広報活動

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2014年2月13日

理化学研究所

「気分の波」を緩和する薬剤の作用メカニズム解明に一歩前進

-細胞内でイノシトールを合成する生化学的経路は下顎の発育にも関与-

腹部方向から顔面の電子顕微鏡写真

図 細胞内イノシトール枯渇マウス(胎生18.5日)

躁うつ病は、躁状態とうつ状態の極端な「気分の波」が繰り返し起きる精神疾患で、双極性感情障害とも呼ばれています。その治療には、気分の波を穏やかにする「気分安定薬」が用いられます。リチウムは半世紀以上にわたって使われてきた代表的な気分安定薬です。しかし、リチウムの気分安定効果がどのような仕組みで発揮されるかというメカニズムは未解明でした。ただ、これまでに“リチウムが細胞内の酵素の働きを抑制し、細胞内の情報のやり取りを調節している”との仮説がいくつかありました。その1つが「イノシトール枯渇仮説」です。栄養ドリンクなどにも使われているイノシトールを作り出す酵素「イノシトールモノフォスファターゼ」は、リチウムによって直接その働きが抑制されます。その結果、細胞内のイノシトールの量が減少(枯渇)し、この学説ではこれがリチウムの薬効に重要だとしています。

理研の研究者らを中心とした共同研究グループは、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の1つ「Impa1」の機能を欠損させてイノシトールの働きを抑制した「細胞内イノシトール枯渇マウス」を使い、その行動を観察しました。その結果、このマウスは正常なマウスと比べ明らかに過剰な活動性を示しました。こうした活動性の変化は、リチウムを正常マウスに与えた場合に起きる変化と類似していました。つまり、脳内のインシトール不足が「躁状態」を引き起こしていると判断することができました。このことから、リチウムの気分安定薬(抗うつ薬)としての働きは、酵素のイノシトールモノフォスファターゼの働きを抑えることであると推察できました。

一方、妊娠中の母マウスから出産直前の段階で、細胞内イノシトール枯渇マウス胎児を取り出したところ、下あごがほとんど形成されていませんでした。そこで、細胞内イノシトール枯渇マウスを妊娠中の母マウスにイノシトール溶液を飲ませたところ、その異常が回復しました。このことから、あごの形成異常はImpa1遺伝子の欠損によるイノシトール不足によるものと結論づけました。

リチウムの気分安定薬として効果は検証済みです。しかし、有効量と中毒を起こしてしまう量が近接しているため、血中濃度の頻繁な測定が必要です。渇きや手の震えなどの副作用もあります。もし、イノシトールモノフォスファターゼの働き「だけ」を抑えることが可能な薬剤があれば、これらの問題を回避できるかもしれません。今回の成果を、治療薬の標的の発見や、気分障害そのものの成り立ちにつなげていきたいと考えています。下あごの形態形成異常の原因を分子レベルで解明していくことが、そのヒントになる可能性があります。

理化学研究所
脳科学総合研究センター 分子精神科学研究チーム
チームリーダー 吉川 武男 (よしかわ たけお)
研究員 大西 哲生 (おおにし てつお)