広報活動

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2014年2月18日

理化学研究所

細胞内分子間の情報伝達効率の理論的上限をめぐる論争に終止符

-細胞がいかに「感じ」、「考える」かのより深い理解へ-

シミュレーションで用いたモデル

シミュレーションで用いたモデル

ヒトは網膜にある神経細胞をセンサーにして物を見て、脳の中にある神経細胞の間で情報の受け渡しをして考えます。同様に、細胞は分子を用いて外界を「感じ」、そして「考え」ます。細胞の"目"であり"神経細胞"にあたるのが細胞内のタンパク質分子です。1977年に米国のハワード・バーグらが、このタンパク質分子間で情報が受け渡せる限度を定義し「バーグ=パーセル限界」という理論を作りました。ところが28年後の2005年に同じ米国のウイリアム・ビアレックらが同種の理論を発表しました。この間の科学技術の進歩を考えれば、新理論のほうが正しいのではないか?と思われますし、実際、ビアレックらの理論は「分子の結合・乖離(かいり)を考慮し、現代的な統計学を駆使した精緻な理論」とされ、バーグらの理論は「分子の結合・乖離を考えない近似的解釈に基づく直観的な定義」と言われていました。しかし、最新の計測機器を使っても理論の検証に十分な精度には達しませんでした。

理研の研究者らを中心とした共同研究グループは、この論争に決着をつけるべく、分子1つひとつの運動を1マイクロ秒以下、かつ数ナノメートル以下という高精度で再現できるシミュレーション手法を用い、スパコン上でバーグ=パーセル限界の厳密な検証を行いました。受容体などのセンサー分子と周囲の分子との結合と乖離の状態を観測し、得られた時系列データを解析して情報伝達の精度を算出し新たな理論を導き出しました。その結果、"現代的な"ビアレックらの理論に誤りがあることが分かりました。一方"古典的な"バーグ=パーセル限界の理論が、実際には厳密な検証にも耐え得ることが証明され、論争に終止符が打たれました。

今回の成果は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)などの幹細胞が、体内の成長因子をどの程度正確に検知し特定の細胞への分化を決断するのか、あるいは免疫細胞がどのように異物を補足するのかなどを、より詳細に理解する上で大きな役割を果たすと期待されます。また、細胞内の少数分子間での情報の受け渡しの多くはバーグ=パーセル限界の付近で非常に効率的に行われていると考えられることから、将来的にこの仕組みを応用した超消費電力の情報処理システムの開発に結び付く可能性もあります。

理化学研究所
生命システム研究センター 生命モデリングコア 生化学シミュレーション研究チーム
チームリーダー 高橋 恒一 (たかはし こういち)