法の模式図

①有機成分をNMR法など5種類の手法で計測し、無機成分をICP-OES法で計測する。その後、MCR-ALS法によりデータ上で純成分のピークを推定し、それぞれのデータを1つのデータとして統合して各成分の特徴や関係性を網羅的に測定する。

②統合データを主成分分析と自己組織化マップを用いて、全体的な特徴を探す。主成分分析では季節の中で特徴のある時期や成分を総合的に見ることができ、自己組織化マップでは成分変動の傾向が分かる。

③直接的に近い関係性を見るため、相関係数が高いものを抽出し相関ネットワーク図を作成し、複雑な関係性を網羅的に探索する。

④   有機物と無機物の関係性を検出し、構造方程式モデリングで解析する。

①~④の結果、成分(アルギン酸)の金属吸着能を統計学的に検証することができた(図2)。

自然環境から有用資源の発掘を表す図

図2 自然環境から有用資源の発掘

ヒジキの多糖類とミネラル組成の関係性を検出し、構造方程式モデリングで解析した。その結果、海藻類の成分(アルギン酸)の金属吸着能という物理的性質を、統計学的に検証することができた。この解析手法を用いることで、自然環境から有用資源の発掘が可能となる。アルギン酸C1はアノマー部位を示し、アルギン酸C1(I)と(A)はそれぞれスペクトルデータの強度値と面積値を表す。片矢印とその数値は影響力を表し、両矢印とその数値は関係性の強さを表す。四角は観測変数、上の数値は決定係数、丸は潜在変数。

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